Asia Inside:新興国デジタル産業との共創
アジア・デジタルトランスフォーメーション

経済産業省は昨年9月、大臣官房の下に「アジア新産業共創政策室」を新設した。新組織が推進する「アジア・トランスフォーメーション」という構想は何か。アジアのデジタル化パワーを取り込み日本の産業構造改革につなげる--などという構想を、同室の宮本香織氏に解説してもらった。【毎日アジアビジネス研究所】

経済産業省アジア新産業共創政策室 宮本香織

インド、東南アジアに焦点

中国の成長センターからのピークアウトが顕著になり、次の成長市場はインド、東南アジアに移っていくことが様々なところで議論されている。米中摩擦をきっかけに日本の4倍にもなる成長マネーが東南アジアに流れ込み、東南アジアのデジタルエコノミーは、2014年の数兆円程度から25年には約32兆円へと、年率20%~30%の成長率で急速に成長している。このまま2030年、40年と伸びれば、日本のデジタルエコノミーを追い越す日も近いと見るべきである。

こうした状況を踏まえ、経済産業省では、昨年9月に新たな組織、アジア新産業共創政策室を大臣官房の下に設置した。経済産業政策局、通商政策局、貿易経済協力局の三局に横串を通す新組織で、「アジア・デジタルトランスフォーメーション(ADX))」という構想を推進し、産業構造審議会成長戦略部会や未来投資会議でも議論いただいている。

未来投資会議では、税や予算といった既存のインセンティブ措置では、企業の製品開発投資やM&Aの経営決定に対して十分な効果が得られなかった反省に触れ、新しい産業政策の検討を旗印にしている。その一つの切り口として、勇気ある企業数社がパイオニア的な行動を試みることで、周囲の企業に「同僚・同士効果(PeerEffect)」を及ぼし、それが雪だるま式に大きくなる「雪だるま効果(Snow Ball Effect)」があることが近年知られており、アジア・デジタルトランスフォーメーション構想は、その一例として、パイオニア的な企業数社を育てるプロジェクトにリソースを集中投資する。

 

※東南アジアのスタートアップ企業の資金調達額は1~6月期で151.8億ドル(約1兆6700億円)で、18年年間の118億ドルは大きく上回る。ジャパンベンチャー・リサーチの調査によると、基準は異なるが1~6月の日本における未上場スタートアップの調達額は約1700億円でほぼ18年並みの水準。

 

 

※Google, TEMASEK, ”e-Conomy SEA 2019”より

 

新興国デジタル化パワーを取り込み

アジア・デジタルトランスフォーメーションの基本的な視座は、大きく4つある。

まず、本政策に取り組む最大の目的は、デジタルトランスフォーメーションの加速化だ。日本は、相当便利な社会になり、デジタルで構造改革を起こす起爆力が弱い。一方、新興国では、社会構造の変革がなければ生死に関わる切迫感があり、むしろ新興国の方がデジタルトランスフォーメーションを起こしやすい環境が整っている。日本の中で構造変革を起こそうとするよりも、アジアの新興国に舞台を移すことにより、デジタルトランスフォーメーションを加速化でき、それを日本の産業構造改革につなげる方が、むしろ近道ではないかということが一つ目の問題意識である。

二つ目は、日本の企業経営における問題だ。日本企業は、既存ビジネスの効率化には長けているが、次なる新たなビジネスを育てていく経営ができていないとの指摘がある。そこで、上述のような新興国の環境を利用すべく、企業の人材やノウハウを出島としてアジアに出し、新しい事業を育てる組織能力、人材、その他無形資産を育む苗床とすべきではないか。

三つ目に、アジアのデジタルエコノミーにおけるパートナーとして、アリババやテンセントなどの中国の巨大企業しか顔が見えず、日本の存在感が低下しているということがある。日本企業がこれまで製造拠点として進出し、築いてきた東南アジアでの良好なポジションが弱体化しかねない状況であり、デジタルエコノミーへの参画を一気呵成に進める必要がある。

四つ目は、デジタルのルール整備についてだ。昨年、G20サミットで安倍総理がDFFT(Data Free Flow with Trust)という概念を世界中に広めていく意向を表明したが、実際には、ベトナム、インドネシア、インドなどは、むしろ中国類似のデータローカライゼーション規制を設ける動きが顕著になってきており、東南アジア6億、インド13億の人口がどのようなデジタルルールに服するのかが非常に重要な論点になっている。こうした点に働きかけるためには、その前提として、日本企業の活動がその地域で行われていなければ説得力を持たず、日本企業のデジタル活動を作る投資とルール整備を一体的に推進していかなければならない。

アジアのデジタルエコノミーでは、いわゆるユニコーン企業の数が、日本の5社を上回り、圧倒的に多い。典型的な企業の例として、GrabやGo-jekなどがある。これらは、もともといわゆるライドシェア企業だったが、昨今は、アプリ一つで生活サービスを何でも提供してくれる企業へと進化している。それぞれの評価額は1兆円を超えており、こうした企業が東南アジアからは出現するが、日本からは現れないという対比が明らかになっている。

(インド・ASEAN出所)The Global Unicorn Club(CBインサイト)
(日本出所) Japan Startup Finance Report2019年上半期版

 

ADX第一弾をタイで

こうした状況を踏まえ、アジア・デジタルトランスフォーメーションでは、東南アジアやインドに存在する、ペインポイントといわれる深い社会課題、それをデジタルで解決したいという強い欲求、それを許す規制の緩さ、これらを日本にとってのチャンスと捉え直し、日本列島の中ではなく、アジア新興国に日本の資金・人材・技術・ノウハウを移しかえ、新しいビジネスモデルを一緒に作ることで、日本の産業構造転換につなげたい。

その具体化の第一弾として、昨年11月に、タイのバンコクにて、ソムキット副首相と牧原副大臣の参加の下、日泰企業連携プロジェクトの署名式を開催した。安倍総理とプラユット首相とのバイ会談においても本プロジェクトについては言及がなされ、プラユット首相からは高い関心が示された。

連携プロジェクトは、合計6つあり、日本の大企業と現地のスタートアップとの連携事例として、一つ目に、豊田通商とFlareというタイのスタートアップ企業の連携がある。これは、低所得者向けに車両の広告用カーラッピングサービスを提供し、車両の走行実態に応じた広告収入を還元するサービスを提供することにより、低所得者でも車両の購入を可能にするものである。二つ目に、凸版印刷とDRVRというタイの車両管理スタートアップ企業との連携では、凸版印刷のID認証技術を活用し、メコン域内の物流・宅配企業向けの車両管理システムの共同開発を実施する。

また、日本のスタートアップ企業と現地の財閥や大手企業との連携事例もある。三つ目に、ウミトロンという日本のスタートアップ企業とタイ最大財閥傘下の食品子会社であるCPFOODとの連携では、CPが行うエビの大規模養殖において、AIを活用した画像認識技術を活用し、適切なタイミング・量の自動エサやりを実現する。四つ目には、スカイディスクという工場へのAI導入を進める日本のスタートアップ企業とTTCというタイのエンジニアリング企業が連携し、AIを活用して熟練工でなくてもリアルタイムで発電効率を向上させるシステムを実現する。五つ目に、グラウンドという物流の効率化を図る日本のスタートアップとWHAというタイ最大の物流倉庫を運営する財閥が連携し、人と機械を組み合わせたアジア型の物流モデルを構築する。

最後に、日泰両国のスタートアップエコシステム自体を連携させるプロジェクトとして、日本のディープテック・インキュベーターであるリバネスと泰の財閥や政府等16社によるインキュベーターであるInnospaceの連携では、日泰両国のスタートアップ育成・展開の相互支援を通じて日泰企業のさらなるマッチングを図っていく。

ライドシェアから生活サービス全般のマーケットプレイスに進化したインドネシア・Go-jek社の流れ

 

支援策充実で加速化図る

こうしたイノベーティブな連携をタイだけでなくアジア新興国ワイドで広めることについて、総理を議長とする未来投資会議において議論が進められている。昨年12月には、新しい成長戦略実行計画策定に関する中間報告として、「政府では、新興国企業との連携による新事業創出を『アジアDXプロジェクト』として推進しており、(中略)JETROと在外公館とが協働し、経営層レベルのマッチングなどを行うほか、国内の大企業・既存企業が、アジア企業とともに新たなサービスや商品を志向的に開発する取組や、優秀な人材を外部に送り出す取組を支援する。こうした取組を通じ、最初のパイオニア企業数社を育てるプロジェクトを集中的に立ち上げ、『同僚・同士効果(Peer Effect)』を起こすリーディングモデルを創出する」こととしている。

こうした議論を踏まえ、「アジアDX等新規事業創造支援事業」を補正予算事業として計上したほか、日本企業が国内外問わずベンチャー企業に出資する際に所得控除を認める「オープンイノベーション促進税制」も今国会に提出するなど、支援策の充実を通じ、アジアDXプロジェクトを加速化していく。

昨年11月、タイのバンコクで日タイ企業連携プロジェクト署名式に臨んだ両国政府関係者。両国の大企業やスタートアップが連携してオープンイノベーションを進める6つのプロジェクトの協力覚書が結ばれた。前列右から竹内厚JETROバンコク事務所長▽佐渡島志郎前在タイ日本大使▽牧原秀樹経済産業副大臣▽ソムキット・タイ副首相▽ナタポール・タイ工業省工業振興局長▽和田有平AOTSバンコク事務所長▽チナウット・タイデジタル経済振興庁副所長=経済産業省提供