コラム:小川忠のインドネシア目線

デジタル化社会への期待と疑念

再選されたジョコウィへの落胆

ジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)が5年前大統領に就任した時、彼は1998年スハルト政権崩壊から始まった新しい時代を体現する、インドネシア民主主義の期待の星ともいうべき存在だった。米国大統領と似た風貌から「インドネシアのオバマ」と呼ばれ、2008年米国大統領選時のオバマ同様にソーシャルメディアを駆使して有権者との対話を重ね、それを支持獲得の原動力とした。それまでこの国の政治風土になかった斬新な手法は、若い世代の政治感覚、メディア感覚ともマッチし、まぎれもなく14年のジョコウィは若者のヒーローだった。しかし2期目がスタートする今、その輝きはずいぶんと色褪せてみえる。

さる10月20日、大統領2期目の就任式が行われた。インドネシア大統領は憲法によって3選は禁止されており、彼にとって今後の5年間が政権仕上げ時となる。就任演説において大統領は、2045年の一人当たりGDPを3億2千万ルピア(約320万円)まで引き上げ先進国の一員になるとともに、国の名目GDPを7兆ドルまで成長させ世界五大経済大国に仲間入りさせるという長期目標を示した。その時には国民の貧困率ゼロにするというのである。この長期目標を達成するために、今後5年間の優先項目として、①人材開発②インフラ開発の継続③規制緩和④官僚主義の簡素化⑤天然資源依存経済からの脱却・製造業競争力強化と現代的サービスへの転換――を挙げた。

続いて23日にジョコウィは第2期政権の閣僚人事を発表したが、注目点は軍・警察出身関係者の処遇だ。なによりも2回の大統領選で最高権力の座を争ったプラボウォ・スビヤントを国防大臣に任命し、政敵を政権内部に取り込んだことには、「よりにもよってプラボウォを国防大臣とは」と驚きの声があがった。プラボウォは、スハルト政権末期、陸軍特殊部隊司令官として非合法工作を指揮したとして軍籍をはく奪された経歴をもつ人物なのである。プラボウォ入閣の結果、彼が率いるグリンドラ党も与党となり、ジョコウィ政権の連立与党の国会議席占有率は74%となって、一見彼の政権基盤は強化されたかに見える。

また国家警察庁長官としてイスラム過激勢力の取り締まりで実績をあげたティト・カルナヴィアンを内務大臣に配置し、これまでイスラム界の重鎮がつとめてきた宗教大臣にファルル・ラジ元国軍副司令官をあてたのも、治安対策の観点から置かれた布石という印象を受ける。ファルル・ラジは、国軍内でプラボウォとライバル関係にあったウィラント陸軍大将に近く、プラボウォを軍から放逐した軍幹部の一人だ。

さらに陸軍出身ルフット・パンジャイタンを海事・投資調整大臣に任命したのは、大統領首席補佐官、政治・法務・治安調整大臣など第一期政権の要役を務めた切れ者を、引き続き閣内において重要閣僚として政権内で目を光らせよう、ということなのだろう。

しかし、政敵を取りこむとともに、軍・警察など治安関係者を要職につける人事は、ジョコウィをこれまで支持してきたリベラルな市民層の離反を招くジレンマを伴うものだ。5年前、初の庶民出身大統領としてインドネシアの民主主義を発展させてくれる指導者として市民から期待されたジョコウィだが、軍や警察への傾斜を強める姿勢に、民主主義後退を懸念する声があがっている。第1期任期終盤の汚職撲滅法改正によって汚職撲滅委員会(KPK)を弱体化させたのは、大規模な学生抗議デモを全国的に発生させる結果を招いた。果たしてジョコウィ第2期政権は盤石なのか。先行きは不透明である。

(左から)プラボウォ・スビヤント国防相▽ティト・カルナヴィアン内務相▽
ルフット・パンジャイタン海事・投資調整相

膨らむデジタル経済への期待

もう一つ、今回の閣僚人事の目玉は、オンライン配車・配送サービスの大手企業「ゴジェック」創業者・CEOのナディム・マカリム(35)を、教育文化大臣に任命したことだ。ハーバード大学経営大学院で修士号を取得後、インドネシアに帰国したナディムは、米国のウーバー社をモデルに、2011年に創業したゴジェックを一大企業に育てあげた。ミレニアム世代を代表する新進気鋭の実業家である。インドネシアを2045年までに先進国入りさせるため、人材を育て新しい産業を興す、という大統領の強い意志を感じさせる人事といえよう。

新しい産業として、ジョコウィが期待するのは、デジタル経済である。グーグル他が行った調査報告「e-ConomySEA2019」は、2019年インドネシア・デジタル経済の規模に関し、前年度比30%強の400億米ドル近くなると予測している。その市場はアセアン主要国のなかでも最も大きな規模に成長しつつある。これは15年と比べて5倍であり、さらに25年には1330億ドルまで拡大する、というのである。

同国のデジタル経済においてもっと大きな規模を占めているのがeコマース市場で、今年は210億ドルであるが、25年には820億ドルに達すると予測される。旅行予約サイトも有望で、現在の100億ドルから25年には250億ドルへと、さらにナディムが手がけた配車サービスが60億ドルから180億ドルへと3倍成長する、と同報告はみている。インドネシアのデジタル経済について、別の情報ソースから見てみたい。シンガポールの広告代理店「We are social」社が毎年発表している世界のソーシャルメディア普及状況報告「デジタル2019」に記載された統計を見ると、同社調べでインドネシアの16歳から64歳までのインターネット利用者の90%が、オンライン取引で商品・サービスを購入している。この利用率は世界で最も高い数字で、他にもオンライン購入のための商品情報サイトをサーチした人96%など、インターネットを使いこなすインドネシア市民は高い消費意欲を有していることがわかる。

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夜、路上にたむろし、携帯電話を使う若者たち。インドネシアでの携帯電話普及率は100%を超えている=ジャカルタで和田大典撮影

とはいえ18年度インドネシア購買者の平均年間購買額は89米ドルで、世界平均634ドルの7分の1にも満たず、実際の消費額は利用率と比べてかなり見劣りするのも事実だ。しかし、「We are social」は「インドネシアのeコマース市場を侮るなかれ」と主張する。18年に1億人以上がオンライン取引で商品を購入し、特に食品購入額は近年では毎年30%拡大しており、その伸びはめざましく、近い将来この国は世界有数のオンライン食品取引市場になるというのだ。

そもそもこの国は21世紀に入って、ソーシャルメディア大国の名乗りをあげた。「Weare social」によれば、人口2・6億人のインドネシアの携帯電話契約数3・5億件、インターネット利用者1・5億人(人口比56%)、ソーシャルメディア利用者1・5億人(人口比56%)、携帯電話によるソーシャルメディア利用者は1・3億人である(同国のインターネット利用人口については、6500万人から1億数千万人まで諸説ある)。

つまりインドネシア国民の半数以上がインターネットを利用し、利用者のほとんどが携帯電話を使ってソーシャルメディアのネットワークに加わっている、ということだ。ソーシャルメディアのなかでインドネシアにおいて最もアクティブなのはYouTubeで、インターネット利用者の88%が視聴している。

フェイスブック利用者数はインド、米国、ブラジルに次いで世界4位、インスタグラムも同様に世界4位、ツィッター世界9位、リンクトイン世界8位と、各プラットフォームにおいて世界10 位以内に入っている。

こうした統計から、この国において都市部中間層を中心にインターネット、ソーシャルメディアの利用は急速に広がり、日本の総人口を超える世界有数規模の情報コミュニティが形成されており、そこに新たな産業が興りつつある、と考えられる。

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インドネシア全土の陸上と海底に光ファイバーケーブルを張り巡らす「パラパ・リング」
=インドネシア通信情報省作成

おりしも高速通信網「パラパ・リング」が本格的に稼働を始めた。ジョコウィ政権は、第1期から全国的な情報インフラの整備と情報インフラの活用促進を重点政策に掲げてきた。第1期政権にとって情報インフラ整備の目玉が「パラパ・リング」高速通信網の全国導入の達成だった。パラパ・リングはインドネシア全土の陸上と海底に光ファイバーケーブルを張り巡らし、世界最大の列島国家インドネシアの連結性を強化しようというものである。ユドヨノ政権時代にプロジェクトはスタートしていたが、19年8月末に最後まで未開通地域として残っていた東部が開通し、10月に本格的稼働を開始した。これで全国34州が光通信ネットワークで結ばれたことになる。記念式典でジョコウィ大統領は、デジタル経済、特にeコマースの発展、各地の連結性強化、地域格差是正とともに、政府の説明責任の強化、行政サービスの効率化への期待を語った。

電子ガバナンスによる
民主主義強化の試み

ふりかえってみると、ソーシャルメディアを味方につけて大統領に当選した第1期ジョコウィ政権がデジタル化政策によって意図していたのは、経済振興と並んで、いや経済振興以上に政治行政の民主化であった。

ジョコウィのデジタル政策ブレーンであるヤヌアル・ヌグロホとアグン・ヒクマットが、『デジタル・インドネシア』(シンガポール東南アジア研究所、2017)の中で、デジタル政策をめぐるジョコウィ政権が目指した政策の核心を「e-governance」(電子ガバナンス)と明示し、政権内部の議論を紹介している。

彼らによれば、ジョコウィは激動の国際社会の中でインドネシア国家の競争力を高めることが自分の政権の最優先事項と考えており、その手段として全ての行政サービスをオンライン化し、容易にアクセスできるようにすることと認識していた。「電子政府」の水平展開は、それまでインドネシアにまん延してきた公職の汚職を減らし、行政の透明化と説明責任遂行力の向上をもたらすと考えたのである。その先にあるのは、単に行政サービス向上であるのみならず、政府に対する国民の信頼を獲得・強化することである。これこそがインドネシア国民統合の礎であり、国際競争力強化の源であると、新大統領と彼のブレーンは政策目標を定めた。そのカギを握るのは、以下のようなデジタル技術を利用した「連結性」の強化である。

・タコつぼ行政を打破し、官僚組織間を横断する連結性(連携思考の強化)
・政府とNGO・市民間の連結性(行政の説小川忠のインドネシア目線明責任力の向上)
・行政とビジネス・市民間の連結性(行政サービスの向上)
・NGO内部及びNGO間の連結性(NGO同士の情報交換と連携支援)
・地域社会内部及び地域社会間の連結性(社会経済開発の強化)

デジタル化社会の負の側面

ジョコウィ政権5年の時を経て、確かに高速通信網でインドネシア全土はつながり、情報インフラの整備は進んだが、地域格差は解消されたとは言い難い。国際情報化協力センター「インドネシア最新IT事情」によれば、島別インターネット普及率に関し、カリマンタン島とマルク・パプア諸島とでは30%の隔たりがある(出典:インドネシア・インターネット・サービス・プロバイダー協会、18年2月発表資料)。地域別インターネット普及率でも、都市部72%、地方都市部48%、と大都市集中傾向が見える。

他にもインドネシアの民主主義の行方を考える時、気になる分析がある。デジタル・メディアの広告内容を分析した、オーストラリアの研究者エンマ・ボルーチによれば、都市部中間層、富裕層はスマホからインターネットにアクセスしフェイスブック、インスタグラム、ツィッターなどを利用している一方、経済的な余裕がない貧困層及び下流中間層や村落部住民はプリペイド式携帯電話のSMSを使う傾向があるという。メディアの利用形態に階級差が認められるというのだ。そこで流される広告が含むメッセージやイメージも、ターゲットにする消費者によって異なり、例えばフェイスブック上の広告では自立したキャリア・ウーマンの躍動する姿が強調されるのに対して、SMSではよりシンプルで、直接的な売り込みメッセージが流れているという。こうしたメディア文化の違いは、国民の格差意識を高め、社会包摂の障害となる可能性もありうる。デジタル経済の発展は必ずしも社会の民主化を約束するものではない。

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毎日新聞のインタビューに応じるインドネシアのジョコ・ウィドド大統領
=ジャカルタで2019年6月25日、武内彩撮影

そしてジョコウィ政権が目論んだ電子ガバナンスを梃子にした民主主義の強化が、必ずしも思惑通りに進んでいないのは明らかだ。彼が大統領に就任した14年からの5年間、ソーシャルメディアが有する負の側面が次第に目立ち始めた。転機となったのは、彼の盟友、ジャカルタ特別州バスキ・プルナマ知事が選挙中、ソーシャルメディアを用いた中傷で当初有利と言われた選挙戦に敗れ、その直後宗教冒とく罪で有罪判決を受け収監された事件である。

そして昨年から今年にかけての大統領選挙では、ソーシャルメディアが主戦場になった。

「ストラテジック・レビュー」誌(19年10月号)掲載イダ・アユ・プラサスティディ論文によれば、7カ月の選挙期間中に、ツィッター200万、フェイスブック30万、インスタグラム3・7万の意見表示があり、ソーシャルメディア上で大統領候補者や彼らの政策をめぐって様々な意見交換が行われた。これ自体は、民主主義の前提となる有権者の自由で活発な議論という政治参加を示すものであって、選挙のデジタル化は民主主義の足腰を強化することに貢献しているといえよう。

しかしインドネシア政府当局の統計では、18年フェイスブックとインスタグラムにおいて8903件、ツィッターにおいて4985件のネガティブな書き込みがなされたという。当局が判断する「ネガティブ」の基準は何か、さらに詳しい説明が必要であるが、そうした点を考慮に入れても相当の中傷合戦が繰り広げられたことは想像に難くない。選挙戦の終盤、非難・中傷の矛先は選挙管理委員会にも向かい、情勢不利と伝えられた陣営から「選挙管理委員会が買収されている」といった情報が流された。選挙最終日、投票当日に、選挙管理委員会に対して約52万のネガティブ・ツィートがあったという。大統領選挙制度そのものの信頼性が、政治的に作りだされたソーシャルメディア言説によって揺さぶられた。ソーシャルメディアは、インドネシア民主主

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21世紀のインドネシアにおいて進行している社会変化の2大潮流は、イスラム化とデジタル化である。19年大統領選挙においても、この二つの潮流は選挙結果に少なからぬ影響を及ぼした。

「民主主義とイスラムは両立する」見本として欧米諸国にもち上げられるインドネシアであるが、イスラム内部においては非寛容化の波が強まっている。そのような中でジョコウィ再選の決め手になったのは、イスラム保守派指導者を副大統領候補に選び、対立陣営の「ジョコウィは反イスラム」という批判を封じたことだった。さらに今回の組閣で、軍・警察出身者を重要閣僚に任じた背景にあるのは、建国以来の世俗主義的国家原理を否定しインドネシアをイスラム法原理に基づく国家に造り変えようという過激思想が青年層や公務員に静かに浸透している現状だ。

デジタル化についても、インドネシア民主化のツールと期待されたが、デジタル化に伴う地域格差、新たな階層格差意識の出現やソーシャルメディアの負の側面を考えると、デジタル化=民主化という図式を抱くのは楽観的すぎる。第2次ジョコウィ政権のデジタル政策を注意深く見ていく必要がある。

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小川忠

跡見学園女子大学教授、元国際交流基金ジャカルタ日本文化センター所長