存在感を増す「イスラム世界」。イスラム教徒の人口は18億人に達し、その増加率の高さから数年後には地球上の4人に1人がムスリム(イスラム教徒)になるともいわれる。「イスラム・マーケット」の魅力は増すばかりだが、一方でイスラム圏を対象にしたビジネスには、ムスリム独自の生活スタイルを理解する必要がある。イスラム・マーケットに切り込む日本企業や人の動きを追った。 【毎日アジアビジネス研究所・西尾英之】

原材料からすべて「ハラル」マレーシア、インドネシアで生産販売、キユーピー

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キユーピー海外本部グローバル事業推進部の山下知己部長(右)と市山丈敬次長=西尾撮影

「単に豚を使わない、アルコールを使わないというだけではない。納入される原材料もすべてハラル認証されている必要があり、認証更新は2年に一度だが、常に原材料などの認証の確認作業を行っています」

日本のマヨネーズやドレッシングのトップメーカー「キユーピー」(本社・東京都渋谷区)で、2009年の「キユーピーマレーシア」社設立時からイスラム圏での製造・販売ビジネスに携わってきた山下知己・同社海外本部グローバル事業推進部長はそう語る。

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キユーピー マレーシアの工場=キユーピー提供

「ハラル」とは、ムスリムの日常生活を規定するイスラム法(シャリア)によって「合法」「許されるもの」とされたもの。よく知られた豚肉や酒は、ハラルとは反対にシャリアによって禁じられた「ハラム」で、基本的にムスリムは口にしない。

日本人イスラム教徒でつくる宗教法人「日本ムスリム協会」によると、イスラム教の最高聖典であるコーランは「ハラルではない、禁じられた食べ物」として「死肉、(流れる)血、豚肉、アッラー以外の名を唱え(殺され)たもの、絞め殺されたもの、墜死したもの、角で突き殺されたもの、野獣が食い残したもの、(ただしこの種のものでも)あなたがたが止めを刺したものは別である。」(5章3節)――と挙げている。

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マレーシアで製造、販売されているマヨネーズとドレッシ
ング。ハラル認証済みであることをしめすJAKIMの認
証マークが表示されている=キユーピー提供

卵やお酢が主な原材料となるマヨネーズは、一見、禁じられたハラムの原材料とは無縁に見える。だが山下部長によると、酢は特に注意が必要な原料の一つ。一般的にアルコール成分を発酵させて作っているからだ。ハラル認証をもったサプライヤーから供給された酢を、キユーピーでも厳しく管理している。卵はそれ自体はハラルだが、加工を行うことで、製造工程や保管管理などの監査を経て、改めてハラルを取得する必要がある。

キユーピーの商品は、同じブランドであれば味の基本は世界共通だが、原材料や製造工程の違い、販売する国の嗜好に合わせて、味づくりをしている。

山下部長によると、同社ブランドの同系統の味を出す場合でも、ハラルに対応するため「味づくりの根本が違う」製品の開発、製造が必要になる場合がある。日本で製造しているドレッシングは味の基本となるエキスに豚由来のものを使っている場合がある。イスラム圏ではこれが使えないため、牛やチキン由来のものに代えている。

政府機関が認証

国民の大多数がイスラム教徒である中東の国々などと比べると、マレーシアはムスリムであるマレー系が7割近くを占めるものの、非ムスリムの中国系、インド系住民も暮らす多民族国家。国内には中国系住民向けの「非ハラル」食品も数多く流通しており、区別するため特にハラル認証が重要視されている。

地元の大手外食チェーンに製品を納入するにもハラル認証が求められる。「認証がなければ、我が社は(ビジネスの)土俵にも上れない。我々のような業態では認証取得は不可欠」と山下部長は話す。

マレーシアでは政府機関である「マレーシア・イスラム開発庁」(JAKIM)が、国内唯一のハラル認証機関だ。認証のためのガイドラインが定められ、原材料自体がハラルであること、従事者がハラル製品のみを製造、販売、納入することなどが規定されている。

認証を申請すると、同庁の監察官が実際に生産現場を訪れ、原材料のと殺、清浄、加工、梱包、保管、運送などが規定通り行われているかをチェックする。一定水準以上の衛生管理やムスリム従業員の雇用のほか、工場にはムスリムが1日5回行うお祈りの場所の用意も必要となる。

三菱UFJリサーチ&コンサルティングのシニアコンサルタントで、「ハラル認証取得ガイドブック」の著者でもある森下翠惠氏は、「ハラル認証の取得・維持は、日頃からの管理と継続が重要。抜き打ちの査察が実施されることもあり、『認証を得たら終わり』ではない」と指摘する。

サプライヤーを変更したら必ず申告が必要。規定を順守していくことが絶対だが、審査員により判断が異なることがあり、日本企業にとっては悩みの種だ。

中東のイスラム教国へ輸出も

しかしマレーシアは政府が国策として「国際的なハラル食品ハブ」を目指し、ハラル産業の誘致や推進に力を入れている。非イスラム教徒向けに英語で認証のためのガイドラインも作成しており、山下部長は「日系企業にとっては認証作業がやりやすい国」と話す。

キユーピーは1987年からタイで製造、販売を開始し東南アジアへの進出を開始した。マレーシアはタイよりも一足早く経済成長を実現し、今世紀に入ると一人当たり国内総生産は1万ドルに近付いた。「その市場性を感じて進出を決めたところ、ハラルをどう実現するかという問題に突き当たった」という。

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マレーシアのスーパーで販売されるキユ
ーピー商品のコーナー=同社提供

マレーシアの人口は約3200万人で、約6600万人のタイに比べると市場規模は小さい。同社のマレーシア進出には、ハラル認証制度が確立された同国の環境を活かし、隣接するシンガポールのほか、アラブ首長国連邦(UAE)やサウジアラビア、バングラデシュなど中東や南アジアのイスラム各国への輸出拠点とする狙いもある。

一方で同社は2013年、インドネシアにもグループ会社を設立し、翌年から製造・販売に乗り出した。人口2億5500万人の9割近くがイスラム教徒で、人口では世界最大のイスラム国家だ。

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児童の肥満解消のため野菜をもっと食べてもらおうとキユ
ーピーがマレーシアで開いている、小学生を対象にしたサ
ンドイッチ教室=同社提供

輸出も念頭に置いたマレーシアに対し、インドネシア進出はその国内需要がターゲットだ。同国では、マレーシアと違いイスラム聖職者組織である「インドネシア・ウラマー評議会」(MUI)がハラル認証を行っている。インドネシアでは2014年にハラル製品保証法が成立し、今年10月から施行される。認証は今後、MUIの判定を受けたうえで、政府機関であるハラル製品保証実施機関(BPJPH)が行うことになる見込みだ。

イスラム教とこれまでなじみの薄かった日本の企業にとって、ハラル認証を得るには手間もコストもかかる。「そもそも非イスラム教徒の日本人にとって、『ハラル』『ハラム』はその判別ができない場合も多い。しかしハラル製品にハラムな成分が混在する等の問題が起きれば不買運動などのリスクもあり、ビジネスとしてやる場合は、きちんとハラル対応をとることが必要。できれば認証取得することが望ましい」と森下氏。山下部長は「(食品企業として)現地に拠点を作って製造・販売していく以上、その国の方々に、おいしさはもちろん、安全・安心で健康的な食生活に貢献できる商品を提供していきたい」と話す。

「ハラル物流」を構築世界へ拡大めざす――日本通運

それ自体は「ハラル」の鶏卵だが、その後の流通や保管の段階で非ハラールのものとの接触(コンタミ)が起きて、ハラルではなくなる可能性がある。ハラルであることを維持するには、流通過程で非ハラルとの接触の可能性を排除することが重要になる。

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マレーシアで導入したハラル物流専用のトラック=写真はいずれも日本通運提供

日本最大の物流企業「日本通運」(本社・東京都港区)は、マレーシアやインドネシア、さらに日本国内でハラル物流の認証を取得し、国際的なハラル物流サービスの構築に乗り出している。

同社は2014年、日系企業として初めてマレーシアで運送のハラル認証を取得。さらに14年にはJAKIMより、トラックやコンテナの「宗教洗浄」を自社で行う許可も受けた。17年には自社倉庫で倉庫のハラル認証を取得した。

一方日本国内では16年、東京海運支店が倉庫、専用のカゴ型台車による運送の認証を取得。さらに翌年、福岡海運支店で倉庫、専用のカゴ型台車による運送の認証を受けた。18年にはインドネシアでも現地の3法人が認証を取得し、3カ国でハラル製品の物流をサポートする態勢を整えた。

「宗教的洗浄」

流通過程においても豚肉など、宗教的に不浄なものと接触した場合、ハラルから非ハラルになってしまうとされる。そのため、通常の輸送に使われていたトラックや輸送用のコンテナをハラル物流で使用する場合は「宗教的洗浄」を実施する必要がある。

「宗教的洗浄」とは、ハラル品にとって不浄な状態(豚や豚派生商品を取り扱った場所など)をイスラム法における要領に沿って洗浄すること。輸送の際は、予めトラックや輸送用コンテナを洗浄し、清浄な状態にする。日本通運では、この宗教的洗浄を行ったコンテナにてハラル物流サービスを提供している。

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マレーシアのトラックで行われる
宗教洗浄

「日本のスタッフはイスラム教徒ではない。不明なところは認証団体や当社のマレーシア現地法人マレーシア日通のハラル委員会のメンバーに意見を聞き、定期的に日本に招いてチェックもしてもらっている」。同社本社でハラル物流を担当する松﨑聖子・事業開発部課長は話す。

マレーシア日通では、地元企業からの国内流通の受注が増えているほか、マレーシア航空の機内食で使用するスプーンやフォーク、調味料などの保管も受注している。

日本に関しては、イスラム圏向けの牛肉や小麦粉などの輸出、イスラム圏からのレトルト食品の輸入などを扱っている。国内では、宗教的洗浄したコンテナを利用して名古屋の工場から中国地方の食品メーカーに小麦粉を輸送する、初のハラル鉄道輸送も実施した。

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ハラル認証を取得した東京海運支店の倉庫

ハラル物流の料金

現状、ハラル物流であっても基本的な運賃は通常の物流と同じ額を設定している。認証を受けるための費用などをお客様へ転嫁していない。

「物流を通した社会貢献や、物を運ぶことで社会を支えていくことが我が社の基本。ムスリムにとってハラル物流は当たり前のことで、特別に料金を追加するということにはならない。ハラル物流サービスはイスラム社会への貢献や、ムスリムに安心安全を届けるということだ」と松﨑氏は話す。

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ハラル性を担保した、日本の鉄道輸送でも使用されるコンテナ

一方で、ハラル物流を実現すれば、ハラルを求める新たなお客様と出会うきっかけになる。今後、東南アジア向けの輸出が多い国(ハラル品の生産国)でハラル認証の取得を検討中。アジアから欧州、米州全域に拠点を持つ同社の強みを生かして、世界のハラル生産国と消費国をつなぐサービス網の充実を図っていきたいという。

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最長3年間の貨物保管も可能なインドネシアの保税物流センター

「モデストファッション」日本とインドネシアでコラボ市場広げる現代的ムスリム女性発信のスタイル――坂本佐和子氏

イスラム圏の女性の服装というと、髪を覆い体の線を隠す伝統的な衣装をイメージする人が多いだろう。だが、イスラム圏でも女性の高学歴化や高収入化が進みつつある社会では、「信仰」と「おしゃれ」を両立させる現代的なファッションが広がり、「モデストファッション」と呼ばれて世界的な広がりを見せている。インドネシアのモデストファッションのデザイナーと日本企業の橋渡し役を務める、コラボレーション・コーディネーターの坂本佐和子氏は「機能性の高い繊維製品や美しい着物がある日本には、モデストファッションのデザイナーを魅了するものがある」と、両国のコラボの可能性を訴える。
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東京ファッションウィークで披露された「モデストファッション」ブランドIKYKの作品=同社提供

伝統の衣服とは一線

イスラム圏の女性の服装というと、髪を覆い体の線を隠す伝統的な衣装をイメージする人が多いだろう。だが、イスラム圏でも女性の高学歴化や高収入化が進みつつある社会では、「信仰」と「おしゃれ」を両立させる現代的なファッションが広がり、「モデストファッション」と呼ばれて世界的な広がりを見せている。インドネシアのモデストファッションのデザイナーと日本企業の橋渡し役を務める、コラボレーション・コーディネーターの坂本佐和子氏は「機能性の高い繊維製品や美しい着物がある日本には、モデストファッションのデザイナーを魅了するものがある」と、両国のコラボの可能性を訴える。

「モデスト」とは英語で「慎み深い」や「控えめ」などの意味。モデストファッションは肌の露出を抑えて体をゆったりと包み、「髪を隠す」「体のラインを見せない」「手首、足首まで体全体を覆う」などのイスラム社会のルールは守っている。しかし、そのデザインは現代的で機能性に富み、伝統的なムスリム女性の衣服とは一線を画している。

坂本氏によるとモデストファッションが生まれた背景には、前世紀後半からのイスラム復興の動きや、2001年の米国同時多発テロ事件を背景に、ムスリム女性の間で起きた変化がある。自身がイスラム教徒であることを意識し、それまで西洋的なファッショ

ンだった女性たちがベールを被るようになった。しかし、女性たちには信仰を大切にしながらもおしゃれを楽しみたい気持ちも強く、また活動的なライフスタイルに適した機能性も求めて、現代的なデザインを取り入れながら生まれてきたのがモデストファッションだ。

ムスリム女性のロールモデル

Dolce & Gabbana、Michael Korsなど高級ブランドもイスラム女性を意識したモデストファッション市場に参入し、H&MやMangoといった世界的な大手衣料販売がモデストファッションのコレクションを発表。日本のユニクロも2015年から、イスラム教徒で日系英国人のデザイナー、ハナ・タジマ氏とのコラボでコレクションを展開している。ゆったりとした機能性の高いデザインは、ムスリム女性に限らず欧米でも注目を集め、日本でも、ロングカーディガンや丈の長いワンピース、ゆったりしたコートスタイルやパンツなどに、その影響を見て取ることができる。

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ETUのデザイナーとインドネシアのアパレル製造小売EXECUTIVEのコラボ展開=坂本氏提供

世界最大のムスリム人口を擁するインドネシア。同国のモデストファッションのデザイナーたちは、SNSでファッションのみならず宗教や人生に関するメッセージを発信している。インスタグラムのフォロワー数が10万人を超えるデザイナーもおり、「モデストファッションのデザイナーは、イスラム女性がどう生きていくべきかという、ライフスタイルのロールモデル的な存在になっている」という。

坂本氏は三菱UFJリサーチ&コンサルティングの出身。同社でイスラム女性のファッション市場を調査していた2015年、東京ファッションウィークに参加したインドネシアのモデストブランドの関係者と出会ったことをきっかけに、会社を退職して独立。日本企業とモデストブランドの橋渡し役を務めるようになった。

これまでに、YKKや旭化成、東レの素材をインドネシアのデザイナーに紹介。また福井県にあるユティックの染色加工技術や名古屋市の伝統工芸である有松絞りも紹介し、作品は毎年ジャカルタで開かれているジャカルタ・ファッションウィークなどで発表されている。また、東京ファッションウィークにも毎年、インドネシアからモデストファッションのデザイナーが招かれ、作品を披露している。

日本の「着物」に注目

「日本の繊維製品や加工技術、服飾資材を目にした時の、デザイナーたちの目の輝きが私の活動の原動力」と坂本氏。企業にとってコラボはインドネシアや国際的なイスラムコミュニティーでの知名度の向上につながる。ただ、インドネシア側の市場の状況や、国内繊維業界の競争力強化を目的とした繊維製品の輸入規制による煩雑な手続きや流通ルート確保の難しさなど、日本から生地を輸出するには課題もある。コラボレーションを直接的に利益に結び着けるにはさらに工夫が必要だという。

坂本氏が注目するのが日本の着物だ。「イスラム女性からは日本の着物もモデストファッションの一つとして考えられ、着物スタイルを取り入れたファッションスタイルも多い。日本の企業とインドネシアのデザイナーがコラボで商品開発を行っていけば、和服地の新たな活用方法をアピールできる機会になる。インドネシア人のインバウンド観光が盛んな今が好機では」と話す。

国境を越えてグローバルに広がる、ムスリム女性の自己表現としてのモデストファッション。当初は産業としての文脈よりも社会学的に注目を集め、フェミニズムの観点からも研究が進められてきた。「ムスリム女性と直接関わり、価値観を尊重し、彼女たちのライフスタイルを豊かにすることを大切にすることで、ムスリム市場での販路拡大の道が開けてくると思う」。日本の企業に向けて、坂本氏はそう語る。

日本とコラボしたインドネシアのモデストファッションブランド

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ETU×東レ・ウルトラスエード @ジャカルタファッションウィーク
2017ブランド名:ETU
インスタフォロワー数:13.1万人
デザイナー:Restu Anggraini多くのムスリム女性のロールモデル。シンプルかつエレガントなスタイル。
現代的、都会的なエリート女性をターゲットにしている。東京ファッションウィーク2016に参加。中東ドバイやオーストラリアのファッションショーにも参加している。東レウルトラスエード 生地使用
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Norma Hauri×UTIC
@ジャカルタファッションウィーク2017ブランド名:Norma Hauri インスタフォロワー数:11.1万人。
熱心な支持者が多い。保守的アッパークラスのムスリム女性向けのクラシックでエレガンドなスタイルと活動的な旅行用やスポーティなモデストスタイルの両面を持つ。日本と日本の着物が好きで、着物を取り入れたスタイルも多い。日本贔屓が高じて、東京ファッションウィーク2017に参加。エレガントなアバヤスタイルも多く、特に中東市場に関心。UTIC染色加工生地使用
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IKYK×旭化成ベンベルグ・伝統工芸有松絞り
@東京ファッションウィーク2018ブランド名:IKYK
現代的なストリートファッションの要素を取り入れたカジュアルスタイルなモデストスタイルは、既に韓国市場に受け入れられている。デザイナーのAnandia Putriの視野は非ムスリム圏にも向いており、日本市場参入に積極的。東京ファッションウィークでは、旭化成ベンベルグ生地の提供を受け、日本とインドネシアの伝統工芸手法を取り入れたユニークなスタイルを発表した。東京ファッションウィークのコレクションは英国版Vogueに紹介された。旭化成ベンベルグ生地使用。ベストは、ベンベルグ生地に伝統工芸有松絞りの加工を加えたもの。

マーケット 世界で3兆ドル規模へイスラムビジネス、多民族国家マレーシアが牽引

トムソン・ロイター社がまとめたレポート「グローバルイスラム経済の現況」(2018―19年版)によると、17年のムスリム人口は全世界で約18億人。イスラム教徒の人口増加率は他宗教に比べ高く、2060年には70%増の30億人に達する見込みだという。同レポートによると、「イスラム・マーケット」の規模は17年に全世界で2兆1070億ドルだったのが、23年には3兆70億ドルにまで成長する。主なジャンルでは、ハラル食品が17年1兆3030億ドルから23年1兆8630億ドル▽モデスト・ファッションが17年2700億ドルから23年3610億ドル▽ハラル化粧品が17年610億ドルから23年900億ドル――などの増加が見込まれ、世界には巨大なイスラム・マーケットが形成されつつある。

各地で認証基準に違いも

イスラム教は中東で生まれ、北アフリカから東南アジアまで広い範囲に広がった。

三菱UFJリサーチ&コンサルティングの森下翠惠シニアコンサルタントによると、ハラルの認証は国や機関ごとに審査基準が異なり、その背景には宗教に対する解釈や、文化、習慣の違いがある。

一般的に、国民の大多数がムスリムである中東では、食品はすべてハラルであることが前提で、消費者は成分表示やハラル認証について気にせずに購入する。これに対しアジアは他人種、他宗教との共存が前提の社会で、イスラム教徒はハラルであるかどうかを意識する傾向が強い。

森下氏によると、多民族国家であるマレーシアでは、こうした社会構造を背景に消費者のハラル認証への関心が高まった。同国のハラル産業の特徴は、政府機関が認証制度を運用し、工業規格化、システム化されるなど、非イスラム教徒の外国人にも比較的わかりやすい制度になっているという。また、政府が積極的にハラル産業支援に取り組み、ハラル専用の工業団地を各地に設置。進出した企業には税制優遇措置などのインセンティブも用意されている。同国では毎年、政府主催による世界最大規模のハラル商品見本市(MIHAS)も開かれ、世界各国からバイヤーが訪れる。マレーシアと日本の間ではEPAや日・ASEAN包括的経済連携協定が締結され、自由貿易圏の中で世界のイスラム市場にアクセスできる足場のよさも利点だ。

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マレーシアの認証機関「JAKIM」が発行するハラル認証マーク=JAKIMのホームページより

一方、インドネシアはイスラム教徒だけで2億人を超える巨大市場が魅力である。マレーシアと比較し、ハラル専用工業団地などのインフラ整備や、外資系企業がハラル産業に進出するための支援はあまり進んでいないものの、同国のボリュームゾーンにアプローチするには、ハラル対応は必須であると言えよう。

インドネシアでは2014年にハラル製品保証法が制定され、今年10月より施行される。同国内に搬入、流通、売買される食品・飲料については、一部を除き5年以内(医薬品や化粧品は7年以内)にハラル認証取得が義務付けられ、企業によっては新たな対応が必要になる。

日本国内にもハラル認証を行う組織があり、それぞれ独自の認証を行っている。。訪日観光客の増加による国内企業のハラル認証への関心増加から、一時は多数の組織が乱立したが、現在、主要機関は10数組織に落ち着いている。

マレーシアの政府認証機関JAKIMは、今年2月現在でこのうち7組織に「相互認証」を認めており、これらの組織から認証を受ければJAKIMの認証と同じ基準で認証された製品として見なされる。「輸出などの際に日本国内で認証を受けるには、輸出先相手国の認証機関と相互認証を結んだ認証機関を選ぶことが望ましい」と森下氏は話す。

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高層ビルが建ち並ぶマレーシアの首都クアラルンプール中心部=西尾撮影

イスラム金融

コーランは、「利子」のやりとりを禁じている。イスラム圏の金融機関は教義上、利子を取ることが許されず、その代わりに教義で許される独自の手法で金融サービスを行う「イスラム金融」が発達した。トムソン・ロイター社のレポートによると、イスラム金融の市場規模は2017年で2兆4380億ドルと巨大だ。

三菱UFJリサーチ&コンサルティングの堀江正人・主任研究員によると、イスラム金融では社会的正義の観点から、「利子の禁止」や「投資家と起業家は利益とリスクをシェアする」などの原則を持つ。また、資金の退蔵や極端に不確実な投機的行動は禁止され、教義が禁じるビジネスへの投資もできない。

イスラム金融の75%を占めるのが、個人ローンや貿易金融などで用いられる「ムラーバハ」と呼ばれる手法だ。例えば一般的な住宅ローンは借り手が貸し手に利子を支払うためイスラム金融では禁止される。ムラーバハは、銀行が顧客に代わって家を購入し、顧客には交渉で決めたマージンを上乗せして販売し、分割返済させる。マージンは事実上の利子に相当するが、「利益であって利子ではない」という考え方だ。実際に英国の銀行でムスリムの顧客向けに提供されているという。

一般的な、投資家による事業への投資に似た仕組みが「ムダーラバ」と呼ばれる手法だ。投資家は事業を行う者に資金を提供し、収益に応じて事業者から配当を受ける。イスラム教が生まれた7世紀のアラビア半島では、遠洋航海やキャラバン通商がビジネスの中心。強盗の襲撃や悪天候などリスクが多く、資金提供者がビジネスを行う者に資金を貸し付け元本と利息を受け取るのは、資金提供者に一方的に有利で不公平との考え方から生じたとされる。

資金調達コスト安く

これを応用したのが、日本企業も参入した「スクーク債」だ。空港や水道などの大規模インフラ建設を行う事業者は、SPCと呼ばれるスクーク債発行のための特別目的会社を設立し、投資家に対しスクーク債を発行して資金を集める。収益は配当や元本の償還として投資家に還元される。

堀江氏によると、イスラム人口の増加でイスラム金融の市場規模が拡大し、イスラム圏以外の各国がイスラムマネーの取り込みに熱心になったことから、イスラム金融が注目を浴びるようになった。スクーク債発行の中心はマレーシアで、中東産油国のオイルマネーを東南アジアに引き込む役割も果たす。日本企業では、メガバンク3行が2006年ごろから相次いで同国の金融機関と提携して参入。また、イオンクレジットサービスやトヨタファイナンシャルサービス、野村ホールディングスなどが同国でスクーク債を発行して資金を調達した。

堀江氏によると、イスラム金融利用の利点は資金調達コストの安さだ。運用面で制約が多いイスラム金融は、資金の出し手に比べて借り手が少なく資金過剰となり、通常の金融市場よりも借り手優位で資金を調達できる。特にイスラム圏で事業を行う場合、イスラム金融を使えば資金調達コストを下げることができる。

国際的な金利上昇局面では、資金調達コストが安いイスラム金融への需要が高まる。資金の供給元である原油価格との「綱引き」との面はあるが、現在の米国の高金利が継続すれば、スクーク債への需要も根強い状態が続くとみられる。

西尾P
西尾英之(毎日アジアビジネス研究所主任研究員)
1987年毎日新聞社入社、福島支局、社会部などを経て2003年よりイスラマバード支局、ニューデリー支局、アジア総局(バンコク)を歴任。17年10月より現職。