シリーズ 米国のアジア人脈26


キャサリン・タイ次期USTR代表候補――台湾系米国人が対中貿易の最前線に

毎日新聞論説委員・及川正也

おいかわ・まさや

1988年毎日新聞社に入社。水戸支局を経て、92年政治部。激動の日本政界を20年余り追い続けた。2005年からワシントン特派員として米政界や外交を取材。13年北米総局長。16年4月から論説委員

バイデン次期政権の通商代表部(USTR)代表に、下院歳入委員会の法律顧問であるキャサリン・タイ氏(46)が指名された。タイ氏は世界貿易機関(WTO)で中国との紛争処理に当たった対中問題の専門家で、次期政権では対中貿易問題の最前線に立つ。両親は台湾系の移民で中国語も流ちょうだ。上院で承認されれば、アジア系米国人、非白人女性として初の通商代表になる。

「博愛と尊厳」の通商政策

次期米USTR代表に指名されたキャサリン・タイ氏=バイデン次期政権移行チーム提供

「貿易はほかの国内政策や外交政策と同様に、それ自体が目的ではない。多くの希望と機会を人々に提供する手段であり、すべての米国人や人々の思いやりや威厳を私たちのアプローチの中核に置いて初めて、成功に導くことができる。バイデン氏は、博愛と尊厳、機会と希望を決して見失うことはない。それでこそ、貿易がよき世界にする力となる」

12月10日、バイデン次期大統領から指名されたタイ氏は、こう述べた。貿易赤字を強いる貿易相手国に対して報復関税を課し、有利な「取引」を得ることを目的にしてきたトランプ政権とは異なり、米国民がよりよい生活を送れるようにするという「人間」の側面をアピールした。バイデン氏は「タイ氏は、米国の労働者の働く条件をみな平等にしようと取り組んできた貿易の専門家だ」と指名理由を語った。

バイデン次期政権移行チームによると、タイ氏は2017年から、通商問題を審議する下院歳入委員会民主党委員団の貿易担当主任法律顧問を務めている。タイ氏の通商政策は、バイデン氏が掲げる「中間層のための外交政策」路線を反映している。バイデン氏は中国の不公正な貿易慣行を問題にしているが、まず、国内の中間層を立て直し、中国に対抗できるよう足腰を強くする、というのが基本スタンスだ。

その実現のために、バイデン氏が重視するのが、超党派による通商政策という。タイ氏が注目されたのは、トランプ政権が進めた北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉で「米・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」の民主党側の取りまとめに尽力したことだ。タイ氏は労働者保護の厳しい基準を協定に盛り込むことに奔走し、民主党をまとめ上げ、賛成385、反対41の超党派による可決に持ち込んだ。

タイ氏は当時、通商問題をめぐって「最も重要な教訓の1つは、強力な政治的サポートをいかにとりつけるかだ」と述べている。とくに、中国による通商問題など課題が山積する中では「不可欠だ」と強調している。議会で活動する前には、共和党のブッシュ(子)政権や民主党のオバマ政権時代にUSTRの対中貿易担当の法律顧問としてWTOで紛争処理にあたっており、こうした経験が生かされているようだ。

「対中強硬派」に超党派の支持

対中貿易問題は、他の政策とは異なり、超党派の協力が成立した数少ない分野だ。トランプ氏が過去の政権の「失敗」を批判したことを除いては、おおむね対中貿易に対する不満は議会にまん延している。ライトハイザー通商代表は就任時、通商問題に関し「超党派の協力」を構築することを表明し、超党派の支持が得られるよう入念な準備を進めた。その際、タイ氏の役割が大きかったのは、先に述べた通りだ。

タイ氏のスピーチは、従来からの自由貿易と、トランプ氏が強行してきた保護貿易の間を進む政策の表明とみられている。バイデン次期政権は、中国との新たな貿易交渉を始めるとみられるが、基本路線は、米国内の労働者の利益と環境の保護を最優先に置くだろう。この際、一定の「数値目標」など保護主義的な色彩も盛り込んだUSMCA時の交渉形態が土台になる可能性がある。

バイデン氏によれば、タイ氏は通商政策のプロだ。両親は台湾からの移民で、タイ氏は東部コネティカット州で生まれた。首都ワシントンで育ち、名門イエール大学を卒業し、ハーバード大学ロースクールで法学博士号を取得した。1996年から2年間、中国・広州市の中山大学(SYSU)でイエール・チャイナフェローとして英語を教えた。その後、ワシントンの法律事務所などを経て、USTRに入省した。

通商問題では定評のある中道派のタイ氏だが、バイデン次期政権で難しいのは、中国をはじめとする通商政策が、どう国内政策と調整し、整合していくかという点だ。バイデン氏は、トランプ氏が進めてきた対中高関税政策をすぐには廃止するつもりはないと述べている。一方で、新たな通商協定は、国内の利益と整合しない限り、締結するつもりもないとしている。

国内政策との調整がカギ

バイデン氏はタイ氏の指名と同時に、国内政策会議委員長にスーザン・ライス元大統領補佐官(国家安全保障担当)をあてる人事も発表した。ライス氏は雇用や賃金など中間層対策の政策全般を調整するとみられる。国内政策会議の調整が進まない限り、タイ氏国内政策との調整がカギの出番はない、という見方も米メディアにはある。そうなると、とくに重要なアジアでの通商問題でさらに米国が出遅れる懸念は大きくなる。
アジアではすでに、日本や中国、韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)など15カ国が、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定に署名している。交渉参加国で最大の経済規模を誇る中国の影響力が高まる懸念があり、日本の意向で、途中離脱したインドを無条件で加盟できる条項を盛り込んだ。米中はなお2国間の交渉にとどまり、対中貿易の多国間交渉の主導権はすでにアジア諸国に移っている。

タイ氏にとって最初の課題は、オバマ前大統領が進め、トランプ氏が交渉から離脱した環太平洋パートナーシップ協定(TPP)にどういったアプローチをとるかだろう。米国の大企業を有利にし、雇用に影響が出るとする民主党左派が反対し、バイデン氏もすぐの加盟には慎重だが、民主党中道派や共和党保守派は中国への対抗措置として加盟を求めている。「対中強硬派」とされるタイ氏が、加盟が得策と考えていても、国内中間層に影響が出ない予防策を講じない限り、早期の加盟はないだろう。

タイ氏の議会での評価は高い。閣僚級の通商代表は上院の承認が必要だが、ブッシュ(子)政権で通商代表を務めた共和党のロブ・ポートマン上院議員はタイ氏の指名を支持しているという。上院(定数100)の党派勢力は共和党50、民主党48で、1月5日に予定されている南部ジョージア州の決選投票(2議席)の結果次第で、多数派をどちらがとるか決まる。

タイ氏は、これまでの交渉を通じて米政財界、労働団体、環境団体などから強い支持を得ている。トランプ政権のホワイトハウスで国際経済担当次官補としてタイ氏と協力した経験があるクレート・ウェルムズ氏は米メディアに、「タイ氏は民主党員だが、超党派の強い支持を得ている。トランプ政権下でも多大な尊敬を集めており、米国の国益をかけて中国とはタフな交渉をするはずだ」と期待感を示している。