苦労の会社設立

私はヤンゴンでジムを経営している。ジムの名前は「Revolution GYM」。約50人の会員は全員、地元のミャンマー人だ。今回は、会社の設立などの手続きについて紹介したい。

伊勢さん2-1会計士説得し会社設立

法律の知識がない私は、会社の設立を会計士に依頼した。幸いにもヤンゴンには日本人が在籍する会計事務所が10箇所以上もあり、選択肢は幅広い。申請にかかる実費と会計士への手数料をあわせて、10万円~20万円で会社を設立することができる。必要な期間は申請から会社登記まで、1カ月弱だ。

会計士へ相談した際、自分の計画を伝えるのには苦労した。日本人がやるのだからと、プール付きの大規模なジムをイメージされるのだ。「資金が足りない」とか「この国をわかっていない」と言われる。さらには「何年間か日本のジムで働いて経験を積んだほうがよい」と言われたことすらあった。会計士の方も決して意地悪ではなく、親身になってくれてのアドバイスであっただろうが、真面目に聞いてしまっては時間だけが過ぎて一向に起業できない。どこかで見切り発車をする必要があるのだ。

結局、お金の出入りを予想した利益計画書を作成して会計士を説得し、会社を設立してもらえることになった。その後、もちろん計画書通りには進まず、一度たりとも会計士を見返すことはできなかったのだが。

「ミャンマー企業」は断念

私が会社を設立した2017年6月当時は、まだ旧会社法の時代。今年施行された新会社法でも同じだが、ミャンマーの会社は資本金の出所によって「外国企業」と「ミャンマー(地元)企業」に大きく二つに分かれる。

「外国企業」と「ミャンマー企業」の違いは、取締役(出資者)が外国人かミャンマー人かの違いである。対応業種は、外国企業がサービス業のみであり、物を売ることすらできない。一方ミャンマー企業はライセンスさえ取得すればどんな業種も行うことができる。さらに最低資本金も外国企業は5万米ドルと高額であるのに対し、ミャンマー企業ならば1円からつくることができた。

ミャンマー国内でミャンマー企業が優遇されるのは当然のことである。そこで多くの外国人はミャンマー人に名義上の取締役になってもらい、実権は外国人が握るといった形態をとる。こうすることで、サービス業以外の業種も行うことができようになる。

また、法律上の税率は会社区分で差がないのだが、実際はミャンマー企業の方が不思議と税金が安いという噂もあった。ジムはサービス業であるので外国企業も合法的に行えるのだが、そういったメリットを享受しようと、私はミャンマー企業の設立を考えた。

知人のミャンマーの方に取締役になってもらうために、相談に行った。その方はかつて「金」(ゴールド)の販売で財をなし、ヤンゴンにいくつか不動産を所有している。ビジネスに関して理解があると思い、しっかりと条件を説明すれば取締役になってもらえると考えた。また、一緒に旅行にいったり、頻繁に家に招いてもらってご飯を御馳走になったりと、仲良くさせてもらっていたことも一因である。

ジム開業の計画を話すと、「私(筆者)の頼みなら」と拍子抜けするほどあっさり引き受けてくれた。だが翌日、話を詰めるために再訪するとモジモジ煮え切らない様子だ。取締役の報酬の値上げを要求してきたのだ。しぶしぶ承諾したが、さらに会うたびにジリジリと報酬の額が上がっていった。最終的には当初の額の10倍になった。その都度、契約書を交わしていたのだが、法的な拘束力のない契約書は無効と言わんばかりに値上がりし続けた。

遅きに失した感はあるものの、最後にはついに破談となった。そんな折、話し合いをわきで聞いていた大学生の息子さんからメールが届いた。親の携帯を盗み見て私のアドレスを入手したらしい。そこにはこう書いてあった。

“How is your business?  I can help you secretly”

あまりの胡散臭さに、私もこれには苦笑いした。登記上の取締役であるミャンマー人は、日本人を追放したり、資本を自由に売り買いすることができる。そうやって乗っ取られた会社は枚挙に暇がない。この息子と組むのは危険であると判断し、結局、「ミャンマー企業」はあきらめ、「外国企業」を設立するという安全策をとった。

送金は支店経由で

先程述べたように外国企業の最低資本金は5万ドルであるのだが、実は設立時には半額の2万5000ドルを法人口座に入れればよい。残りの半額は5年以内に入金すればよいらしい。法人口座に資本金を入れる際、金額が大きいこともあり、小さな支店より大きな本店のほうがしっかりとした対応を受けられると考えた。

伊勢さん2-2本店に行くと立派なたたずまいに驚いた=写真。スタッフはエリート然とした態度で英語を巧みに操っている。まずはウエスタンユニオンという国際送金サービスでミャンマーに持ち込んだ現金2万5000ドルを個人口座に入れ、それを法人口座に移した。そして資本金の証明書を発行してもらおうとしたのだが、なんと断られてしまった。

行員いわく、資本金として認められるには、「海外銀行振込」されたお金でなければならないとのこと。ミャンマーの個人口座から法人口座に移したお金なので、外国からきたお金だとみなされないという理由だった。元は日本の口座から国際送金サービスを使って送金したお金であるので、外資であることは明らかだと食い下がったが、取り付く島もない。

「いちど日本にお金を戻して、送金しては」といわれたが、それだけで手数料のみならず時間も大幅なロスになる。オンラインバンクで海外送金をするには、事前に日本の支店での登録が必要なため、帰国して窓口で手続きをする必要が出てくるためだ。

杓子定規な提案を真に受けていてはこちらの身が持たない。頭を悩ませたが、ミャンマーではルールが統一されておらず、その場ごとに“ゆらぎ”があることを思い出した。例えばビザの申請の必要書類も窓口によって異なるのである。そこで私は妙案を思いついた。

伊勢さん2-3後日、ヤンゴン郊外の小さな支店=写真=へ赴いた。スタッフは本店よりエリート感がなく、間延びした雰囲気だ。本店でのゴタゴタを伏せ、知らぬ顔で資本金証明書の発行を依頼した。この読みは当たった。何も文句をつけずに資本金の証明書を発行してくれた。こうして無事資本金は認められ、会社の設立が完了したのだ。本店のほうがよいだろうという、自身の権威主義的発想を私は恥じた。

役人には土下座で対応

他にも役所への申請関係では、何度も手こずらわされた。営業許可を取るためには近隣住民10人から署名をもらい、加えて複数の公的な書類を区役所に提出しなければならない。だが、その公的な書類が全く入手不可能なのだ。

区役所からは、「税務署などの役所からもらってこい」と指示されるのだが、そこへ赴いても「そんな書類扱っていません」とにべもない。区役所と税務署を何回往復してもらちが明かない。私は正攻法で乗り切ることを諦め、原始的な「土下座」で乗り切ることにした。

私の土下座は本格派である。というのも半年間ミャンマーの僧院に住んでいたことがあり、三宝(仏・法・僧)へむけて三回頭を下げるミャンマー式土下座だ。特に男性優位の上座部仏教の文化圏おいて、女性に対して土下座をすると効果が大きい。そこまでお願いするならばと、書類を用意せずに、手続きを押し通すことができた。

本来なら賄賂を払う場面であったのかもしれない。私はその後もあらゆるゴタゴタを土下座で乗り越えており、賄賂はこれまで一度たりとも払っていない。繰り返すたびに、土下座のフォームが様になっていくのを私は感じた。

伊勢明敏顔Pいせ・あきとし

 

1988年生まれの30歳。北海道大学工学院修了後、㈱ニコンに入社し光技術の研究開発を行う。2015年に退職後、ミャンマーに移住し、ミャンマー語と仏教を勉強。貧弱な体がコンプレックスだったが、友人の勧めで筋トレを始めた。熱中のあまり、ついには現地でジムを開業することに。