Asia Inside:越境Eコマース――その巨大な可能性

桁外れの中国Eコマース市場
日本企業に巨大なビジネスチャンス

オンラインで商品やサービスを売買するEコマース(EC、電子商取引)。アジアでは近年、消費市場の拡大やインターネット、スマートフォンの普及で、EC市場が驚くべきスピードで急成長している。国内の市場縮小に苦しむ日本企業にとって、海外のECで商品を販売する「越境(クロスボーダー)EC」を活用すれば、現地法人設立に比べ、海外進出と販路拡大に容易に挑戦することができる。桁外れに巨大化した中国ECと、それを追うインドEC市場への参入について聞いた。【毎日アジアビジネス研究所】

中国商務部(省)電子商務・情報化局が2019年に発表した「中国電子商取引レポート」によると、18年の中国のEコマース(EC)の取引規模は31 兆6300億元(約500兆円)=次ページ・グラフ1参照=と、日本の15年の国内総生産(GDP)に相当する膨大な金額に上った。もちろん一国では世界一の規模。「オンライン小売り」は同年9兆元(約140兆円)を超え、前年比23・9%増=同・グラフ2参照。ここ数年では比較的低い伸び率となったが、それでも急速な成長を維持した。中国のEコマースは急速に拡大し海外企業にも開放され、とりわけ日本企業に巨大なビジネスチャンスをもたらしている。
【経済ジャーナリスト・陳言】

小売りの6割占めるEC 農村部に拡大へ

世界最大のオンライン市場を支える中国ECの就業人員は約4700万人。巨大な規模の就業者は高い技術革新と市場開拓の能力を持ち、驚くべきスピードで新しい製品を生み出し、新商品を中国全国津々浦々に売りさばく。18年にはECでのBtoC小売額は中国全国の小売総額の62・8%に達し、中国の消費者市場は、基本的に人力からデジタル化、電子化のプロセスを実現している。

伸び率から見ると、食品と日用雑貨のオンライン小売は強含みの上昇傾向を維持。アパレル関連の小売りは前年の伸び率から下落したが、それでも25・9%の伸び率を維持している。ビジネスビッグデータの観測によると、アパレル▽日用品▽家電とオーディオ機器――が伸び率ランキングの上位3位を占め、前年同期比の伸び率はそれぞれ36・2%、33・8%、30・1%だった。

通信の普及に伴って、農村におけるECの伸び率も急速に上昇している。15年から18年にかけて4倍に伸びた。中国の広大な農村部へのECの浸透は始まったばかりで、依然として、今後開拓可能なマーケットは極めて広大だ。

高い伸びを示す越境EC

中でも高い伸びを示しているのが「越境EC」だ。中国国内の商品開発は他国に比べれば相対的に停滞気味で、海外製品が中国国内で人気を得ることは比較的容易だった。海関総署(税関)のデータによると、18年の越境EC輸出入商品総額(輸出入含む)は1347億元(約2兆900億円)。国内全体の規模と比較すれば多くはないが、その伸びは著しく18年は前年比50%増を記録した。ちなみに輸出が561億2000万元で前年比67%増、輸入は785億8000万元で同40%増だった。

国外の企業が直接、中国国内のECサイトに出店するケースはそれほど多くない。大部分はEC代理店のサービスを利用して中国市場を開拓している。18年、中国のEC代理店の市場取引規模は9623億元、前年比23%の伸びだった。

「一帯一路」に力を注ぐ中国政府は、18年までにベトナム、ブラジル、ロシア、オーストリアなど17カ国とEC提携メカニズムを構築。2国間経済貿易提携の目玉にしている。今後、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)や日中韓自由貿易協定(FTA)の推進に伴って、日本企業がさらに多くの商品を対中輸出することが有望視される。

グラフ1 中国Eコマース取引額の推移(2011‐18年) 資料:国家統計局
グラフ2 中国オンライン小売取引規模の推移(2011‐18年) 資料:国家統計局
グラフ3 食・衣・用の全国オンライン実物商品取引額の前年同期比 伸び率(2016‐18年)=■食品▲衣料×日用品 資料:国家統計局
グラフ4 中国農村のオンライン小売の推移(2014‐18年) 資料:商務部

 

ブランディングと製造能力に長けた日本企業
中国の習慣、需要把握し商品開発を

中国のEコマース市場で、ここ数年、注目を集めているのが日本製品だ。中国企業の大部分は1980年代に始まった改革開放のこの40年の間に設立され、特に最近20年の間に生まれた企業が多い。ひとつの「ブランド」を確立するためには数十年あるいは百年以上の長い期間が必要で、歴史の浅い中国企業には、まさにこのブランディングが欠落している。

商品開発能力、製作技術などのレベルで、日本企業は中国企業に先行している。中国人が日本に観光旅行に行き、日本で日本製品を購入する機会が増えた。中国製の商品にはない日本製の優れた商品の特長を知り、帰国後、越境ECを通して、日本から関連商品を入手し続けたいと思うようになった。

中国の消費者は「ブランド」に対する忠誠心が強く、あるブランドの商品を一度気に入れば、微信(ウィーチャット)の公式アカウントや微博(ツイッター)を通じて、そのブランドを宣伝してくれる。日本企業のブランド力、商品製造能力は中国で十二分に信頼されている。

しかし、日本企業側に、中国人の消費習慣に対する理解、消費需要の把握、中国の消費者に適した商品開発の面で、大いに欠けている面がある。中国消費者に日本の商品の持続的な購入(輸入)を促すためには、中国の消費者の特徴を理解する努力が不可欠だ。

大企業は中国に来て直接オンラインショップを開設し、自社製品の販売が可能だ。一方で、一般の企業、とりわけ中小企業は自社製品のコンテンツが豊富で、モデルチェンジなどの更新も速いが、中国で直接、オンラインショップを開設するのは困難である。中小企業にとっては、中国の代理店のサービスが必要である。

中国政府が輸入拡大に向けて18年から開始した「中国国際輸入博」では、多くの中国ECが国外企業との提携を求めている。18年の第1回輸入博ではEコマース企業88社が400社あまりの国際企業と提携強化の備忘録にサインした。アリババグループが運営する中国最大のECサイト、「天猫」(Tmall)に設けられた越境ECサイト「天猫国際」の海外ブランド輸入高も大いに増加した。

15年から18年までの4年間に、75カ国の2万件近いブランド商品が代理店経由で中国市場に持ち込まれた。そのうち8割は、初めて中国に参入したブランドだ。

中国のEコマースを理解し、越境EC方式で中国市場に参入する。これが日本の中小企業が今後、努力すべき重要な方向に違いない。国際輸入博ルートの活用や、天猫国際との提携などが極めて重要になるだろう。

■陳言

1960年、北京生まれ。82年、南京大学卒。82-89年『経済日報』に勤務。89-99年、東京大学(ジャーナリズム)、慶応大学(経済学)に留学。99-2003年萩国際大学教授。03-10年経済日報月刊『経済』主筆。10年から日本企業(中国)研究院執行院長。現在は「人民中国」副総編集長も務める。


Asia Inside:越境Eコマース――その巨大な可能性

中国ECの巨人「アリババグループ」

中国・杭州に本拠を置く世界最大規模のEコマース企業「アリババグループ」。同社が運営するBtoCのECプラットフォーム「天猫」(Tmall)は、中国に販路を確保・拡大したい日本企業にとって、自社のオンライン旗艦店を通じて中国消費者に直接商品を届け、またオンラインでその反応を得ることができる重要なツールとなる。グループの日本法人「アリババジャパン」(東京都中央区、香山誠社長)に、日本企業の中国ECへの展開例などを聞いた。
【毎日アジアビジネス研究所・西尾英之】

双十一、1日で4兆円売り上げる

中国最大のショッピング・イベントの日となった11月11日の「天猫ダブルイレブン)(通称・独身の日)。アリババグループ創設者の馬雲(ジャック・マー)氏の後継者として今年9月、グループ経営トップの会長の座に就いた張勇(ダニエル・チャン)氏が2009年に初めて仕掛け、育て上げてきたとされる。グループのECサイト「淘宝網」(タオバオ)、「天猫」(Tmall)、「天猫国際」(TmallGlobal)などを中心に開かれた今年の「天猫ダブルイレブン」では、過去最大となる20万以上のブランドが参加し、100万の新商品が発売された。

杭州本社のメディアセンターに設置された巨大なスクリーンは、11月11日午前0時の開始から1分36秒後に天猫の取引額が100億元に達したことを映し出した。午後2時21分には2000億元に到達。最終的な期間中の流通総額は昨年比26%増の2684億元(約4兆1602億円)。アリババグループだけで24時間で、日本の1年間の教育予算にほぼ等しい額を売り上げたことになる。

史上最高の流通総額を記録した今年の天猫ダブルイレブン で、あいさつするグループのネット通販部門のトップを務め る蒋凡氏=アリババジャパン提供
史上最高の流通総額を記録した今年の天猫ダブルイレブンで、あいさつするグループのネット通販部門のトップを務める蒋凡氏=アリババジャパン提供

日本の高級美顔器に脚光

この巨大なショッピング・イベントで一大ブームを呼んだのが、日本の岐阜県羽島市にある美容機器メーカー「ARTISTIC&CO.」社が開発した、1台1万元(約16万円)もするラグジュアリーな美顔器だ。

新商品「Dr. Arrivo Ghost Premium24金仕様」は、ダブルイレブンに向けて先行予約を開始した途端、30秒で6000台を完売。また天猫ダブルイレブン特別仕様の美顔器セットボックスも先行予約期間中に4000台を売り上げた。同社にとってこの売上高は、これまでのオフラインでの売上の半年分に匹敵する額になったという。

ARTISTIC&CO.社は、東海道新幹線の岐阜羽島駅近くに本社を置く従業員約100人の中小企業。高級エステサロン向けのエステマシンやハイエンドの個人向け美容機器メーカーとして日本で高い評価を受けているものの、中国市場ではすでに流通している美容機器に比べて極めて高い価格帯で、「客層を獲得できるか不安だった」(同社担当者)という。

だが市場調査や顧客データの分析から、中国の顧客層は日本の40歳代とは違い、若い20歳代に集中していることがわかってきた。ニーズに応えるため、今年初めて天猫ダブルイレブン限定のセットボックスを開発。パッケージのデザインも若い女性を意識した「可愛い」ものにした。今年9月、天猫国際が実施した家電業界向けイベントに参加。中国有数のインフルエンサーの女性とともにライブ配信販売したところ、たった1回の配信で「Dr.Arrivo Ghost」2000台以上と小型美顔器480台以上を売り上げ、人気に火が着いた。

ダブルイレブンなどのショッピング・イベントは、巨大な中国市場に新たに進出した日本企業が、一気に認知度を高める好機だ。アリババジャパンによると、グループのネット通販部門のトップを務める蒋凡氏は、今年の天猫ダブルイレブンについて「消費者や企業にとって、将来の新たな消費とはどのようなものかを示すことができたと思う。中国消費者の需要の高まりに応え、彼らのライフスタイルの向上を支援すると同時に、中国および世界中の新しいユーザーをデジタルエコノミーに引き入れていく」とコメントする。

2019年の天猫ダブルイレブン向けにARTSTIC&CO社が発売した数量限定の商品セット=アリババジャパン提供

中国消費者のニーズを直接把握

成長を続ける中国のオンライン市場で、中国の調査会社Analysysによると、「天猫」(Tmall)は約63%と最大のシェアを持つ巨大なECプラットフォーム。中国小売市場における18年度のアリババグループのGMV(流通総額)は約97・36兆円に達し、毎月、月間アクティブユーザー数が7億人以上に上る中国EC市場の中核的存在だ。

ただし企業が天猫で自社商品を販売するには、中国国内の法人登記や小売業許可などが必要。中国に新規参入する日本企業にとって利用しやすいのは「天猫国際」(Tmall Global)、中国本土に法人設立しなくても利用できる「越境EC」のプラットフォームだ。

商品の配送は日本からの直送も可能だが、中国国内に設置された保税倉庫を利用することもでき、日本企業は保税倉庫にコンテナなどで一括して商品を送り、注文のたびに保税区から発送する方法を取ることもできる。

海外の人気商品を手軽に購入できる越境ECは、中国のミドル層の増加に伴い市場が大きく拡大している。中でも日本商品の人気は高く、天猫国際では、今年のダブルイレブンも含め、国・地域別GMVランキングで日本が4年連続1位を獲得している。

アリババジャパン社によると、化粧品・パーソナルケアなど美容関連、おむつなどのマタニティー・ベビー用品、日用品や食品などの分野では、すでに日本の大手企業の多くが天猫国際を利用している。アリババジャパンが今後さらに力を入れて商品のカテゴリーを充実させようとしているのが「美顔器などの小型家電や、文化(カルチャー)を背景にした文房具やおもちゃなどの中小企業が活躍している分野」だという。

例えば、糸井重里氏が社長を務める「ほぼ日」社が販売している「ほぼ日手帳」。中国語版の手帳は手帳としては単価は高いものの、生活の楽しみ方など通常の手帳にはないちょっとした工夫が受けて、天猫国際上で人気を集めているという。

日本では地味なカバーが中心だが、中国では動物の柄のカバーに人気が集まるなど、細部のデザインで売り上げも変わる。「企業にとって天猫国際を使えば、データテクノロジーを活用して中国の消費傾向を商品開発にフィードバックできることが大きな利点になる。ECを利用して、中国消費者のニーズを直接つかみ、消費者とのコミュニケーションを図ってもらうことができるのです」。アリババジャパンの社長室コーポレートPR担当、松沢しゃん氏はそう話す。

2019年7月、アリババジャパンが開いた日本企業向けカンファレンスで講演するアリババグループCEO(当時)の張勇(ダニエル・チャン)氏=同

小売店のデジタル化に注力

中国全土には、パパママショップとも呼ばれる家族経営の小規模小売店が600万店以上あるという。アリババグループが今、中核戦略として力を入れているのが、これまでアナログ経営だったこれらの小規模店のデジタル化。人口知能(AI)やデータテクノロジーなど最新技術を駆使し、オンラインとオフラインの実店舗経営を融合した「ニューリテール」事業である。すでに600万店の4分の1近い130万店以上が参加している。

その主要プラットフォームの一つが「LST」(零售通=「小売に通じる」の意味、LSTは中国語読みLingShou Tongの略)だ。デジタル化した小規模小売店舗が直接LSTのアプリを使って、オンラインでサプライヤーに発注することを可能にするBtoBのプラットフォームだ。

商品のジャンルはインスタント食品、スナック菓子、チョコレートやキャンディー、オーラルケア、生理用品など、日本でいえばコンビニエンス・ストアで販売されることが多い日用品だ。サプライヤーから小売店への配送は、アリババがECで構築した物流ネットワークを活用。一方で小売店からは自店舗の売行きをオンラインでフィードバックでき、企業側は売れ筋など高精度なマーケティング分析に基づき、キャンペーンなどの販促活動を企画するが可能になる。

中国人口14億人のうち、8割以上の人が地方都市で暮らしている。日用品を製造する日本企業にとって、LSTを活用すればアリババグループの流通網やマーケティングツールを通じて、未開拓の地方市場に販路を拡大できる可能性が広がる。

アリババジャパンは今年2月、東京で初めて日本企業を対象にLSTに関するセミナーを開催し、日本企業に対する本格的なLSTの売り込みを開始した。

日本企業の導入成功例として同社は、キャンディーやグミを販売する「UHA味覚糖」や、生活用品メーカーの「ライオン」を挙げる。UHA味覚糖は上海に製造拠点を置き中国でも製品を販売しているが、「大都市ではシェアを獲得していても、それが地方に届いていなかった」。4月にLST参加後、全国の小規模小売店から直接受注を受けることが可能になり、売上は急増しているという。

「パパママショップ」とも呼ばれる中国の小規模小売店=アリババジャパンの動画から

アリババグループ

1999年、英語教師だった馬雲(ジャック・マー)氏ら18人が杭州市内のアパートの一室で創業し、ネット通販を主力に業績を拡大。2004年にはスマートフォン決済「アリペイ」のサービスを開始し、中国にオンライン決済を定着させた。14年のニューヨーク市場に続き、19年に香港市場にも重複上場した。創業者の馬氏は今年9月に経営の一線から退き、張勇氏に経営トップの座を譲った。
「あらゆるビジネスの可能性を広げる力になる(To make it easy to do businessanywhere)」をミッションに掲げ、未来のビジネスインフラを構築する。「102年以上続く良い企業を目指す」と掲げるのは、1999年に創業し少なくとも2101年まで、つまり20世紀から22世紀まで「3世紀続く良い企業」を目指すという意味だ。


Asia Inside:越境Eコマース――その巨大な可能性

もう一つの巨大マーケット・インド
中国とは違う市場特性見極めて

中国に匹敵する人口を抱え世界の巨大市場に成長しつつあるインドでも、インターネットやスマートフォンの普及でEコマースが急成長している。しかし「日本ブランド」に人気が集まる中国EC市場とは違い、インドEC市場へは日本企業の参入はほとんど進んでいない。インド市場のマーケティングが専門で、本レポートにもインドに関する連載を掲載している荒木英仁氏に、日本企業のインドEC市場参入の可能性について聞いた。【西尾英之】
「アマゾン」とインドEC市場のシェアを二分する大手サイト「フィリップカート」のトップページ

将来は米国抜く可能性

経済産業省のまとめによると、2018年のインドのBtoCのEC市場規模は327億ドル(約3兆5600億円)。世界一の中国の市場規模に比べれば、まだ成長途上だ。しかし、低価格の中国ブランドのスマートフォンの普及や通信料金の引き下げで、中・低所得層にもスマホが爆発的に普及。弱点だった配送サービスも改善されつつある。EC市場が今後、右肩上がりで急成長していくのは間違いない状況だ。

インド商務省などが設立したインド・ブランド・エクイティ基金(IBEF)は、インドEC市場は22年に1500億ドル規模にまで拡大し、34年までには米国を抜いて中国に次ぐ世界2位の市場になると予想している。

巨大化していくインドEC市場は日本企業にとっても魅力的だ。だが、荒木氏は「インドは、『日本製品』というだけで売れる市場ではない」と釘を刺す。

通勤時間帯の首都デリーの地下鉄の車内。乗客のほとんどがスマートフォンを操作している光景は日本と変わらない=西尾英之撮影

存在しない「日本製品への憧れ」

日本など東アジアよりも欧州、米国に目が向きがちのインド人には、日本企業がアジアで頼る「日本ブランドへの憧れ」がほとんどない。「日本製品は故障しない」といった前向きのイメージはあるが、消費者は日本ブランドだというだけで飛び付くことはなく、自国や他国の製品と価格や商品の機能などを吟味して購入する。

実際、インド自動車市場で大きなシェアを持つ「スズキ」など一部を除けば、日本の大手ブランドでインドで大きな成功を収めている企業はほとんどない。「日本製品は他国製に比べ高い」とのイメージもあるが、荒木氏は「同程度の機能を持つ製品であれば日本ブランドも他国ブランドも、それほど価格は変わらない。売れないのはむしろ、マーケティング力やインド市場にあわせた商品の開発力が、日本企業に不足していたことが原因」と指摘する。

荒木氏がインド市場に関わり始めた2000年代前半は、ちょうど家電製品市場で韓国のサムスンやLGが急伸し、古くから参入していた日本ブランドはシェアを失っていく時期だった。荒木氏はインド向け商品の開発で日本が韓国にかなわなかったケースとして、次のような例を挙げる。

日本メーカーの全自動洗濯機は、途中で停電があれば設定した洗濯の内容がリセットされる。安全面での配慮などが理由とみられるが、停電が多いインドではそのたびに最初から洗濯のやり直しを強いられた。

これに対し韓国メーカーは地元の電力事情に配慮し、途中で電源が切れても設定がリセットされず、電源回復後に途中から洗濯が再開される商品を投入した。

毎日のように停電に悩まされるインドで洗濯機を使った経験のある人ならば、この違いの意味がわかるはずだ。日本メーカーの中には、それから10年近く経ってから同様の機能を搭載した全自動洗濯機を投入した企業もあるが、市場は韓国ブランドに席巻された後だった。

「韓国メーカーは日本企業の10倍のマーケティング費用をつぎ込み、コマーシャルにはクリケットやボリウッド(ムンバイで製作されるインド映画)の一流スターを投入した。日本企業の広告は広大なインドで砂漠に水をまく程度。インド市場は大きすぎて、日本のトップ企業でも体力的にきつい面もある」。大手広告代理店出身の荒木氏はそう語る。

タッパ、フェイスマスク――ECで人気

大手企業にとっても難しいインド市場。足場のない中小企業が参入するのは極めて困難だが、Eコマースであれば、中小企業でも参入が可能だ。

荒木氏は地元サプライヤーと提携し、同社に日本の中小企業を取り次ぐサービスを行っている。「フィリップカート」「アマゾン」などインドの大手ECで様々な便利商品を中心に販売している「イーグル・ネットワーク・サプライ」社。日本企業はフィジビリティ調査で可能性のある商品を選び、トライアルとしてサンプル商品を同社に送ると、EC上で販売ができる。

この販売でヒットの兆しを見せているのは、大阪にある生活用品会社が製造販売している、食品タッパなどのプラスチック用品だ。日本では100円ショップなどで売られているタッパだが、インドでは粗悪品が出回っており、2回使ったら蓋が閉まらなくなるともいわれる。

あるいは、日本のドラッグストアで売られている肌に潤いを与えるフェイスマスクや、肌を白くするクリームなど。中国では日本のブランド化粧品が人気だが、荒木氏は「インド人は自身をアジア人というよりはアーリア人で欧米系に近いと考えており、日本の化粧品に対する憧れがない。美容関連ならば化粧品本体ではなく、欧米にはない、アジアならではの健康便利商品」という。

インドのアマゾンで人気を集めている、大阪市のメーカーのプラスチック製品=アマゾンのサイトから

ブランド持たない中小企業にも商機

「日本ブランド」が大きな意味を持つ中国市場に対し、日本の認知度が低いインドでは、日本ブランドは必ずしも必要ではない。その意味では、世界に知られたブランドを持たない中小企業でも、インドで成功するチャンスがある。

EC市場で製品が売れ始めれば、どの層の人たちが買っているかを把握でき、その人たちがよく閲覧するウェブサイトやフェイスブックに広告を打つこともできる。コストをかけなくてもマーケティングが容易という、オンラインビジネス特有の利点が活用できるようになる。

「企業は少しの間、我慢が必要だが、売れ始めれば巨大市場。他と差別化できる自社製品で、インドEC市場にエントリーしてほしい」。荒木氏はそう語る。

■荒木英仁(あらき・ひでひと)

長年、大手広告代理店「アサツー・ディ・ケィ」(ADK)の海外事業に従事し、2005年から9年間、同社インド法人社長。14年春、インドと日本の架け橋となるべくデリー郊外の新興都市グルガオンにてCasa BlankaConsultingを設立。在印又はインド進出計画策定中の日系企業20数社、インド最大手の私銀のICICI Bankを始めとするインド企業10数社に対するアドバイザリー業務を請負う。また、在印日系企業4社の社外取締役や、JETROROの「中小企業海外展開現地支援プラットフォーム」のムンバイ・コーディネーターを務める。