インドネシア・バリ島で開催されたIMF・世銀年次総会で、インドネシアのジョコウィ大統領は米国の人気テレビドラマを引用し、米中貿易対立に警鐘を鳴らした。東アジアサミットでは外交ビジョン「インド太平洋構想」を提唱し、国際世論に存在感を示しつつある。国内でもその政治センスを武器に求心力を維持しているように見える。インドネシア・ウォッチャーの古宮正隆氏の分析をもとに来年4月の大統領選のシナリオと課題を占ってみた。【毎日アジアビジネス研究所長・清宮克良】

〝悪魔の冬〟が襲来?

エリート軍人の後任として就任したジョコウィ大統領だが、その政治パフォーマンスには世間の耳目を引くセンスが光る。

今年8月にジャカルタで開催したアジア大会開会式の冒頭、ジョコウィ大統領は大型バイクで競技場に姿を見せる演出を行い、5万人の観客を熱狂させた。

ジョコウィIMF世銀10月12日、ジョコウィ大統領はインドネシアのバリ島で開催されたIMF・世銀年次総会で、米ケーブルテレビHBOの人気テレビドラマ「ゲーム・オブ・ストローンズ」を引き合いに出してスピーチを行った。同ドラマは7王国が鉄の玉座をめぐって熾烈な戦いを繰り広げる内容で、大統領は「大国同士が対立している間に、〝悪魔の冬〟が襲来する」と演説して、暗に米中貿易対立を批判し、対立より協調が必要であると強調した=写真、コンパス紙撮影

ジョコウィ大統領の発言は世界の政治指導者としては常識的な主張であるが、舞台がIMF・世銀年次総会であるだけに、欧米はじめ世界を意識したことは間違いない。〝悪魔の冬〟発言に対して、主催者であるIMFのラガルド専務理事がスタンティング・オーベーションを先導して高く評価するなど大統領の類まれなセンスが光る国際舞台となった。

前日の10月11日には同じバリ島で、ASEAN諸国の首脳が集まり、ASEANリーダーズ・ギャザリングが開催された。ジョコウィ大統領は中部スラウェシの地震や津波被害を踏まえ「天災後の復興のための域内及びグローバル協力メカニズム」の確立、及び各国内、及びアセアン諸国間の格差縮小に取り組み、〝No one left behind〟を確実にする重要性を指摘した。またその為のSDGs達成のためには、「グローバル・リーダーシップと責任分担が必要」と訴えた。

もともとASEANは1967年にインドネシア、タイ、シンガポール、フィリピン、マレーシアの5カ国で結成された。当時、東西陣営の大国の代理戦争の戦場となったベトナムの悲劇の拡散を防ぐことが創設の精神である。このため、ジョコウィ大統領の〝悪魔の冬〟発言は伝統的なASEAN精神の表れとも受け止められる。ASEAN10カ国でGDPと人口の4割を有する地域大国インドネシアのトップリーダーの面目躍如といったところだろう。

元祖「インド太平洋」

11月15日、ASEAN加盟国や日米中露など計18カ国による東アジアサミットがシンガポールで開かれ、ジョコウィ大統領はインド太平洋地域について、ASEANが主導する協力的、包括性、透明性、開放性を伴い、国際法を尊重する総合的な枠組みを目指す独自の「インド太平洋コンセプト」を披歴した。

独自構想の根底には、東南アジアが太平洋とインド洋の結節点として地政学上重要な位置を占めていることがある。インド太平洋戦略(現在はインド太平洋構想)は2016年8月、安倍晋三首相がケニアで開催されたアフリカ開発会議の基調演説で使い、2017年11月のAPEC首脳会議でトランプ米大統領が演説し、オーストラリアやインドも支持を表明したことから、日米豪印による中国けん制の色彩を帯びる。

しかし、ジョコウィ大統領の「〝インド太平洋〟コンセプト」は、ユドヨノ前大統領時代から外交イニシアティブとして存在し、2014年10月に就任したジョコウィ大統領が継承したことを考えれば、もともとはインドネシアが元祖ともいえる。インド太平洋地域のほぼ中間に位置するASEANの役割を前面に出すことにより米中両大国に橋を架ける姿勢を示すものなのだ。大統領の構想には、関係国全ての信頼醸成を中心に据えることにより、米国の軍事力中心イメージとは一線を画しつつも、中国の一帯一路イニシアティブを通じた影響力強化も抑制せんとする、したたかな狙いがある。

「リッポーグループ」開発案件の汚職摘発

10月15日のメイカルタの建設風景。10月16日付コンパス紙ここにきて注目されたのは、インドネシア6位の大企業リッポーグループによる中低所得者向け住宅供給を主体とするメイカルタ総合不動産開発事業=写真、コンパス紙撮影=に関する許認可をめぐる汚職事件の摘発だ。10月17日に汚職撲滅委員会がリッポーグループの担当役員を汚職容疑者として認定、地元のブカシ県知事の事務所の家宅捜索が行われ、翌日に同グループ最高責任者、CEOのジェームズ・リアディ氏にも家宅捜索が行われるなど、国内外に衝撃が走った。メイカルタ開発は278兆ルピア(約185億ドル)に上るインドネシア最大級の民間総合都市開発事業であるからなおさらだ。

報道には出ず、リッポーグループも認めていないが、メイカルタ開発には中国の大連万達集団によるサポートがあったとの情報がある。昨年来からの中国政府による中国企業の海外大規模投資に対する規制強化によって、大連万達集団が資本縮小及び引き上げに転換した影響がインドネシアに及んでことから、メイカルタの開発運営にも支障がでている、との見方だ。リッポーグループとは商社を例にあげただけでも、三井物産がIT、三菱商事が住宅、伊藤忠商事が病院、住友商事が宅配の事業で提携するなど日本企業との結びつきも強く、同グループの今後の経営動向に大きな関心が集まっている。

グンドゥルウォ(Genderuwo)インドネシアでは伝承などを使って、比喩的にオーバーに話をする傾向がある。ジャワ中部ソロ出身の庶民派リーダー、ジョコウィ大統領はユーモア交じりにこうした話法を使うことが巧みだ。例えば、古いジャワの妖怪で巨人の化け物グンドゥルウォ(Genderuwo)=写真、ウキペディアより=を話に登場させて、「社会が崩壊する」といった大げさな批判・風評に対して「グンドゥルウォが出てくるような話はやめようね」と交わしながら、その場の雰囲気を和やかにして質問をかわすセンスがある。なお、インドネシア最大の不動産開発をめぐっては、コメントしていない。

インフラ分野で失策と成果

ただし、ジョコウィ政権に失策がないわけではない。

古宮氏は次の2つを失策としてあげる。

一つは、ジャカルタ・バンドン高速鉄道をリニ国有企業相主導に任せて中国案に決定してしまったことだ。2015年の閣議決定時、中国案は工事完了が18年、営業開始は大統領選で実績誇示に間に合う19年となっていたが、現状ではうまくいったとしても営業開始は21年以降にずれ込みことが明白になっており、事業自体の実現性・採算性に対しても疑問視する見方が出ている。

もう一つは、アラフラ海のアバディ(マセラ)LNGプロジェクトにおいて、インドネシア政府当局が当初申請のオフショア(海上)からオンショア(陸上)に変更してしまったことをあげている。同プロジェクトは国際石油開発帝石が子会社のインペックスマセラアラフラ海石油を通して15年9月にオフショアのフローティングLNG(浮体構造にLNG施設)を計画を申請していたところ、当時のリザル・ラムリ海洋担当調整大臣の横車が入って、16年4月にオンショアの陸上LNGによる開発に変更してしまったものだ。このため、膨大な追加費用が発生することになり、政府との契約条件の見直しが必要となった。プロジェクト自体も大幅な遅延を余儀なくされている。

一方で、高速道路、地下鉄、港湾、空港などのインフラ整備は成果を上げた点として評価する。ジャカルタ東部のパティンバン港開発では、日本の特別円借適用により推進することが決定され、今年7月、インドネシア運輸省から五洋建設、東亜建設工業、りんかい日産建設にインドネシア企業2社を加えた共同企業体が発注を受けており、順調に進捗している。

フェイクニュース禁止

来年4月の大統領選に向け、再選を目指す闘争民主党のジョコウィ大統領と大インドネシア運動党(ゲリンドラ党)のプラボウォ党首が争う展開になっている。両氏の対決は2014年大統領選に次いで2度目となる。

ジョコウイ氏とプラボウォ氏が選挙キャンペーン初日に「平和的、清廉な選挙キャンペーン宣言」を行って独立広場を歩く:9月23日コンパ最有力日刊紙コンパスが10月24日に発表した世論調査では、ジョコウィ・マアルフ正副大統領候補支持は52・6%、プラボウォ・サンディアガ正副大統領候補支持は32・7%であり、ジョコウィ陣営の優勢は変わらない。 ジョコウィ大統領がIMF・世銀総会や地震・津波対応に政府トップとして出ており、そのことが選挙キャンパーの代わりにもなっている。両陣営は大統領選キャンペーンではフェイクニュースや宗教・人種問題を扱わない紳士協定を結んでいる=写真は「平和的、清廉な選挙キャンぺーン宣言」を行って独立広場を歩くジョコウィ氏とプラボウォ氏、コンパス紙撮影

2014年の大統領選挙キャンペーンで、「ジョコウイ氏は、華人、共産党員だ」などのフェイクニュースのタブロイド紙が流布し、2016年のジャカルタ特別州知事選では、人種、宗教問題が取り上げられて、当時現職で最有力候補であった華人・キリスト教徒のアホック知事が落選した経緯がある為だ。

このため、経済政策が主な争点になるが、プラボウォ陣営は未だに明確な経済政策を打ち出せていない。あまり表には出さないが、プラボウォ氏はジョコウィ大統領よりも「嫌中親日」の性向が強い。従って、どちらが次期大統領になっても日本とインドネシアの友好関係の基本には変わりはないだろう。

グリンドラ党は独自調査の結果を「ジョコウィ氏とプラボウォ氏の差はわずか6%~8%」と発表している。事実上、プラボウォ陣営の調査であるため客観性が問われるが、トランプ大統領が当選した米大統領選では世論調査に表れない多くの「隠れトランプ支持」がいたとされる通り、インドネシアの場合もその可能性は無しとはしない。

古宮氏はジョコウィ大統領の再選がメインストーリーとしている。しかし、1998年3月11日に7選したスハルト大統領(当時)がアジア通貨危機による経済状態の急激な悪化をきっかけとする民衆の批判にさらされた結果、2カ月後の同年5月21日に大統領辞任を宣言するという、当時誰も予測しなかった事例がある。従って経済の大失速や社会不安を招く様な治安事案が起きた場合にはジョコウィ陣営の支持率急落といった劇的な変化が起こりうるとみている。

清宮克良(毎日アジアビジネス研究所長)
1983年毎日新聞社に入社。水戸支局、社会部、政治部。98年に米ジョンズポプキンス大国際関係大学院(SAIS)客員研究員、その後、ワシントン特派員、政治部副部長、さいたま支局長などを経て、執行役員国際事業室長。中国、インドネシア、ベトナム、ミャンマー、タイ、ロシアでフォーラムやイベントなどを手がける。2018年10月から現職。

古宮正隆氏古宮正隆(Komiya Associates LLC CEO)
早稲田大政経学部卒。1967年4月、三菱商事入社。業務部、ジャカルタ駐在事務所所長代行などを経て2017年6月まで業務部顧問。早稲田大学アジア太平洋研究センター特別研究員、日本インドネシア協会理事など歴任。