コラム:小川忠のインドネシア目線

模索するデジタル民主主義

日本ではあまり知られていないが、現在のインドネシアは市民運動が盛んな国の一つといっていい。なかには民主主義の成熟を感じさせる市民組織もある。東南アジアのみならず世界的に民主主義の退行現象が近年目立つなか、インドネシアでも宗教、民族的少数派への不寛容など不吉な兆候が表れている。創意工夫あふれる市民のイニシャティブによる公益活動がなければ、長く続いた強権体制の後にせっかく手に入れた民主主義も立ち枯れてしまうかもしれない。今回は、前回取り上げたインドネシア社会のデジタル化にともない、新たに台頭している市民活動の多様な姿を紹介したい。

電子情報・商取引法の呪縛

「90年代のインターネット普及と2000年代のソーシャルメディア登場は、インドネシア社会の民主化にとって福音となるであろう」との楽観的な見方が、語られてきた。インドネシア政治における新しい情報通信技術(ICT)が果たす役割にいち早く注目した研究者ディビッド・ヒルとクリスナ・センは、「1998年のスハルト強権体制崩壊において、インターネットは、民主化を要求する学生や市民にとって、当局の規制をかいくぐり情報を発信し、デモ参加者の動員を成功させる有力な武器となった」と評価した。

しかし、「ICTの社会への浸透→民主化」という見方は楽観的に過ぎる、と感じさせる出来事が相次いでいる。その中で争点となっているのが、2008年に施行された電子情報・商取引法である。政府にソーシャルメディア上の言説を取り締まる権限を付与している。サイバー犯罪を取り締まる目的で制定された同法は、オンライン上のポルノ画像、詐欺、マネーロンダリング、ギャンブルを禁じているが、これに加えて第条3項に名誉毀損、第条2項に宗教冒とく、第条に脅迫を禁じる条項がある。これらに違反すると最大6年の懲役、億ルピアの罰金が科せられる。

この法律が社会的論議を呼んでいるのは、同法によって、本来被害者の立場にある人が加害者として訴えられる事件が発生しているからである。たとえば、公立高校の非常勤教師であったバイク・ヌリル・マクナンは、14年に校長から電話でホテルに誘われるなどのセクハラを受けた。彼女はセクハラの証拠を残し自らを守るために、校長からの電話を自分の携帯に録音しておいた。その携帯を兄に預けたところ、兄は校長から妹を守りたい一心で、ヌリルの同僚に音声データを送った。このデータが他の同僚たちにも転送され、校長の知るところとなった。ちなみにヌリル自身は、兄から同僚へのデータ転送を知らされておらず、データ拡散に関与していない。

バイク・ヌリル・マクナンさんの恩赦を求める嘆願書と署名を大統領府の担当者に提出する支援団体「刑事司法改革研究所」のアンガラ・スワジュ所長(左)=ジャカルタで2018年11月19日、刑事司法改革研究所提供

校長はセクハラで処罰されることなく、逆にわいせつな音声の録音と配布が電子情報・商取引法違反にあたる、とヌリルを同法違反で告訴したのである。18年9月最高裁がヌリルに実刑6カ月と5億ルピアの罰金の有罪判決を下したところ抗議が殺到し、検察は収監2日前に刑の執行留保を決めた。結局19年8月ジョコ・ウィドド大統領がヌリルに恩赦をあたえ、彼女を大統領宮殿に招いた。法務人権大臣はその場で、電子情報・商取引法改正の検討を言明せざるをえなかった。

ソーシャルメディアで自分の信条を述べたために、電子情報・商取引法違反で罰せられた事例もある。西スマトラ州の公務員アレクサンダー・アーンのケースだ。厳格なイスラム色が強い同州ダルマスラヤ県開発計画局に勤務していた彼は、「ミナンの無神論者」というフェイスグループに09年に入会し、同グループ内で活発に無神論の立場からイスラム批判を展開するようになった。年1月時点で、「フェイスブック友人」500人、「いいね」評価が1200人に達し、少なからぬ影響を持つようになっていた。

同月18日、彼のフェイスブックでの言動を知った暴徒が職場を襲撃し、彼に暴行を加え、さらに保守的イスラム団体は警察に対してアーンを検挙するよう要求した。2日後、暴力の被害者であるはずのアーンは、電子情報・商取引法条2項宗教冒とく罪等に問われて逮捕されてしまった。検察はインターネット上で無神論を公言することは許されないと主張し、その後地方裁判所は2年6カ月の有罪判決をアーンに言い渡した。

ヌリルやアーンのケースにみられる通り、電子情報・商取引法は、権力者にとって弱者の口をふさぐ都合のいい法律となった。政治家や支配層、宗教保守派は、わいせつ、名誉毀損、宗教冒とく等、同法を盾に彼らへの批判、告発を封じ込めようとする。民主化時代に入って制定され、表現の自由をさらに拡大させると考えられてきたICTに関する法律が、市民の表現の自由を脅かす皮肉な状況が現出しているのである。

デジタル市民運動の盛り上がり

このような状況に対して、国際的な「デジタル市民運動(Digital Activism)」に連動し、インドネシアにおいても権力による電子情報・商取引法の恣意的運用をチェックしていこうという動きが出てきている。彼らは、ICTを駆使して体制側の情報規制に対抗し表現の自由拡張と民主主義の活性化をめざす。

インドネシアのデジタル市民運動の嚆矢というべきは、2009年の「プリタに自由を!」キャンペーンであろう。銀行員で主婦のプリタ・ムルヤサリは、08年ジャカルタの病院でデング熱の治療を受けたが、後におたふく風邪であることが判明した。この誤診と病院の対応への不満をプリタが友人たちに電子メールで送ったところ、彼女の関知しないところでメールが拡散し、病院側はプリタの電子メールの存在を知った。病院はプリタを電子情報・商取引法の名誉棄損罪で民事訴訟を起こし、プリタは警察に身柄を拘束された。地方裁判所は彼女に病院へ2億ルピアの賠償金支払いを命じた。さらに検察は刑事訴訟で6カ月の禁固を求刑した。

この裁判は、電子情報・商取引法違反の初摘発ということで全国的に注目を集め、乳児から引き離されたプリタへの同情の声が高まった。社会的に影響力のあるブロガーたちが異議申し立てを始め、フェイスブック等のソーシャルメディアで「プリタを救え」という論調が拡がった。プリタに課せられた賠償金支払いのために各々が500ルピア硬貨を支援しよう、と呼びかけるフェイスブック支援サイトが開設され、「プリタに自由を! 正義のための募金」キャンペーンが本格化した。またたくまに募金目標額が集まった時、インドネシア社会は改めてソーシャルメディアの社会的影響力が確実に増大していることを知ったのである。プリタへの支援が、デジタル市民運動によって燎原の火のごとく拡がるなか、最高裁は12年に逆転無罪判決を出した。

当事者たちが予期しなかった運動の盛り上がりは、スハルト長期政権の権力乱用を目の当たりにしてきた都市部中間層が、社会的不公正に厳しい目を向けていることを意味するものだった。

「プリタに自由を」と呼びかけるキャンペーンのポスター

デジタル市民運動のネットワーク

2013年6月、デジタル市民運動リーダー、ブロガー、法律家が集まり、ジャカルタを拠点とする「東南アジア表現の自由ネットワークSoutheast Asia Freedom ofExpression Network(SAFENETセーフネット)」が結成された。東南アジア全域における表現の自由をモニターし、相互連帯していくことを目的とするものである。これに加えてインドネシア国内のデジタル市民運動の連携の場として、「セーフネット」等主要団体が中心となって「デジタル民主主義フォーラム」も、14年12月に結成されている。

「セーフネット」によれば、14年時点で電子情報・商取引法が原因の人権侵害件数は78件で、そのうちの92%が名誉毀損罪の告訴、5%が宗教冒とく罪の告訴であったという。これゆえにデジタル民主主義フォーラムが取り組む主要テーマは、電子情報・商取引法の改正である。「プリタに自由を!」キャンペーンによって、デジタル市民運動の語り部となったプリタ・ムルヤサリも「セーフネット」に加入し、同法27条3項の撤廃を訴えるとともに、同法被害者を救援する活動を開始した。

16年11月には、電子情報・商取引法は改正され、「乳児から母を引き離した」とプリタの事件で物議をかもした容疑者拘留は廃止され、懲役は最高6年から4年へ緩和され、罰金額も引き下げられた。同法違反について無罪となった場合、過去の報道の削除を求める権利、すなわち「忘れられる権利」も保証された。

しかしプリタが求めた27条3項の撤廃は行われず、権力による同法の恣意的運用の可能性は残されたままである。また新たに盛り込まれた「忘れられる権利」についても、汚職政治家の経歴抹消への乱用を危惧する声もある。

ところで「多様性の中の統一」を国是とするインドネシアにおいて、「SARA(民族、宗教、人種、階層)」に踏み込んだ発言はタブーとされる。SARAを乱す情報がウェブサイト等で拡散された場合、政府はそのウェブサイトを遮断することも改正電子情報・商取引法に規定されている。これについても、表現の自由の観点から問題を孕んでいる。

16年から年にかけてのアホック・ジャカルタ州知事の知事選での発言をめぐる混乱の後、同法を政治的に利用しようと目をつけた勢力が現れた。華人系のアホック知事が選挙中クルアーンを侮辱する発言をしたと主張して、イスラム強硬派が大規模抗議デモを組織し、アホック知事を追い落とすことに成功したのである。知事選敗北後、アホック知事は宗教冒とく罪で禁固刑を17年5月に言い渡されている。

イスラム強硬派はアホック失脚に味をしめて改正電子情報・商取引法28条2項を悪用し、「ソーシャルメディアでイスラムを侮辱する者たちがいる」と言い立てることによって、デジタル人権活動家狩りを行っている、とデジタル市民運動側は現状を憂慮している。(公平を期するため付言すると、知事選中、アホック知事が華人系であることを中傷するソーシャルメディア上の書き込みをやめさせるため、イスラム強硬派を取り締まる根拠となったのが、電子情報・商取引法だったのも事実)

デジタル・リテラシーと選挙モニター

2019年の大統領選挙では、大統領支持派、プラボウォ候補支持派の両陣営からソーシャルメディアを通じてニセ情報、デマ、中傷が流され問題となった。この大統領選挙を通じてhoax(中傷、でっち上げ)という英語は、もはやインドネシア語の語彙「hoaks」となってしまったほどだ。

近年のデジタル市民運動のなかで、注目を集めているのが、デジタル情報の真偽を正しく判断できる能力、デジタル・リテラシー向上への取り組みである。その代表格が「健康的なインターネット利用」を訴える市民組織「ICTウオッチ」で、02年に設立された。ICTウオッチは、インドネシア社会のデジタル・リテラシーを高めるためには、デジタル情報アクセスの不平等(デジタル・ディバイド)を解決することが不可欠と考えている。そのカギを握るのは学校教育である。

若い世代のデジタル・リテラシーを高めるためには、ICTの何たるかを知る教師によって支えられたカリキュラムが重要となってくる。しかし、この流れに逆行するように教育省が13年に導入した新カリキュラムでは、ICT教育は必須科目から除外されてしまった。結果として多くの学校においてICT教育は教育現場から消えてしまった。これゆえにデジタル・ディバイドが悪化することを懸念する市民組織が、デジタル・リテラシー向上取り組みの主役となったのだった。

ICTウオッチは、子どもたちのデジタル・リテラシーを向上させるため、親や教師のトレーニング・プログラムや教材開発を行っている。

子供たちのデジタル・リテラシー向上を呼びかけるICTウォッチ

民主主義の根幹をなすのは、公正な選挙プロセスと言ってもよいだろう。ICTによる選挙モニターも、デジタル市民活動の重要な活動領域である。14年、19年のいずれの大統領選挙においてもプロボウォ陣営は選挙に不正があったとして敗北を認めなかった。インドネシアのメディアやシンクタンクは党派性があり、どの陣営側に立つかによって開票速報の数字も大きく異なり、プラボウォ候補の勝利を伝えるメディアもあった。プラボウォ支持者は容易に引き下がらず、インドネシア社会は分裂の危機に立たされた。

ここで重要な役割を果たしたのが、選挙をモニターするデジタル市民運動である。例えば「選挙守護団(カワル・プミル)」は、14年選挙においてネットを通じて700人の市民ボランティアを組織し、各投票所の投票を監視し、厳正中立な立場に立って投票用紙を確認するなどの作業を行って、有権者の信用を得た。ICTによる選挙モニターが、選挙の信頼性をめぐる出口の見えない深刻な対立を収束させることに一役買ったのだ。

少数派の声を伝える

スハルト強権体制の時代、国内のテレビメディアは軍によって統制され、権力批判の映像を流すことは極めて困難であった。民主化されて軍の検閲は廃止されたが、組織改革によって世代交代した軍や警察であっても、新しく登場したICTに関し、治安対策という名目のもとに情報統制を拡大しようという組織的遺伝子を受け継いでいる、

警察や軍など治安当局の情報規制に対抗し、民主主義と社会正義を守るために、既存メディアでは報道されない映像情報をインターネット上に流す国際市民組織「エンゲージメディアEngageMedia」が、2005年にインドネシアとオーストラリアにて設立された。

「エンゲージメディア」の看板プロジェクトが、11年から開始された「パプアの声(Papuan Voice)」である。米国フォード財団の支援を受ける同プロジェクトの目指すところは、プロフェッショナルなパプア人映像記録者の育成だ。分離独立運動が続いているパプアは、民主化後も厳しい治安当局の言論統制が存在する。報道機関の取材活動が制限されている現状にあって、この地域で何が起きているのかを、外部の人間が知る機会は限られている。そこでパプアの人びと自身が「自らの物語」を語り外部世界に発信していくために、短編映像ドキュメンタリーを製作するパプア映像作家の創作力を磨こうというのである。

同サイトによれば、これまでパプア人80人以上の映像作家がトレーニングを受け、100本以上の短編映画、2巻のDVDが製作された。これらの作品はパプアのみならずインドネシア国内やマレーシア、オーストラリア、米国等世界各地50か所で上映されており、その中の一作「兵士へのラブレター」はインドネシアの「南々映画祭」において最優秀ドキュメンタリー作品賞を受賞している。(「パプアの声」は、インターネット検索サイトに「Papuan Voices EngageMedia」と入力すれば、さらに詳細情報の入手が可能だ。作品「兵士へのラブレター」も同様に、「EngageMedia Love Letter to theSoldier」と入力すれば、英語字幕付きの動画を日本でも視聴することができる)

「パプアの声」による現地での映画上映会

ところで既存メディアで報道されない情報をインターネットに流す市民ジャーナリズムを標ぼうする運動の一部に対して、ジャーナリズムと言えるのか疑問視する声があるのも事実である。パプアをめぐる「市民ジャーナリズム」でも、「パプアの声」は自制的であるが、なかには治安当局を現場で意図的に挑発し「暴行」場面のみを切り取って流すことによって、自分たちの運動に利そうという意図が透けてみえる団体もある。これは明らかに禁じ手であり、信頼性、透明性を命とする市民ジャーナリズムの自傷行為といえよう。

ICTは、民主主義にとって諸刃の剣であることが明らかになってきた。であるならば、その陽の部分を最大限に生かし、官を補完し、時に官と対抗して、社会的公益を増進させようというのが、インドネシアのデジタル市民運動である。都市部中間層、若者、国境を越えた連携によって支えられる、この新しい運動が、いかに内発的に市民意識を成熟させ、各層に浸透させうるのか、その模索がこの国の民主主義の未来を担っている。

P_B1C1_0405_124201 (2)

小川忠

跡見学園女子大学教授、元国際交流基金ジャカルタ日本文化センター所長