リーガルコーナー箭内 隆道弁護士

虎門中央法律事務所弁護士 箭内 隆道

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私がインド滞在を開始する以前は、日本企業のインドビジネスはまだまだ債権回収に困難をみる段階まで至っていない、と聞いたこともありましたが、いざ現地に滞在してみると、日本以上に、理不尽に、商取引において任意の支払いをしてもらえないという話に接することが多くありました。(人口比的にも、いい加減な人は日本より多いと体感します)

債権回収の実像(日本の場合)

筆者は弁護士として債権回収を一つの専門領域としています。日本には「民事訴訟法」「民事執行法」という法律があり、裁判で勝訴判決を得られたら、その判決を用いて国家権力の助力により相手方の財産から強制的に回収する(強制執行)、というのが基本的な制度設計です。

そして、上記に加えて「民事保全法」もあります。イメージとしては、強制執行にたどり着く前に相手方の財産を凍結しておくための制度で、例えば裁判をする前に預金口座を押さえる(仮差押)ことは実務上よく行われます。

ただ、実際上は、この「仮差押」という手続を採ったこと自体により、相手方がその効果に根をあげて、自発的に支払いを申し出てくる、というパターンも多く、むしろそれを期待して申立てをすることもあります。仮差押は、やられる側からすると、予告なしに突然、先に裁判所から書面が届いた銀行や就業先から「あなたの預金口座(や給与)をあなたに支払ってはいけないという決定が届きました。何があったんですか?」と連絡がくる、という事態になるわけですので、実際の不便は勿論、信用にかかわる事態を解消するという観点からも、「もう支払うから仮差押は取り下げてくれ」という反応になることが多いわけです。

支払いまで身柄拘束も――インド

では、インドにおいて、上記の「民事保全法」「民事訴訟法」「民事執行法」に相当する制度がどうなっているかというと、法律としては「Civil Procedure Code(以下CPC)」がこれにあたります。

構成としては、法律自体は150条程度ですが、Schedule(別表)として定められているRuleが膨大で、訴訟や強制執行の手続の細則はむしろRuleに規定されています。そして、その名称こそ、通常「民事訴訟法」と訳されるものですが、内容的には、上記3法を網羅しているものです。

このCPCについて、トピック的にその内容をいくつか紹介すると、まず、強制執行の方式(Mode of Execution)として差押え(Attachment)ができます(60条~)。差し押さえられた物が強制的に売却・換価されることも日本と同様です(別表のORDERXXI「EXECUTION OF DECREES AND ORDERS」の「attachment and sale of the property(41条以下)」ご参照)。

他方、日本にないやり方として、個人的には驚きをもって知ったのが、逮捕及び身柄拘束(Arrest and Detention)という方法が存在することです(CPCの50条~)。任意の支払をするまで一定期間、拘置所(civilprison)で拘束されるというものです。最近の新聞報道等によれば現在でも実際に執行されていることが認められます。なお、女性にはこの制度は適用できない等、細かなルールも定められています。

そして、日本では仮差押が「使える」という話をしましたが、インドでも、強制執行としての逮捕や差押えを、判決前に行ってもらうことはできます。文字どおり、「ARRESTAND ATTACHMENT BEFORE JUDGMENT」として規定されています(ORDER XXXVⅢ)。

更には、相手方が訴訟の対象物やその資産を処分することを禁止する命令を裁判所に発令してもらうこともできます。日本では民事保全法上の仮処分に相当する制度で、Temporary injunctionと言います(ORDERXXXIX)。なお、ここでも、日本の制度と違うのは、仮処分命令の違反があった場合は有罪とされ、身柄拘束され得る(3月以内)、ということです。

債権者による破産申立てが有効

もっとも、私自身がインド弁護士から確認できた範囲では、実務上、裁判前の保全としては、特定の物を仮差押するというよりは、資産の処分禁止を命じてもらう方が手っ取り早いものとして、多く活用されているようにも見受けられます。

そして、本稿の冒頭で説明した、「任意弁済を心理的に強制することを期待した仮差押」に関していうと、現在、インドでこれに相当する方法は、「破産」の申立てです。

インドの破産法(名称はInsolvency andBankruptcy Codeで、頭文字からアイビーシー=IBC=と言われることが多いです)は、債権者が申立てることを原則とした制度設計になっており、日本の場合と比べて、債権者申立てにより債務者の破産手続が開始されるハードルははるかに低いと言えます。債権者はある意味手軽に申立てが可能であり、他方、手続が開始されることを恐れる債務者はそれを回避するため、申立てされると任意に支払いをしてくるわけです。同法は施行されて約3年になりますが、現在でも、インド弁護士と話していると破産法は有効な債権回収手法だと聞きます。

訴訟ではなく国際商事仲裁で

最後に、以上を踏まえて、インドにおける日本企業の巨額の金銭請求事案として、日本国内でもよく報道されてきた、NTTドコモ社、及び第一三共社の案件について、言及させていただきます。

これらはいずれも、インド企業の買収(株式取得)に伴い事後的に紛争が生じたものですが、両社とも、取引先(インド企業)との契約においていわゆる「仲裁条項」を規定していたことから、(特にインドでは非常に時間がかかると言われる)訴訟ではなく、国際商事仲裁手続によって、執行力のある公的な判断を得ることができていた、ということが、まず重要です。

すなわち、両社とも、紛争発生後に、

・仲裁条項に基づき国際商事仲裁の申立て(仲裁地はシンガポールとして)
・自社の主張を全面的に認める仲裁判断を獲得
・かかる仲裁判断に基づき、インド国内で強制執行の申立て→これも認められる

以上の展開をみていることは、同じです。

NTTドコモ社の件は、株式買取請求に相手方が応じなかったという事案ですが、これについては私のプロフィール欄記載の調査研究レポートにて、事実経緯の紹介と解説をかなり詳細にしていますので、お読みいただければと思います。事実経緯としては法廷での裁判官の発言等も含めて報じていますが、解説としては、CPCとは別に、インド仲裁法を根拠とする強制執行や仮処分についても言及しています。

第一三共社の件は、買収時の相手方の説明義務違反により生じた損害の賠償請求で、新聞報道によると、昨年、インド国内での強制執行を認める判決が出た後、裁判所は、相手方に対して資産売却を禁止する命令を出すなどしていたようですが、その後、相手方がこれに違反したとして、相手方を身柄拘束することを視野に入れた裁判所からの事情聴取の手続が始められた模様です。

実際には、身柄拘束という効果を示しながら、裁判所は相手方に、債務の返済計画を示すよう求めているようで、これが功を奏すものなのか、私も引き続き注視していきたいと思っています。なお、同社の件については、同じくプロフィール欄に記載のブログでも取り上げておりますので、こちらもよろしければご確認いただければ幸いです。

やない たかみち 1994年3月、早稲田大学法学部卒業。2000年10月に東京弁護士会登録、虎門中央法律事務所入所。16年から18年3月まで、法務省受託事業「(インドにおける)日本企業及び邦人を法的側面から支援する方策等を検討するための調査研究」のため、ニューデリーをはじめインド各地に滞在した。

同調査研究報告書(法務省ホームぺージ)
http://www.moj.go.jp/housei/shihouseido/housei10_00186.html

インドでの調査や生活を綴ったブログ
http://takamichiyanai-india.blog.jp/