シリーズ 米国のアジア人脈⑰

ジョナサン・ストロムセス米ブルッキングス研究所上級研究員

東南アジアと中国の分析で頭角現す

及川正也・毎日新聞論説委員

ビルマ(当時)の外交官から国連事務総長に上り詰めたウ・タント氏の孫でミャンマー大統領の顧問も務めたタント・ミントウー氏が昨年暮れ、米ブルッキングス研究所のポッドキャストシリーズに出演し、ミャンマーの現状と将来を語った。そのタント氏を招いたのが、ブルッキングス研究所上級研究員で東南アジア研究所リー・クアンユー・チェアのジョナサン・ストロムセス氏だ。長く勤務した東南アジアからの視点で中国の動向をとらえる論客として注目されている。

■ミャンマーめぐる動き加速

年明けからミャンマーをめぐる情勢が大きく動いた。中国の習近平国家主席は1月17~18日、今年最初の外遊先としてミャンマーを訪問し、アウンサンスーチー国家顧問兼外相と会談。1月23日にはオランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)がジェノサイド(大量虐殺)防止の対策を求める仮保全措置命令を出した。さらに1月27日には連邦議会の憲法改正委員会が憲法改正案を提出した。

習近平氏のミャンマー訪問は、巨大経済圏構想「一帯一路」の一環である中国・ミャンマー経済回廊の主要事業で覚書を交わした。今年はミャンマーと中国の国交樹立70周年にあたる。新華社によると、両氏は苦楽をともにし、発展を目指す「運命共同体」の構築を目指すことで認識が一致したという。経済的な協力の強化が会談の目的で、両国が抱える人権問題は互いの解決努力を支持するとの表明にとどまった。

その少数派イスラム教徒ロヒンギャの迫害問題に対するICJの決定では、ジェノサイドの認定を留保したものの、ジェノサイドにつながる行為を防ぐ「あらゆる対策」を求め、4カ月以内の報告をするよう命じた。スーチー氏はICJの命令について、組織的な殺害や性暴力、ジェノサイドの可能性を指摘した国連人権理事会の調査団報告などを「根拠のない物語」と指摘して反論している。

一方、改憲案は、国軍最高司令官が指名し、上下両院の25%を占める軍人議員を段階的に削減するなど、国軍の政治関与を低下させる内容が柱だ。憲法改正には75%超の賛成が必要で、内容に不満を持つ国軍が拒否する可能性が大きい。改憲案提出は、今年11月に予定する総選挙で与党・国民民主連盟(NLD)の勝利に向け、公約実行をアピールする狙いがあるとみられる。

■ウ・タント氏の孫との会話

中国、ロヒンギャ、改憲は、ミャンマーをめぐる3大焦点だ。これについて、ストロムセス氏のインタビューに答えたタント氏の見解は非常に興味深いものだった。

ジョナサン・ストロムセス氏
=米ブルッキングス研究所のホームページから

中国との経済協力については「中国は現在、ミャンマーの最大の貿易パートナーだ。日用品やスマートフォンからビッグプロジェクトまである。だが、中国・ミャンマー経済回廊は動いていない。むしろ、一帯一路ではなく、観光や中小の投資などの事業で交流が深まっている」と話す。

ロヒンギャ問題に対するスーチー氏の態度については「人権や自由民主のアイコンとしての彼女が常に欧米の尺度によって判断されてきた。それが問題だ。彼女は常に国家的な指導者であり、ナショナリストは常にリベラルなナショナリストである必要はない。多くの国民のムスリムへの恐怖感であれ何であれ、彼女はまさにナショナリストリーダーとしての役割を果たしてきた」との見方を示した。

また、憲法改正についてはこう語っている。「確かに国軍は25%の議席を持ち、防衛、国境警備、治安を担っているが、NLDは議会で過半数を優に超える議席を持っており、日々の法律や予算を完全に掌握している。多くの国民が必要な憲法改正を支持しているが、それでも憲法における国軍の存在はそれほど問題ではなく、むしろ、経済をどう発展させるかについてビジョンやアジェンダの共有がないことだ」経済成長や収入格差についてどういう展望を描くかの議論がまったくない――。「これはミャンマーに限ったことではない」とタント氏が言うのは、ミャンマーだけでなくアジア各国の現状を調査研究してきた経験に基づくものだろう。

ニューヨークで生まれたタント氏は米ハーバード大学とジョンズ・ホプキンス大学で学んだ後、1996年に英ケンブリッジ大学で歴史学の博士号を取得した。タント氏は3つの国連平和維持活動(PKO)に従事した。旧ユーゴスラビア国連保護部隊、ボスニア・ヘルツェゴビナの国連特別代表部の政治顧問を務めたが、それに先立つ1992年からの国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)でアジアを学んだ。

■中国の影響に注目

そのカンボジアでの勤務中に出会ったのが、ストロムセス氏だ。米コロンビア大学で国際政治学を学び、1992年から1年間、国務省からUNTACの選挙監視団の一員としてプノンペンやタケオ州に派遣された。その後、コロンビア大学で東南アジア政治を中心に政治学の博士号を取得。1998年から2014年までアジア財団のバンコク、ハノイ、北京に赴任した。同年から2017年まで国務省政策立案室でアジア政策に従事し、中国、東南アジア、東アジア、太平洋問題に関する政策立案と助言に関わった。ストロムセス氏はNLDが勝利した2015年のミャンマー総選挙の際もタント氏と会ったという。

ストロムセス氏はタント氏とのインタビューで「ビルマ(ミャンマー)についての私たちの理解を深めてくれた」と称賛している。ストロムセス氏が注視するのは、中国のミャンマーへの接近だ。タント氏とのやりとりで以下のように語っている。

「世界では対立する開発のシステムがある。従来からのリベラルな秩序や民主主義などを米国は代表しているが、中国は違う形を促進している。いわば、民主的な統治と権威的な国家主導の開発モデルだ。問題は、中国モデルがとりわけ東南アジア、カンボジアなどさまざまな国々の内政に直接、間接に影響を与えているということだ」。

では、ミャンマーはどうか。タント氏はこう答えた。「(中国の政治的影響は)いまのところないし、あるとすれば遠い将来だ。軍事独裁が終わってまだ7年か8年だ。ミャンマーの国民はより自由で競争力のある政府のシステムを渇望している。重要なのは、一般の国民の生活や暮らしを向上させるための議論や努力に新しい民主主義のプロセスを間違いなく結合させることだ」

ストロムセス氏は東南アジアでもとくにベトナム問題に詳しい。今後は、中国とミャンマーの問題が間違いなく中心的なテーマになるだろう。人権問題は、とりわけ米国の政治家、政府関係者、研究者にとっては大きな問題になる。さきの習近平氏のミャンマー訪問では、ロヒンギャ問題についてミャンマーの自力解決を支持したのに対し、ミャンマーは台湾、チベット、新疆ウイグルについて「(中国の)問題解決への努力を支持する」と表明した。

ロヒンギャ問題については国際刑事裁判所(ICC)の捜査も進む。ミャンマーの人権問題をめぐる対応は、今後も欧米の注目の的となるだろう。

おいかわ・まさや

1988年毎日新聞社に入社。水戸支局を経て、92年政治部。激動の日本政界を20年余り追い続けた。2005年からワシントン特派員として米政界や外交を取材。13年北米総局長。16年4月から論説委員