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小川 忠 (跡見学園女子大学教授、元国際交流基金ジャカルタ日本文化センター所長)

キャンパス過激化への懸念

4月のインドネシア大統領選挙は、排外的なイスラム教徒優先の姿勢を有権者にアピールしていたプラボウォ候補を破って、現職ジョコ・ウィドド(通称・ジョコウィ)大統領が再選を果たしたのだが、気になっていることがある。

テンポ誌(19年4月23日号)掲載の民間調査機関が行った出口調査によると、「大統領選挙・議会選挙において、どれくらい宗教・宗教的価値を考えて投票したか」という質問に対して、「意識した」と回答した人が25・6%、「ある程度意識した」が33・5%だった。独立以来政教分離的な国是「パンチャシラ」を掲げてきたインドネシアにおいて、今回の選挙では6割近くの人々が宗教的要因を意識しながら票を投じているのである。

世代別の投票傾向でいうと、39歳以上の過半数がジョコウィ支持だったのに対して、28歳以下となると、ジョコウィ、プラボウォの戦いはほぼ互角だ。さらに学歴別の投票傾向を見ると、小学校卒の層ではジョコウィが優勢なのに対し、高卒ではほぼ互角、大卒では若干であるがプラボウォ優勢となっており、学歴が高いほど、プラボウォ支持の比率が上がっている。

つまりインドネシア政治において、宗教がますます存在感を高めており、世代が若いほど、かつ学歴が高いほど、イスラム強硬派と結びつき排外的なナショナリズム感情を煽った候補者への支持が強まっているのである。これは近年、大学キャンパスへのイスラム過激思想の浸透を危惧する発言が、政府当局から繰り返しなされていることとも符合する。

18年4月、インドネシア国家情報庁(BIN)のブディ・グナワン長官は、インドネシア全土の39%の大学生が過激思想にさらされており、「大学キャンパスは過激組織が新メンバーをリクルートする草刈り場になっている」と述べた。BINの調べでは、24%の大学生、23・3%の高校生がカリフ制国家を樹立するためのジハードを支持している。またインドネシア国家テロ対策庁(BNPT)はイスラム過激組織が浸透している大学として、インドネシア大学、バンドン工科大学、ボゴール農科大学、ディアポネゴロ大学、スプル・ノーペムブル工科大学、アイルランガ大学、ブラウィジャヤ大学の7大学を名指して、警鐘を鳴らした。いずれもジャワ島に所在し、インドネシアの高等教育を代表する名門大学であるがゆえに驚きの声があがった。

ジャカルタの米大使館前で、イスラム教を冒とくした米映画に抗議するイスラム団体の女性
ジャカルタの米大使館前で、イスラム教を冒とくした米映画に抗議するイスラム団体の女性
=2012年9月14日、佐藤賢二郎撮影

ISのジハードに共鳴する女学生

テンポ誌(18年5月28日号)が、大学キャンパスにおける過激思想の浸透に関する特集を組み、その中で国家警察機動隊本部を襲撃しようとして身柄を拘束された18歳と21歳の女学生への留置所内インタビュー記事を掲載している。そのうちの一人のシスカは、名門国立大学インドネシア教育大学の学生である。もう一人のディタは中部ジャワのイスラム寄宿舎(プサントレン)の卒業を控えた学生で、小学校の代用教師をつとめていた。

ディタは民主主義を、人間が作った掟であるがゆえに、神の掟に背く「ハラーム」(イスラム教徒にとっての禁止行為)であり、「イスラムを攻撃し、イスラム法に従わない輩は処刑すべき」と公言してはばからない。彼女たちはインスタグラムやWhats Appを通じて、こうした思想を吸収したという。「もし機会があるなら、IS(「イスラム国」)の戦闘に加わり、イスラム国家をインドネシアのみならず全世界に樹立したい」とも。

まだ幼い面影の残るうら若き女学生の、このようなイスラム主義への確信に満ちた発言は、インドネシア社会にとって衝撃的だったようで、テンポ誌は彼女たちの出現を「教育小川忠のインドネシア目線ジャカルタの米大使館前で、イスラム教を冒とくした米映画に抗議するイスラム団体の女性=2012年9月14日、佐藤賢二郎撮影17毎日アジアビジネスレポート 2019年7月号体制の破綻」と報じた。

少数派へ非寛容な若者

しかし真の問題は、ごく一部の極端な過激学生の言動ではない。これまで長くインドネシア・イスラムの美風とされてきた他の宗教、価値に対して柔軟に接し、平和裏に共存してきた寛容性・柔軟性が、若い世代全体において弱体化していることが問題なのである。これは長い目で見て、この国の国民統合に暗い影を落とすのではないか。インドネシア国立イスラム大学ジャカルタ校イスラム社会研究センター(PPIM)が18年にまとめた「Z世代・宗教アイデンティティの混乱」という調査報告を読んで、強くそう感じた。

「Z世代」とは、PPIMの定義によれば、95年から2000年までに生まれた18歳から23歳までの、(調査時点で)大学学部学小川忠のインドネシア目線生にあたる世代を指す。いわゆるミレニアム世代、Y世代の後の世代である。民主化され、経済成長の恩恵を受け、内外の情報に自由にアクセスし発信できる、要するにグローバリゼーションが進行するインドネシアで育ってきた世代である。

PPIMは、17年10月にインドネシア全34州、イスラム教徒の高校生1522名、大学生337名、学校教員264名、宗教学校教員58名、合計2181名を対象にアンケート調査を行った。これによれば学生の大多数が、イスラム内部の少数派(シーア派、アハマディア派)に対して非寛容で、回答者86・5%が「政府はイスラムの教えを歪める少数派の存在を禁止すべき」と答えている。また53・7%が「ユダヤ教徒はイスラムの敵」と回答している。「非イスラムが自分が住む地域の自治体首長になることを認めるか」という質問に対して、67・7%の学生が認めないと答えている。

学生の91・2%、教員の69・2%が「イスラム法(シャリーア)をインドネシア国家へ導入すべき」、学生の19・2%が「(イスラム法を導入しない)政府を背教者」と答えているのも、政府当局にとって驚きの数字であろう。

国立イスラム大学ジャカルタ校イスラム社会研究センターが
ジャカルタの米大使館前で、イスラム教を冒とくした米映画に抗議するイスラム団体の女性
=2012年9月14日、佐藤賢二郎撮影

イスラムと学生運動

振り返ってみると、イスラムと大学生の結びつきは今に始まったことではない。これまでイスラムを思想的基盤とする学生運動は、大学キャンパスを越えてインドネシアを変革する大きなうねりを作り出してきた。

1970年代のスハルト強権体制下、政府がキャンパス内の学生による政治活動を厳しい管理下に置く中で、ダアワ・カンプスと称する、個人のイスラム覚醒とこれに基づく社会運動(福祉・教育・農村開発など多岐に及ぶ)は、バンドン工科大学等の有力国立大学から全国の大学に拡大していった。これが後にスハルト政権を崩壊させる市民運動の一翼を担ったのである。

当初はムスリム学生協会(HMI)のような穏健リベラル指向の強かったイスラム学生運動であるが、80年代以降、その中からより急進的イスラム主義な組織が登場するようになる。98年に結成され、スハルト政権打倒に大きな役割を果たしたインドネシア・ムスリム学生行動連盟(KAMMI)がその代表格だ。同連盟は、インドネシアの政党のなかでも最もイスラム主義的色彩の強い福祉正義党(PKS)と深い関係にある。2017年に政府によって非合法化されたイスラム急進派組織ヒズブ・タフリール・インドネシア(HTI)も、ダアワ・カンプスを通じて80年代からじわじわと影響力を拡大させていた。

ストラテジック・レビュー誌(19年4月号)に掲載された、危機管理専門家ナタリア・ラスコウゥカの論文によれば、現在では大学キャンパスにおいて学生の支持を獲得しているのは穏健なHMIではなく、KAMMIやHTIである。非合法化されたHTIメンバーは今、友人や家族を通じてGema Pembebasan(「自由の響き」)と呼ばれる小グループを作りメンバーを勧誘している、とテンポ誌(18年5月28日号)は報じている。

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国会を占拠し、スハルト大統領の即時辞任を求めた学生たち
=1998年5月19日、近藤卓資撮影

なぜ学生は非寛容化するのか

それにしてもなぜ今、大学生たちの意識が非寛容化するのだろうか。

キャンパス内の急進イスラム主義台頭には、1980年代以降豊富なオイルマネーとともに、コーラン・ムハンマドへの原点回帰と異物排除による信仰の純化をめざすサラフィー主義イデオロギーが中東から流入したことがその背景にある。そういう懸念の声が、ナフダトゥル・ウラマーのようなインドネシアの伝統イスラム組織関係者から聞かれる。

かつて世界の学生運動のバックボーンとなってきたマルクス・レーニン主義が、ソ連・東欧社会主義体制の崩壊によって、その思想的破たんが80年代末に明らかになり、これに代わる世直しの思想としてイスラム主義が中東や南アジアにおいて注目されるようになったという側面もあるだろう。

「脱過激化」に取り組むジャーナリストのヌール・フダ・イスマイルなど、大学キャンパスの実情を知る少なからぬ識者が指摘するのは、若者のアイデンティティをめぐる問題だ。

高い経済成長によって社会が豊かになっても、依然として成長に取り残される貧困層がこの国には存在する。政治は民主化され、自由にものを言えるようになったが、政治家や官僚の汚職は後を絶たない。欧米発のグローバリゼーション、新自由主義が、社会的弱者を切り捨て、自分の身近な世界を解体に向かわせている。そうした状況のなかで、お偉方が説く「多様性の中の統一」や「パンチャシラ」は、嘘っぽい。許せない不正義がインドネシア社会に存在する。そんな今の世の中で生きる意味は何か、自分は何ができるか。

責任感強く、社会を良くしたいと理想を抱く若者ほど、そうしたアイデンティティ不安に揺れる。複雑な現代世界の有り様について、イスラム主義は、「敵/味方」「正義/不正義」をはっきりさせて意味づけを行い、若者に歩むべき道を説くのである。

ヌール・フダ・イスマイルは、イスラム主義になびく青年の心には、政治イデオロギーのみならず、不正を許さない正義感、弱者を助けたいという社会奉仕・福祉への志という感情という側面もあり、彼らの思想を一概に危険視し、取り締まるべきではないと主張する。思想が過激であっても、行動が過激であるとは限らないと前述のPPIM報告も指摘している。

ヌールのような知識人は、主に治安当局サイドから流される「過激化するキャンパス」発言に対して、一部の極端な事例をもとに大学生全般が過激化していると断じるのは尚早、と釘をさす。過激化防止対策として、警察や軍がキャンパスにスパイを放ち、学生の言論を操作しようとすることの危険性を挙げ、それこそが民主主義の危機を招く、というのである。

確かに学生がイスラム過激主義に感化を受けたとしても、そうした学生が即テロ等の非合法活動を始める訳でなく、やみくもに思想を取り締まるのは民主主義の自殺行為ともいえる。

筆者は国際交流基金ジャカルタ日本文化センターに勤務していた2011年から16年当時、日本語や日本文化を学ぶ多くの大学生たちと接してきた。その実感からすると、自分が知る日本との交流に積極的で、明るく開放的な若者たちは、治安当局が取り上げる大学生の非寛容化から全くかけ離れた存在、としか考えられない。

国際派と反国際派イスラム主義者の二極化が、学生たちのあいだで起きているのだろうか。しかし、イスラム主義になびく学生の中にもヌールが言うように社会貢献意識、利他主義感情が流れているとしたら、国際派と反国際派の距離はさほど離れているわけではなく、グローバリゼーションという硬貨の表裏なのかもしれない。

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筆者の授業を受ける大学生たち=ジャカルタ近郊のインドネシア大学で

在日インドネシア社会で支持されるイスラム主義政党

最後に在日インドネシア社会の投票傾向に関し触れておきたい。4月24日のじゃかるた新聞によれば、大統領選と同時に行われた国会議員選挙の日本での在外投票において、福祉正義党(PKS)が最多得票した。同党は、04年、09年の選挙でも日本で首位を獲得し、14年は政権与党の闘争民主党と僅差で2位であった。前述のとおり、PKSはエジプトのムスリム同胞団をモデルとして学生運動から生まれたイスラム主義を掲げる政党であるが、設立当初と比べて現在はかなり穏健化、現実路線を歩む政党へ変容を遂げている。

現在の党首ソヒブル・イマンは、日本の大学で学部から博士課程まで学んだ元日本留学生だ。同党の日本支部代表によれば、日本にやって来た実習生や留学生をイスラム勉強会に誘い、そこで生まれる対人関係から支持を広げているという。

日本のPKS支持層はどのような世界観、宗教観、日本観を抱いているのだろうか。日本のインドネシア人コミュニティーにおいて、本国では6番目の政党であるイスラム主義政党PKSが最も支持を集めていることの意味を、今一度考えてみる必要がある。