シリーズ 米国のアジア人脈⑯ 及川正也

スティルウェル国務次官補
日中韓に精通する退役軍人

及川正也・毎日新聞論説委員

元米空軍パイロットで韓国語や中国語を操る言語専門家でもあるデビッド・スティルウェル氏が東アジア・太平洋担当の米国務次官補に就任して半年。中国との貿易問題、北朝鮮の核問題、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)問題などアジアの重要課題をひとまずしのいできた。本格的な外交経験がなく、未知数の部分もあるが、中国との長期的な競争をどう調整するか。ワシントンでの期待も高い。

■ミャンマー投資を後押し

ミャンマーの民主的移行と経済変革に対する米国の長期的なコミットメントを強調したい」。スティルウェル次官補は10月29日、就任後初めて訪問したミャンマーの首都ネピドーでアウンサンスーチー国家顧問兼外相と会談し、こう強調した。ミャンマーの米国大使館によると、スティルウェル氏は同27日から30日までの間、政府や地方、市民団体の代表らと会談し、ミャンマーの平和と民主化を支持したという。
ミャンマー訪問は、日本、韓国、中国の主要国を含む2週間にわたるアジア訪問の一環だったが、ミャンマー外交筋によると、スティルウェル氏の目的は政治と経済の両面があったという。「4日間にわたりミャンマーの各界代表と話し合ったのは、それだけミャンマー問題に米政府が関心を寄せている表れだろう」(日ミャンマー外交筋)との見方が強い。

一つは、国際的な問題になっているイスラム教徒ロヒンギャへの迫害だ。在ミャンマー米大使館によると、スティルウェル氏は、イスラム教徒ロヒンギャが多く住んでいたラカイン州の州議会議長や国内避難民キャンプのコミュニティリーダーらとも会談した。一方、米国務省が制裁対象にしているミンアウンフライン国軍最高司令官らとは会談しなかったようだ。同司令官らは米国への入国を禁止されている。

ラカイン州議会議長は会談後、ミャンマーメディアに「紛争で苦しむ人々、地域経済への影響、そしてそれらが過小評価されている現状をスティルウェル氏と共有した。スティルウェル氏は『できるだけ協力したい』と話した」と語った。在ミャンマー米大使館は声明で「米側は、紛争、不安、差別の根本原因に対処するための支援の提供を申し出た」と明らかにした。

スティルウェル米国務次官補 =米国務省ホームページから

もう一つは、ミャンマー経済全体への支援だ。9月末には米国と東南アジア諸国連合(ASEAN)ビジネス会議をヤンゴンで開催。米国の12企業とミャンマー商工会議所連合(UMFCCI)が出席した。米側企業は、アマゾン、グーグル、コカ・コーラ、シェブロン、チャブ保険、ディアジオ酒造、フォード、Jhpiego、マスターカード、ビザカード、アボット、バウアーグループアジアが参加した。

ロヒンギャ危機以降、ミャンマーへの海外投資が低減したことを踏まえ、ミャンマー政府は外国投資家の信頼向上に向け新会社法など経済改革を導入した。ミャンマー投資促進計画(MIPP)は今後20年間で2000億ドル以上の企業投資の誘致を目指している。米国企業はデジタル技術と車両生産、中小企業を中心とする投資を検討しているという。

スティルウェル氏はこうした活動を後押ししたい考えだ。スティルウェル氏のミャンマー訪問を終えた後、米国務省は「パートナーかつ友人としてミャンマー国民への継続的な関与を示した」と訪問の成果を強調した。また、スティルウェル氏は「ミャンマーの発展を妨げてきた紛争終結に取り組む多くの人の意見を聞くことができた。平和構築への対話の努力を強化することが必要だ」とのコメントを出した。

■韓国語と中国語を使いこなす

スティルウェル氏の経歴は異色だ。18歳で韓国語を学びはじめ、1980年に韓国語の言語スペシャリストとして空軍に入隊。2015年に准将で退任するまで35年兵役した。この間、言語学者や戦闘機のパイロットとして日本と韓国の米軍基地で勤務した。日本では三沢基地の第35戦闘航空団の司令官を務めた。11年から13年にかけて、中国の米国大使館で国防アタッシェを務めた。

退役後の16年からハワイ・ホノルルのイーストウエストセンター非常勤上級フェロー、17年からハワイの米インド太平洋軍中国戦略フォーカスグループのディレクターを務めた。18年10月にトランプ米大統領から現職に指名され、19年6月に上院で承認された。同ポストは前任で日本通でもあるダニエル・ラッセル氏が辞任した17年3月以降、空席が続いていた。

スティルウェル氏と親交があるラッセル氏は「スティルウェル氏のような経験豊富なアジア専門家がこのポストに就くことをうれしく思う」と述べた。軍人経験者のスティルウェル氏はとりわけ共和党のアジア専門議員ら歓迎されており、ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長から国家安全保障問題担当の大統領副補佐官に就任したポッティンジャー氏らとも良好な関係にあるという。

東アジア・太平洋担当の管轄は、日本に加え、中国、朝鮮半島、東南アジア、オーストラリアやニュージーランドなどオセアニアまで幅広い。国務次官補はその責任者だ。スティルウェル氏が抜てきされたのは、入隊後、ハワイ大学でアジア研究と中国語の修士号を取得した経験が大きい。退役後に太平洋軍で中国専門の戦略組織に加わったことで、当時の太平洋軍司令官だったハリー・ハリス現駐韓米大使と親交を持った。韓国語だけでなく中国語も堪能で、日本での勤務経験から日本語も話すというアジア通で知られる。

スティルウェル氏は中国を貿易パートナーというより戦略的な競争相手として位置付けている。スティルウェル氏は書面での承認証言で「中国の国境を越えた領域での力による変更や他国に対して行使する軍事的な威圧」に対するホワイトハウスの懸念を共有すると指摘し、「他国に対する『債務のワナ』や南シナ海での軍事拠点化によって第三国の自治権を毀損している」と批判している。

北朝鮮核問題などで協力する場面はあっても、中国警戒論を軸に同盟国や友好国と連携した包囲網の構築に重心を置いているようだ。日本政府関係者は「スティルウェル氏のミャンマー訪問は米国のコミットメントを明確にすることで、ミャンマーを取り込みたい中国をけん制する意図があったのだろう。今後、外交官としては競争と協調のバランスをどう取っていくのかが手腕の見せ所ではないか」と話す。

おいかわ・まさや

1988年毎日新聞社に入社。水戸支局を経て、92年政治部。激動の日本政界を20年余り追い続けた。2005年からワシントン特派員として米政界や外交を取材。13年北米総局長。16年4月から論説委員