Asia Inside:特集 沸騰するバングラデシュ

 

XIMG_1035中国に次いで世界2位の縫製品輸出。円借款などを活用して集中的に進むインフラ整備。そして、目覚め始めた人口1億6000万人の巨大市場――。いま、バングラデシュが熱い。2009年に就任したシェイク・ハシナ首相の在任期間は10年に及び、政治的にも安定。最新の経済成長率は年8%を超え、世界でもトップレベルの急成長ぶりだ。進出企業やインフラ開発の現場など、現地から報告する。【毎日アジアビジネス研究所・西尾英之】

目次

世界のアパレル工場 主役は女性従業員 日本市場へ一貫生産――マルヒサ・パシフィック

徹底した現地化ビジネスで販路拡大――巨大市場に挑む味の素社式営業

庶民の足「オートリキシャ」EV化を――日本のベンチャー企業・テラモーターズ

メトロ工事真っ盛り 巨大総合開発も――インフラ整備支える円借款と日本企業

進出企業8年で3倍 繊維、インフラ、内需関連が3分の1ずつ

日本は我が国最大の開発パートナー さらに投資拡大を――ファティマ駐日大使に聞く

 

「世界のアパレル工場」主役は女性従業員
日本市場へ一貫生産――マルヒサ・パシフィック

冬物トレーナーの生産真っ盛り

日本が猛暑を迎えていた8月上旬。東京から直線距離で約5000キロ離れたダッカ南郊にある「マルヒサ・パシフィック」社の工場では、広いフロアぶち抜きで設置された1255台のミシンがうなりを上げ、この冬、日本の大手総合スーパーで販売される冬物トレーナーの縫製作業が真っ盛りだった。

産業用ミシンを操って製品を仕上げていく女性従業員。
ミシンが並ぶ縫製フロアでは、男性の姿はほとんどみか
けない=「マルヒサ・パシフィック」社工場で西尾撮影

同社は徳島県鳴門市に本社を置くアパレル・メーカー「丸久」(平石公宣社長)の現地法人。糸から生地への「編立」▽生地の染色▽縫製▽プリント――まで衣類の一貫生産を行う、従業員2230人の大規模工場。完成した製品は、針の混入がないかを調べる金属探知機など厳重な全品検査の後、箱詰めされてそのまま日本へと出荷されていく。

肌着の縫製工場として鳴門市でスタートした「丸久」は、1970年代に子供服分野に進出。円高などの影響で90 年からタイ、94年からは中国・山東省と、生産の海外移転を図った。だが中国では賃金の高騰から従業員確保が困難になり、新たな拠点を模索して目に付いたのが、繊維産業の集積地として衣類の輸出が急増していたバングラデシュだった。

2009年にパシフィック社を設立し、翌10年から工場が稼働した。当初はミシンで衣類を仕立てる縫製部門だけだったが、11年には編立、染色部門を立ち上げて、糸から完成品までの一貫体制を確立した。

工場も増設を重ね、現在は丸久製品の4分の3以上を生産する主力工場糸から製品まで、マルヒサ・パシフィック社の製造工程。①糸から生地への編立②染色③生地のアイロンがけ④最新の設備を利用した自動裁断⑤機械化が進むプリント⑥縫製⑦アイロンがけ⑧検品と袋詰め⑨は佐川康司社長=いずれも西尾撮影として稼働する。Tシャツやトレーナー、パーカーなどを中心に、ニットやパンツ、スカート、ベビー肌着など月80万枚規模の衣料を生産。ほぼ全量を日本向けに輸出している。

糸から製品まで、マルヒサ・パシフィック社の製造工程。①糸から生地への編立②染色③生地のアイロンがけ④最新の設備を利用した自動裁断⑤機械化が進むプリント⑥縫製⑦アイロンがけ⑧検品と袋詰め⑨は佐川康司社長=いずれも西尾撮影

世界2位の縫製輸出国

マルヒサ・パシフィック社の佐川康司社長によると、バングラデシュ国内には紡績工場が373社、輸出向け縫製工場が約5200社あり、従事する労働者は約500万人に上る。各国の雇用規模は中国958万人、インドネシア300万人、ベトナム250万人、カンボジア73万人、ミャンマー20 万人などで、東南アジアの主要国と比べてもバングラデシュ繊維・縫製産業の規模の大きさが目立つ。

トレンドの変化が早く多くの品目を生産する縫製業は、作業の自動化が難しい。ミシン操作に多数の人手が必要で、現地で雇用する従業員の人件費が生産コストを大きく左右する。

長く中国での生産に携わり、2015年にバングラデシュに赴任した佐川社長によると、人件費は中国沿岸部が月8万5000円▽同内陸部が5万8000円▽ベトナムが2万8000~5万7000円▽カンボジア2万5000円▽インドネシア2万7000~4万円。これに比べバングラデシュは1万8000~2万円だ。「人件費は上昇傾向にあるが、バングラデシュの優位性は揺るがない」という。

同社の工場があるのは、渋滞がなければダッカ中心部から車で1時間ほどのナラヤンガンジ県にある工業団地「アダムジー輸出加工区」(アダムジーEPZ)。1980年制定の輸出加工区法に基づき全国に8カ所設置された輸出加工区(EPZ)は、政府輸出加工区庁(BEPZA)の管理下にあり、進出企業は、原材料や製品の輸出入関税免除などの優遇措置が受けられる。

一方でEPZ内では、排水などの環境基準の順守などのほか、昇給や退職金支払いなど従業員の待遇についても労働関係法の規定順守が求められる。EPZ外の工場に比べると給料が高くなるため、EPZのゲート前には、採用希望者がいつも集まっている。「必要になると人事担当者が出向いて、20人とか30人とかを連れてくる」と佐川社長。

退職の際の退職金は、5年以上勤務した場合だと勤務年数×0・5カ月分の基本給、10年以上勤務した場合は勤務年数×1カ月の基本給が支給される。会社理由で退職させる場合は更に4カ月分の基本給が加算され、金額が大きくなる。休日数や有給休暇の買い取りなどもきちんと制度化され管理されている。

政府輸出加工区庁が管理するアダムジー輸出加工区の入り口。セキュリティーが厳しく、従業員や許可を受けた人しか工業団地内へ入るこはできない=西尾撮影

賃金上昇、生産の効率化図る

EPZの中では、従業員は毎年10%の基本給昇給という規定がある。さらに昨年12月には5年に一度の最低賃金見直しがあり、最低賃金は職種によって一気に33~46%上昇した。「特区内の労働者は待遇的には恵まれている」という。

佐川社長によると、技能が求められる縫製部門のミシンのオペレーターは人材獲得競争が激しく、他の工場からより高い給与額を提示され移る人もいるという。一方で、裁断やプリントなどの従業員は長く勤めることが多い。工場稼働開始からすでに10年近くが経過し、当初から働いている従業員は毎年の昇給で給与がかなりの水準にまで上昇。会社にとっては頭の痛い問題になっている。

自動裁断機に入力するデータを作成するバングラデシュ人従業員。自動化でコスト削減を図っている=西尾撮影

会社は、これまでは手作業が中心だった裁断やプリントなどの現場に新たに高度な機械を導入して自動化を図り、コスト削減に乗り出している。18年1月に2850人だった従業員は、現在2230人にまで減少。一方で出荷数は前年比2割増と、生産の効率化が進んでいる。

衣類の設計図に当たる「仕様書」の作成や、40あるラインのどこにどの製品の製造を当てはめていくかなどの生産管理の仕事の、日本から現地への移転も進めている。このため工場の現場で働く「ワーカー」は減っても、事務所で生産管理に当たる「オフィサー」はさらに人手が必要になり、昨年から10人増員し現在60人規模になった。

「オフィサー」の給料は、大学新卒者ならば1万5000タカ(約1万8500円)、経験者ならば3万タカ(約3万7500円)程度から。「バングラデシュには大学が百数十校あり、新卒者はなかなか就職先がない。募集をかけると2000~3000人の応募がある」と佐川社長。書類選考で人数を絞った上で面接を行うが、外国人には難しい面もあり、最後は信頼できる地元の労務コンサルタントに依頼して採用者を決めている。

9月からは工場にICチップを導入し、ミシンには読み取り装置を設置して誰が何を何枚縫ったかの、「見える化」を進める。「相対的には人件費は安いが、効率をよくしてスマート・ファクトリー化を進める方向。今後も現場は人が減るが、事務所は人が増える傾向は続いていく」と、佐川社長は話す。

生産管理業務に当たる「オフィサー」が働く事務室。日本からの業務移
転で事務室で働くオフィサーの数は増加している=西尾撮影

従業員の7割が女性

中東や南アジアのイスラム教国では、女性が人前に出ることが少なく、働き手はほぼすべて男性という国もある。バングラデシュも人口の約9割がムスリムのイスラム教国だが、女性の社会進出は比較的進んでいる。

「工場の従業員の7割が女性。この国の女性はとてもよく働く」と佐川社長。編立や染色部門は男性が多いが、特にミシンを扱う縫製部門は、広いフロアに男性の姿はごくわずかだ。

会社では28台のバスで従業員を送迎している。工場内では女性従業員も制服姿だが、出退社時は目だけを出して顔を隠す「ブルカ」など、イスラムの伝統スタイルも多い。従業員のロッカーに通じる入り口は男女別にしてあり、工場の上層階にある社員食堂も男女別だ。

稼働時間は編立、染色部門は交代制で24時間稼働、縫製部門は一部を除き朝7時半から午後4時半までが基本で、2時間から特例措置として最大4時間の残業が認められている。女性は午後8時以降仕事に従事してはいけない規定で、時折、女性が残っていないか輸出加工特区庁の担当官がチェックしに訪れるという。

EPZ内の政府の管理体制は非常に厳しく、従業員の労働条件のほか、環境保全に関しても月3回、担当者が検査に訪れ、汚水処理施設をチェックする。一方で、EPZ内は警備も厳重で治安の面でも安心感がある。

EPZ外との人件費の格差は今後も拡大していく見込みだ。佐川社長は「EPZ外の方がよいのかという気持ちもあるが、日本企業が最初に進出しやすいのは特区であることは間違いない」と話す。

工場内にある社員食堂。男女別になっており、ここは女性用だ=西尾撮影

縫製関連の日本企業が集積

製品に使用する縫製糸は、ローカル製品を使うと品質的に厳しいこともあり、バングラデシュに進出している日本企業、グンゼで調達している。

糸だけではない。製品に使用するジッパーを製造するYKKなど、バングラデシュにはアパレル産業を支える日本企業が多数進出しており、日本向けの洗濯ネームなども現地で調達できる。さらに、第三者検品が必要な場合も、日系だけで4社の検品会社がオフィスを構えている。

佐川社長は、世界2位の輸出規模を持つ繊維産業の集積地として、生産インフラが整備されていること、十分な若年労働層が確保できること、さらにEPZ内での操業であれば、輸出入の関税がかからないことなどを挙げ、人件費が上昇傾向にあることを差し引いても、当面、バングラデシュの優位性は揺るがないと見る。

現在は日本向け輸出がほぼ100%だが、米中貿易摩擦の激化を受けてマルヒサ・パシフィック社には、これまで中国で生産してきた米国企業からの引き合いも増えている。同社は今年4月、現工場に隣接する土地5000平方メートルを新たに取得した。佐川社長は「欧米からのオーダーも模索しながら、工場増設を検討中です」と話す。

Asia Inside:特集 沸騰するバングラデシュ

 

徹底した現地化ビジネスで販路拡大巨大マーケットに挑む味の素社式営業

イスラム断食月に合わせ料理番組とタイアップ

「どうしたらおいしく作れるかしら」。野菜カレーを調理中の女性がつぶやくと、突然「アジノモトマン」が登場。「♪バッバッバッバッ、アジノモト~」という耳に残るコマーシャルソングとともに、「これを使うとおいしくなるよ」。食べた家族はカレーのおいしさに大満足――

セリフがバングラデシュで話されるベンガル語であることを除けば、日本のテレビCMと言われてもそう違和感はない。バングラデシュ味の素社が昨年、他国同様、テレビの多局化が進んでいる同国で、女性向けの番組が多いチャンネル21局を選んで放映したテレビCMだ。

イスラム教の断食月「ラマダン」に合わせて、地元テレビの料理番組ともタイアップ。日没の断食明け前の、どの家庭も料理を始める時間帯に合わせて、日没後に食べる「イフタル」と呼ばれる伝統料理に「味の素」を活用するレシピを紹介した。「試食イベントなどを重ねて、首都ダッカでは消費者の認知を得られてきた。その流れを全国規模で加速させたい」。同社の澤田泰社長は、初めてのテレビCMや料理番組提供の狙いをそう語る。

バングラデシュで放映されたテレビCM(上)と料理番組(下)。料理番組の左側に写っているのが宣伝キャラクターの「アジノモトマン」だ
=バングラデシュ味の素社提供

タイから原料を輸入

うま味調味料(グルタミン酸ナトリウム=MSG)である「味の素」を中心に、世界に展開する食品企業、味の素社(東京都中央区)。同社の製品が使われるのは、各国の家庭の台所や飲食店の調理場だ。同社は、海外で活動する多くの日本企業の中でも、最もその国の社会の奥深くまで入り込み「現地化ビジネス」を展開する1社だろう。

同社が発祥の「うま味調味料」は、魚などで出汁を取って味付けする東南アジアの食文化と高い親和性を持つ。タイでは1960年代から「味の素」の現地生産が始まっている。今では「うま味調味料がないと料理ができない」と言われるほど普及した東南アジアに比べれば、スパイスと塩による味付けが中心の南アジアでうま味調味料の普及・販売が本格化したのは、まだ最近のことだ。

バングラデシュの料理は主食のコメに、豆や野菜、魚、肉を使ったカレーをかけるのが中心だ。国全体がデルタ地帯のような地形を反映して、コメと魚をよく食べるのが特徴で、コメの一人当たり消費量は世界一とされる。「インドの料理に比べマイルドで、スパイスの使用量は比較的少ない。バングラデシュ人の舌はうま味調味料への感受性を持っている」と澤田社長。バングラデシュでは1980年代後半から、インドネシアで生産した「味の素」の完成品が輸入・販売されていたが、2000年代に入り台湾企業などの競合製品も市場に流通するようになった。市場調査などの末に、味の素社は2011年、「タイ味の素社」と合弁で「バングラデシュ味の素社」を設立。ダッカ北郊のトンギにある工業団地に包装工場を新設し、タイ味の素社からバルクで輸入するMSGを家庭用の20グラムから主に業務用の450グラムまでの5サイズに小分けして、「AJI―NO―MOTO」として販売を開始した。

バングラデシュで販売している「味の素」のパッケージ=バングラデシュ味の素社提供

「バザール」で得意先回り

創業後、ダッカに2カ所と第2の都市チッタゴンに1カ所の計3カ所に販売事務所を開設し、営業・販売活動を開始した。

味の素社の海外でのビジネスには「3現主義」という言葉がある。「現地スタッフ」が小売店などの得意先を直接訪れ、「現物」を納めてその場で「現金」で売上を回収する。社員約100人のバングラデシュ味の素社のうち、日本人は東京から派遣されている澤田社長と宮坂文浩取締役の2人。現地従業員のうち工場のスタッフは十数人に過ぎず、残る大半は販路拡大と実際の納品、集金を担当する「セールス・スタッフ」だ。

新規採用するセールス・スタッフには、食品業界の経験者もいれば建設業界出身、あるいは高校新卒者もいる。身だしなみやあいさつ、時間を守ることなど、日本流の徹底した人材育成教育からスタートする。「いつもの料理がおいしくなる」というセールスポイントや、「味の素」が何からできているのかなど、毎朝、朝礼の際にロールプレイで訓練し、覚え込ませる。

セールス活動の基本は「アウトレット(取扱い店舗)を増やす」「店舗が取扱うアイテムを増やす」「ディスプレイ(店頭でいかに消費者から見えやすい位置に陳列するか)を改善する」の3点だ。

取引のある食品店を訪れるセールス・スタッフは、まず自社の商品がどこに陳列されているかをチェックする。店頭の最も目立つ場所に小袋の束がぶら下げられていればベスト。「目立たなければ、陳列場所を変えるよう、その場で店主と交渉する」。そう話すダッカ駐在3年の宮坂取締役は、自身でも食品店や食堂を回り、庶民や食堂の調理人らが食材の調達に通う「バザール」とも呼ばれる伝統的な市場にある食品店の店主たちとも、すっかり顔なじみだ。

「ダッカ市内の主要なバザールでは、どこでも商品を手に取れる状況になり、家庭内の消費も増えてきた」と澤田社長。18年からは国内各地のディストリビューター(販売代理店)と契約を結び、それまでほとんど手つかずだった地方での販売拡大にも乗り出した。「コストを抑えながら、いかに地方での売上を拡大していくかが課題」と澤田社長。これまで28都市に展開し、今年中には34都市にまで拡大する方針だ。

バザールにある食品店を訪れ、伝票に記入するバングラデシュ味の素社のセールス・スタッフ(上)。食品店主は「ちゃんと目立つところにディスプレイしているよ」(下)=ダッカ市内で西尾撮影

頭悩ます「偽物」の存在

国内で売られている「味の素」の偽物
=バングラデシュ味の素社提供

競合製品を含めた同国の「うま味調味料」の市場規模は、2015年度に2900トン、16年度3100トン、17年度3300トン(いずれもバングラデシュ味の素社推計)と順調に増加している。18年度はこれが一気に5000トンに増えた。その背景にあると見られるのが、「味の素」そっくりのパッケージで販売されている偽造品の存在だ。

「ANJI―NA―MOTO」や「AJE―NO―MOTO」と銘打った製品が、本物よりも2割ほど安い値段で売られている。塩を混ぜて値段を下げていると見られ、「誰が売っているかはわかるが、誰が輸入し袋詰めしているかはわからない」(澤田社長)という状態。政府の消費者権利保護局が取り締まりを実施し一時に比べ沈静化しているが、一部では依然として販売が続いているという。

育つ中間層 「効率」のよい巨大市場

「味の素」のバングラデシュでの価格は、業務用が中心の450グラム袋が135タカ。最も少量の家庭用20グラムは10タカだ。日本円にすれば、450グラム袋が約170円、20グラム袋は約12円に過ぎない。それでも「この国の最貧困層はまだ購入できない。

ターゲットは、月収が1万から4万タカ(約1万2500~5万円)以上の中間層」と澤田社長。

「あなた、何がご入り用?」。富裕層をターゲットにしたスーパーマーケットの冷凍食品売り場。スーパーだが、各売り場に店員が待機し客の買い物をサポートする百貨店のような形が残っている=ダッカ市内で西尾撮影

これまで、その貧しさが強調されてきたバングラデシュだが、経済成長を背景に「貧困」は確実に縮小しつつある。世界銀行のデータによると、国際的な最貧困層ラインである1日1・9米ドル以下で生活する人の割合は、2000年にはバングラデシュ全土で人口の45・8%に上っていたのが、16年には14・8%にまで右肩下がりで減少した。

月収に直せば約100ドル(約8500タカ)となる1日3・2ドル以下の貧困層の割合も、00年の72・7%から16年には52・9%にまで減った。国民の半数の人々が、最貧困や貧困層下位の状態を脱しつつある。

ダッカなど都市部を中心に、今後は月収1万タカ以上の「高・中所得層」が増加すると見込まれている。ダッカ市内には、これまでは見られなかった冷蔵施設を備えた富裕層向けのスーパーマーケットが次々に開店。さらに、オンラインで注文を受け、食品や雑貨を宅配するベンチャー企業のサービスまで登場している。

日本の約4割の国土に、約1億6300万人が暮らすバングラデシュ。人口密度は日本の3倍以上で、都市国家や島しょ部国家を除けばずば抜けて世界一だ。「人があふれ、また国土は広くなく、ダッカを中心としてロジスティックの効率もよい。この国の内需は、とても『効率』がよいのです」。澤田社長はそう話す。

「ほら。ちゃんと使っているよ」。地元で人気のレストランの厨房で、「味の素」の大袋を見せる調理人=ダッカ市内で西尾撮影

 

Asia Inside:特集 沸騰するバングラデシュ

 

庶民の足「オートリキシャ」EV化を日本のベンチャー企業・テラモーターズ

青い車体のEV車

XIMG_10704輪車のタクシーをほとんど見かけないバングラデシュで、庶民にとってもっとも身近な足は3輪バイクの後部に座席がある「オートリキシャ」だ。だが、CNG(天然ガス)やガソリンで走るオートリキシャは大気汚染の大きな原因にもなり、今、地方を中心にEV(電動)化の波が広がり始めている。日本の「テラモーターズ」(本社・東京都渋谷区、徳重徹社長)は、ダッカに「テラモーターズ・バングラデシュ」社を設立し、日本の技術に基づいて製造した「EVリキシャ」の市場開拓に取り組んでいる。

ダッカから第二の都市チッタゴンへ向かう国道1号線。郊外のバス停付近には、食堂や雑貨店などのほか、幹線道路から少し離れた村々への足となるオートリキシャやリキシャ(自転車の後ろに座席を取り付けたような人力タクシー)のたまり場がある。

郊外に出れば、ダッカ市内ではあまり見かけない青い車体のオートリキシャが多い。テラモーターズのロゴマークを付けた車がいた。同社のEV車だ。「一晩充電すれば、翌日一日走る。音も静かで客にも好評だよ」。リキシャワラ(リキシャの運転手)はそう話した。

緑色のCNG車もいるが、数で言えば青のEV車の方が多数派だ。テラモーターズ車のほか、同社のライバルとなる中国の企業名が書かれたEV車もいる。

EV車7割まで普及価格、走行コスト安く

「バングラデシュのオートリキシャは、かつてはCNGが100%だったが、現在は70%がEVになってきた」と、テラモーターズ・バングラデシュ社のカントリー・マネジャー、コルバン・アリ氏。EV化が進む一番の理由は「価格の安さ」だという。コルバン氏によると、エンジンを積んだCNG車は新車で買うと約40万タカ(約50 万円)ほどするが、EV車であれば16~17万タカと半額以下だという。

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テラモーターズ・バングラデシュ社のスタッフ。左から3人目がカントリー・マネジャーのコルバン氏=西尾撮影

さらに、CNG車に比べ燃料代が安い。付属の充電器で夜間に8~10時間ほど充電するが、距離当たりの「燃料代」はCNG車の3分の1程度だという。「リキシャ運転手の収入増につながり、排気ガスも出ずエコ・フレンドリーだ」とコルバン氏は強調する。

テラモーターズは2010年、国内の大手損害保険会社を退職しシリコンバレーで起業支援などに携わっていた徳重徹氏が創設した電動2輪、3輪車を製造販売する、日本のベンチャー企業。主力は海外で、現在インド、バングラデシュ、ベトナムに現地法人、カンボジア、インドネシア、ミャンマーに販売代理店を置いている。バングラデシュ社は11年、現地の大手オートリキシャ販売会社と合弁で設立。18年にはテラモーターズ本社が100%出資する完全子会社となった。

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部品を中国から輸入し、ダッカ郊外の同社デポで組み立てる
=テラモーターズ・バングラデシュ社提供

日本の技術力をアピール

アピールするのは「メードバイ・ジャパン」の技術力だ。日本で設計し、中国製の部品を輸入してバングラデシュ国内で組み立てている。競合する中国系の他社製品は、企業というよりは、個人が部品を輸入し組み立てて販売しているようなケースが多いという。コルバン氏は頻繁に中国に出張して製造工場で部品をチェックし、「メードバイ・ジャパン」のクオリティを保っている。

一方、EV車の核となるバッテリーについては、当初は中国から輸入していたが、バングラデシュの顧客が地元で入手できる品を選択できるように切り替えた。「中国からの輸入バッテリーはバングラデシュで保証が利かない。こちらで購入すれば、メーカーの保証が受けられる」という。

月100台から始まった販売は、15年に800台、現在は1200台と大きく拡大している。ディーラー経由で販売しているが、ディーラー網も当初の20社ほどから全国で75社にまで広がっている。課題は、最大のマーケットである首都ダッカだ。電力不足への懸念や、登録制度がありナンバープレートが交付されるCNG車に比べ、EV車の規制や登録制度が依然整備されていないことなどから、ダッカ市内ではEV車はまだあまり普及していない。

しかし、今年3月に同社とJETROなどの共催で開かれたセミナーで、参加したティプ商務相が「持続可能な開発」のためにもEV車は必要との考えを示し、国レベルでの登録制度の整備に取り組む意欲を示すなど、最近になって政府も積極的な姿勢を示している。

「今後、登録制度が整備されればさらに普及が進み、参入企業が相次ぎライバルも増えるだろう。先行企業として、(日本の本社で開発している)電動2輪車などにも取り組みたい」。コルバン氏はそう話した。

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地方では人力リキシャのEV化も始まっている。写真のリキシャは2台ともペダルやチェーンが取り外され、漕いで走ることはできない。モーターを搭載し、スイッチ一つで幹線道路を音もなく疾走する=西尾撮影

 

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インフラ整備支えるODA
日本企業の進出を後押し

首都の渋滞解消狙う初の高架鉄道2年後には一部開通

道路の中央で、日本でも見慣れた重機がうなりを上げる、ダッカ中心部の目抜き通りの工事現場。2年後の一部開業を目指して今、工事が真っ盛りの「ダッカMRT(都市大量高速輸送鉄道、通称ダッカメトロ)6号線」の高架建設工事だ。

道路の中央部を塞いで工事が行われているため、車道はダッカ市民の足であるバスが延々と連なり大渋滞。だが、幹線道路上を高架で走るメトロ6号線が開通すれば、これまで道路交通に頼っていた人の流れがメトロに移り、渋滞もある程度解消されるはずだ。

1990年からの四半世紀で人口が660万人から1700万人に急増したダッカは、世界でも有数の「渋滞都市」だ。朝夕のラッシュ時には、幹線道路は数キロ進むのに1時間かかることもあり、移動時間が読めない。交通渋滞による経済損失は年間4000億円近くに上るとの計算もあり、バングラデシュ政府は日本の国際協力機構(JICA)の支援を受けて「ダッカ都市交通戦略計画」を策定。同国としては初めての都市高速鉄道の建設に乗り出した。

ダッカ中心部のミルプール地区で進む、MRT(メトロ)6号線の建設工事
=西尾撮影

開発進む沿線

最初の路線となる6号線は、古くからの都心部であるモティジールから、商業や住宅エリアのミルプールなどを経て、市の北端にあたるウットラまで約20キロを結ぶ。21年に一部が先行開業し、22年には全線が開業予定だ。

ダッカの玄関口となるハズラット・シャージャラール国際空港の北側に位置するウットラ地区は、元々、ダッカの人口増に対応するために政府の首都圏開発庁の主導で開発が進められてきた新興住宅地区だ。これまで都心部までは、時間帯によっては車で2時間近くかかっていた。6号線を利用すれば45分ほどに短縮される見込みで、同線の開業を見据えて、周辺の未開発だったエリアでも開発が加速している。

ダッカメトロ6号線の路線図=外務省資料より

「6号線の駅から徒歩10分ほどの約18ヘクタールに、オフィスや商業施設などを併設したニュータウンを建設する。ターゲットは中間層上位以上で、住宅の価格は最低でも1500万タカ(約2000万円)から。すでにほとんど完売の状態です」。地場の大手不動産企業が手掛ける開発プロジェクトの販売事務所で、セールス担当者はそう話す。

一方、首都圏開発庁は、低・中所得層向けとして約180棟、約1万5000戸のアパート群を新設した。国際空港に着陸する航空機からは、原野の中に建設されたアパート群や、建設中の6号線の車両基地などを間近に見ることができ、訪れる外国人に「急速に変化するダッカ」を強く印象付ける。

工事中のメトロ6号線高架橋越しに見える、政府が開発した低・中所得者向けの アパート(上)ウットラ地区に建設中のメトロ6号線の車両基地(下) =いずれも西尾撮影

多数の日本企業が参画

6号線の総事業費の4分の3は日本からの有償資金協力で賄われ、残りはバングラデシュ政府が支出する。日本は2012年度から18年度まで3期に分けて、計1653億円の円借款を供与済みだ。

高架軌道や駅、車両基地などの建設のほか、車両や信号システムの納入など、すでにすべての入札が終了し、工事が進んでいる。日本企業では、設計と施工監理コンサルタントとして日本工営JV▽鉄道土木工事を三井住友建設JVと鉄建建設・安部日鋼JV▽車両基地の土地改良工事を東急建設▽車両納入を三菱商事・川崎重工JV▽電気・通信・信号を丸紅JVが受注した。また鉄道信号などのトップメーカー日本信号は、丸紅とJVを組んだインド企業から、信号のほか自動改札、ホームドアなどのシステムを受注している。

JICAによると、工事には軟弱地盤の強化工法「サンドコンパクションパイル工法」など日本の技術が多数採用されている。また車両は日本のアジア向け標準仕様車「STRASYA」に準じた車両が導入される。

メトロはさらに、一部がバングラデシュ初の地下鉄となる1号線(支線を含み全長約31キロ)と、市内を東西につなぐ5号線(全長約20キロ)も円借款やアジア開発銀行(ADB)との協調融資で建設を検討しており、来年以降、順次施工企業の入札が行われていく。

このほか、シャージャラール国際空港への新たな旅客ターミナル建設や、バングラデシュを南北に流れる大河ジャムナ川に鉄道専用橋を建設する事業など、日本の円借款を活用した大規模な交通インフラ整備は目白押しだ。

ダッカメトロに導入される車両の予想図
=西尾撮影

世界最大規模の総合開発「マタバリ」

すでに工事が始まっているマタバリ超々臨界圧石炭火力発電所=MJVC/JI
CA提供

もう一つ、日本が円借款で支援する巨大プロジェクトが、ベンガル湾に面したマタバリ港開発計画を中心とした「南部チッタゴン地域総合開発計画」だ。

2014年の日本とバングラデシュの首脳会談で発表された「ベンガル湾産業成長地帯構想」(BIG―B)の核となるもので、第2の都市チッタゴンの南約70キロにあるマタバリに、国内唯一の深海港となる大規模港湾や発電施設、臨海型工業団地などを開発する。

対象となる面積は日本の鹿島工業団地の7倍、シンガポール全土のほぼ半分の広さで、世界でも過去最大規模の総合開発となる。今年7月、JICAが作成しバングラデシュ側に提案した土地利用計画調査によると、水深18・7メートルの深海港・商業ターミナルを中心とした「物流ハブ」▽石炭、液化天然ガス(LNG)、液化石油ガス(LPG)を利用した「電力・エネルギーハブ」▽重化学工業地帯を形成する「臨海産業ハブ」――の3つのハブを形成。計画では2041年のバングラデシュの物流の4割がマタバリ港を通過し、電力の4割がマタバリで発電されることになる。

すでに円借款で建設される「超々臨界圧石炭火力発電所」を住友商事、東芝、IHI3社のコンソーシアムが受注し、24年の操業開始を目指して建設が始まっている。発電所の港湾工事は同コンソーシアムから五洋建設が受注している。

一方、民間では三菱商事が地元大手企業「サミットグループ」とともに、浮体式貯蔵気化設備(FSRU)を利用した海上のLNG受入基地事業にも参入している。また、三菱商事は同グループとともに、陸上LNG受入設備やガス発電所建設などの統合開発プロジェクトを検討していくことで基本合意したほか、その他の日本企業も、エネルギー事業への参画に大きな関心を寄せている。

(上)マタバリ総合開発の全体構想図=JICA提供▽(右)マタバリの位置=外務省資料より

円借款のピーク迎える
アンタイドも8割は日本企業が受注

日本からバングラデシュへの円借款供与は、2004年度からの5年間で年平均238億円だったのが、09年度から5年間の年平均が610億円、14年度からの5年間年平均が1732億円と右肩上がりで増加している。18年度には2003億円と初めて2000億円を突破。19年度は6月末までの実績で2758億円に達している。JICAバングラデシュ事務所の平田仁所長は「バングラデシュはインフラ整備の需要が極めて大きく、円借款の規模が拡大している」と話す。

JICAバングラデシュ事務所の平田仁所長 = 西尾撮影

国連は、一人当たり国民総所得、人的資源開発指標、経済脆弱性指標の3つの指標を元に、この3指標が基準を下回る国々を「後発開発途上国」(LDC)に認定している。バングラシュは1975年からLDCに認定されてきたが、すでに3指標は認定基準を上回っており、24年までにLDCからの「完全卒業」を果たす見込みだ。「LDC卒業前の5~6年」は経済成長が軌道に乗る一方で資金調達源が限られ、特に外国政府からの開発援助が大きな役割を果たす時期だという。その後は国の成長に伴い資金調達源は多様化し、借款に頼る部分は少なくなっていく。

バングラデシュはこれから、円借款によるインフラ整備がピークを迎える。JICAによると、円借款によるインフラ工事発注額は過去5年間で1・1兆円に達した。さらに今後3年間で発注が予定される円借款工事は1・3兆円に上る。

現時点でLDCのバングラデシュに対する円借款は、日本企業受注を条件としないアンタイドだが、過去5年の1・1兆円の日本企業の受注率は8割と、極めて高くなっている。「バングラデシュ側の、日本企業に対する信頼が非常に強いことが背景にある」と平田所長は話す。

NEXT・ASEANとして環境整備

なぜ、日本はここまでバングラデシュ支援に力を入れるのか。平田所長は、バングラデシュの地政学的な重要性を挙げる。

中国は「一帯一路」の一環として、ベンガル湾沿いのミャンマー・チャウピューや、ベンガル湾の入り口に当たるスリランカのハンバントタに海洋拠点を建設している。またインドも「アクト・イースト」政策を掲げ、チッタゴンから距離的に近いミャンマーのシットウェに拠点を建設している。

さまざまに国際的な思惑が入り乱れるベンガル湾の奥にあり、中国とインドをつなぐ結節点でもあるバングラデシュの成長と安定は、「自由で開かれたインド太平洋構想」を掲げる日本にとって、重要な意味を持つ。

平田所長は、日本企業にとってバングラデシュがASEANでの生産活動を補完する重要な進出先となることも挙げる。「1971年の独立以来、日本とバングラデシュの関係は極めて良好で、親日感情も強い。日本企業にとってはASEANの次の進出先として重要だが、投資の一番のネックになっているのが、インフラ整備の遅れだ」と話し、日本企業の進出を後押しするためにも、ODAによるインフラ整備が必要と訴える。

進出企業8年で3倍
繊維、インフラ、内需関連が3分の1ずつ

地元の若者でにぎわうショッピングセンター内にあるフードコート
=ダッカ市内で西尾撮影

日本貿易振興機構(JETRO)ダッカ事務所の安藤裕二所長によると、2011年に約100社だった日本のバングラデシュへの進出企業は、現在3倍の約300社にまで急増した。

このうち3分の1が繊維産業関連企業。マルヒサ・パシフィック社のように工場を持ってアパレル製品を輸出している企業のほか、縫製工場向けミシンや、ファスナーなど服飾関連資材の調達拠点を持つ企業、さらに、アパレル製品の検品を専門に行う「検品会社」も日本から10社以上が進出。進出している大手物流企業も、扱う貨物の中心は縫製産業関連だという。地元企業も含め、繊維、縫製に関連する幅広いすそ野産業が形成されている。

中国に次ぐ世界2位のバングラデシュの繊維産業だが、その輸出先は欧米が8割で、日本向けは全体の数%に過ぎない。安藤所長によると、繊維関連の日本企業の進出は11年当時に比べ現在、一段落しているが、ここ数年で再び大手の繊維商社が進出するなど、バングラデシュへの注目が高まっている。

巨大な産業規模、さらにミャンマーやカンボジアと比べても安い賃金水準など、バングラデシュ繊維産業の優位性は決して揺らいでいないが、今は原材料は輸入している状況で、紡績等の川上部分が育成されてくれば、より競争力が高まるだろうという。

残る3分の2のうち、半分は円借款などによるインフラ整備に関連する企業だ。ダッカメトロ建設工事などを担う大手建設業者のほか、建機レンタルや橋梁の照明設備受注などで、インフラ整備工事に関連した企業の進出も増加している。

残る3分の1が、急速に拡大するバングラデシュの内需を狙う生活関連企業などだ。食品企業の味の素のほか、新設した工場で年10万台の二輪車を製造するホンダなども含まれる。また、英語のIT人材を活用した日系ITアウトソーシング企業も、10社ほどが進出している。

安藤所長によると、インフラ関連企業の急増に続き、さらに最近増えているのが内需関連企業だという。生活水準が上昇し、エアコンや冷蔵庫といった家電製品に手が届く世帯が増えている。またトイレタリー商品などの消費増も期待できる。

安藤所長は「バングラデシュ人によるスタートアップ企業も伸びており、この国の経済成長のドライブフォースになっていく」と話す。

課題はLDC卒業と天然ガスの枯渇

一方、バングラデシュ経済の課題は、LDC(後発開発途上国)からの卒業の負の側面や、自国内で産出する天然ガスの枯渇問題などだ。

燃料の天然ガス(CNG)の乗用車への「給油」。バングラデシュの乗用車は大半が日本からの輸入中古車だが、ガソリンから値段の安いCNGに改造されている=西尾撮影

バングラデシュの稼ぎ頭は先進国向けの衣類輸出だ。今年3月までJETROダッカ事務所に駐在した古賀大幹氏(現JETRO国際博覧会課)は、LDCから卒業3年後に各国が適用している特恵関税制度(GSP)が使えなくなり、特恵関税に頼らない他国との経済連携強化が急務だと指摘する。

エネルギーの柱である自国産出の天然ガスは、そう遠くない将来に枯渇する見込みだ。現在、年間の生産量は1兆立方フィートだが、昨年7月時点で可算埋蔵量は12兆立方フィートしかない。古賀氏によると、新ガス田が発見される可能性はあるが、著しい経済成長で消費が伸びれば、予想よりも早く枯渇の可能性もある。エネルギー輸入が本格化すれば貿易赤字が拡大し、エネルギー価格が高騰すれば海外からの投資の足かせになる。

古賀氏は、バングラデシュが課題をクリアするために取り組むべき点として、他国との経済連携強化のほか、外資企業のさらなる誘致、付加価値の高い国内産業の育成の3点を挙げる。

ダッカ市内にある高級ショッピング・モール       =西尾撮影

経済特区を全国に100カ所日本企業による開発も

バングラデシュ政府が外国企業誘致の切り札として取り組むのが、全国に100カ所を目指す経済特区(SEZ)の設置だ。製品の輸出が原則の輸出加工区(EPZ)とは違い、SEZは輸出向けでも国内市場向けでも進出が可能。政府は今後EPZを新設せず、SEZの開発に切り替える。

「現在、すでに11カ所のSEZがオープンし28カ所が建設中。数年のうちに100カ所すべてを整備する」と、政府経済特区庁(BEZA)のチョードリー長官。今年5月にはダッカの東約30キロのアライハザールに、住友商事とBEZAの合弁でSEZを建設する契約が結ばれ、日本企業の進出が期待されている。特区専用の発電所、変電所が設置され、日本の円借款を利用してミャンマーのティラワ工業団地同様の高規格のインフラ整備を図る。9月には土地の造成工事が始まり、21年には第1期の約100ヘクタールが開業する見通しだ。

パバン・チョードリー政府経済特区庁長官 
=西尾撮影

両国を知る立場で

タレック・ラフィ・ ブイヤン・ジュンさん=西尾撮影

主に日本企業の進出サポートなどを行うコンサルタント会社「ニュービジョン・ソリューションズ」のタレック・ラフィ・ブイヤン・ジュン氏は「かつては『若く、低廉な労働力』がバングラデシュの魅力だったが、最近はバングラデシュ人の給与も上昇し、ここで製品を売りたいという日本企業の問い合わせが相次いでいる」と話す。

ジュン氏は、父がバングラデシュ人、母が日本人。5年前からは両国企業209社で作る「日本・バングラデシュ商工会議所」の事務局長も務める。

「今、バングラデシュの在留邦人は1000人だが、中国人は10万人以上いて、幅広くビジネスを展開している。彼らは結論が早いが、コンプライアンスもそれほど大切にしない。バングラデシュの文化も日本の文化も知っている私の立場で、この国の成長のために役割を果たしていきたい」と、両国の架け橋役に意欲を燃やす。

西尾P
西尾英之(毎日アジアビジネス研究所主任研究員)
1987年毎日新聞社入社、福島支局、社会部などを経て2003年よりイスラマバード支局、ニューデリー支局、アジア総局(バンコク)を歴任。17年10月より現職。

 

Asia Inside:特集 沸騰するバングラデシュ

 

日本は我が国最大の開発パートナー企業はさらに投資拡大を

――ファティマ駐日大使に聞く

順調な経済成長を続けるバングラデシュ。それを影で支えてきたのが、日本の政府開発援助や民間企業による投資だ。日本はバングラデシュにとって最大の援助国で、バングラデシュ国民の間には、日本への親しみや信頼感が極めて強い。駐日バングラデシュ大使館のラバブ・ファティマ大使に、両国関係や日本企業に望むことなどを聞いた。【西尾英之】

年成長率8・13% 21年に中進国、41年に先進国目指す

――バングラデシュは急速な経済成長が続いています。成長の現状と将来の目標を教えてく
ださい。

我が国は長年にわたり、経済開発と社会的前進の両面で大きな進歩を遂げてきました。経済規模はすでに世界32位に達し、最も急成長を遂げている国の一つとして世界が認めています。最新の2019会計年度(18年7月~19年6月)のGDP成長率は8・ 13%に達し、国際通貨基金(IMF)は、世界でも第2位の成長率になるだろうと予測しています。

成長は、09年から政権を担うシェイク・ハシナ首相の、開発と成長のロードマップ「ビジョン2021」と「ビジョン2041」の元で成し遂げられてきました。両ビジョンは国の開発政策の中心に位置付けられ、我が国は21年に中進国、41年には先進国となることを目指しています。

――バングラデシュに急成長をもたらしたものは何ですか? 他国との比較で、バングラデシュ経済のアドバンテージを教えてください。

安定した、政治的なリーダーシップが続いていることです。さらに社会全体にアプローチする包括的かつ「国民主体」の開発戦略です。市民を政府やその他のサービスに結び着ける「デジタルバングラデシュeガバナンス」、農村と都市の格差を埋めるインフラ開発への投資も挙げられます。

政府は教育や人材開発への投資に取り組み、特に国家開発や経済活動への女性の参画に力を入れてきました。また、工業やサービス部門の育成に取り組み、農業国から輸出志向の工業国への転換を図ってきました。

バングラデシュのアドバンテージとして挙げられるのは、まずは安定した経済成長が続いていることです。地政学的には、我が国は南アジアと東南アジアへの玄関口に当たり、中国とインドという2大経済圏の交差点という戦略的な場所に位置します。国民は若く、人口ボーナスが期待できます。人口1億6000万人を超える巨大な国内市場では、中流層が育っています。

また世界市場へのアクセスも挙げられます。日本との貿易ではDFQF(無税無枠)のアクセスも利用できます。自由で産業界寄りの海外投資受け入れ政策、そしてビジネスを行うための安いコストです。

日本がビジョン達成を支援

――今年5月に訪日したハシナ首相との会談で、安倍晋三首相はバングラデシュに対する新たな円借款供与を表明しました。日本のODAは、これまでバングラデシュでどのような役割を果たしてきましたか? また、日本の政府や民間企業にどのような役割を期待していますか?

2014年のシェイク・ハシナ首相の訪日で、両国関係は「包括的パートナーシップ」のレベルに引き上げられました。首相は16年と19年にも訪日し関係はさらに強化されています。日本は、我が国にとって最大の2国間開発パートナーです。両国の強い結び付きは、我が国のインフラ開発や、貿易、投資に対する日本の支援の積み重ねによって生まれたものです。

1971年の独立以来、日本は我が国に対し無償支援、円借款、技術協力の形で累計211億3000万ドル以上を支援してきました。現在、JICAによる86の支援プロジェクトが実施されています。今回調印された25億ドル近い円借款は過去最大の支援パッケージで、大規模なインフラ整備プロジェクトや、投資やビジネス環境整備に投入されます。日本の支援は、通信、電力、エネルギー、保健・医療、人材開発、都市及び農村開発など、さまざまな分野で、「ビジョン2021」の達成を支えてきました。

バングラデシュへの外国直接投資(FDI)は大幅に拡大しており、日本も重要な投資国です。これまでのバングラデシュへの日本の総投資額は30億ドルを超えています。私たちは、日本からの投資がさらに増えることを望んでいます。バングラデシュで事業展開する日本企業の数は280社を超え、最近のJETROの調査によると、バングラデシュで活動する日本企業の73・2%が、今後1~2年でさらに事業の拡大を計画しています。

ハシナ首相は5月の訪日の際、日本のビジネスリーダーの皆さんと面会し、我が国への投資と貿易を加速するよう求めました。私たちは、皆さんから非常に前向きで心強い回答を得ました。両国間のビジネスはさらに拡大する大きな可能性があります。日本企業の我が国への投資への意欲の強さに、大変勇気付けられました。

訪日し安倍晋三首相と会談するハシナ・バングラデシュ首相
=5月29日、バングラデシュ大使館提供

特区のインセンティブ活用して投資を

――円借款を活用して開発する経済特区の設立も発表されました。どのような業種の日本企業の進出を望みますか?

投資をさらに促進するため、バングラデシュでは計100カ所の経済特区開発が計画されています。その一つが日本の円借款を活用する「アライハザール経済特区」です。日本企業には、戦略的な立地や地域市場へのアクセス、多数の熟練、若年労働者の存在などを含む、我々が提供する特別なインセンティブをぜひ活用してもらいたいと考えています。

日本の投資家にとって特に可能性のある産業分野は次の通りです。高速道路や橋、港などのインフラ分野▽エネルギー分野▽自動車関連分野▽繊維・縫製▽農業分野▽サービス分野▽深海漁業▽廃棄物管理。

――ダッカでは2016年、日本人7人が犠牲になるテロ事件がありました。現在の治安状況と治安維持のための政府の取り組みを教えてください。

2016年7月1日のダッカのレストランへのテロ攻撃は、バングラデシュでこれまでに発生した最悪の攻撃でした。その悲劇的な事件以降、厳しく広範囲なテロ対策が実施されており、事件の再発を防止しています。日本政府や他の各国とも緊密に協力し、日本人とそのビジネスを含む、すべての外国人の安全とセキュリティを確保するために、さまざまな対策が講じられています。現在、バングラデシュの治安状況は正常であり、脅威はまったくありません。これは、事件後の日本人の訪問者数や、企業活動の増加を見れば明らかなことです。

この困難な時期の、日本政府、JICA、被害者の家族の皆様のご理解とご支援に、深く感謝いたします。日本は真の友人として、私たちのそばに立ち、我が国の開発努力への重要な支援を続けて下さっています。

ファティマ大使略歴
1989年にバングラデシュ外務省に入省。ニューヨークの国連本部、インドのコルカタ高等弁務官事務所、ジュネーブの国連代表部、北京大使館などで勤務。人権、人道問題の専門家で、国連総会や安全保障理事会、難民高等弁務官事務所などの多くの会合にバングラデシュ代表として出席した。2016年2月より駐日大使。夫は外務省の同僚で、現在駐仏大使を務める。