Asia Inside:感染拡大――加速するデジタル教育

EdTech「未来の教室」構想
オンライン活用で探求型学習推進へ

経済産業省 柴田寛文・課長補佐に聞く

新型コロナウイルスの感染が日本国内に拡大し、政府は3月2日から春休みまで全国の小中高校に臨時休校を要請した。これを受け、教育関連企業は教育ソフトやデジタル教材などの無料提供に乗り出した。ウイルス感染は日本においてもオンライン教育の普及を加速させるのか。「未来の教室」ビジョンの実現に向け、EdTech(エドテック)=Education+Technology(教育+技術)を組み合わせた造語=研究会で提言をまとめて社会実装を進める経済産業省サービス政策課教育産業室の柴田寛文課長補佐に、そのビジョンや将来像などについて聞いた。【毎日アジアビジネス研究所長・清宮克良】

臨時休校でオンライン授業

――全国的な臨時休校で教育現場に変化がありますか。

臨時休校最中の3月中旬に小中高校の先生約30人とZoom(ズーム、Web会議ツール)で会議をした。教師の中には「学びを止めない」の信念で生徒、保護者、校長の許可をとり、夜にズームを活用した授業をしている方もいる。一斉臨時休校になり、生徒たちは学校に行かなくてもオンラインを使って学んでいる。先生たちの間では、学校で授業をする意味は何なのか、30人なりの生徒を学校に物理的に集める意味は何なのか、授業をする価値は何なのか、と教育の根本を考える議論が出ている。学校に集まり、他の生徒たちとグループでやることの意味を再確認し始めている。学校で授業をする意味の再定義が求められていると思います。

――「未来の教室」ビジョンとEdTech研究会はどのように誕生したのですか。

経産省の若手官僚が2017年5月に日本社会の課題について「不安な個人、立ちすくむ国家」という文書で提言した。人づくりや新しい学習の提言もあった。経産省も根幹で携わらなければならないという議論などがあり、同7月に教育産業室が設立され、「今」を前提としない2030年の普通の学び方をイメージする「未来の教室」の可能性を探るプロジェクトがスタートした。民間教育と公教育が連携し、EdTechを活用した様々な実証事業を行ってきた。知識はEdTechで学んで効率的に獲得し、探求・プロジェクト型学習(PBL=Project Based Learning)に没頭する時間を捻出する大切さが浸透しつつあると思う。

――「未来の教室」ビジョンが昨年6月に公表されたが、その趣旨は。

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衆院予算委員会締めくくり質疑で新型コロ
ナウイルス対策として全国全ての小学校、
中学校、高校、特別支援学校に対する臨時
休校の要請に伴う家庭や企業などへの影響
と対応について答弁する安倍晋三首相=国
会内で2020年2月28日、川田雅浩撮影

第2次提言では、「EdTechの力で、一人ひとりに最適な学びを実現し、生み出された空いた時間でSTEAM(※1)の学びに取り組み、学習者一人ひとりが未来を創る当事者(チェンジ・メイカー)に」を掲げ、3つの柱の実現を目指している。

1つ目は、学びのSTEAM化です。STEAMとは、Society5.0時代の基本となるITをはじめとしたテクノロジーを理解し、表現する能力を育むSTEMにArts(リベラルアーツ)の要素を加えた教育領域のこと。一人ひとり違うワクワクを核に、「知る」と「創る」が循環する文理融合の学び、今までの学びを変えていくことです。例えば、「MaaS(移動革命=Mobility as a Service)と自動運転とAI」について考えるSTEAMプログラムでは、自動運転関連のAI技術などの原理原則を理系知識を習得しながら理解しつつ、社会実装のための法的責任、倫理観醸成など文系知識も活用しつつ、知識を融合させて課題に取り組むことが重要になる。

2つ目は、学びの自立化・個別最適化です。一人ひとり違う認知特性や学習到達度などをもとに、学び方を選べる学びにすることです。従来の一律・一斉・一方向型授業ではなく、EdTechによる自学自習と、学習者同士の学び合いへと重心が移っていくべきと考えている。目の前にいる教師から与えられる学び、教科書から与えられる学びから、学習者自身が学びを切り開いていく、学びの主権が学習者に戻ってくることを意味していると考えている。

3つ目は、新しい学習基盤の整備です。学習者中心、デジタル・ファースト、社会とシームレスな学校を目指すべきと考えている。

未来を見通しにくい時代に生きる子供たちには新しい教育が必要であると考え、様々な個性の子供たちが未来を創る当事者になるための教育環境づくりを「未来の教室」ビジョンとして提言しています。

先進技術を教育現場に取り込む

――中国はEdTech先進国と聞いています。

2018年11月に北京で開催されたEdTechカンファレンス「GES」(Global Education Summit)に参加しました。中国では家庭で宿題する習慣が根強く、経済成長とともに共稼ぎが増え、家庭で親がいなくてもアプリやEdTechを使う傾向がある。中国から海外に留学するため、英作文や英語学習にはAI分析や自動判定、画像認証などの技術を含んだEdTechが使われています。

――GESでの印象は。

中国のEdTechはユニコーン企業(資産価値が10億ドル以上の未上場企業)が担っていますが、GESに出席してみて、次なるスタートアップ企業の存在に光があたっていました。画像の自動判定などは当たり前で、教室の中でどの子が集中しているか、教室の動きをセンシングして可視化したり、脳波や発話の状況をデータ化をしたり、デジタル化されにくい情報をどうデジタル化・データ化するのかといった、次なる教育改革のフェーズに移行していく動きを感じました。

――世界ではどうですか。

今年1月末に英国で開催された世界最大のEdTechの見本市「BETT」(British Educational Training and Technology)に出席しました。欧米をはじめ中東など世界の国々で、教育のアップデートにチャレンジしているからこそ、EdTechが必要とされていると実感しました。日本が力を入れている個別最適化は当然の流れであり、個別最適化された学習者一人一人のデータを拾って、デジタル情報として把握し、教師が適切なアプローチをするためのサポートを促す、ラーニング・マネージメント・システムの展示が目につきました。

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担任クラスの生徒24人とオンラインでつなぎ、午後のホームルームを行う教師。画面には生徒全員の映像が映し出される=静岡市駿河区の静岡聖光学院中で2020年3月4日、手塚耕一郎撮影

――将来像はどうですか。

文部科学省はGIGAスクール構想(※2)で1人1台の学習者用PC・タブレットの導入に着手します。2020年はGIGAスクール元年で「1人1台端末」「高速通信網」「クラウド活用」が整備されていくことになる。この環境の上に、EdTechを活用した、さらに発展的な学びが実現していくことを後押しし、学びのデジタル化を広げていきつつ、教科の学びを深め本質に迫れるように「未来の教室」ビジョンを具体化・実現していきたいと考えています。

――最後に、自分ごととしてプロジェクトに参加しているということですが。

私自身、8歳の長女と6歳の長男の親です。長男は自閉症で知的障がいを持っています。話すことが不自由ですが、iPadを通して、自己表現をしたり、自分の欲求を叶えている様子を間近で見ています。言葉なしでも可能な操作性や拡張性は長男の感性にマッチしている。デジタルであることで初めて、可能性が開かれていくことがたくさんあると考えています。ですから、この「未来の教室」の取り組みは、仕事という枠を越えて、自分ごととしてプロジェクトに取り組める、またとない政策テーマだと考えています。

(※1)STEMとSTEAM

STEMとはS:Science、T:Technology、E:Engineering、M:Mathematics=のそれぞれ頭文字を取ったもので、科学・技術・工学・数学の教育分野を総称した言葉。これら4つの学問の教育に力を注ぎ、IT社会とグローバル社会に適応した国際競争力を持った人材を多く生み出そうとする21世紀型の教育システム。

STEAMとは2011年、当時のオバマ米大統領が一般教書演説で、国家戦略としてSTEMにArts(デザイン・芸術・人文・社会などのリベラルアーツ)を加えてさらに総合化したもの。

(※2)GIGA=Globaland Innovation Gateway for All=スクール構想

文部科学省が2019年に発表した構想で、学校で義務教育を受ける児童生徒に、1人1台の学習者用PCやクラウド活用を前提とした高速ネットワーク環境などを整備する5年間の計画をまとめたものだ。初年度予算は2318億円。20年度中には、希望する全ての小・中・高等学校、特別支援学校の校内LAN整備を支援するため、整備費用の2分の1を補助する。1人1台の学習者用PCの導入は23年度までに実現する計画で、1人あたり最大4・5万円の補助金を支給する。

.jpg柴田寛文(しばた・ひろふみ)
経済産業省サービス政策課・教育産業室課長補佐(総括)
2008年入省。企業金融政策、医療介護周辺サービス政策、東日本大震災後のエネルギー基本計画の検討、福島第一原発の廃炉・汚染水対策の計画策定の業務等に従事。2015年10月から約2年9カ月間、人事交流にて、厚生労働省年金局事業管理課に在籍。日本年金機構の業務改革、年金関連法改正の対応、マイナンバーを扱う業務や行政手続き簡素化・電子申請義務化の実現にむけた企画立案等に従事。2018年7月から現職。サービス産業の生産性向上の大ミッションと併せて、長女(8歳)、長男(6歳、自閉症・知的障がい)の親として、自分ごととして、「未来の教室」プロジェクトに従事。