IMG_4578安倍晋三首相が外国人労働者の受け入れ拡大方針を示す中、ベトナムに次いで将来の「アジア人材」として期待されているのがミャンマーだ。ヤンゴン在住で旅行業などを営むニートウェ氏(49)=写真=は今年6月、日本向け人材を養成するGSS日本語センターを開校した。ニートウェ氏が7月に来日した際、開校の理由と同センターの特徴などを聞いた。【毎日アジアビジネス研究所 清宮克良】

 

 

日本人形や兜のある教室

ニートウェ氏はミャンマー政府が10月から日本人観光客のビザを免除することに伴う日本人客の対応のために急きょ来日した。日本相手の旅行業者として実績のあるニートウェ氏にGSS日本語センター開校について尋ねると「自分は貧しい中で日本語を勉強して日本へ行くチャンスをつかんだ。だから同じ境遇の若者が日本で学べるように支援したい」と開口一番に答えた。

日本の人形-min

GSS日本語センターはニートウェ氏の社屋に併設されている。教室には大きな日本人形=写真=や兜(かぶと)、夫婦(めおと)人形などが置かれ、日本情緒を醸し出している。

日本語教師はすべて女性のミャンマー人4人が担っている。そのうちの一人、キンヌウェヌウェウーさん(38)はシットウェー大学哲学科卒で日系企業の勤務経験があり、日本的な対応ができる。ミョーミョーチーさん(38)はヤンゴン外国語大学出身だ。

タント孤児院の生徒

孤児院 Win先生250人の生徒のうち、25人はヤンゴンから南の川を渡ったエリアにあるタント孤児院=写真=で生活する高校や専門学校を卒業した生徒たちだ。当初はGSS日本語センターに通学してもらう予定だったが、片道3時間の交通費や昼食代などでお金がかかるため断念し、教師を孤児院に派遣して教えている。

タント孤児院は非常に大きな孤児院で800人の孤児が生活している。認定NGO法人「日本ミャンマー豊友会(通称JAHAMA)」がタント孤児院に毎年多くの寄付をしており、その一環として孤児に日本語を教えることになった。JAHAMAはヤンゴンに拠点がないため、日本語学校の準備(教師確保や日程調整)はすべてGSS日本語センターが行い、教師の人件費・交通費や管理費も含めて、孤児院クラスの経費はJAHAMAから拠出されている。

孤児院には地方からヤンゴンに出稼ぎにきた親に捨てられたり、親が亡くなったりした若者が多く、少数民族出身者も少なからずいるという。

宣伝用1-min一方、GSS日本語センターに通う生徒のうちでも、経済的な負担が難しい生徒には無料で授業に出席してもらっている。授業料が負担できない学生は、クラスの開始より早く来て掃除をしてもらっている。

「貧しい境遇の若者にチャンスを与えたい」とGSS日本語センター=写真=を開校したニートウェ氏はどういう人生を歩んできたのだろうか。

クリーニング店主との出会い

ニートウェ氏はミャンマー中部のマンダレーで生まれた。6人兄弟の4番目。決して裕福な家庭ではなかったため、無料の仏教寺院の学校で勉強した。

母親から幼い頃、警察官だった祖父が戦時中に日本兵と親交があった話を聞いた。「(宗主国の)英国から独立するため、日本とともに戦った」と伝えられ、日本に悪い印象は持たなかった。戦後から急速に発展していく日本へ関心を持ち、路上で売っているボロボロの日本語の教科書を丸暗記してカタコトの日本語をマスターした。

十代の頃はその日本語を駆使して、ホテルで日本人を相手にガイドをして生計を立てていた。そこで大阪市西区でクリーニング店を営む男性と偶然出会った。父親がマンダレーで戦死し、弔いに来た。その店主は日本語を学ぶ意欲があり、真面目に働くニートウィさんを気に入ったという。店主のはからいで日本への留学を支援してもらえることとなり、ニートウェさんは1992年10月、22歳で来日した。2年間、店主宅に住み込み、昼は日本学校に通い、夕方からクリーニング店の手伝いをしながら日本語を習得した。東京の貿易会社などでも働き、日本式のきちょうめんな仕事の仕方を学んだ。

98年に帰国後、日本語通訳や翻訳をはじめ、いくつかの事業を立ち上げ、その中で現在は旅行業(Nice Myanmar Travel & Tours)とレンタカー業(Golden Support Service)を軌道に乗せた。顧客は主にヤンゴンに駐在している日本人である。

ニートウェ氏はお金をかけた十分な教育を受ける機会に恵まれなかった。だが持ち前の根性で自分で道を切り開き、加えて偶然のよい出会いもあって、自分の会社を持つまでに成長できた。ニートウェ氏は「その起源は教育である」と考え、経済的な余裕ができた現在、その恩を返すために日本語センターを開校したという。

「稲盛フィロソフィ」が教材

宣伝用2-minGSS日本語センター=写真=の特色の一つは、京セラの創業者である稲盛和夫氏のフィロソフィ(哲学)を授業で教えていることである。ニートウェ氏は稲盛哲学を教えることについて「世のため人のためという利他の心に魅かれました。稲盛さんは仏教に帰依しており、仏教国のミャンマーに通じるものがあると思います」と説明する。

実際には、「京セラフィロソフィ」という本の一節を選び、ミャンマー語で説明。その後それについて教師が各自の意見を述べるという方式だ。最近の授業では「私心を捨てた判断をする」というテーマだった。

ニートウェ氏の関連会社トライズム(東京都中央区)の佐藤浩社長(45)が盛和塾(稲盛氏の「人生哲学」「経営哲学」を学ぶ経営者の会)佐倉支部のメンバーであり、盛和塾とGSS日本語センターを結ぶ仲介役となっている。ニートウェ氏には盛和塾の教えをミャンマーの方にも共有し、そして日本へ就職・留学した際にそれを生かしてほしいという思いがある。

ニートウェさんはクラスが始まるときに一度教壇に立って、日本での経験を生徒に話すことにしている。ニートウェ氏は将来のミャンマー人材について「ミャンマーは発展途上の国。GSS日本語センターもまだまだこれからです。日本に送った若者が、勤勉で緻密な仕事の仕方や技術を習得し、再び本国に戻って国づくりのために貢献してほしい」と抱負を語る。

※GSS

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