みずほ総合研究所 玉井芳野・主任エコノミストに聞く
中国・「双循環」成長戦略 第14次5カ年計画に盛り込む
10月下旬に中国共産党第19期中央委員会第5回全体会議(五中全会)が開催され、2021年から始動する第14次5カ年計画と2035年までの長期目標の草案を採択した。注目されるのは、新たな成長戦略「双循環」の概念である。「双循環」が出てきた背景とその狙い、中長期戦略の見通し、米中対立や対日関係への影響について、みずほ総合研究所アジア調査部中国室の玉井芳野主任エコノミストに聞いた。【毎日アジアビジネス研究所長・清宮克良】
国内・国際の循環が相互促進
――「双循環」はどういう経緯で出てきたのか。
「双循環」という言葉が初めて示されたのは2020年5月14日の党中央政治局常務委員会(中国共産党の事実上の最高意思決定機関)の会議での習近平総書記の演説で、「市場規模が極めて大きく、今後も拡大余地が大きい我が国の内需の優位性を十分に発揮し、国内外の双循環が互いに促進する新発展モデルを構築する」との文言だった。続いて、7月21日の習総書記の企業経営者との座談会で「国内大循環を主体とし、国内・国際の2つの循環が相互に促進する新たな発展の枠組みを早急に形成する」との発言があり、7月30日開催の党中央政治局会議(2020年下半期の経済政策を議論する重要会議)でも同様の文言が示されたため、習政権の新たな経済発展モデルとして注目されることになった。10月末に方針が発表された第14次五カ年計画(2021~25年)の骨子案にも盛り込まれた。
――「双循環」の狙いは。
ポイントは(1)輸出依存型から内需主導型経済への転換を加速し、特に消費を拡大させる(2)コアとなる技術を自前で育成するためのイノベーション能力を向上させる(3)対外開放の方針も維持することで、持続的な経済発展を目指す――の3点だ。
米中対立と構造問題に対応
――なぜ、このタイミングで内需主導が強調されたのか。
外部環境の変化と国内の構造問題への対応のためだ。世界的なコロナ感染拡大による外需の落ち込みや、貿易、技術、人権など様々な領域における米国との対立激化、安全保障上の観点からのサプライチェーン再構築の動きをうけ、外需依存や外国企業への依存をこれまで以上に見直し、内需に力を入れる必要が一層高まった。一方、国内では改革を通じて、所得格差や社会保障の不足など、長年にわたって存在する構造問題を解決し、消費拡大を目指すために内需拡大が必要となった。
――イノベーション能力向上を重視する理由は。
労働・資本投入に依存した粗放型の成長が行き詰まる中、持続的な成長のためにはイノベーションを通じた生産性の向上が必要だからだ。さらに、米国との技術をめぐる対立をうけ、外国企業の技術を活用した生産性向上の余地が狭まり、中国自身の技術力向上が求められているためだ。具体的には、米国の対ファーウェイ禁輸措置にみられる、情報通信機器・サービスのサプライチェーンからの中国企業排除の動きを踏まえ、これまで外国企業に依存してきた半導体等の高付加価値製品の
国産化を目指している。
――対外開放の方針の維持も示されているが、実態は内需優先ではないのか。
7月21日の習近平総書記と企業経営者との座談会の時点で、習総書記が「国内大循環を主体とするというのは、決して扉を閉ざした閉鎖的な経済運営を意味するのではなく、内需の潜在力を引き出し、国内外の二つの市場と資源をうまく活用することで、より強固で持続可能な発展を実現することができるということだ」と述べている。そもそも「双循環」というネーミングからも、国内循環だけでなく国際循環も重視し、対外開放の継続を目指していることがうかがえる。
米国以外の外資と連携強化
――具体的にどう受け止めればいいのか。
11月25日に公開された劉鶴副首相による「双循環」に関する解説では、対外開放を通じて中国という巨大な市場を世界に提供し、中国の新たな国際協力と競争優位を作り上げる、という説明もしている。「双循環」において「国内大循環を主体とする」といっても、決して外資企業を中国市場から締め出したいわけではなく、むしろ米国との対立長期化が見込まれる中で、米国以外の外資企業との連携強化を考えているのではないかと考えられる。
――では「双循環」と米中対立はどう関係するのか。
トランプ政権下、貿易や技術の分野で米中対立が激化し、コロナを経て中国への不信感が高まる中、金融、人権、安全保障の分野でも対立が深まった。バイデン政権移行後も基本的な対中脅威認識は変わらないが、これまでのような貿易分野でのディールから、対話による構造問題解決へと移行するとみられる。バイデン政権は、同盟国や価値を共有する民主主義諸国と連携して対中圧力を強める可能性が高く、トランプ政権時よりも人権・民主主義をめぐる対立が激化するリスクもある。こうした状況を踏まえ、中国側は米国との対立長期化を念頭におき、内需拡大・自力でのイノベーション推進によって持続的成長を目指す方針を示したと考えられる。
高齢化・環境で日中協力
――対日関係はどうか。
米国との対立長期化が見込まれる中で、米国以外の外資企業との連携強化を模索する中国にとって、技術レベルが高くサプライチェーン上のつながりも深い日本との関係は重要だ。今後中国は、ハイテク分野での協力や中国とのサプライチェーン維持を呼びかけるとともに、高齢化や環境問題など、日中双方が共に抱える課題の解決に向けた協力も促進しようとするのではないか。
――中国は11月に入り、15日に東アジアの地域的な包括的経済連携協定(RCEP)の締結に加え、20日には習総書記が環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(TPP11)への参加を示唆している。
商務部の説明によると、RCEP締結は、輸入を通じて国内の需要を満足させるとともに、域内サプライチェーンの強化や貿易・投資の安定につながるため、国内・国際の「双循環」形成に貢献するもの。周辺諸国に、これまでよりも低コスト(低関税)で中国市場を提供していくという意図もあるのではないか。
中長期的な持続発展モデル
――「双循環」による中長期発展モデルの見通しは。
そもそも「双循環」自体、短期的な景気浮揚策ではなく、中長期にわたる持続的発展を目指した発展モデルだ。7月30日の政治局会議で「現在中国が直面しているのは、中長期的な問題であり、持久戦の角度から認識すべき」として中長期的な構造問題への取り組みの重要性が指摘され、「双循環」というコンセプトを用いて内需拡大、イノベーション能力向上に取り組むことが示された。内需拡大のためには所得格差や社会保障の不足などの構造問題を解決する必要があるが、改革の難度は高い。先端半導体企業と中国企業との技術レベルの差を考慮すると、コアとなる技術の自力育成にも時間がかかるとみられる。
■玉井芳野(たまい・よしの)
みずほ総合研究所 アジア調査部中国室主任エコノミスト
2011年、東京大学大学院総合文化研究科(国際 社会科学専攻)修了、みずほ総合研究所入社。 19年、米国ジョンズ・ホプキンス大学高等国 際関係学大学院(中国研究専攻)修了。入社以 来、中国経済の分析・予測業務に従事。
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