シリーズ・タイの農水産物加工品②

 

良質な原料米を求めて進出
日本生まれの「焼ビーフン」――ケンミン食品

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整然と作付けされたビーフンの原料米となるインディカ米の田んぼ。タイ工場で加工され、「ケンミン焼ビーフン」となって日本の食卓に上る=ケンミン食品提供

ケンミンの~ 焼ビーフン~♪。一定世代以上の人ならば、テレビCMで流れる摩訶不思議な調子のコマーシャルソング? が記憶に残る人も多いだろう。米粉を製めんした「ビーフン」の国内市場で50%以上のシェアを持つトップ企業、ケンミン食品(本社・神戸市、高村祐輝社長)は、自社のすべてのビーフン製品をタイのチョンブリ県シラチャーにある子会社「ケンミンフーズ(タイランド)」の工場で製造している。

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タイ工場で生産されている主力商品「焼ビーフン」。左の英語のパッケージは米国などへの輸出仕様=ケンミン食品提供
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タイ東部チョンブリ―県にあるケンミンフーズ(タイランド)工場=同

ビーフンは中国南部で生まれて台湾や東南アジアに広がり、各地で国民食として親しまれている。日本に広がったのは第二次大戦後、東南アジアから引き揚げてきた日本人が現地の味を忘れられず食べ始めたのがきっかけといわれる。台湾出身の高村健民が1950年、神戸でビーフン製造を始めたのがケンミン食品の創業だ。

ビーフンの製造には日本で作付けされている「ジャポニカ米」ではなく、粘り気の少ない「インディカ米」が必要だ。1980年代以降、政府のコメ輸入規制強化で国内でのインディカ米入手が困難となり、日本のビーフンメーカーは危機を迎えた。ケンミン食品は「コメだけを使ったビーフンを作り続けたい」と、インディカ米を生産する海外での生産に活路を求めた。

良質のインディカ米に巡りあったのが世界有数のコメの生産国、タイだ

った。87年に子会社を設立し、89年から製造を開始。創業者・健民氏の孫に当たり2019年就任した高村祐輝社長は、「硬質で良質なインディカ米が手に入り、原料調達から製造まで現地で一貫生産できるのがタイの強み」と語る。

インディカ米には約110もの種類があるが、この中でビーフンづくりに適しているのはアミロースを豊富に含んだ固めのコメだ。ケンミン食品は、水や気候、土壌環境が適した地域の精米業者と契約を結び、その地域で同社のビーフン用に栽培されたコメだけを原料として使用する。

タイでは1年に3回コメを収穫する三期作も可能だが、原料米は品質を確保するため一期作のみ。残留農薬や遺伝子組み換えではないことを確認し、異物を取り除いて精製した原料米の価格は、タイの一般的な業務用米の2倍はするという。

現在、年間3200トンの原料米を使用し、ビーフン、フォー、ライスパスタ、ライスペーパーなどのコメ加工食品を製造する。生産者の顔が見える原料にこだわり、社員が年に数回、農家をまわって交流を重ねる。

タイから米国などへ輸出

今年1月には、1960年から販売されている味付け済みでゆで戻し不要のフライパンで炒めるだけの主力商品「ケンミン焼ビーフン」が、「世界で最も長く販売されている焼ビーフンブランド」としてギネス世界記録の認定を獲得した。これまでタイで生産したビーフンは、タイ国内の日本食品スーパーでごく一部が販売されるほかは、全量が日本向けに輸出されてきた。同社は今年から、米国と中東のドバイ向けに初めて「焼ビーフン」を輸出。また、現在の工場の隣接地に同社として3棟目となる第3工場を建設。生産ラインを増設して、タイから米国などへさらに輸出の拡大を目指す。

高村社長は「アジアで生まれたビーフンは、小麦を使わない『グルテンフリー』の健康食として欧米で人気が高い。味付きで誰にでも簡単に調理できる『焼ビーフン』は世界で我が社だけの製品で、世界のオンリーワンとして広げていきたい」と意欲を燃やす。

さらに同社は、日本市場の10%を占める主力製品の一つのはるさめについても、これまでの中国でのOEM生産からタイ工場での自社生産への切り替えを進めている。原料となる豆のデンプンは欧州から輸入する。日系メーカーとして、タイでのはるさめ製造は同社だけだ。ビーフンなどコメ加工品やはるさめなど、工場では年間4300トンの食品を生産している。

新型コロナウイルス感染による「巣ごもり消費」の拡大で、焼ビーフンなど家庭向け商品は3月以降、好調な売り上げが続いている。一方で給食やレストラン向け業務用商品は厳しい状況だ。タイ工場では家庭向け商品の需要増に対応するため、緊急に従業員を採用して生産量を拡大しているという。

「食資源が豊かな国で、その食資源を求めて多くの日本企業が進出して日本や世界に加工食品を輸出している。政府も品質管理システムを推奨し、当社も国際的な品質管理システム認証を取得している。国際的な認証機関の拠点がタイにもあり、管理レベルを上げていく意欲のある企業が多い」。タイの食品加工産業について、高村社長はそう話す。

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工場内は自動化が進んでいる。機械で押し出されるビーフン=同

シャキシャキ食感、世界1位の加工国
アロエを加工、デザートに――ホテイフーズ

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登録農家で栽培されているアロエベラ。缶詰として小売店に並ぶほか、ヨーグルトやゼリー、生菓子やパンのトッピングなど、幅広く利用される=ホテイフーズコーポレーション提供

バンコクから南へ約200キロ。海辺の保養地ホアヒンを擁する中部プラチュワップキーリーカン県にある「プランブリーホテイ」社の工場は、年間2万4000トンのアロエを加工する世界でも最大規模の食用アロエ加工工場だ。1995年に設立されたプランブリーホテイ社は、「ホテイのやきとり」で知られる缶詰食品メーカー「ホテイフーズコーポレーション」(本社・静岡市、山本達也社長)の子会社。扱っているのは、アロエの一種で世界各地で食用として栽培されている「アロエベラ」だ。同社によると、タイは世界1位のアロエベラの加工国。日本での消費も多いが、ホテイ社の製品は日本以外にも輸出され、ペットボトル飲料に充塡されて全世界で消費されている。

09580959ホテイ社は日本向けにアロエベラを、ボイル処理を経てシロップ漬けにしている。苦みや臭みはほとんどなくシャキシャキとした食感が楽しめる。一般家庭で楽しめる自社ブランドの「デザートアロエ」缶の製造のほか、業務用製品をアロエヨーグルトやカップゼリーの材料として乳業、製菓メーカーに納入している。その他にも、ホテルのバイキングや病院、介護施設のデザート、生菓子やベーカリーでのトッピングなど、幅広く利用されているという。

南北に細長く伸びたマレー半島の最北部にあるプラチュワップキーリーカン県は、特に工場のあるプランブリーやホアヒン、クイブリー、サムロイヨードといった県北部でアロエベラの栽培が盛んだ。ホテイ社以外にもアロエ加工工場が何社か存在している。加工企業は、新たなアロエの作付けや、これまでパイナップルを栽培してきた農家への転作の要請などをしており、アロエベラの作付けは増える傾向にある。

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肉厚の葉が利用されるアロエベラ。ラットを使った実験では、コレステロール値改善などの健康効果も実証されている=同

ホテイ社は原料となるアロエベラについて、栽培する畑の周辺環境を調査したうえで、登録した農家のみから供給を受けている。アロエの栽培で農薬を使用することはほとんどないが、雑草の除去目的で除草剤を使うことはある。使用する除草剤の種類や散布履歴を農家ごとに記録し、定期的に外部の分析機関に依頼して重金属や残留農薬の検査を実施するなど、トレース体制を整えている。

「アロエベラは、東南アジアではベトナムなどでも栽培されているが、タイでは灌漑などが整備された畑が多く安定した原料供給ができることが強み」。ホテイフーズコーポレーション販売部商品企画課の水野拓真課長は話す。

プランブリーホテイ社は設立当初は別のフルーツの加工を手がけていたが、日本国内の大手乳業メーカーがアロエヨーグルトを発売し人気が高まったことを受けて、アロエベラ缶詰の生産を開始。テレビでアロエの健康効果が紹介されると、生産が追いつかないほどの人気商品となった。2004年と05年、同社と東京農業大学との研究で缶詰加工されたアロエベラの健康効果を検証。ラットを使った実験で、アロエベラが血中コレステロール値を改善し、血糖値上昇を抑制する効果があることも実証した。

ナタデココも生産 最新設備で品質安定化

同社は、ココナッツの加工品であるナタデココの生産にも取り組んでいる。ココナッツウォーターを主原料に、ナタ菌と呼ばれる菌で発酵し固めたもので、原料はタイ国内で調達している。

アジア各国でのナタデココの生産は、一般的には農家の家庭内工業で発酵まで行い、それを缶詰工場で加工するケースが多いが、ホテイ社はナタ菌の培養、ナタデココの発酵も工場内で行い、空調の整った設備で発酵温度を管理するなど最新の設備で品質の安定化を図っている。カット機、洗浄機など加工や異物混入のための設備も近代的で、漂白剤を使わず白く透明感のあるナタデココに仕上がっている。

「日本市場向け製品を長年製造してきた工場で生産するため、高品質な製品を供給できることが利点」。水野課長は、タイの現地工場への信頼感をそう語る。

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四角くカットされたアロエベラを選別する従業員。最新の設備を整えた衛生的な生産設備だ=同

「タイの食文化を日本へ、日本の食文化をタイへ」
食卓のタイフード・ブームを牽引――ヤマモリ

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「グリーン「レッド」「イエロー」など、レトルトのタイカレーシリーズを製造、販売している「ヤマモリ」(本社・三重県桑名市、三林憲忠社長)。「タイの食文化を日本へ、日本の食文化をタイへ」をモットーに、東部ラヨーン県にある子会社「サイアムヤマモリ」社の工場で、現地の新鮮なハーブや野菜などの原材料を使い、地元の味そのままで製造している。同社のタイカレーシリーズは評判を呼び、大手カレーメーカーが後を追う形で相次いでマーケットに参入。日本のレトルトのタイカレーの市場は、ヤマモリが牽引して2倍、3倍の規模に成長。「タイカレー」ブームを呼び、国内市場の裾野を大きく広げた。

老舗しょうゆメーカーが進出

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日本向けタイフーズを生産している
サイアムヤマモリ社工場=ヤマモリ提供

ヤマモリは1889年にしょうゆ醸造で創業した老舗企業。1969年にいち早く自社開発したレトルト殺菌装置でレトルトの釜めしの素を発売。三重県松阪市にある工場は日本でも最大級のレトルトパウチ食品生産能力を誇る。

タイには88年に取引先と合弁でミートソースを製造する合弁会社を設立して進出。98年にはしょうゆ工場も設立して日本料理店や冷凍食品を製造する現地の日本メーカーに日本の調味料を提供し、タイでの足場を築いた。

タイで製造販売する日本の調味料は、タイ人の味覚に合わせるのではなく日本の味を貫いた。そして気が付いたのが、日本で売られていたタイ料理の製品だ。「包装も輸入のシールが貼ってあるだけで、日本人には作り方もわからない。日本レベルの品質管理がなければ、タイ料理が日本で普及するはずがない」。日本の味をそのままタイに持ち込んだのとは逆に、タイの本場の味を日本で手軽に楽しめる製品をつくろうと、2004年にサイアムヤマモリ社を設立した。

タイ料理の何を日本に紹介するか。思い付いたのが「日本人の好きなカレー」だ。タイに「タイカレー」という料理は存在しない。ココナッツミルクやハーブ、スパイスなどを多用し、主にご飯にかけて食べる汁物類の総称「ゲーン」が、日本人が考えるカレーに近い料理だ。三林社長は多様なバリエーションを持つゲーンに「グリーン」「レッド」「イエロー」などと名称を付けてレトルト製品化。「『タイカレー』という言葉は我が社が考えたものだと思っている」。三林社長は胸を張る。

タイでしかつくれない味

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生のスパイスや唐辛子などを石臼でたたきつぶして作るタイ料理のペースト=同

「インドカレーは乾燥したスパイスを使うが、タイは生のスパイスや唐辛子を石臼でたたきつぶしてペースト状にして使う。乾燥したらダメで、本当のタイの味は日本では作ることができないのです」と三林社長。

プリッキーヌ(緑唐辛子)、バイマックルート(こぶみかんの葉)、マクワプロ(タイナス)、マクワポァン(スズメナス)――。日本では栽培されていない、タイ料理に欠かせない新鮮な野菜やハーブ類が、タイで製造されるヤマモリのカレーシリーズにはふんだんに使われている。町の市場で売っているものばかりで、当初は一般の市場での材料調達も検討したが、「原材料のトレースができないと日本へは持って行けない」ため、農薬管理などがきちんと行える指定農場からの調達に切り替えた。

最初は少量で価格も高くなり、「指定農場にとっても厄介者扱いだった」という。しかし、タイでも食の安全への関心が高まる中、「タイの大手資本も右にならえで、食の近代化に相次いで乗り出してきている」と三林社長は話す。

ヤマモリはカレーだけでなく、ナンプラー(魚醬)やココナッツミルクなどの基礎調味料、ジャスミンライス(タイの香り米)のパックご飯など、タイフードの様々な製品を日本で販売している。「タイカレーのヤマモリではなくタイフードのヤマモリと呼ばれたい。それほど売れるわけではないが、そのためのラインナップです」

タイを拠点に東南アジア全域への市場拡大めざす

一般的にはタイで日本市場向けに製造されている食品は、日本で考案した日本人が好む味付けのレシピを忠実に再現することを目標にする。これに対しヤマモリは、タイの現地の味を参考にレシピを組み立てている。日本人には食べにくい人もいるかもしれないが、「10人に3人が購入することを目指すのではなく、10人に1人のコアなファンが3倍買ってくれればよい」と三林社長。

タイ料理のファンを増やそうと、名古屋市にタイレストラン「サイアムガーデン」を開業。建物は昭和初期にシャム(現在のタイ王国)の領事館として使われた洋風建築で、現在は国の登録有形文化財に指定されている。

ヤマモリはタイ政府が進める食品産業の高付加価値化を目指す「フードイノポリス」構想に賛同。バンコク郊外に建設されたタイランドサイエンスパーク(科学技術研究開発振興区)に研究開発センターを開設して、地元の食品系大学と協力しながらタイを軸にアセアン各国への食品市場拡大に向けた研究開発を行っている。

「東南アジアでは、食品加工産業先進国であるタイ製食品への信頼は厚い。タイには優れた食品素材がいくらでもあり、加工食品をどんどんつくって人口6億人のマーケットであるアセアンへ広げていきたい」。三林社長は意欲を燃やす。

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豊かな農水産物に支えられた色鮮やかなタイ料理の数々=ヤマモリ提供