NSCの中核担うポッティンジャー氏
安保担当の大統領副補佐官に昇格
及川正也・毎日新聞論説委員

トランプ米政権の安全保障チーム「国家安全保障会議(NSC)」の刷新が進む中、アジア政策を含む外交の要として注目されているのが、マシュー・ポッティンジャー氏(46)だ。トランプ外交の最優先課題である中国と北朝鮮問題で辣腕を振るい、大統領の信頼も厚い。強硬派のボルトン氏に代わって国家安全保障問題担当大統領補佐官に就任したオブライエン氏から副補佐官に抜擢された。ポッティンジャー氏とは。

安保政策ナンバー2

ポッティンジャー氏の起用をオブライエン大統領補佐官が発表したのは、9月22日、トランプ大統領が国連総会出席のためニューヨークに向かう大統領専用機の機中だった。オブライエン氏はその前週、政権内の意見の相違からトランプ氏が解任したボルトン大統領補佐官に代わって任命されたばかりだった。そのオブライエン氏が真っ先に「片腕」として選んだのがポッティンジャー氏だ。

国連総会では、ホストする側の米国は、各国の首脳・高官らとの協議が目白押しだ。政権内の混乱を露呈させた「ボルトン更迭」で、同盟国から敵対国まで、米国の次の安全保障チームの体制がどうなるかは、衆目の関心事だった。外務省の幹部は「トランプ外交の裏方を仕切ったのはNSCのアジア上級部長のポッティンジャー氏だった。その人物を安保チームの中枢に据えたことは、同盟国に安心感を与えた」と話す。

国務省の人質交渉担当として評価が高いオブライエン氏は現在、NSCの改革に取り組んでいる。大幅なリストラで現在の3分の2の117人まで人員を削減し、機能もホワイトハウス主導の外交・安保政策ではなく、より国務省や国防総省との調整役を重視するという。そうした中で最初に側近に起用されたのは、それだけ期待も高いことを示しているといえよう。

記者から海兵隊へ転身

ポッティンジャー氏の経歴は変化に富んでいる。司法省高官からウォールストリートのバンカーに転身した父に持ち、マサチューセッツ大学で中国語を学んだ後、1998年に英通信社ロイターに就職。中国特派員としてキャリアをスタートさせ、米紙ウォールストリート・ジャーナルに転じた後も中国取材を続け、中国政治の腐敗などを報じた。米ジャーナリズム最高の栄誉ピューリツァ賞にノミネートされた。

当時の経験を2005年のジャーナル紙上で「中国で暮らし、非民主的な国家が自国国民に成しうることを目の当たりにした。同時に、私はアメリカ狂でもない。海外での生活は、自分の国の問題についての考えを研ぎ澄ますこともできた。自分たちを自分たちの手が改革する必要があるのは明らかだ」と書いている。北京での特派員生活は5年を超えていた。

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ミャンマー訪問時に米大使館で話すポッティンジャー氏(正面左)

=2018年6月、在ミャンマー米大使館ウェブサイトから

大きな転機は、2004年だったという。まだ、32歳だったポッティンジャー氏は北京にいながら、2001年の米同時多発テロを実行した国際テロ組織アルカイダによる人質の斬首映像に衝撃を受けて、軍隊に入ることを決意し、訓練を経て海兵隊に入隊した。記者という一匹狼的な存在からヒエラルキーと集団を重視する軍人への転身だった。

その後、イラクとアフガニスタンに計3回、情報将校として派遣された。2009年からのアフガン派遣で知り合ったのが陸軍中将のマイケル・フリン氏である。2人は共著で情報戦に関する論文を公表しているが、米メディアによると、ほとんどをポッティンジャー氏が執筆したという。フリン氏は後にトランプ陣営に加わり、2017年1月に大統領補佐官に就任するが、フリン氏に誘われる形で政権入りした。

対中国強硬派で存在感

ポッティンジャー氏の評価を定めたのが、強硬な対中国政策だった、米政治紙ポリティコによると、ポッティンジャー氏は中国を国際経済に迎え入れて友好と戦略的パートナシップを結ぶ考えを「間違いだ」と厳しい態度を取った。「ポッティンジャー氏はトランプ大統領が支持した対中政策政策の立案者だった」という。この政策はNSCのプロセスを経て立案されたという。

また、トランプ政権の国家安全保障戦略で中国を「歴史修正主義」と批判し、「アジアの秩序をいいように再構築しようとしている」という定義づけも、ポッティンジャー氏が重要な役割を果たした、とポリティコは指摘している。トランプ政権の初期に戦略全般を担ったスティーブン・バノン氏は「ポッティンジャー氏はタカ派だが、誠実な交渉人の立場から物事を見ている」と評価している。

トランプ政権中枢には安全保障を担う軍人出身者が大勢登用された。しかし、フリン氏をはじめ、マクマスター大統領補佐官、ケリー首席補佐官、マティス国防長官らが続々と辞任する中で、現在に至るまで政権内で生き残り、さらに出世を果たそうとしているのは、ポッティンジャー氏だけといっても過言ではないだろう。

ポッティンジャー氏の発言で、米メディアでよく引用されるのが、退役後の2011年にネットメディア「Daily Beast」のインタビューに答えた次のことばだ。

「米国では兵役体験のない指導者ほどタカ派になる傾向がある。この10年で政府や議会には退役軍人がほとんどいなくなった。その結果、様々な理由から海外での武力行使に前のめりになっている。兵役体験のある指導者はソマリア、ボスニア、コソボ、ハイチ、イラク、リビアへの軍事介入に消極的だった」。

初の米朝首脳会談を演出

これが、クリントン大統領やブッシュ(子)大統領、オバマ大統領を指すことは明らかだった。やはり従軍経験のないトランプ氏が大統領に就いている。そんな見解を持つポッティンジャー氏の影響力は北朝鮮問題でも示された。初の米朝首脳会談に奔走し、外交路線を定着させた。ただし、ポッティンジャー氏が軍事作戦をどう見ていたかはなお検証の余地がある、という見方が強い。

2017年に北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射し、核実験を実施した際、対北朝鮮で強力な経済制裁と軍事的けん制を柱とする「最大限の圧力」作戦を立案した中心人物の一人がやはりポッティングジャー氏だった。限定的な空爆を「鼻血作戦」と呼んで検討されたときだが、その「鼻血作戦」ですら、報復攻撃があれば大勢の死傷者を出す「恐怖のシナリオ」でもあった。

当時、ポッティンジャー氏は公開フォーラムで「北朝鮮は核兵器を目的達成のための脅しとしてだけでなく、南北統一の際にも脅迫材料として使うかもしれない」と述べる一方、軍事行使は「より高いリスク許容度がある」とも述べている。

軍事行動の「脅し」効果に含みを持たせつつ、ハッカビー大統領報道官(当時)は「2つの戦争に従軍したポッティンジャー氏は軍事行動を軽く考えていない」と語っている。軍事行動を最後の手段とするポッティンジャー氏の存在は、気まぐれなトランプ大統領の抑止的な存在ともなろう。さらに、NSCの役割が独断専行型から総合調整型に移行していく中で、より外交的な側面が重視されることが予想される。北朝鮮は今年末までに譲歩する政策に転換するよう米国に求めている。核・ミサイル廃棄という原則を維持しつつ、課題の解決に向けてどう前進させるか。手腕が問われる。

ミャンマーにも強い関心

ポッティンジャー氏はアジア政策担当としてミャンマーにも関心を示してきた。2018年6月にはミャンマーを訪問し、政府高官らと会談した。少数派のイスラム教徒ロヒンギャへの迫害問題が人道的危機を引き起こしていることへの懸念を示した。それでも、ミャンマーの平和、民主化、経済的繁栄を望んでいることを強調し、「それが米国にとっての利益だ」と指摘し、ことさら圧力をかけるのを避けた。

むしろ、強調したのは、ミャンマーを含むこの地域には「自由で開かれたインド太平洋」が不可欠であり、米国が約1億2000万ドルの支援を実施してきたことだ。台頭する中国への対抗策は米国の最大の課題だ。中国からの圧力を受けやすい国々との連携を目指しており、ミャンマーはその代表国だ。国際社会や米議会が人権問題に強い懸念を示す中、これに抗して対中にらみのバランス政策を米政府が維持しているのも、ポッティンジャー氏の影響が色濃く反映している

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■おいかわ・まさや

1988年毎日新聞社に入社。水戸支局を経て、92年政治部。激動の日本政界を20年余り追い続けた。2005年からワシントン特派員として米政界や外交を取材。13年北米総局長。16年4月から論説委員