インド1モディ前回当選
前回2014年の総選挙で圧勝し、支持者に演説するモディ首相=14年5月17日、ニューデリーで金子淳撮影

積極的な経済改革で経済成長を牽引し、国内外の経済界から高い評価を受けるインドのナレンドラ・モディ首相。しかし首相率いる「インド人民党」(BJP)への支持にかげりが見え、4~5月の総選挙後に首
相が再選を果たすことができるか、予断を許さない情勢になっている。成長の恩恵を実感できない農民層の不満の高まりが背景にあるが、「経済界寄り」とも評されるモディBJP政権が退陣すれば、進出企業の活動に影響が出るのか? 2カ月後に迫った総選挙の情勢とその背景を探った。【毎日アジアビジネス研究所主任研究員・西尾英之】

前哨戦の州議会選で完敗

昨年11月から投票が行われてきたインド5州の州議会選挙が12月11日、一斉に開票され、その結果に衝撃が走った。BJPはこれまで議会の過半数を握り州政権を担ってきた西部ラジャスタン州、中部マディヤ・プラデシュ州とチャッティスガル州の計3州で、いずれも大幅に議席を減らし、BJPと政権を競う野党「国民会議派」が議席を伸ばし、3州ともBJPを上回って第1党に躍進した。

3州は、元々BJPへの支持が根強い「ヒンディー・ベルト」(ヒンディ語圏)の一角。総選挙の行方を占う議会選での敗北で、「確実」と見られてきたモディ首相の総選挙後の再選の見通しが、大きく揺らぐ事態となった。

前回2013年の州選挙では、BJPはラジャスタン州で会議派から州政権を奪回。マディヤ・プラデシュ州でも大幅に議席を伸ばした。この勢いを翌14年の総選挙に持ち越し、BJPはインド下院(543議席)で30年ぶりとなる単独過半数超えの282議席を獲得して圧勝、モディ政権が発足した。

モディ首相就任後、経済は17年を除き中国を上回る年7%台のGDP成長率を達成し続けている。選挙での支持、不支持に直結するインフレ率も前政権時代は10%近かったのが、3~6%の範囲で推移し比較的落ちついている。好調な経済を背景に首相への支持は盤石とみられ、多くのメディアや金融機関の投資アドバイザーは、今年の総選挙後のモディ政権続投は「ほぼ間違いなし」との見方を続けてきた。

だが、少しずつモディ政権の勢いにかげりも現れ始めた。インドの世論調査は信頼性に欠けるとの指摘もあるが、調査結果に基づく下院議席獲得予測では、BJPが主導する与党連合「国民民主連合」(NDA)の予想議席数が下落し、国民会議派主導の野党連合「統一進歩連合」(UPA)との差が縮まり始めた。昨年5月に行われた下院補欠選挙でBJPは、人口2億人と最大の大票田の中部ウッタル・プラデシュ州と、最大の経済都市ムンバイを擁する西部マハラシュトラ州で改選議席を失っている。

インド総選挙グラフ
インディア・トゥディー誌による世論調査に基づく各連合の下院での獲得議席予想。今年1月の調査で、前回選挙後初めてBJP主導の国民民主連合(NDA)が下院の過半数を割った=同誌ホームページより。横軸は予想獲得議席数

 

総選挙が近づくにつれ、政権も農民や貧困層向けの政策に力を入れ始めた。ラジャスタンなど3州議会選でのBJP敗北確定の前日の12月10日、インド中央銀行のパテル総裁が突然、任期途中での辞任を表明。背景には、農村への「ばらまき」政策の原資として、総裁に金融緩和の圧力をかける政権への反発があったと見られている。

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国会での次年度予算案審議を前に記者団の質問に答えるモディ首相(中央)=ニューデリーで2019年1月31日、インド首相府ホームぺージより

政権は2月上旬、19年度暫定予算案を発表。貧困農家に6000ルピー(約9300円)の現金を支給するなど、農家支援や中間層の税負担軽減のさらに露骨な支持獲得策を打ち出した。総選挙での「楽勝ムード」が消え、政権内の危機感が高まっていることの裏返しだ。

■税制改革で大きな成果 

モディ氏は2001年から14年まで、出身地であるインド西部グジャラート州の州首相を務め、同州の高い経済成長を実現した。14年に連邦政府の首相に就任すると、行政の合理化、効率化や、自由な経済活動を主眼とした新自由主義的な経済構造改革に取り組み、「メイク・イン・インディア」のスローガンを掲げて製造業の拡大をめざした。

首相の最大の成果は、国内の間接税の体系を一本化する「物品・サービス税」(GST)の導入に成功したことだ。

従来の税体系では中央政府、州政府がそれぞれ個別に売上税などの間接税を課税。例えばニューデリー郊外のハリヤナ州で製造した製品をデリーで販売するにも、州越えの際に税金を支払う必要があった。税の種類も州によって異なるなど複雑で、インドの長年の課題として国内外の経済界は改革を強く求めてきたが、上下院で3分の2以上の賛成が必要な憲法改正が必要となるためハードルが高く、これまでどの政権も手をつけることができなかった。

モディ政権は強い支持を背景に、就任した年から導入に取り組み、野党にも協力を求めて17年7月、画期的な、全国統一の「物品・サービス税」の導入に成功した。昨年暮れに現地日系企業の聞き取り調査を行った日本貿易振興機構(ジェトロ)海外調査部アジア大洋州課の西澤知史リサーチマネージャーによると、州越えの税金の実質的な廃止のほかにも、物流時間の短縮や手続きのオンライン化など、好影響が目に見える形で表れており、「多くの企業がGST導入を評価した」という。

政権のもう一つのサプライズ改革が「高額紙幣廃止」だ。首相は16年、突然「1000ルピー札と500ルピー札の廃止」を発表。国民に対し、期限までに廃止紙幣を銀行に持ち込み、新たに発行される新札へ交換するよう求めた。

インド富裕層は納税逃れのため、膨大な現金を銀行に預けずに隠匿している。これをあぶり出し正しく納税させることはインドの最重要課題の一つで、高額紙幣廃止は政権の「パワー」を背景にこれを狙った強硬策だったが、国内は大混乱に陥った。評価は分かれ、「ブラックマネー撲滅にはあまり効果はなく、地方で紙幣が交換できず農村の貧困層に大きな打撃となった」とのレポートもある。

しかし西澤さんによると、日系企業には直接の関連は薄いと思われる高額紙幣廃止に対しても、意外に企業側の反応がよいという。政府は紙幣廃止に伴い、「デジタル・インディア」とのキャッチフレーズでデジタル経済化を強く推し進めている。支払いの電子化と同時に、通関や納税、環境対策などの政府への提出書類も紙からデジタルへのオンライン化が進み、多くの日系企業が「高額紙幣廃止の副産物」として、政府機関のデジタル化の進展を好感している。

■農村の疲弊が背景に 

次々に経済改革を断行し経済界の評価を受けるモディ政権が、なぜここへ来て失速しているのか。

インド人口の6~7割は農村部に住む。州議会選の敗北は「(モディ政権は)有権者の多数を占める農村部に対する気配りに欠けていた」「農民層が、インド経済成長の恩恵を実感できていない」などとの説明がなされている。

大きな背景には、インド農村の構造的な疲弊がある。どの政権も5年の任期で農民層の蓄積した不満を解消するのは困難で、インドの選挙は宿命的に与党側が不利となる構造がある。

疲弊した農村の現状を示すデータの一つが、モディ政権発足後も高止まりしたままの農村の自殺者数だ。政府の統計によると、農民の自殺は1990年代以降、毎年1万人以上に上っている。現地では「農民が自殺しても、統計では別の職業にカウントされることが多い」との指摘もあり、実数はさらに多いとみられる。

その原因で最も多数を占めるのが、破産や借金などの「経済問題」だ。筆者(西尾)はニューデリー支局在勤当時、世界有数の綿の栽培地帯で「コットンベルト」と呼ばれながら、その自殺者の多さから「スイサイドベルト」とも呼ばれるインド中部の農村地帯を詳しく取材したことがある。

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収穫した綿花を牛車に載せて出荷する農民=インド中部で西尾撮影

「緑の革命」を経たインドの綿栽培は、企業が生産するハイブリッド種の導入が進み、毎年、種子を購入しなければならないため、経営に多額の資金が必要だ。一方で90年代以降、農産物自由化などの影響を受け、綿の国際価格は下落。継続的に金融機関や地元の高利貸しから借金をしないと、農家経営は立ち行かなくなっている。

干ばつなどでその年の現金収入が減れば融資は返済できず、金融機関は翌年からの貸し出しを拒み、経営破綻した農民の自殺に直結する。ジェトロ・アジア経済研究所南アジア研究グループの近藤則夫研究員は、「自殺者は貧農よりも、自身で多額の借金を抱えて農業経営をしている中農、富農に多い。不満は構造的で、政権が代わって5年で解消されるものではない」と指摘。「農村部でも中農以上の層は、新政権が発足すると、経済改革を大胆にやってくれ、自分たちの負債も解決してくれるのではないか、と期待する。しかし、どの政権に対しても、任期中に期待は失望に代わる」と、与党が不利になりがちなインドの選挙事情を説明する。

モディ政権は発足後、「農村の生活の質を向上させる」と、電化や公共トイレの普及に取り組んだ。しかしそれから数年が経ち、設置された公共トイレが維持整備されず、荒れたままになっている例も報道されている。

歴代の政権が、農村の支持を得ようと負債の棒引きなどポピュリズム的な農村救済策を実施してきた。だが、筆者の取材では「負債棒引きを申し込んだら、対象ではないと断られた」「申し込んだがその後音沙汰ながく、申請料も戻ってこない」などの声を多く聞いた。個々の農民までは支援策が届いていないことも多いとみられる。

近藤さんも「農民救済策は抗議運動を一時的に沈静化させる効果はあるが、農民の根本的な不満解消にはつながらず、選挙への効果は限定的」との見方だ。

■政権の行方左右する小政党 

近藤さんによると、インド選挙の行方を左右する大きな要因の一つは、「インフレ率」と「失業率」。「選挙の半年前にインフレ率が年10%程度に高止まりしていると、その政権は選挙で敗れる可能性が高い」という。

現在、失業率は前政権当時よりも悪化しているものの、消費者物価は比較的落ち着いている。与党BJPは前回に比べれば大幅に議席を減らし単独過半数を割り込むのは確実だが、それでも単独では下院第1党を確保するとの見方が強い。

それでも、政権が交代する可能性がある。それは、次のようなシナリオだ。

1990年代以降、インドの2大政党となった国民会議派とBJPは、前回2014年総選挙でのBJPを除き下院で単独過半数を得たことはなく、それぞれ地域や宗教、カーストなどに基盤を置く小政党と連立を組んで過半数を確保し、首相を送り出してきた。

現在の連立の枠組み=下表参照=では、今回の総選挙後もBJP主導の与党連合(国民民主連合、NDA)の議席数が、会議派の野党連合(統一進歩連合、UDA)を上回る可能性が強い。


2014年総選挙後の主要政党の協力関係(下院定数545、近藤さんまとめ)
国民民主連合(NDA、BJP主導)合計336

インド人民党(BJP)282▽シヴ・セーナー18▽テルグー・デーサム党16▽人民の力党6―― 等

統一進歩連合(UPA、国民会議派主導)合計60

国民会議派(INC)44▽民族ジャナター・ダル4▽ムスリム連盟2―― 等

左翼戦線 インド共産党マルクス主義9▽インド共産党1
その他 全インド・アンナ・ドラヴィタ進歩連盟37▽全インド草の根会議派(TMC)34▽ビジュー・ジャナター・ダル20▽社会主義党(SP)5―― 等

モディ政権が倒れ、国民会議派主導の新政権が誕生するとすれば、現在はBJP側の連合にも国民会議派側連合にも与していない非連立(その他)の小政党の一部が、「反BJP」で一致して国民会議派に協力し、NDAを上回る「多数派」を形成する場合だ。

1月19日、東部・西ベンガル州の州都コルカタに、同州を基盤とする地域政党「全インド草の根会議派」(TMC)の呼びかけで全国から計18の小政党の代表らが集結。数十万人が参加した大規模政治集会で、「モディ政権は賞味期限切れだ」と訴え、反BJPで結束して総選挙に臨む姿勢を示した。

TMCは1997年に国民会議派から分離。その後、BJP政権、会議派政権双方との連立に参加したり、下野したりを繰り返している。西ベンガル州では強い支持を得ており、2011年の州議会選挙で圧勝して長年の同州の共産党支配に終止符を打った。前回総選挙ではBJP旋風の中、同州で40議席中34議席を獲得したが、与党連合、野党連合ともに参加せず、非連立の立場を取っていた。

集会には、インドでも最大の人口2億人を擁するウッタル・プラデシュ州を地盤とし、現在下院に5議席を持つ「社会主義党」(SP)、現在は議席を持たないものの、カースト制度の下で厳しい差別を受けてきたダリット(指定カースト)を基盤とする「大衆社会党」(BSP)など、与党連合、野党連合双方に属さない有力小政党も参加した。

SPとBSPは支持基盤が重なるライバル関係にあり、関係はよくない。しかし両党は今年に入り、前回総選挙でBJPが80議席中71議席を獲得して圧勝したウッタル・プラデシュ州で選挙協力を実施すると発表し、一致して総選挙でBJPに対抗する構えを見せた。

なぜ小政党がここへ来て反BJPでまとまりつつあるのか。ヒンズー至上主義が根本にあるBJPの支持層は、ヒンズー教に基づくカースト制度で高いカーストにある層や、高学歴の都市部の中間層だ。低カーストのダリットや少数派のイスラム教徒などが支持基盤の小政党とは、基本的に相性がよくない。

BJPが政権を取ると社会でムスリムへのヘイト行為が増える傾向にある。モディ政権発足後、ヒンズー教で神聖な動物とされる牛への保護が強まり、各地で牛を食べるイスラム教徒が殺害される事件が相次いだ。宗教やカーストを巡る事件の多発で、小政党の間には反BJPムードが高まっている面がある。

ウッタル・プラデシュ州のSPとBSPの協力には、ばらばらではBJPに対抗できないという現実的な判断もありそうだ。両党協力から国民会議派は除外されたが、両党は会議派のラフル・ガンジー総裁とソニア・ガンジー前総裁が立候補する小選挙区に候補者を擁立しないことで一致し、選挙後の会議派との協力に含みを残している。

■名門一族の御曹司、次期首相候補に

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ラフル・ガンジー国民会議派総裁=会議派提供

総選挙後の多数派工作で国民会議派が多数を握った場合、次期首相として有力なのが会議派総裁のラフル・ガンジー氏(48)=写真、国民会議派提供=だ。初代インド首相ジャワハルラール・ネルーから連なるインド政界随一の名門一族、ネルー・ガンジー家の出身。祖母は1984年に暗殺されたインディラ・ガンジー元首相、父は91年に暗殺されたラジブ・ガンジー元首相。ネルー・ガンジー一族はインド独立の父マハトマ・ガンジーとは全く別の家系だが、3人の首相を輩出しながら2人を暗殺で失った「悲劇の一族」として、知名度と人気は抜群だ。

だが、ラフル・ガンジー氏の政治家としての評価はこれまで決して高くはなかった。国民会議派がBJPから政権を奪還した2004年の総選挙で政界デビューし、下院議員に当選。この時はラフル氏の母親でイタリア生まれのソニア・ガンジー同党総裁(当時)が次期首相と目されたが、ソニア氏自身が固辞し、経済学者出身の蔵相として90年代にインドの市場主義経済化を進めた会議派議員、マンモハン・シン氏が首相の座に着いた。

ラフル氏は2007年に会議派幹事長、13年に党副総裁に就任。14年の総選挙では首相候補として期待されたが、選挙はBJPに惨敗。会議派は10年続いた同党政権をBJPのモディ氏に譲り渡す結果になった。

母ソニア氏に逆らえない「ひ弱なお坊ちゃん」とのイメージがつきまとう。15年には会議派の最高幹部でありながらGSTを審議する国会の開会中に2カ月間、「失踪騒動」を起こしたこともある。

現時点でも、世論調査の「誰が首相としてふさわしいか」という問いには、ラフル氏はBJPのモディ氏に引き離され劣勢だ。だがラフル氏も17年に党総裁に就任した後は、選挙応援などで積極的に各地を遊説し、モディ政権を激しく攻撃。一時ほどのマイナスイメージは払拭されつつある。

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ウッタル・プラデシュ州の党の集会で支持者の握手攻めにあうプリヤンカ・ガンジー氏(右)=国民会議派提供

もう一人、ガンジー一族で注目を浴びているのが、ラフル氏の妹のプリヤンカ・ガンジー氏(47)だ。祖母のインディラ元首相を思い起こさせる風貌。スピーチも力強く、「兄よりも政治家向き」との声も根強い。これまで選挙の表舞台に立つのは兄の応援などに限られていたが、今回の総選挙で初めて、党のウッタル・プラデシュ州東部の選挙責任者に指名された。政権奪還に意欲を燃やすラフル氏は、妹の人気も最大限利用する構えだ。

国民会議派の獲得議席数によっては、ラフル氏以外の小政党から首相が誕生する可能性もある。近藤さんは「国民会議派の議席が150~180に達すれば、ラフル氏が首相に就任し、会議派中心の内閣が成立する可能性があるだろう。しかし、会議派が100議席程度だと小政党に配慮する必要があり、反BJP政権にこだわるならば、例えばBSPのマヤワティー党首(元ウッタル・プラデシュ州首相)などの小政党からの首相就任の目もあるかもしれない。小政党が大きな力を得れば、自身の基盤州などの利益を優先するため〝決められない政治〟となり、政権運営は困難になる」と分析する。

■大きな路線変更はないが・・・

インドは1990年代以降、政権が交代しても基本的には経済改革、開放路線を維持してきた。今回も「もし政権交代となっても、外国企業誘致、規制緩和、税制改革といった大きな潮流が変わることはあり得ない」。ジェトロの西澤リサーチマネージャーはそう指摘する。

モディ首相の経済面での最大の功績のGST導入は、2014年のBJPの政権獲得以前から、国民会議派主導で導入へ向けた議論がなされていた。西澤さんによると、小売業界への外国企業参入規制の緩和については、BJPは支持基盤である小売業者団体への配慮から消極的だ。ただし、経済改革や、外資開放について、両党の間にそれほど大きな方針の違いはない。

ただ、「BJPは経済界寄り」「国民会議派は経済的弱者寄り」という、極めて大ざっぱな色分けはある。今回総選挙で政権が交代すれば困難になるのが、モディ政権が取り組んだものの実現できなかった、「土地収用法」の再改正だ。

工場用地の取得などで進出企業にとっては関係が深い土地収用法は、14年の前回総選挙直前、国民会議派政権下で改正された。旧法に比べ土地の買い取り価格が大幅に引き上げられたほか、土地所有者だけでなく関係する住民への保障も明記されるなど、以前よりも、全体的に「地権者、住民寄り」の内容となった。

モディ政権は発足後、経済改革の重要政策として同法の再改正を模索したが、農村部の反発を考慮して事実上断念し、次期総選挙後に先送りした。強い支持を受けたモディ政権といえども、農村票を無視できなかったという例ではあるが、もし国民会議派が政権に返り咲けば、自党が14年に改正したばかりの同法の再改正に踏み切る可能性は少ない。土地収用法は現行のまま継続し、期待された用地確保の際のコストダウンなどは実現しなくなる。

■外交、経済協力は?

周辺国のスリランカやミャンマーでは、政権交代後に中国との関係が変化した。気になるのは、米国や日本との関係が良好で、中国に対して強硬とみられがちなモディ首相が退陣した場合の、中国との関係だ。

中印関係は17年、東部の領土係争地への中国の道路建設を巡って緊張が高まり、両国軍がにらみ合いを続ける事態に発展した。中国の強硬姿勢の背景には、モディ首相が習金平主席の唱える「一帯一路」構想への参加を拒否していることもあるとみられるが、昨年4月にはモディ首相が訪中して金主席と非公式会談。緊張はひとまず収束に向かった。

インドと中国は未確定の国境問題を抱え、1960年代には大規模な軍事衝突も経験している。3度の印パ戦争にいずれも勝利したインドには「独立後、戦争で敗れたのは中国に対してだけ」との意識があり、中国への警戒心は根強い。厳しく対立するパキスタンを巻き込んで「一帯一路」が構築されつつあることもあり、政権が代わっても、インドが急に一帯一路に参加し中国との関係を深めることはないとみられる。

ただ、ジェトロの西澤さんは「スマートフォンのシェアでは中国製品が1位で、国内の電子機器産業は中国に頼る部分が大きい。今後、インドもしたたかに、中国との間で実を取る経済連携を進めていくのではないか」と指摘する。

モディ首相は就任後、3回日本を訪問し、安倍晋三首相との首脳会談は十数回に上る。安倍首相は昨年10月、訪日したでモディ首相を山梨県の自身の別荘に招く特別厚遇を示すなど、両者は個人的な信頼関係を築いてきた。

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山梨県の別荘に招かれ懇談するモディ首相(右)と安倍晋三首相=インド首相府ホームページより

しかし現在、日印間で意見が対立するような問題はほとんどなく、国民会議派も長年、日本との良好な関係を築いている。政権が交代しても、対印関係で日本が対応を迫られるような事態は考えにくい。

インド国内では、最大の経済都市ムンバイとアーメダバードを結ぶ高速鉄道が17年、日本の新幹線方式で着工している。アーメダバードはグジャラート州の最大都市でモディ首相のお膝元。首相のリーダーシップで始動した側面はあるものの、日印両国の協力のシンボルであるこの事業に万が一のことがあれば両国関係に大きなダメージとなる。国民会議派にも新幹線事業を政治ゲームの俎上に乗せる動きはなく、政権交代が事業に影響するとの見方はない。

ただ、新幹線事業は土地収用が難航しており、当初の予定を1年前倒しして2022年とした完成目標の達成が危ぶまれている。インドでの事業計画の遅れは珍しいことではないが、総選挙に続き今秋にはムンバイのあるマハラシュトラ州の州議会選挙も実施され、この選挙でもBJPの苦戦が予想されている。

農民による建設反対運動が起きている同州では、問題解決には政治が動かざるを得なくなると見られる。現在のBJP州政府が退陣すれば、完成にさらに時間がかかりかねないとの懸念も、一部には指摘されている。

■「世界最大の民主主義国」の総選挙

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2014年の総選挙で、投票済みであることを示す指のインクを掲げる有権者=ニューデリーで14年4月10日、金子撮影

筆者(西尾)は2004年の総選挙を現地で取材した。「シャイニング・インディア」のスローガンで経済成長を牽引した当時のバジパイBJP政権に対し、国民会議派は長期低落傾向。事前の世論調査ではBJP有利は揺るがないと見られ、地元メディアもすべてそのように報じ続けたが、開票してみれば会議派が僅差で、まさかの大逆転勝利を果たした。

当時、IT産業の急成長で沸き返っていたインドだが、実は成長の果実は国民に行き渡らず、「輝くインド」の標語が上滑りしていたことを、開票日の後になって痛感させられた。長年、インド政治と選挙を観察し続けてきたアジア経済研究所の近藤さんは、今回の総選挙について「大きな構図は2004年とかなり似ている」と話す。

気を付けなければならないのは、総選挙が完全な小選挙区制で行われることだ。ほんの少しの雰囲気の変化で勝敗が逆転し、選挙結果が大きく異なってくる。2004年の総選挙でも、実はBJPは得票率では会議派を上回っていた。「会議派自身が驚いた」(近藤さん)という逆転勝利は、他党との選挙協力など選挙戦略の成功であったともいわれる。

インド国内では現在、総選挙へ向けて盛んに政党間協力成立のニュースや、世論調査の数字が報道されている。本稿も選挙結果を予想しているが、選挙結果は開票日当日まで分からないことをご理解いただきたい。

予想外の結果となった04年の選挙で、ヒンズー至上主義政党のBJPがおとなしく下野するのか? 支持者による抗議行動が起きるのではないか? 初めてインドの政権交代を取材した筆者は一抹の不安を覚えたが、杞憂に終わった。BJPはその夜のうちに敗北を認め国民会議派に祝福のメッセージを送り、政権交代は極めてスムーズに進んだ。

インドでは、しばしば世界で見られる「敗れた側が選挙の不正を主張して退陣を拒否する」、あるいは「軍事クーデターが起きて選挙結果が覆される」といった事態は、これまでに一度も起きていない。インド人は「世界最大の民主主義国」との言葉に誇りを抱いている。有権者の意思である「選挙結果」がすべてで、議会で少数派に転落すれば潔く退陣する。開票前に、支持者同士の衝突や選挙を狙ったテロ行為で死者が出ることはあるが、結果が出てしまえば、その後の暴力的な混乱は起きないと思ってよい。

ただ、票の獲得のためには、政党はありとあらゆる手段を尽くす。農家への補助金や借金棒引きなどの人気取り政策はBJP,会議派ともに行っている。選挙戦での物品のばらまきは当たり前で、投票日当日には、政党が有権者をバスで投票所まで送迎し、近くに用意したテントで飲食を提供するなど、完全な買収行為も見聞きした。こうした極端なポピュリズムも、「世界最大の選挙」であるインド総選挙の現実だ。

字が読めない有権者のために、各政党はシンボルマークを決めている。BJPは「蓮の花」、国民会議派は「手のひら」だ。04年の総選挙から全土で電子投票が導入され、有権者は投票所で、各党のシンボルマークが描かれた投票機のボタンを押して投票する。

広大な国土で実施される総選挙は、全国を5つのブロックにわけて1週間ずつ投票日をずらして実施され、開票日に一斉開票される。開票日は5月になる見込みで、正式な日程は近く選挙管理委員会から発表される。

 

インド上院と下院

憲法によると、下院は各州から530議席以内、連邦直轄領から20議席以内の最大計550議席が直接選挙で選ばれる。現在の定数は543(さらに2議席を大統領が「アングロ・インディアン」=英印混血者の子孫=を指名できるとしており、その場合は定数545となる)。任期は5年だが、大統領に解散権がある。一方、上院は250議席以内と定められ、大統領が直接指名する12議席を除き、各州と直轄領議会の議員による間接投票で選ばれる。このため各州議会選は上院の勢力を決定する意味合いもある。任期は6年で2年ごとに3分の1ずつ改選。直接選挙で選ばれる下院は、上院に対する優越性を持つ。現在、上院ではBJP主導のNDAは少数派で、下院との間にねじれ現象が生じている。

インド人民党(BJP)

ロゴbjpヒンドゥー勢力の結束をめざす「民族義勇団」をルーツに1980年に発足。ヒンドゥー至上主義を訴える一方、企業国有化などの社会主義的な政策に反対し、自由主義経済の浸透や汚職根絶などで支持を伸ばした。96年の総選挙で初めて第1党となり自党主導の政権を樹立。04年の選挙で下野したが、14年に政権復帰。

国民会議派

ロゴ国民会議派1885年結成のインド最古の全国政党で、マハトマ・ガンジー、ネルー初代首相らを指導者に、インド独立で中心的な役割を果たした。宗教とは一線を画す「政教分離」を掲げる。長年、政権を担ってきたが、経済政策の失敗や汚職で長期低落傾向に陥り、90年代からは市場経済化に取り組んだ。90年代後半から、ライバルとなったBJPとの間で政権交代を繰り返している。

にしお・ひでゆき 1987年毎日新聞社入社、福島支局、社会部などを経て2003年よりイスラマバード支局、ニューデリー支局、アジア総局(バンコク)を歴任。17年10月より現職。