IMG_4412日本国内の中堅・中小企業の優秀な人材確保が課題となる中、アジアからの労働力に期待が寄せられている。最近、注目されて急増しているのはベトナムからの人材である。ベトナムの日本企業向け人材教育・紹介・送出しを行う「ESUHAI(エスハイ)」のレ・ロン・ソン社長=写真=に起業の思いや今後の展望について聞いた。(Mainichi  Asia Business Institute: 毎日アジアビジネス研究所 清宮克良)

二宮金次郎の銅像

二宮金次郎像ベトナム・ホーチミン市にあるESUHAI本社とKAIZEN吉田スクールの正面玄関前に、二宮金次郎の銅像=写真=が立っている。レ・ロン・ソン社長は「日本こそ、ベトナムが目指す未来の形だ」と語る。社長が見習うべきと思う日本の素晴らしさとは、技術、会社組織、インフラ、サービスに加えて、勤勉さや規律を守るビジネスマナーである。

レ・ロン・ソン社長はホーチミン工科大学卒業後、1995年に来日した。2001年に東京農工大学大学院の修士課程を修了している。来日当初は、機械工学科で金型を学び、就職して、いずれ帰国して金型の工場を立ち上げようと考えた。

それが変わったのは、日本に技能実習制度があることを知り、制度を勉強したからだ。大学で座学で講義を受けても決定的に足りないのは現場での実戦力だ。当時、来日するベトナム技能実習生の中には日本語や技能を真剣に学ぶ意欲が見られない者も多く、真面目な若者が制度を生かせないのではないか、本国できちんとした教育なしにただ送り出すだけでいいのかとの疑問があった。

レ・ロン・ソン社長は「逆にチャンスと思いました。ベトナム人が技能実習を終了して帰国し、30歳で管理職に就ける人材を育成しようと考えた」と振り返る。

2001年に起業し、日本の中小企業基盤整備機構アドバイザーに就任した。2002年から2つの教室で4年間、社長自らが日本のマナー、文化、社会をはじめ、日本企業で働くために必要な専門用語、仕事の仕方などを教えた。

Sの力の二乗

2006年に「ESUHAI(エスハイ)」を設立した。企業ロゴは「S2」をデザイン化したもので、ベトナムと日本の国土の形は同じようにS字型に似ている。Sの力が二乗すれば、さらに両国は発展し、アジアや世界を牽引できるとの思いを込めたものだ。KAIZEN日本語学校も開校した。校名のKAIZENの由来は「TOYOTAのKAIZENは革命ではなく、日々変えていく努力、改善するという言葉に感銘を受けたから」と言う。

授業風景日本のM&Aの草分けであるレコフグループの吉田允昭(まさあき)代表との出会いがあった。吉田氏からベトナム高度人材に学費免除の奨学金を出す提案があり、2008年にKAIZEN吉田スクール=写真=として高度技術者クラスを開設した。吉田氏には名誉校長に就任してもらった。レ・ロン・ソン社長は「高度エンジニアなら就労ビザを獲得できる。日本企業からはベトナムの大卒に来てほしいとの要望がある。将来は帰国して(単なる管理職ではなく)経営幹部、専門職幹部になってほしい」と高度人材への期待を寄せる。

2013年には国際協力機構(JICA)の海外支援融資制度再開後第1号のパイロットアプローチ対象「産業人材育成」案件としてESUHAI新社屋とKAIZEN吉田スクールの新校舎ビルが完成した。

日本へ送り出した技能実習生などのベトナム人材は、高度人材は350人を含め、計5,000人にのぼる。

レ・ロン・ソン社長は「来日してから23年が経つ。日越関係が良好なのはベトナム人と日本人の人柄、性格が合っているからだと思う。日本の人口が減り、海外からの人材を必要としている。ドイモイ政策から、ベトナムの中小企業数は50万社に増えた。しかし、従業員2、3人の企業が多く、優秀なベトナム学生を雇うことはできない。ベトナムは年間100万人の新就労者がいる。労働輸出国ではないが、海外に派遣してもいい。そこで日本は特別の意味を持つ。故郷はベトナムだから、日本に暮らしても何かベトナムに支援すればよい。将来はそんな両国関係になってもいいのではないか」と語る。

さらに、人材育成の視点から日越大学につながる発想もあった。日越大学設立には、発起人となった吉田允昭氏、日越両国政府と関係の深い元農相で現公益財団法人東亜総研代表理事の武部勤氏の力は大きい。武部氏は、技能実習生の監理団体としてもESUHAIと提携し、ベトナム人の人材育成を行っている。

 

日越100年構想

ESUHAIは「日越100年構想」を掲げている。

100年前の1918年、ベトナム独立運動の志士、ファン・ボイ・チャウは3度目の来日を果たした。目的は日本の支援者である浅羽佐喜太郎に贈る「報恩の記念碑」を浅羽の故郷、静岡県袋井市の常林寺に建立するためである。その後、ファン・ボイ・チャウは1925年に上海でフランス警官に逮捕されるという運命をたどった。ハノイで終身刑を宣告され、恩赦後にベトナム中部の古都、フエに軟禁されたまま亡くなった。

両国が100年の長きにわたり互いに補完し合い、それぞれの課題を解決して同時に発展する未来を目指すーー。100年構想の根底には、ファン・ボイ・チャウと浅羽佐喜太郎の友情物語がある。

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ESUHAI Co.,Ltd (エスハイ) 

2006年6月設立。ホーチミン市計画投資局認可。従業員250人。本社はホーチミン、支店はハノイ、ダナン、ヴンタウ。、東京に連絡事務所を持つ。教育部門はKAIZEN吉田スクール、グループにベトナムコンサルティング(東京)。