荒木英仁のインクレディブル・インディア ②

なぜインド? どうインド? 今でしょ?

中国に比べ進出遅れる日系企業

安価な労働力の確保と、巨大な人口を有する中国市場の獲得を目的に、積極的に進出を図ってきた日本企業。しかし米国が、輸入するほぼ全ての中国製品が対象となる約3千億ドル(約33兆円)分に最大25%の関税を課す画を公表するなど米中貿易摩擦が激化するなか、大手企業を中心に対中戦略の見直しが迫られている。その様な環境の変化の中、ここ数年中国市場の日系企業数は5%内外減少傾向にある。それでも2019年5月時点で中国在住日系企業数は1万3685社、3万2349拠点で、海外進出する日系企業数の中では依然ダントツの進出先である。

一方、中国同様の13億7000万人の人口を抱え、GDPも年々上昇し2020年にはイギリス、フランスを抜き世界第5位まで躍進するインドへの進出日系企業数は、中国の%の1441社、5102拠点と寂しい限りである=図下、在インド日本大使館/ジェトロ資料より。印僑ネットワークを有し、中東、アフリカへの玄関口にも成り得るインド市場へ何故これ程までに日系企業が出ていかないのかは諸説あるが、今回のコラムでは、何故行かないのかではなく、何故インドなのかを掘り下げ、どうしたらうまくインド進出が図れるのかを考察したい。

インドの実像

1 巨大市場
中国に次ぐ13億7千万の人口を抱える巨大市場のインド。アジア3位の経済圏。中でも近年急激に増え続ける中産階級(年収50~200万円)は、2020年には全人口の4割強となる6億人を突破する。

2 生産&輸出拠点
「Make in India」を推進するインド政府の後押しの元、自動車市場を席捲するスズキやスマホ界の雄サムスンが巨大工場を建設。中東、欧州、アフリカへの輸出用の生産拠点として位置付け始めている。インド大改革を推し進めるモディ政権も2期目がスタートしたばかりで、今後5年間は安定した政治の元、更に外資参入が図り易い環境は整う。

3 豊富な労働力
国民の平均年齢約28歳(日本は48歳)。毎年2500万人ずつ増え続け、労働人口(15~65歳)は現在約7億人もおり、この傾向は2055年まで安定的に継続するといわれている。

4 日系企業の機会
2019年度は前回のコラムでも少し触れた通り、インド経済を牽引してきた自動車、自動2輪の販売が低迷しているものの、市場の浸透度を考慮すれば、一時的な現象であり、来期には回復し右肩上がり暫く継続する事が予想されている。

自動車メーカーのティアー1(一次請けメーカー)の日系OEMメーカーは出揃った感はあるが、まだまだ伸びるこの市場でティアー2、ティアー3の日系メーカーにとってチャンスは豊富にあると考える。またサムソン電子やシャオミ等のスマートフォーンメーカー等がインドに巨大工場の建設を開始したように、電子部品関連の外資製造業者に対してインド政府は各種インセンティブ・スキームを用意している。

昔、日本列島改造論が実施された時のように、インドのインフラビジネスも熱い。スマートシティー構想。ムンバイ―アメダバッド新幹線、デリームンバイ鉄道、幹線高速道路網の建設も急ピッチで進む。現在も毎日27キロメートルの道路が建設され、道路交通大臣はこれを40キロメートルにまでスピードアップするように指示を出したばかりである。いまだ50%近くの農作物が捨てられるような状況を改善し、効率良く輸出が出来るように食品加工の需要は毎年20%内外の伸びを見せる。それにも伴い、低温輸送、低温倉庫等のコールドチェーン需要。オンラインビジネスの急増による宅配網の高い需要からくるロジスティックビジネス。モディ政権が推進する「クリーン・インディア」施策のもと、都市部を中心にゴミ分別が進み、建設廃棄物処理の需要が急増。廃棄物処理技術の導入が望まれる。

またインド政府と日本政府の話し合いの下、日系企業、主に製造業がインドへ安心して進出しやすいように、日系企業用に工業団地を設置している。現在あまりの日本工業団地(Japan Industrial Township)=図上、経済産業省資料より=が運営されている。

①日系企業にとって安心して土地購入(所有権が明確)が出来る②道路、電気、水等の基礎的インフラが整備されている③各種許認可がワンストップで取得可能、州政府主導の優遇税制等のインセンティブが用意されている④日本人サービス業(ホテル、アパート、日本食レストラン)――等、メリットは大きい。これらの日本工業団地に進出している企業は図上=在インド日本大使館/ジェトロ資料より=の通りである。

日系企業参入のポイント

私が在インド15年の間に知見した、数多くの在インド日系企業(主に製造業)が直面して来た事柄をベースに、インド参入のポイントをまとめてみた。

インド進出の責任者は?
インドへ進出するにあたり、誰が責任を持ってインド進出を計画するのかで、大きくその後の会社の運命を左右しかね無い。その選定は慎重にする事が肝要である。出来れば最低でも海外経験者。それも東南アジアや中国ではなく、欧米経験者が望ましい。インドはアジアであってアジアではない。教育、法規制、文化、慣習等はイギリスやアメリカからの影響が大きく、日本や中国からの影響は全くと言ってよいほどない。多くの日系企業の経営者は「インドは中国やアセアンの延長線上にある」と考えがちだが、そろそろ考え直す時期が来ていると強く思う。

商品・サービスの市場性の確認
多くの日本企業はマーケティングに弱い。中小企業の場合、市場エントリーする際に自社の製品・サービスの市場性の確認に時間とお金をあまり掛けずに、インドをよく理解していない経営陣の独断で決定する事が少なくない。

また、先行する大手日系メーカーのビジネスをあてに安易に進出。「世界で2番目の巨大市場だから何とかなる」と思い進出する。これが一番危ない。アジアで大きくビジネスを伸ばしてきた大手自動車メーカーや家電メーカーであっても、インドでは今でもごく一部を除きシェアを全く取れずに年以上時間を費やしている難解な市場である。最初からインド市場全体を見渡し、商品優位性、価格競争性、資材の現地調達等、ゆっくりと時間をかけて進出計画を練る事はとても肝要である。

進出の形態
前項でも書いた通りインド市場はアジアであってアジアではない。日本企業オーナーは100%独資にこだわる傾向が見られるが、インド市場においてはあまり意味がないように思える。今まで中国やアセアン諸国で培ってきた知見や経験値が、ほとんど役に立たない市場である。

出来れば信用のおけるインドのパートナー企業と合弁会社を設置した方がリスクは少ないと考える。インドの法律は日本と大きく異なる場合が多く、パートナーの知見を活用出来る。パートナーが工場用地を所有している場合は工場設置の投資を最小限に抑えられる。またインドという広大な市場で彼らの営業、流通ネットワークを有効的に活用出来る。

製造拠点/営業拠点
ターゲット市場から近いエリアの営業拠点は、人材豊富な大都市部が望ましい。また、製造拠点は前項で紹介した各地に展開する日本企業用工業団地がお勧めである。値段だけではなく、顧客の多いエリア、土地の気候(エアコン等の電気代金の差が出る)、インフラ整備(電気、水ガス等)、材料確保等、総合的に判断する必要がある。

雇用
インドでは企業内に労働組合ができると、色々と問題が起きることがある。組合を作ろうという機運を起こさないためにも、従業員が常に満足して働ける雰囲気を保つ努力が必要だ。

必要な労働力の波動に対応する意味からも、できれば工場従業員の半数以上は契約(社員ではない請負労働者)で賄うべきである。また人事、総務は決して立地する地元の人を充ててはならない。気が付いたら会社の外注先がその社員の親戚企業で埋め尽くされる様な事は日常茶飯事である。

インドは地域性が多種多様である事を認識しなければならない。地元意識が強くよそ者に対して排他的な地域も少なく無い。営業担当者を雇う場合、インドを東西南北とリージョンで区切り、極力ターゲットとなる市場(州)出身で経験・人脈が豊富な営業マンを雇用する事が望ましい

間も無く世界一の市場となるインド。労働力、安定政権、中東・アフリカへの窓口、英語が公用語等々、インドへ進出しない理由はどこにも見当たらない。強い興味はあるものの、日本人にとって「何となく面倒な国」という誤解から進出を躊躇(ちゅうちょ)する、あるいは先延ばしする企業が後を絶たない。インドへの進出で、後発が有利になる点などどこにもない。今進出しないで、いつ出る?

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■荒木英仁(あらき・ひでひと)

長年、大手広告代理店「アサツー・ディ・ケイ」(ADK)の海外事業に従事し、2005年から9年間、同社インド法人社長。14年、ニューデリー郊外の新興都市グルガオンにて「Casa Blanka Consulting」社を設立し、日本企業のインド展開や、日本企業との提携を求めるインド企業を支援。インド最大手私銀「ICICI Bank」のアドバイザーや、JETROの「中小企業海外展開現地支援プラットフォーム」コーディネーターも務める。