“úŒoV•·‘ã•‚Q ƒ`ƒ‡ƒ“Eƒxƒgƒiƒ€‹¤ŽY“}‘‹L’·•vÈ‚Ɖ                      ベトナム共産党のグエン・フー・チョン書記長(74)=写真=が汚職摘発を強めている。中国寄りとみられるチョン書記長だが、習近平国家主席ばりの反汚職キャンペーンで完全に権力を掌握し、政府から党主導の「党高政低」の傾向が強まる。ベトナムを経済成長に導いた「ドイモイ(刷新)」は党による開発独裁型の色彩を帯びる。日本企業が注視すべき要人は誰なのか。アジア経済研究所の石塚二葉氏の分析をもとにひも解いてみた。【毎日アジアビジネス研究所 清宮克良、写真は昨年3月、訪越した天皇陛下と会見するチョン書記長(右)=代表撮影】

 

「炉が熱ければ」汚職撲滅

「炉が熱ければ湿った薪でも燃える・・・いかなる機関も個人も無関係ではいられない」。2017年7月31日、中央汚職防止指導委員会の会合で、チョン党書記長は反汚職闘争の強化を示唆した。中国の習近平国家主席が掲げた反腐敗キャンペーンのスローガン「トラもハエもたたく」と共通する強い意志を持った言葉だ。
imagesDR5B4W40チャン党書記長の発言の背景には、党政治局員(党の最高指導部で19人=第12期発足時=で構成)のディン・ラ・タン・ホーチミン市党委書記(57) =写真=が経済管理に関する規定違反容疑で逮捕され、現役の政治局員として 約20年ぶりに解任されたことがある。
2017年5月5日からの党中央委員会第5回総会で、タン氏がホーチミン市党委書記長を解任され、後任にグエン・ティエン・ニャン党政治局員・祖国戦線議長(65)が就いた。
タン氏は2009年から2011年にかけ、最大の国有企業グループであるベトナム石油ガス経済集団(ペトロベトナム)会長を務め、同社に9000億ドン(約45億円)の損害を与えたとされる。タン氏はチョン党書記長のライバルだったグエン・タン・ズン前首相(68)の右腕で、ズン内閣では交通運輸相を務めていた。タン氏はベトナム日本友好協会会長を務めたことがあり、日本の政治家や官僚、企業幹部と太いパイプを持っていた。ホーチミン市党委書記長後任のニャン氏もズン派であり、ベトナムに関わる日本の政界関係者は「タン氏解任は政治的な粛清、ニャン氏の登用は南部出身も踏まえたベトナム流バランス人事」と受け止めている。

ズン前首相の失脚

2016年1月に開幕した第12回党大会(5年に1度招集されるベトナム共産党の最高機関)は、「政高党低」から「党高政低」に転換する党大会となった。
1986年の第6回党大会で「新しい国づくりのための変化」を求める決議が行われ、ドイモイが採択された。同時に、これまでの保守派体制からグエン・ヴァン・リン党書記長(1986~91年、98年死去)体制が誕生した。リン党書記長は、①社会主義建設路線の変更②産業政策の見直し③市場経済の導入④国際経済協力への参画――の4本柱を基本政策とするドイモイを具体化し、推進した。
ドイモイで市場経済化路線が進むと、国家(政府、国会など)の重要性が高まってきた。1990年代以降、ズン前首相(2006~16年)まで三代にわたる政府首相が南部出身の改革派志向の印象が強かった。特に、ズン首相は市場経済をけん引する新しいリーダー像を確立し、それとともに「政高党低」になっていった。その半面、ズン氏には腐敗やネポティズム(身内びいき)の批判がついてまわった。
第11回党大会(2011年)で党書記長に選出されたチョン氏はクリーンイメージの保守派で、当時すでに67歳だった。2012年、中央汚職防止指導委員会を政府から党に移管し、同年の党中央委員会第6回総会でズン氏に対する懲戒処分を提案(結果は不採択)した。ベトナム政権内部における「チョン党書記長VSズン首相」の対立構図は決定的になった。
第12回党大会で、チョン氏は72歳であり、年齢制限(政治局員の再選の場合の年齢制限は原則として65歳以下)で1期限りとみられていたが、例外措置として党書記長に再選された。一方、ズン前首相は引退を余儀なくされた。両者の明暗がくっきりとついた形だ。

0806フック安倍後任首相にはグエン・スアン・フック副首相=写真=が就任した。ズン首相とは対照的に「堅実な官僚タイプ」で、行政改革や汚職防止分野の経験があり、チョン党書記長を支えながら行政を進めている。「党高政低」の傾向が強まる中で、市場経済への指導力が試されている。

 

ベトナム版「太子党」、公安省も摘発対象

チョン党書記長が「炉が熱ければ」宣言をした後の9月18日、党検査委員会は中部ダナン市のグエン・スアン・アイン党委書記に重大な違反行為があることを公表した。アイン氏は10月の党中央委員会で土地管理に関する規定違反や学歴詐称などの責任を問われ、同書記と党中央委員(党中央委員会の構成員で200人=第12期)の職を解任された。アイン氏はベトナム版「太子党」(中国共産党の高級幹部の子弟グループを指す)の代表的な存在だった。第12回党大会で、ズン前首相の息子、グエン・タイン・ギ氏(キエンザン省党委書記)とともに、1976年生まれの最年少で党中央委員に選出された。11月にダナン市でアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議が開催される直前のタイミングだったが、チョン党指導部の汚職撲滅に対する厳しい態度を内外に示すことになった。

9[1]今年に入り、公安省幹部が絡むネット賭博が摘発された。北部フート省警察は4月、インターネットを利用した大規模な違法賭博事件で、公安省警察総局元総局長のファン・ヴァン・ヴィン容疑者(63)を逮捕した。3月には公安省ハイテク犯罪防止警察局元局長のグエン・タイン・ホア容疑者(60)も、賭博を開催した容疑で逮捕されている。

党政治局には、「四柱」(党書記長、国家主席、首相、国家議長の4人の最高指導者)の一人であるチャン・ダイ・クアン国家主席(前公安相)=写真上=をはじめ、トー・ラム公安相、ファム・ミン・チン党中央組織委員会委員長=写真下、チュオン・ホア・ビン副首相と4人の公安出身者がいる。チョン党書記長の規律強化を示す布陣である。その公安省にも例外なく摘発のメスが入ったのだ。

「党高政低」の立役者、チン氏とヴオン氏

000284978[1]党の人事・組織を掌握するチン委員長は不正にも目を光らせ、チョン党書記長の体制を支えるキーパーソンだ。チン氏は中国国境近くの北部クアンニン省党委書記時代に取り組んだ地方における党と地方政府の二重行政の解消に努めている。これは党に権力を一元化することであり、反汚職キャンペーンとともに中国の習近平主席が進める権力集中の手法と類似している。汚職摘発の推進役であるチャン・クォック・ヴオン前党検査員会委員長(2017年8月より党書記局常任兼務。18年5月より党書記局常任)は、公安省や軍にもにらみをきかせる。
ベトナムの統治体制は「集団指導体制」の伝統をもってきたが、反汚職闘争と党への権限一元化によって、チョン党書記長に権力が集中し、市場経済を推進させたドイモイは「開発独裁型」に変貌しつつある。党政治局では、「四柱」のうち、党書記長の権力基盤が強固になっている。
2017年(5月22日~6月21日)の第14期国会第3回会期で、2015年刑法典修正補充法が可決され、「弁護人に対し、依頼人が国家の安全保障にかかわる犯罪など重大な犯罪を計画ないし実行したことを知りながら通報しない場合には、刑事責任を問いうる」旨の規定ができ、反体制的な活動や言論への厳しい姿勢をいっそう強化させた。

経済特区法案で大規模デモ

t_kr57tyrxifoufd94rcgq[1]一方、2018年6月、経済特区法案に反対する大規模デモが各地に起きた。これは外国企業に対する最長99年の土地の貸与を可能にする同法案に反対するデモ=写真=だ。外国企業が中国の場合、中国に領土を「占有」されるのではないかとの懸念が国民感情に火をつけた。同年5月の第14期国会第5回会期に提出された同法案では、経済特区として、北部クアンニン省バンドン、中部カインホア省バクバンフォン、南部キェンザン省フークォク島の3カ所が指定されていた。
とりわけクアンニン省はチン党組織委員会委員長がかつて党委書記を務めた省であるため、チン氏の進める党一元化、中国寄りのチョン党書記長への権限集中に対する反発があるのではないかとの憶測が出ている。チン委員長はベトナム日本友好議員連盟会長を務め、来日時には安倍晋三首相、二階俊博・自民党幹事長ら政界幹部と会談する知日派だけにその動向は注目を集めそうだ。

有力後継候補の健康不安説

チョン党書記長の後継候補であるクアン国家主席には2017年8月初旬、健康不安説が流れたのを皮切りに様々な憶測が出ている。今年5月に国賓として来日した際、「日本の病院で治療か」との話もでたが、宮中晩さん会などで健康な姿を見せて日越関係者を安堵させた。一時は、クアン氏の早期引退を見越して後継の国家主席候補にニャン・ホーチミン市党委書記の名前があげるなどウワサが絶えない。
17年7月下旬、ソーシャルメディア(SNS)上で、もう一人の党書記長後継者候補と目される政治局員のディン・テ・フイン党書記局常任が5月以来公の場に姿を見せていないと指摘された。党政治局は同8月1日、フイン氏が病気療養中でヴオン党検査員会委員長が党書記局常任を兼務すると発表、今年5月にはフイン氏は病気療養に専念することとなり、党書記局常任の職を解かれている。
21年の第13回党大会で、現在2期目のチョン党書記長は引退するが、ベトナム流の「集団指導体制」から一元的権限を持つ党書記長が誕生するとの見方が出ている。

【石塚二葉氏の補充分析】

ドイモイで党と国家の関係変化

ベトナム社会主義体制の基本的な政治原理は「共産党が指導し、国家が管理し、人民が主人となる」である。ベトナム共産党の指導的立場は変わらないとはいえ、1986年からのドイモイ(刷新)で市場経済化が進展するにつれ、党と国家(政府や国会など)の関係性に変化がみられた。国家、なかでも政府が党からの自律性を強める、「政高党低」の傾向だ。
20150922_075026[1]1990年代からの経済政策は、南部出身の3人の政府首相がリードしたイメージがある。なかでも2006年から16年まで首相を務めたズン氏は特異な個性を持ったリーダーで、国際経済統合を強力に推進する一方、国有企業の大規模化・多角化などの政策にも力を入れた。新任時に56歳という若さとそれに伴う期待感があったのは事実だ。従来のベトナムの政治指導者にはみられないような一種のポピュリズム的な手法を用いる、「顔の見える」リーダーだった。
現在のトランプ米大統領に先駆けるかのようなインターネットを駆使する手法もとった。14年にベトナム各地で発生した反中デモの際に、携帯電話のショートメールで国民に自制を訴えるメッセージを送ったことなどがその例である。

光と影の政治家、ズン前首相

ズン前首相=写真=には、ベトナム共産党の集団指導の伝統に反するような独断専行的なreport-pg-24191-YTawZE9h[1]面もあった。ズン氏の肝入りと言われた南北高速鉄道プロジェクトは、10年、国会で否決された。日本企業などが受注していた原発の建設計画も、前首相の引退後に白紙撤回された。いずれも、党指導部内で十分なコンセンサスのないままに専行したことが背景にあったとみられる。

光と影――。ズン氏には影の部分もつきまとった。
10年には大規模国有企業のひとつ、ベトナム造船グループ(ビナシン)が、外国債権者に対する債務不履行に陥った。ビナシンは、政府の強力な支持を受けて急速に拡大した企業だ。05年末にベトナムが初めて海外で起債して調達した7億5千万ドルを、政府は全額ビナシンに投入している。しかし、これらの資金は不透明な取引や本業以外の分野への非効率な投資に浪費され、同社の元会長は懲役20年の判決を受けた。
12年にはもうひとつの大規模国有企業、ベトナム海運総公司(ビナラインズ)も同様の放漫経営により経営危機に陥っていることが明らかになり、元会長が横領罪などにより死刑を宣告されている。
これらの不祥事については、国会議員らからズン氏の責任を問う声も上がった。しかし、ズン氏は口頭で自らの責任を認めたにとどまった。
「政高党低」と並ぶドイモイ期のもうひとつの傾向が、「社会主義指向市場経済」の下での経済発展に伴う汚職の深刻化だ。05年に汚職防止法が成立し、政府首相を長とする汚職防止指導委員会がつくられたが、汚職摘発は進まなかった。
11年の第11回党大会では、汚職撲滅への期待を背負ってチョン党書記長が選出された。チョン党書記長は、反汚職闘争を党にとって緊急の課題と位置づけ、汚職防止指導委員会を党の管轄下に移すなどの改革を進めてきた。第12回党大会における党主要人事の結果は、党の国家への指導力の回復を決定的にし、反汚職闘争の本格的な開始の契機となった。

聖域に踏み込む

汚職摘発はどこまで進むのか。今年に入り、公安省のネット賭博が摘発された。公安省は現在、汚職摘発と同時にリストラの対象となっている。その背景に関して、シンガポールの東南アジア研究所(ISEAS)のレ・ホン・ヒエップ氏は「これは現在進行中の政府各省における機構改革の一部で、公安機構のスリム化・効率化・プロフェッショナル化を目指すものである。より政治的には、このリストラは、ズン首相時代に急速に拡大し、力をつけた公安組織を粛清し、有能かつクリーンで現体制に忠実であると思われる人材を登用するためでもある」との見方を示している。
チョン指導部による汚職摘発は、その対象の選択に恣意性がないとはいえないが、党政治局員や「太子党」に加え、これまでは聖域のような扱いであった公安や軍までもが対象となっており、その意味では党の指導性の回復が功を奏しているとみられる。

151124122056[1]他方でチョン指導部は、国内民間部門や外資部門の振興にも力を入れる。フック首相は「発展を建造する政府」をスローガンとし、民間企業を経済の動力と位置づけてその経営環境改善を進めている。実際、17年11月に発表された世銀のビジネス環境ランキングでベトナムは前年から14もランクを上げた。今年4月に公表されたベトナム商工会議所による別の調査でも、同様の改善傾向が報告されている。ベトナム経済は好調で、今年の成長率は7%に達するとの観測も出ている。
もうひとつ現体制を特徴づけるのは、反体制的とみられる言論や行動の抑圧だ。17年には、その前年に大規模な海洋汚染を引き起こした台湾系フォルモサ社を批判した多くのブロガーらが逮捕・投獄された。ベトナム政府はまた、Facebookに働きかけて「違法な」投稿の削除を求めるなどの手段もとっており、効果をあげている模様である。デモを規制するとともに合法化するものとして期待されるデモ法案は棚上げされたままだ。

中国と同様の路線?

以上からも看取されるように、ベトナムは今、これまでのドイモイ路線の展開から軌道修正を図っている。

Xi Jinping, Nguyen Phu Trong

チョン指導部が意図しているのは、より「開発独裁」(ないしは「開発国家」)的色彩の強いドイモイ路線であるようにみえる。第12回党大会前には、政治面の刷新を伴う「第二のドイモイ」を求める声が高まっていた。なかには明確に法治主義の強化を目指す議論もあったが、実際にはむしろ「政治的引き締めを強める一方で経済運営を向上させ、現体制の正統性を強化する」姿勢が鮮明になってきた。まだ中国に比べると市民や党員への締め付けはそれほど強くないようにみえるが、基本的には中国と同様の路線である。
ただし、ベトナムにおいて中国式の開発独裁路線がどの程度機能するかは自明ではない。「小国」ベトナムは、たとえ中国のようになりたいと思ってもなれない部分もあるだろう。党・政府は、国際社会や外国資本、国内世論などの様々な圧力の間で難しいかじ取りを迫られる場面も少なくない。
先行きに不透明感が漂うなか、今後その動向が注目される指導者にはどのような人物がいるだろうか。

有能な3人の副首相

m_20160505051600[1]フック首相やグエン・ティ・キム・ガン国会議長もそれぞれ党主導のもとで自らの役割を効果的に果たしているが、ここでは主に2021年の第13回党大会以降に党・国家指導部を担う人材という点から考える。チョン書記長の路線が今後も党内外m_20160415041845[1]の支持を取りつけるのに成功m_20160415042004[1]れば、次の指導部でもチン党組織委員会委員長や(年齢制限を超えるが)ヴオン党書記局常任、ヴオン氏の後任の党検査委員会委員長のチャン・カム・トゥ党書記局員らが引き続き中心的な役割を果たしていく可能性が考えられる。政府構成員では、ヴオン・ディン・フエ=写真左=、ファム・ビン・ミン=写真中央=という2人の有能な副首相が二期目の政治局員となることが予想されるのに加え、1963年生まれのヴー・ドゥク・ダム副首相=写真右=もより重要な地位を占めることが期待される。

 知日派の経済リーダー

m_20160505044236[1]日本に関連のある指導者としては、レ・ミン・フン国家銀行総裁=写真=がいる。埼玉大学大学院(現GRIPS)に1996~97年に1年間在籍して経済学(修士課程)を学んだ後、98~2002年にはADB(アジア開発銀行)で勤務している。フン氏は1970年生まれで史上最年少の国家銀行総裁であり、96~2002年に政治局員・公安相であったレ・ミン・フオン氏の息子である。経歴は銀行分野に限られているが、前任のグエン・ヴァン・ビン党経済委員会委員長(政治局員)と同様に経済テクノクラートとして台頭する可能性がある。

◎石塚二葉氏

石塚(研究者プロファイル用)日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所 新領域研究センター・ガバナンス研究グループグループ長代理。専門はベトナムの政治・行政・地方自治研究

1996年、ロンドン大学ロンドン政治経済学院(LSE)政治学部修士課程(比較政治)修了。国連開発計画ハノイ事務所勤務などを経て、2001年にアジア経済研究所入所。海外派遣員(ハノイ)、新領域研究センター法・制度研究センター研究員などを経て現職。近著に、「ベトナムの『第2のドイモイ』」(17年、石塚二葉編)

◎「四柱」(共産党書記長、国家主席、首相、国会議長)略歴

Vietnam Communist Party
(写真左から、クアン国家主席、チョン共産党書記長、フック首相、ガン国会議長)

グエン・フー・チョン 共産党書記長
1944年、北部のハノイ市出身。党理論誌編集部に勤務し、97年に政治局入りした後、ハノイ市党委書記、国会議長を務め、第11回党大会(2011年)で党書記長に就任した。イデオロギー部門が長く、中国寄りの保守派とみられる。

チャン・ダイ・クアン 国家主席
1956年、北部のニンビン省出身。公安省治安総局副局長、同省次官などを務め、2006年に党中央委員に選出。11年に党政治局入りし、公安相に就任した。

グエン・スアン・フック 首相
1954年、中部のクアンナム省出身。同省党委副書記兼人民委員会主席を務めた後、2006年に政府監査院副院長に就いて党中央委員になり、07年に政府官房長に就任。11年に政治局入りし、副首相に就任した。

グエン・ティ・キム・ガン 国会議長(女性)
1954年、南部のベンチェ省出身。同省財政物価局長などを務めた後、中央で財務次官となり、2001年に党中央委員会入りした以来、ハイズオン省書記、商業省次官、労働傷病兵社会相などを歴任。11年に党書記局員となって国会副議長となり、13年に党政治局入りした。

第12回党大会以降の主な汚職摘発

2016年
▽チン・スアン・タイン(南部ハウザン省人民委員会副主席・ペトロベトナム建設総公司元会長)事件=私有の高級車に公用ナンバーをつけて使用、同建設会長当時に巨額損失計上、タイン氏は党除名、刑事訴追(国際指名手配)、17年7月に突如帰国し公安に出頭、18年1月と2月に横領罪で2つの終身刑判決
▽ヴー・フイ・ホアン(前工商相)懲戒処分=タイン氏を工商省幹部に任命、息子をサイゴン・ビール・アルコール飲料総公司副社長に任命、ホアン氏は「前工商相」の資格はく奪

2017年
▽ディン・ラ・タン(党政治局員、ホーチミン市党委書記、前交通運輸相、ペトロベトナム元会長)解任、刑事訴追=ペトロベトナム会長当時に巨額損失計上、党政治局員解任(政治局員解任は20年ぶり)、17年12月に逮捕(元政治局員の逮捕は初)、18年1月と3月に経済管理規定違反によりそれぞれ13年と18年の懲役判決
▽グエン・スアン・アイン・ダナン市党委書記の解任=土地管理などに関する規定違反と学歴詐称などの責任を問われて党委書記を解任
▽大洋銀行(Oceanbank)における資産横領事件の被告51人に有罪判決=元社長に死刑、元会長に終身刑
▽不動産会社ハウジング・グループによる虚偽取引詐欺事件の被告10人に有罪判決=元会長(元国会議員)に終身刑

2018年
▽インターネットによる違法賭博事件で、公安省警察総局元総局長、同ハイテク犯罪防止警察局元局長を逮捕=賭博を開催した容疑
▽チュオン・ミン・トゥアン情報通信相の職務停止=情報通信省傘下の携帯通信大手モビフォンにおける汚職事件に関与