日本のスタートアップ企業「ソラミツ」(東京都)はカンボジアの中央銀行デジタル通貨システム「バコン」を開発し、現地で定着化を図っている。岸田文雄首相が5月5日、訪問先の英国ロンドンの金融街シティで講演し、デジタル人材、イノベーション、スタートアップ、グリーン・デジタルへの投資を柱とする「新しい資本主義」の指針を発表した。これを機に、先駆的な取り組みをしている同社の宮沢和正社長に「バコン」運用の現状と今後の展開、岸田指針の評価とデジタル経済の未来について聞いた。【毎日アジアビジネス研究所長・清宮克良】

ーーデジタル通貨システムとの関わりは。

私はソニーで電子マネー「Edy(現在は楽天Edy)」の事業をやっていた。スイカやパスモに使われている技術であり、非接触で改札を通れるものだ。世界進出を目指していたが、金融は様々な壁があってなかなか海外に進出できなかった。

そのうちビットコインが世の中に出てきた。ビットコインが国境を越え、クロスボーダーでどんどんと広がっていた。たいへん悔しい思いをした。そんな中でブロックチェーンの技術に興味を持った。経済産業省の研究会の座長をやっていた時、ブロックチェーン技術を持つソラミツという会社が出てきて「これは面白い」と思った。それで2017年1月にソラミツに入社しました。

ブロックチェーンの世界標準に

ーーなぜ、面白いと思ったのか。

独自のブロックチェーンの技術を開発していたからです。ビットコインなら世界中の電力を大量消費して温暖化を招くのではないか、一回の取り引きに時間がかかり処理能力も遅い。これに比べ、ソラミツは電力を使わず、ビットコインよりも何百倍も処理能力が速いブロックチェーン技術を開発していた。非営利の技術コンソーシアムであるLinux Foundation(リナックスファウンデーション)でブロックチェーンの世界標準を決める会合があり、応募した260社のうち、ソラミツはIBM、インテルとともに選ばれた。無名のスタートアップが超巨大企業と一緒に選ばれたわけです。

ーーカンボジア国立銀行に中央銀行デジタル通貨システムが採用された経緯は。

カンボジア国立銀行からSNSで「御社のブロックチェーン技術を使って中央銀行デジタル通貨を作りたい」とメッセージが来た。最初は詐欺じゃないか、まさか国立銀行ができて間もないスタートアップにメッセージを送るわけがないと考えていた。とにかく行ってみようということで創業者の武宮誠とエンジニアとともにカンボジアに行った。そこにカンボジア国立銀行の担当者がいた。入札の結果、我々が勝ち残り、2017年4月21日に「ソラミツに決定しました」と連絡があった。

デジタル人民元に危機感

ーーなぜ、カンボジア側はソラミツの技術を使おうと考えたのか。

彼らの悩みは自国通貨の割合が低いことです。自国通貨リエルは2割ぐらいしか流通していなくて残り8割はUSドルです。自国通貨の公定歩合は上げたり下げたりしてもほとんど金融政策に結びつかない。これはデジタル化するしかないだろうと思ったのではないでしょうか。スマートフォーンの普及率は150%と高く、一人で2台持つ人も多いにもかかわらず、銀行口座を持っている国民の割合は2017年現在で2割ぐらいと非常に低い。銀行口座を増やしたい。海外の出稼ぎが多く、海外から送金すると相当の手数料をとられてしまう。送金を何とかしたい。一方で、中国がデジタル人民元をやっているので、これが入ってくるとますます自国通貨は使われないだろうと。国としては中国の投資を受け入れているし、フンセン首相は中国寄りだが、国立銀行の考え方は違う。かなり急いでやらないと自分たちの通貨がなくなってしまうのではないかとの危機感があり、国立銀行は2020年10月28日、世界で初めて中央銀行デジタル通貨システムであるバコンの正式運用を始めることになったわけです。

先進的な銀行決済システム

ーー現在の定着ぶりと今後の見通しについては

カンボジアは人口1600万人超。バコンのシステムを使っているのは延べ800万人。正式導入して1年ちょっとだが、人口のほぼ半分に普及した。ただし、800万人の使い方は、日本のようにQRコードによってお店で払っている人ではなく、銀行間の送金システムとして使っている。例えば、ある人がA銀行からB銀行に振り込もうとすると、翌日でないと届かなかった。これではどんどんと乗り遅れる。それでバコンを導入すると、リアルタイムで送金したものが相手の銀行にすぐ届くようになった。もう一つは国際間の国を隔てた送金が高く日数がかかる問題があった。マレーシアの銀行とつながっていて、今までは送金に何日もかかって手数料もかなり取られていたが、バコンを入れた結果、リアルタイムで相手の国に届くようになった。ホールセールとしての銀行間の決済システムではカンボジアは世界有数の先進的な金融システムを持つことになった。

ーー課題は何か。

逆に、お店での使用が進んでいない。銀行間とか送金にしか使えていない。PayPayのように店で使えるリテール決済は残念ながら進んでいない。今、お店で使えるのは5000店舗ぐらいで利用者は27万人程度と本当に少ない。ここの部分はまだまだ時間がかかるし、民間の協力がないと国立銀行だけではできない。

会津大学と提携し展開

ーー日本では福島県会津若松市で展開している。

会津若松市には会津大学があり、そことソラミツは提携している。創業者の武宮が東京大学の博士課程で論文を書いているが、東京大学の教授に紹介されたのが会津大学だった。会津大学はコンピューターサイエンスの単科大学だ。世界的なポジションが高く、コンピューターの最先端の技術者を輩出している。会津大学の公用語は英語だ。教員はインド人とか外国人が多く、卒業論文も英語だ。会津若松市に支社を設立し会津大学と一緒にブロックチェーンの開発をした。2020年7月、国内展開の第一弾は会津若松でということになった。翌21年7月に福島県磐梯町に導入した。国内の3つ目が大阪府豊能町で今年7月から導入をする。背景には、コロナの影響で商品券などを紙でやるのは大変なのでデジタルでという流れがあり、お年寄りも問題なく使えるということがある。

日本でも中銀デジタル通貨を

ーー日本のおけるデジタル通貨のシナリオについては

日本の金融機関がうまく正常な形でデジタル通貨を取り入れることを支持している。金融機関が産業の血流なので、そこがうまく資金を回して信用創造をしていかなければいけない。ただし、従来型の金融、その仕組みでは太刀打ちできなくなってくる。スマートフォーンでいろいろな金融サービスをする企業が増えており、固定費の高い従来型の銀行は先々厳しいと思っている。金融機関が新しい技術を受け入れ、率先してコストを削減しながら人に頼らずデジタル化していくことが必要だ。そういう形で取り組む金融機関が生き残っていく。そうでなければ淘汰される。我々は新しい技術を取り入れて金融機関が変わり世界に向かって態勢を強化していくことを応援している。

ですから、日本でも中央銀行デジタル通貨(CBDC)は発行すべきだと思います。ただし、民間のデジタル通貨やサービスとバッティングしない役割分担は必要である。国が発行するCBDCと民間のデジタル通貨とのハイブリット型が望ましい。

一方で、もう金融はいらないとの議論もある。全てコンピューターが処理するんだという意見がある。本当にそれでお金が還流して信用創造していけばいいが、難しいと思う。ビットコインは中央銀行はいらないんだとの思想だし、フェイスブックも一時期そうした動きで当局に摘発されたわけです。我々は当局と対峙していくのではなく、中央銀行を便利にしていくとの立場だ。中央銀行を否定するアナーキーな考えではない。

ーー岸田首相の指針をどう評価するか。

スタートアップやデジタルが入っていて、やっと日本も方針を示してきたと思う。デジタル人材を育てることも含まれており、指針はいい内容だと思う。ややもすると、日本にいても新しい技術の仕事ができないからシンガポールにいこうと頭脳流出してしまうケースが多いが、そうすると日本が空洞化してしまう。世界に負けないため日本も規制改革、税制改革していかないといけない。

Web3時代は日本にチャンス

ーー自民党が提言したNFTホワイトぺーバーでは「Web3(ウェブスリー)」はGAFAM中心のデジタル経済の構造を根底から覆す新たな技術革新の波が押し寄せ、新たなデジタル経済圏の標準を日本から生み出すとしている。

Web2.0はSNS時代と言われ、GAFAMを代表するフラットフォーマーから個人情報を独り占めし、そこを通さないとビジネスはできず、富が集中する、偏った資本主義だ。こういう動きは長続きしないし、直していかないといけない。

Web3はプラットフォーマーの中央集権的なシステムではなくて、ブロックチェーンを使って分散的な形で、コミュニティで開発者もユーサーも分配する。フラットな組織になっている。DAO(Decentralized Autonomous Organization)のような自律型組織になっている。資本の分配が公平になっている。岸田政権は成長戦略と分配をうまく組み合わせながらやっていこうというわけで、世界に新たなプレーヤーが出てきて、日本がリーダーシップをとれる可能性は十分にある。

【ことば】

ブロックチェーン技術

情報通信ネットワーク上にある端末同士を直接接続して、取引記録を暗号技術を用いて分散的に処理・記録するデータベースの一種であり、ビットコインなどの暗号資産(仮想通貨)に用いられている基盤技術。

NFTホワイトぺーバー

自民党デジタル社会推進本部 NFT政策検討PT(平将明PT座長)は2022年3月30日、「NFTホワイトペーパーWeb3.0時代を見据えたわが国のNFT戦略」を公表した。NFT(ノン・ファンジブル・トークン=非代替性トークン)はブロックチェーン上で発行される代替不可能なデジタルトークンで、アートやイラスト、写真、アニメ、ゲーム、動画などのコンテンツの固有性を証明することができる。ホワイトペーパーでは、NFTのルール整備や規制緩和を急ぎ、NFTビジネスの成長を促したい考えを明らかにした。

 

【略歴】宮沢 和正(みやざわ・かずまさ)ソラミツ代表取締役社長

1956年生まれ。東京工業大学大学院修了。80年ソニー入社。日本の電子マネーの草分けであるEdyの立ち上げに参画。運営会社ビットワレットの常務執行役員、楽天Edy執行役員を経てソラミツ入社。東京工業大学経営システム工学特任教授。著書に「ソラミツ 世界初の中銀デジタル『バコン』を実現したスタートアップ」(日経BP)など。