シリーズ 米国のアジア人脈⑱

民主党のジュディ・チュー下院議員

初の女性中国系、「NO BAN法案」で脚光

及川正也・毎日新聞論説委員

トランプ米政権が2月、外国からの入国制限措置の第2弾を施行した。これを機に米国では「安全保障政策」か「宗教差別政策」か、をめぐって再び大きな論争が起きている。今回の措置では東南アジアで初めてミャンマーが指定された。下院では入国制限措置の撤廃法案が審議されているが、注目されているのが、法案を主導する民主党の中国系女性議員、ジュディ・チュー氏(66)だ。

■トランプ氏を「イスラム排除」と両断

トランプ大統領は2017年1月の就任直後から、イスラム過激派によるテロを防ぐためなどとして、イランやイエメンなど中東やアフリカのイスラム圏を中心とする7カ国にビザ(査証)発給制限などの政策を発表。「イスラム教徒排除」(Muslim Ban)と批判されたが、イスラム圏ではない北朝鮮が含まれており、米政府は「特定の宗教や人種を狙い撃ちしたものではない」と反論していた。

各地で訴訟が起き、裁判所の判断が分かれていたが、2018年6月に連邦最高裁が大統領の裁量権の範囲内として支持し、トランプ大統領は「勝利宣言」していた。今回の措置は従来の対象国に加え、新たにナイジェリアやミャンマーなど6カ国を指定する内容。指定国は両国のほか、エリトリア、スーダン、タンザニア、キルギス。ミャンマーなどには移民ビザ発給を停止するが、観光やビジネス目的の入国は認める。

このタイミングでの第2弾実施は、11月の大統領選をにらんで、厳しい移民政策を打ち出して支持者にアピールする狙いがあるのだろう。与党・共和党は「国民の安全を守る理に適った政策だ」と擁護するが、野党・民主党は「特定の宗教や人種に対する差別政策だ」と反発。民主党が多数派の下院ではトランプ政権の入国制限撤廃法案、いわゆる「制限禁止法案」(NO BAN法案)を司法委員会が可決した。

この法案は昨年4月に提出されたものだ。委員会に付託されたものの、たなざらしになっていた。今年に入ってトランプ大統領が第2弾を発表する方針を示したことから、民主党のナンシー・ペロシ下院議長が「移民制度における宗教差別を禁止し、偏った規制を強要する大統領権限を制限する」と述べたことから、一気に動き出した。共同提案者だけで下院過半数に迫る216人おり、3月にも予定される下院本会議の採決では可決が確実視されている。

法案の正式名称は、「非入国移住者のための国別反差別法案」( T h e N a t i o n a l O r i g i n -B a s e d A n t i d i s c r i m i n a t i o n f o rNonimmigrants Act)という。英文名の頭文字から「NO BAN」と呼ばれる法案を下院に提出したジュディ・チュー(Judy Chu)議員は下院司法委員会で可決された2月12日、「無慈悲で差別的な『イスラム教徒排除』の撤廃にこれまでになく近づいた歴史的な日だ」との声明を出した。

米議会前でNO BAN法案を訴えるチュー氏(中央)2020年1月、チュー氏のホームページから

■アジア系の人権擁護に奔走

チュー氏の両親は中国・広東省からの移民。米ロサンゼルスで生まれ、後にサンフランシスコに移住したチュー氏はカリフォルニア大学ロサンゼルス校を卒業し、非営利のアライアント・インターナショナル大学にカリフォルニア心理学会が設立したプロフェッショナル・サイコロジー・カリフォルニアスクールで心理学の博士号を取得。ロサンゼルス・コミュニティーカレッジで20年にわたり心理学を教えた。

公職では、モントレーパーク市長やカリフォルニア州下院議員などを歴任し、2009年の連邦下院補選(カリフォルニア州の選挙区)に出馬して当選し、中央政界に転じた。現在の選挙区は、モントレーパークなどを含むロサンゼルス西部の一帯で、アジア系米国人の比率が同州で2番目(37%)に高い民主党の牙城だ。中国系米国人で初の連邦下院議員となったことで知られる。

チュー氏の活動は、アジア系を中心とする少数派の権利保護に重点が置かれている。全米アジア系米国人と太平洋諸島系コミュニティーを代表する議会のアジア太平洋米国人議員連盟の議長を務め、黒人議員連盟とヒスパニック系議員連盟とも連携している。中国系米国人の名誉回復のため、1882年の中国排除法に対する議会としての遺憾決議の採択を主導した。

チュー氏は昨年4月、NO BAN法案提出にあたって、トランプ大統領の政策を「偏狭から生まれた憎悪の政策であり、米国と、よりよき未来に思いをはせる数百万人の米国人を否定するものだ」と批判している。また、トランプ大統領が最初に入国制限措置を発表してから3年目となる今年1月27日には声明で、「安全保障とは関係のない、トランプ大統領の白人国家主義政策のたまものだ」と非難した。

今回のトランプ大統領の入国制限措置拡大で注目されるのが、ミャンマーが対象となっていることだ。ミャンマーで迫害されている少数民族のロヒンギャはイスラム教徒だ。5000人近くのミャンマー人難民が昨年、米国での生活を始めており、その多くが取り残された家族との再会を願っている。トランプ氏の政策は、この家族の入国を制限する可能性が大きい。安全保障上の問題がある割合も0・1%程度という。

■ミャンマー対象の戦略的ミス

ミャンマーで問題になるのは、トランプ政権の政策に一貫性があるかという点だ。米政府はミャンマー政府のロヒンギャ迫害を非難し、ミャンマー軍の幹部らの入国禁止など制裁を科しているが、一般のミャンマー国民を対象とする新たな制限が何の目的なのか不明だ。ミャンマー難民の多くは少数民族で、昨年は600人のロヒンギャが移住した。安全保障上の問題から入国を制限するなら、ロヒンギャを「テロリスト」と位置付けるミャンマー政府の主張を是認したことになる。一方で、ミャンマー政府の対応を批判し、一方でその主張を受け入れるという矛盾はどこから来るのだろうか。

こんなエピソードがある。昨年7月、トランプ大統領がホワイトハウスに宗教的迫害を受けて入国した17カ国の難民らを招いた際のことだ。あるロヒンギャ難民がトランプ大統領にミャンマーのロヒンギャ救済策を聞いたところ、トランプ大統領は「それはどこにあるんだ」と聞き返し、隣にいた米国人とみられる男性が「ビルマの隣です」と答え、周囲の人たちがしきりにうなずいた。当然ながら、ミャンマーとビルマは同じ国で、ミャンマーという国名が1989年まではビルマだったにすぎない。ミャンマー政策への関心の薄さを物語る光景として、その場をとらえた動画はいまも動画サイトで繰り返し視聴されている。

もう一つは、対中国政策との関係だ。多くの識者が、ミャンマーを対象に含めたことで、ミャンマーはより米国を離れ、中国に接近させるだけだ、と指摘している。中国の習近平国家主席が今年初め、ミャンマーを訪問してアウンサンスーチー国家顧問兼外相と会談したのは、ロヒンギャ問題で擁護する一方、ミャンマーでの大規模プロジェクトを促進させる狙いがあった。

中国は海洋貿易ではマラッカ海峡を通過する航路に依存しており、陸路を通じたインド洋への進出は長年の夢だった。このため、中国はミャンマーと、インド洋のベンガル湾を臨むラカイン州のチャウピュー港湾を共同開発している。そうなれば南シナ海からマラッカ海峡を通らず、陸路を使った欧州やアフリカ向けの貿易ルートを確保できる。

トランプ政権は、貿易戦争やIT覇権などをめぐって中国と競争関係にある。ミャンマーとの対立を先鋭化させれば、ミャンマーが中国への接近を強めるのは明白だろう。中国とミャンマーの経済的、安全保障的な連携の強化は、中国を優位にさせるものにほかならない。入国制限阻止の対象にミャンマーを指定したことは、「戦略的なミス」という見方が強いのも、当然ではないか。

おいかわ・まさや

1988年毎日新聞社に入社。水戸支局を経て、92年政治部。激動の日本政界を20年余り追い続けた。2005年からワシントン特派員として米政界や外交を取材。13年北米総局長。16年4月から論説委員