躍進するインド市場。人口13億9千万人。平均年齢26歳(日本は46歳)。労働人口5億人。GDP成長率6・7%。モディ首相と安倍首相の濃密な関係。こんな魅力的なインドに住み始めて早くも14年が過ぎた。老い行く日本を救えるのはインドしかないという信念の元、インドと日本の架け橋に少しでも貢献するべく、インド中を駆け回る毎日を過ごしている。

2014年に政権を奪取し、インド革命を推進するカリスマ首相のモディ氏が、2期目を競う総選挙で前回を上回る大勝を遂げ、インド首相として2期目をスタートした事は記憶に新しい。今回は、モディ首相が推進したデジタル・インディア施策や数多くのオンライン・ベースのスタートアップ企業がインドの小売市場の変革に与えた大きな影響について、少し掘り下げてみたいと思う。

モディ氏が14年に首相に就任してまず着手したのは、同年発表された「デジタル・インディア政策」だ。この内容は政府が総額1・13兆ルピー(約1・8兆円)の予算を組み、電気もままならいような地方の村にまでブロードバンドを整備、25万の大学や専門学校に無線LANを設置して、行政サービスの電子化を行う事などにより、インド全土でデジタル化を推進するという施策である。この政策により、インドのオンライン化が一気に加速された。

高額紙幣を突然廃止

さらに全国民を驚愕させたのが、16年11月8日夜8時過ぎに放映されたモディ首相自らの発表による、高額紙幣廃止施策だ。数時間後の9日午前0時から、当時流通通貨の約85%を占めた1000ルピー紙幣と500ルピー紙幣が使用不可となった。これは日本の5千円と1万円札が突然利用不可になるのと同じことだ。当時インド決済の90%近くが現金であったために横行していた、ブラックマネーのあぶり出しが主な理由であったが、これがさらにデジタル化を加速させた。

旧紙幣を銀行口座に預けるか、銀行窓口で身分を証明した上で新紙幣への交換する(当初1人の両替の上限は4000ルピーとされた)他に換金する術は無かった。インドでは、政府が把握できない違法な経済活動が国内総生産(GDP)の20%以上を占めるという。贈賄や不正行為の原資となるほか、テロの資金源とも指摘される。価値の高い紙幣を無価値とすることで、現金で蓄えられている不正な財産を使えなくしようという考えだった。

ブラックマネーあぶり出しは失敗

結論から言うと、ブラックマネーのあぶり出しは出来なかった。莫大なブラックマネー保有者は銀行の上層部経由で新紙幣に交換させ、又は人海戦術で貧困層を数千人単位で雇い交換上限の限り銀行を渡り歩かせ綺麗に換金したそうである。結果的に当時流通していた旧紙幣の95%近くが交換され、出どころの怪しいブラックマネーは全くと言ってよいほど、その姿を現す事は無かった。

突然の高額紙幣廃止で、銀行の前に列を作る人々
=筆者撮影

現金取引が決済手段として主流であったインド市場で、現金が突然なくなった。新紙幣が流通するまで、あらゆる面で混乱が続いた。当時の混乱は今でも鮮明に覚えている。

その発表直後、たまたま私はインドの商工会議所主催のゴルフコンペの幹事だった。デリーなどの日系企業の代表者が50人ほど集う大会で、プレー費、参加費共に各自現金で支払うコンペである。日系のメガバンクでさえ新紙幣が無い中で当然誰も現金が無かった。

とはいえ娯楽の乏しいインドで、皆さん楽しみにしているゴルフコンペである。苦肉の策として、参加者から私の口座に各自振込んで貰い、ゴルフ場へは現金の代わりに私のカードで支払うという方法で何とか危機を乗り越え、無事にゴルフコンペの開催に至った。

3億人が利用する「Paytm」

一方でこの施策の産物として、銀行口座やクレジットカードを持たない多くのインド人の現金以外の決算手段として爆発的に普及したのが「Paytm」というプリペイド型のスマホアプリである。当初、携帯料金の支払いや衛星放送の支払い専用アプリとして2010年に誕生。その後14年にプリペイド・ワレット・アプリとなる。QRコードを活用して店にとっては初期投資ほぼゼロで利用でき、お金の無い小売店での利用が加速度的に増加した。

Paytmのスマホアプリ画面

さらにインドの国有鉄道とウーバーが採用した事で、ユーザーが一気に増加した。そして16年の高額紙片廃止の混乱に乗じて、14年8月時点で1千万人強だったユーザーは、高額紙幣使用禁止令とともにその3か月後には1億人を突破した。

17年以降もユーザーは増え続け、現在では3億人を超えた。取引利用額も17年度で25億ルピー(約40億円)、18年度55億ルピー、そして19年度は120億ルピーを突破すると言われるモンスターアプリとなった。

増え続けるユーザーは、個人経営が主流の小売店経営者にとっても見逃せない顧客だ。当然、加盟店も増加の一途である。このアプリは携帯番号に紐付いており、利用するにはインドの身分証明証であるアダーカード(日本のマイナンバーカード的なもの)の提示が義務付けられている。これはインド政府にとって、トレース不能な現金取引が主流であった小売りビジネスの商流の可視化が可能となった事を意味する。

利用方法は簡単だ。まずアプリをイントールし、近くのショップでアダーカードを提示して承認してもらい、クレジットカード、デビットカード又は銀行口座にリンクしてチャージすれば利用可能である。

基本的にオンラインアプリなので、アプリベースのサービスへは自分のPaytmをリンクするだけで自動的に引き落とされる。私もたまに利用している。駐車場確保が困難なエリアではよくUber(インドの主要都市は全て網羅)を利用するが、全てPaytmを事前にリンクして、自動的に引き落とされる。Uber予約時にもしPaytmの残高が不足している場合は、事前に警告が表示されるので、キャッシュレスでも何の心配も無くストレスフリーだ。

インドのどこにでもある、個人経営の街角のショップ。ここでもPaytmでの支払いが可能だ
=筆者撮影

「PayPay」はPaytmの分身

街のパパママショップで買い物をする場合、例えショップ自体にQRコードがなくてもオーナーがPaytmを利用していれば、

そこへ支払う事も出来る。後々使い道のない、細かくて汚い小銭のお釣りを貰わなくて済むのは有難い。

また買い物以外でも、このバーチャルマネーはアプリを利用している個人間のお金のやり取りも自由である。例えば、レストランにて友人数人で食事をし、支払いを割り勘にする場合、端数が出ても、細かい現金が無くても均等割りした金額を支払う人のPaytmへ送金するだけである。全てリアルタイムで処理され、タイムラグは全く無い。

ヤフーとソフトバンクの合弁会社として昨年秋からスマホ決済サービスを開始した日本の「PayPay」は、Paytmと連携し、同社のテクノロジーを活用してサービスを構築している。いわばPaytmの分身ともいえるPayPayが日本でどこまで浸透するか、とても楽しみである。

荒木英仁(あらき・ひでひと)
長年、大手広告代理店「アサツーディ・ケイ」(ADK)の海外事業に従事し、2005年から9年間、同社インド法人社長。14年、ニューデリー郊外の新興都市グルガオンにて「Casa Blanka Consulting」社を設立し、日本企業のインド展開や、日本企業との提携を求めるインド企業を支援。インド最大手私銀「ICICI Bank」のアドバイザーや、JETROの「中小企業海外展開現地支援プラットフォーム」コーディネーターも務める。