Asia Inside:感染拡大の衝撃

新型コロナウイルス感染拡大で転機迎えた中国
日本企業には深刻な影響

北京より特別寄稿

■陳言

日本企業(中国)研究院執行院長
経済ジャーナリスト
1960年、北京生まれ。82年、南京大学卒。82-89年『経済日報』に勤務。89-99年、東京大学(ジャーナリズム)、慶応大学(経済学)に留学。99-2003年萩国際大学教授。03-10年経済日報月刊『経済』主筆。10年から日本企業(中国)研究院執行院長。現在は「人民中国」副総編集長も務める。

保守的で硬直化した武漢

本稿執筆中の2月23日正午現在、新型コロナウイルス肺炎の感染患者は中国全土で7万7041人(そのうち湖北省は6万4084人で83・18%を占めている)に達し、治癒人数は2万3021人(29・88%)、死者は2445人(3・17%)になっている。

日本の多くの読者にとってあまりなじみのない中国中部の都市、武漢で発生した新型コロナウイルス肺炎がなぜ中国全土に拡大し、日本を含む海外にまで影響を及ぼしたのか?中国が国を挙げてこの感染症に立ち向かった効果、日本企業がこれによって受けた影響などについて、筆者が見聞きした実態をお伝えしたい。

【経済ジャーナリスト・陳言】

 

筆者が直近で武漢を訪問したのは、初秋の気配が漂う昨年9月末だった。武昌、漢口、漢陽のいわゆる「武漢三鎮」を取材して歩いた。

湖北博物館に行ってみた。長江は中華文明の源流であり、4000年前にここで日用品として制作されていた青銅器などの精美さは陝西省西安の陝西博物館の同時代の展示品に比べてそん色なく、しかもこちらの方が重厚で豊潤な感じがした。

時間があったので、辛亥革命武昌蜂起記念館にも行ってみた。筆者の印象では、日本の明治維新勢力が長州(山口県)、薩摩(鹿児島県)から発し、名古屋や大阪ではなかったように、武漢は従来、中国全土に影響を与える大事件が起きる土地柄ではなかった。アヘン戦争、太平天国運動は近世中国を変えた。アヘン戦争当時、香港は漁村に過ぎず、武漢の方が大いに繁栄していた。太平天国でも武漢の損害は南京ほどではなかった。

武漢は他の都市に比べて外来の戦争や新思想とは全く無関係で、旧式の官僚体制が相対的に堅固だった。しかし、不思議なことに、1911年の辛亥革命はこの地で発生し、全中国を震撼させる大変化をもたらしたのだ。

早朝、長江沿いに数キロ歩いてみた。小船が往来し、採りたての魚介類を両岸の住民に売っていたが、その料理の鮮度、味は北京人の経験を遥かに上回っていた。住民が暮らしている住宅街をめぐって宿舎に戻ったが、通りすがりの市場では、野菜、魚介類、穀物にとどまらず、生きているニワトリ、アヒルは言うに及ばず、各種のヘビ、毒ヘビがかごの中でとぐろを巻いていた。鳥インフルエンザの流行以降、北京ではすでに、生きたニワトリや生きたアヒルの販売は禁止され、そもそもヘビを食べる習慣はない。北京人の筆者は正直、「武漢はなんと遅れた街か」と感じた。

夜、居酒屋を見つけて入ってみると、カウンターに座っているのは全員が日本人だった。中国人の習慣で彼らに話しかけると、日本の自動車会社が武漢に派遣した駐在員の皆さんだった。筆者が日本語で話しかけると世間話に応じてくれた。ここは日本の自動車会社が集まっている土地であることを改めて思い出した。

しかし、中国経済の中で武漢が占める規模は大きくない。上海、北京に比べると、武漢三鎮の常住人口は1100万人で、その規模は北京、上海の半分。地域国内総生産(GDP)は1兆3000億元(約21兆円)で両市の3分の1程度だ。

中国では武漢をしばしば「九省通衢」という言葉で形容する。一般的な言い方をすれば「交通の要衝」だ。武漢は歴史上、非常に繁栄した時代もあったが、長江沿い、さらに沿海地区への経済の構造的な転移により、その発展速度、人口増加、行政効率は低下し続けている。武漢が中国の中で遅れた都市であるということは、中国のその他の大都市の事情に詳しい人には自明のことだろう。

中国で大事件が起きるのは、往々にして武漢のように「置き去りにされた都市」なのだ。もし、保守的で融通がきかなかったことが置き去りにされた原因であるならば、新しい革命的な動きが起きるまで「置き去り」は続き、都市の保守化、硬直化はさらに進んでいく。

長江(揚子江)越しに見る武漢の街並み=筆者撮影

 

「デマ」報道からスタートした感染拡大

一緒に仕事をしている友人の家族が武漢郊外の小都市で暮らしている。1月20日、彼の母親が傘寿の誕生日を迎えると言うので、彼には20日に帰郷して、長めの春節休暇を取るように勧めた。

筆者は定期購読している日本の日刊紙の外に、「毎日新聞」を含む各紙をVPNのソフトを通じて読んでいた(今はほとんど読めなくなっている)。武漢の新型コロナウイルスの動向に注目し、武漢に帰郷した友人に最新情報を伝えていた。22日、武漢市は封鎖を決定。友人からは24日になって、封鎖前に武漢から北京に戻ったが、14日間の自主的な自宅待機をすることになり、どこにも行けないという連絡があった。

新型コロナウイルスの襲来は極めて突然だった。今年1月1日、中国は1日だけの祝日休暇だった。筆者は普段はあまりテレビを見ないが、この日は中央電視台(CCTV)が長時間にわたって「武漢で『8人の真相不明の感染性の肺炎が発生した』というデマを流した」というニュースを詳細に報じているのを見た。本来、武漢は保守的で遅れた都市であり、CCTVのニュースに取り上げられるような街ではない。それにもかかわらずCCTVが長時間を割いてデマ情報事件を取り上げたのは、かなり深刻な事態に違いないと思った。

後に分かったことだが、武漢では12月にすでに多数の肺炎の発症が見られ、重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行に似た状況が起きていたが、武漢市政府は住民の注意を喚起する行動には出ていなかった。さらにその後明らかになったのは、武漢の警察当局が1月3日、「デマ」を流していた一人として、武漢市センター病院の眼科医、李文亮氏から任意で事情を聞いていたことだ。警察は彼を厳重に訓戒した上、書類に署名だけでなく母印も押させた。

日本では母印に異様な感じを受けないかもしれないが、中国では警察などの公安機関が関連文書に指紋を押印させる。指紋押印は一般人にとって非常に深刻な事態であることには間違いない。武漢の警察が一人の「デマ」吹聴者をこのように厳しく訓戒したのは、CCTVの報道に関係があったはずだ。

CCTVがすでに彼の行動を違法だと公表した以上、公安警察は動かないわけにはいかない。李文亮医師は後に新型コロナウイルス治療の最前線で感染。2月7日未明、武漢で死亡し、中国世論に激震を与えた。

しかし、CCTVは1月1日になぜ、警告を発した8人の武漢の第一線の医師であることに触れず、単に「デマを吹聴するネットユーザー」としか伝えなかったのか。中国ではこれまで誰一人として真相を究明しようとはしていない。

CCTVは1月1日に全国放送で、新型コロナウイルス肺炎に対する警告を「デマ」と断定した。その後、同月20日に広州医学院の鐘南山元院長が「新型肺炎はヒト・ヒト感染する」と宣言するまで、中国では誰も、武漢肺炎に関する「デマ」を話そうとはしなかった。またこの間、CCTVも新型肺炎に関するニュースを一切報じていない。

誰が武漢の「デマ事件」を取材したのか、なぜCCTVは武漢で発生した重大な感染症に注意を払わなかったのか?1月1日のCCTVの「デマ吹聴者に対する訓戒」のニュースが与えた具体的な影響についても、今日、誰も検証していない。

北京に対してあまり忖度しない上海メディアの「第一財経」は2月11日、武漢感染症の状況について詳細な検証を行った。「第一財経」によると、12月1日から31日の武漢病院内の医師、看護師の感染状況を調べた武漢健康衛生委員会は31日、27人が「ウイルス性肺炎」を発症していると通知しながら、従来通り「人から人への明らかな感染はなく、院内感染は明確ではない」としていた。

「第一財経」のレポートが、1月1日のCCTVの「デマ」吹聴者取り締まりのニュースについて触れていないのは意外だが、23日の武漢封鎖に至る前の、武漢市と湖北省の両会(地方人民代表大会と地方政治協商会議)の開催について言及している。

武漢市両会が開催されていた1月7日から10 日まで、武漢衛生健康委員会は感染症情報を一切伝えていない。また11日から18日、同じく武漢で湖北省の両会が開催されていたが、同委員会は17日まで感染症情報も新患発生状況も報告していない。両会が終了した18日になって突然、4人の感染患者が出たと報告している。

「第一財経」によると、武漢市両会、湖北省両会の開催期間中の1月10日、李文亮医師が感染して入院し、その後各医療機関で医師あるいは看護師の院内感染が発生していたが、武漢衛生健康委員会は統計も取らず、対外発表もしていない。

武漢市内の露店で食事をする家族連れ=筆者撮影

 

情報ないまま「万家宴」開催へ

武漢衛生健康委員会が故意に報告を怠ったのか、あるいは武漢市政府が両会開催期間中、穏やかな世論と社会環境を維持しようと委員会に報告させなかったのか、現時点では分からない。メディア報道も所管委員会の発表もない状況下で1月19日、武漢市百歩亭コミュニティーで「万家宴」が開催された。同コミュニティーの4万世帯の住民が自慢の料理を持ち寄り、いくつかの住民センターで展示し、その後、大宴会が開かれた。

地元紙「楚天都市報」によると、百歩亭の住民は13万人に上る。さらにこれに加えてその他の地方から参加した人や見物に来た人も数万人いたようだ。これがその後の新型コロナウイルス肺炎大流行の伏線となり、武漢が湖北省の他のどこよりも新型肺炎の患者が多く発生した原因が作られたにではないかとされている。

武漢の経済は発達しているとは言えないが、その行政力はその他の地方に比べて鉄壁だと言われてきた。8人の医療従事者が「デマ吹聴」と決めつけられた後もメディアは沈黙を守った。両会開催には喜ばしい雰囲気が必要であり、終了後の住民大宴会も慶祝ムードが不可欠だった。

武漢市の書記、市長は全国的には高位だが、武漢では保守的で閉鎖的な役人であり、恐らく彼らのちょっとした判断ミスによって、武漢が交通の要衝であり、巨大な人口を抱えていることも加わり、感染症を中国各地に急速に蔓延させてしまったのだ。

武漢市百歩亭コミュニティーでの「万家宴」開催を伝える国営新華社通信日本語ニュースサイトの記事。1月20日付で「コミュニティーの住民が手作りした1万種類以上の料理が、主会場のコミュニティー活動センターとサブ会場9カ所にずらりと並べられ、4万世帯以上が一堂に会して、間もなく到来する新春を祝った」と報じた

スイッチが入った武漢救済

2月19日の英字紙「チャイナ・デイリー」によると、1月7日の中央政局常務委員会議で国家指導者はすでに「新型コロナウイルス肺炎の拡大防止行動を指示した」と報じた。また同紙は同日、「1月22日、習近平国家主席は感染症の急速な蔓延について、湖北省に対して、住民、滞在者の域外行きを全面的に規制するよう指示した」と伝えた。

このほか第一財経がまとめたレポートによると、1月20日、鐘南山氏はCCTVを通じて新型コロナウイルスの「ヒト・ヒト感染」を確認した。これは医師の間で流された武漢の8人の医師が罪を問われた「デマ」吹聴報道以降、CCTVが初めて報じた新型コロナウイルス関連のニュースだった。

新型コロナウイルス肺炎の迅速な制圧が国家的な重要任務になって以降、感染症との戦いは文字通り「戦役」から「戦疫」になった。

周知の通り、1月20日から北京などの大都市の感染症専門医師らが次々と武漢に入り、湖北省全域にかなり蔓延するにともない、大都市の医療スタッフは湖北の病院に入った。本稿執筆中の2月23日現在、少なくとも約4万人の医療スタッフが相次いで湖北入りした。その中には解放軍の医療スタッフ約4000人も含まれる。このように強力な医療スタッフが短期間に、集中的に武漢、湖北の感染症蔓延制圧のために投入されたのは、中国で最悪の「戦疫」の戦場は武漢、湖北だったからだ。武漢を攻略し湖北を制圧すれば、今回の新型コロナ肺炎の80%以上を解決できるからだ。

日本読者はすでに報道から、火神山病院、雷神山病院および数千人を収容できる箱舟病院が短期間に建設され、治療に使用されていることを御存知だろう。わずか10日間で1000床を超える病院を建設した。しかし、実はもっと巨大な医療施設を作ることでさえ、今日の中国ではさほど困難なことではない。

その他の面で、全国の省市が湖北の県市と特定のペアを組んで「コネクテッド支援」する中国特有の支援方法を御存じの日本読者は多くないだろう。こうした方法を通じて、全国的な行政能力を結集して湖北の行政力不足を補い、硬直した現地の行政系統を打破し、大きな力を発揮した。それ以降、湖北の感染蔓延が行政の不手際、非効率によって拡大することはなかった。

湖北省党委員会書記、武漢市同書記が罷免され、上海から省委員会書記、山東省済南市から武漢市委員会書記が赴任し、湖北、武漢は旧系統の保守的で無為な高級幹部が追放され、行政も機能するようになった。新しい首長は問題解決ために赴任し、閉鎖的な体制を打破し、全湖北、全武漢に変化が起きた。

2月22日、湖北全域の新型ウイルスの新規患者数は減少しつつあり、4桁増が3桁増に減っている。上海などで新患がゼロとなり、23日は北京もゼロだった。そのうち武漢、湖北の新患数も2桁になり、1桁になる日も視野に入って来る。

全中国の医療能力を結集し、中国の最も優れた行政幹部を湖北、武漢に集めた。日本の読者には湖北、武漢の党委書記の更迭しか目に入らないかもしれないが、その背景には外部の省市の湖北各地に対する個別の行政支援があり、大きな役割を発揮した。

 

深刻な影響受けた湖北省の日系自動車企業

感染症の蔓延防止には人々の動きを止めることが重要になる。武漢は言うに及ばず、北京でも筆者が住んでいる住宅街から外出するのは非常に面倒だ。車で市外に出ると、帰途の路上で非常に厳格な体温測定を受け、車全体が徹底的に消毒される。普段でもあちらこちらに行列ができ待ち時間が長いが、今ではそれがもっと長くなっている。

物流は大部分の地域で停滞している。人の動きについても、地方から北京や上海に戻ると、多くの場合、14日間の自宅待機が命じられ、故郷の家族に発症者がいなくても、自宅待機させられている。四苦八苦して帰郷先から大都会に戻ってきた農民工(出稼ぎ労働者)、あるいは大都市定住者は非常に不便な状況に置かれている。多数の企業が従業員の職場復帰が進ます人手不足で操業停止や操業半減に追い込まれている。

湖北は日系自動車企業が多数集まり、日産は中国での生産の半分をここで行い、ホンダなどもかなり多くの生産をここで行なっている。さらに多くの自動車部品が長江を通って上海に送られ、そこから世界各地に届けられている。湖北の生産停止は湖北省だけの問題ではない。新たなサプライチェーンが確立されれば、湖北が再びそのサプライチェーンに組み込まれるためには、これまで以上の努力が求められるだろう。

中国経済そのものも今回の新型コロナウイルス蔓延中に、すでに大きな変化が起き始めている。筆者の周りでも、妻が参加しているヨガ教室は完全にネットトレーニングになっている。交通時間の節約だけでなく、トレーニング場のレンタルが要らなくなり、その分授業料も安くできる。友人の子供は塾に通っていたが、今ではネット教室で全て録画されていている。夜、両親がチェックするので子供はサボることもできない。

北京の大きなレストランでは客はほとんど見掛けない。しかし、宅配の車は多くなった。レストランを使わなければ、従業員はいらない。レジカウンターも不用。高級レストランも一般市民が食べる料理を売っている。レストランの経営方法も今回の新型コロナウイルス禍によって変わりつつある。レストランも感染の場になるからだ。在宅勤務はすでに必然的にトレンドになっている。北京のバス、地下鉄はいつでも座席に座れる。

地下鉄の自動改札付近で利用者の検温のため待機する駅関係者=上海市内で2月13日、工藤哲撮影

 

武漢を発端に庶民の意識も変化

メディアにも変化が起き始めている。1月20日以降、筆者はCCTVを見ていない。テレビ局から李文亮氏ら8人の医師らに謝罪があるとは思えないし、今後の感染症情報も期待できない。庶民は中国のSNS、微信(ウィーチャット)のモメンツで情報を得ることが習慣になっている。

もちろん「デマ」も「フェイク」も含まれている。新たな感染症情報について、庶民は「ないと信じるより、あると信じる方が良い」と思っている。特にCCTVが「デマ」と決め付けた専門医がSNS上で流す「うわさ」について、庶民はこれを「信じるべき」であることを、学び始めている。

中国は新型コロナウイルス肺炎によって、大きな転機に差し掛かっている。その発端の地は、辛亥革命から100年余の時間を経て再び武漢に戻ってきた。

今後、武漢では野生動物を食べたり、地方政府が故意に感染症情報を隠蔽したりすることはないだろう。新しい武漢に生まれ変わることができれば、中国の経済発展も再び沿海部から南京を経て武漢まで長江をさかのぼって、少しずつ内陸部へ拡大していくと思われる。

 

Asia Inside:感染拡大の衝撃

中国・今年の実質成長率5・7%へ減速見通し
――感染、6月終息すれば

みずほ総合研究所 三浦祐介主任研究員に聞く

■三浦祐介(みうら・ゆうすけ)

みずほ総合研究所
アジア調査部中国室主任研究員
2006年3月早稲田大学第一文学部卒業、同年4月みずほ総合研究所入社、研究開発部(現・社会公共アドバイザリー部)配属。09年4月より中国経済を担当。北京語言大学留学、みずほ銀行(中国)有限公司出向を経て、18年7月より現職。専門は中国マクロ経済・金融動向および構造問題

中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルスの感染が拡大し、中国はもちろん日本、世界経済への影響は必至である。通常は3月初旬に開催される全国人民代表大会(全人代)が延期になり、冒頭の李克強首相による「政府活動報告」で注目される実質国民総生産(GDP)成長率の公表も先延ばしになった。そこで、中国の実質GDP成長率と経済状況の見通しと世界経済に与える影響について、みずほ総合研究所アジア調査部中国室の三浦祐介主任研究員に聞いた。【毎日アジアビジネス研究所長・清宮克良】

 

2019年は実質6・1%

――新型コロナウイルス感染拡大が表面化する前、中国経済の見通しはどうでしたか?

2019年の中国のGDPは99兆865億元であり、実質6・1%の成長となった。19年12月10日から12日に党中央・国務院が開催した中央経済工作会議で決定された20年の経済政策の方針は、新たな発展理念の重要性が強調され、21年以降の政策運営を視野に入れた内容となった。経済の安定維持の重要性も強調されたが、雇用などの安定が保たれることを前提に、成長率が6・0%を下回ることを許容しつつ、インフラ投資や金融政策などによる微調整が行われる見込みとなった。それらを踏まえ、1月中旬までは2020年の実質GDP成長率は5・9%と見込んでいた。

――好材料はありましたか?

今年は中国経済の好転に資する材料が期待できた。自動車販売は昨年半ばから緩やかな改善の兆しを見せているほか、今年1月15日には米中両国間での貿易協議「第1段階」の合意もあり、内外需が比較的良い方向に向かっていくだろうとみていた。また、1月17日には、過去の実質GDP成長率が遡及改訂され、2020年の2010年対比GDP倍増目標達成に必要な今年の成長率が、従来の6・14%から5・62%に低下し、達成のハードルが下がった。米中摩擦による景気減速もあり、昨年の時点では目標達成に強くはこだわっていなかったと思われるが、結果的に達成が視野に入った状況であった。

――1月20日に習近平国家主席から重要指示が出されて以降、感染による肺炎患者数の急増が明らかになるとともに、感染封じ込め策が相次いで実施されました。

とにかくタイミングが悪いと言わざるを得ない。これで状況は一転した。武漢市の交通封鎖や春節(中国の旧正月)休暇の延長、長距離交通の制限など強力な感染拡大防止策の影響で、春節前後の経済活動は大きく縮小した。

――新型コロナウイルス感染拡大は今年の実質GDP成長率の見通しに影響も?

中国の経済活動の迅速な回復は想定し難く、20年1~3月期の実質GDP成長率は4%台まで減速すると想定される。通年では、6月終息を前提として、経済対策がない場合は従来の見通し(5・9%)対比で0・4%ポイント成長を押し下げる。インフラ投資拡大や設備投資促進などの追加経済対策、挽回生産を想定し、5・7%への減速を見込んでいる。ただ、足元では生産再開が相当遅れており、状況によっては、より減速する可能性を視野に入れている。

 

金融システム改革に遅れも

――現状予測の5・7%を下回り、5・0~5・5%の成長率ならどのような影響がでますか?

中国政府としては許容範囲かもしれないが、経済対策が優先となり、金融リスク解消等の構造改革が遅れるだろう。そういう政策のバランスになってくる。中国政府は、既に小規模零細企業や医療用品等の生産企業などに対する資金繰り策を中心に、十分な流動性の供給や再貸出の実施などの金融支援のほか、財政支援や雇用対策を打ち出している。金融緩和によって、企業の債務削減(デレバレッジ)は一時棚上げとなるだろう。また、小規模零細企業向けの貸出強化も金融リスクを高める恐れがある。中国当局は、シャドーバンキング規制強化の影響で資金調達が困難になった小規模零細企業に対し、2018年後半から貸出強化などによる資金繰り支援を実施してきた。今回の新型コロナウイルス感染拡大で、不良債権比率が相対的に高い小規模零細企業への貸出強化が続くことで、金融システムの健全性が損なわれやすい状況になるだろう。

――5・0%を下回ることはないですか?

通年で5・0%以下となる可能性は現時点では低いと考えられる。5・0%以下に急減速すれば、経済が悪くなるだけでなく、金融システムの健全性や雇用にも深刻な影響が表れはじめ、それが実体経済をさらに悪化させる悪循環に陥る可能性がある。政治にも波及するかもしれない。中国政府はあらゆる政策を繰り出し、何としても食い止めるだろう。

 

サプライチェーンに大きな影響

――特に武漢市のある湖北省の経済ダメージは避けられそうにありません。

湖北省に限っては、経済活動はまだ止まっており、打撃がとくに大きい。主要経済指標(2018年)でみると、湖北省の人口は5917万人で全国シェア4・2%、GDPは3・93兆元で同4・4%であることを踏まえると、全国へのインパクトは限定的かもしれないが、自動車生産台数は242万台で同8・7%を占めており、自動車産業、その部品などのサプライチェーンには大きな影響が出かねない。

――中国経済の減速が世界経済に与える影響はどうですか?

世界産業連関表による試算では、設備投資の延期、需要の減少、サプライチェーンへの影響などの要因によって中国の実質GDP成長率が0・47ポイント落ちた場合、世界の実質GDP成長率は0・17ポイント下がり、日本は0・05ポイント減となる。現状の中国の実質GDP成長率の見通し(5・7%)であれば世界経済への影響はまだ軽微といえるが、これ以上の落ち込みがあれば、当然ながら影響が大きくなっていくだろう。

――新型コロナウイルス感染拡大によって、さらに大きな影響が?

世界経済は新型コロナウイルスの影響から20年前半に落ち込むものの、20年代後半から21年にかけて回復すると予想している。予想の前提として、新型コロナウイルスについては感染のピークが3月、終息を6月としているが、3月までの影響の大きさやその後の終息までの期間など、経過を見極めていく必要がある。

――リスク要因は何でしょうか?

新型コロナウイルスの感染長期化による中国経済の下振れとサプライチェーンへの影響、米通商政策によるグローバル経済の下振れ、景気悪化に伴うクレジットサイクルの反転、中東リスクと原油価格上昇などをグローバル経済のリスクとして想定している。