「経済より人命」で迅速対応 モディ首相のコロナウイルス対策
インド・グルガオンより寄稿
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■荒木英仁(あらき・ひでひと)
長年、大手広告代理店「アサツー・ディ・ケイ」(ADK)の海外事業に従事し、2005年から9年間、同社インド法人社長。14年、ニューデリー郊外の新興都市グルガオンにて「Casa Blanka Consulting」社を設立し、日本企業のインド展開や、日本企業との提携を求めるインド企業を支援。インド最大手私銀「ICICI Bank」のアドバイザーや、JETROの「中小企業海外展開現地支援プラットフォーム」コーディネーターも務める。
4月24日現在、インド保健・家庭福祉省が発表する新型コロナウイルスの感染者数は2万2997人、死亡者は721人となった。この数値からは、今年1月30日のケララ州でのコロナ感染者第1号発見からまだ3カ月も経たないうちに感染者数は倍強になったものの、13億強の人口を抱えるインドにおいて、3月25日から施行された全都市ロックダウンと早々に着手した水際作戦がある程度の効果を発揮していると考えられる。今回のコラムは特別編として、世界2位の人口を抱えるインドの政府と国民がどの様にこの難題に対峙して来たかを考察したいと思う。昨年度より経済が相当落ち込んでいたインドではあったが、何より人命第一と考えるモディ首相のリードで政府がとったコロナ抑え込みへのアクションは迅速であったと考える。【荒木英仁】

の商店街=2020年4月1日、松井聡撮影
世界中で猛威をふるう新型コロナウイルスの抑え込みに世界各国が違ったアプローチを展開している中で、インド政府が矢継ぎ早に実施したコロナ抑え込みの政策を時系列で整理してみたいと思う。
2020年1月30日に武漢帰りの最初の感染者が発見され、翌日の日には全国の主要空港カ所及び主要港でサーモグラフィによるスクリーニングが開始された。そして1週間後の2月5日、保健・家庭福祉省は、中国から渡航する外国人に発給されているインド入国査証は無効になる旨発表した。同時に中国、香港、タイ、シンガポールからの直行便搭全乗客に対する検査実施を開始。更に2月11日、日本、韓国からの直行便搭全乗客に対し検査実施開始した。
2月26日、保健・家庭福祉省は韓国、イラン、イタリアからのインドへの渡航者の入国制限を次々と実施。2月10日以降に韓国、イラン、イタリアへの渡航歴がある人は、インド到着後に政府指定の施設に14日間にわたり停留される可能性がある旨発表した。
3月4日時点でインド国内で感染が確認されたケースは合計例となった。この日政府は、イタリア、イラン、韓国、日本の国籍者に対して3月3日以前に発給されていたあらゆるビザ(通常ビザ及びe-Visa)を無効とすると発表した。
3月5日デリー準州政府は、翌6日から日までデリー準州内の全てのプライマリースクール(日本の小学5年生までが該当)に対し、休校措置を取るよう指示を出した。日本人駐在員が多く住むハリアナ州でも同様となり、数日後には中学、高校も全て休校となった。この処置は現在も継続中で、新学期の始まる8月までは継続となる事が濃厚である。
3月12日、政府は、外交、公用、国際連合及び国際機関、就労、プロジェクト査証を除く全ての査証の効力を4月15日まで停止すると発表。3月19日には国際民間旅客航空便のインドへの着陸を3月22日から一週間停止すると発表(その後一部の臨時避難便を除き現在も継続中)、実質的な鎖国が始まった。
また同日、モディ首相が全国民にテレビ演説で呼びかけ、3月22日に「Janata Curfew」(ジャナタ外出規制)を実施すると発表。これは3月22日の午前7時から午後9時の間、インド全国民に対して自宅待機を要請する内容であった。その際に首相は「世界を襲っているコロナウイルスに関してまだ医学では明確な治療を見いだせていない。我々には決意を忍耐力が必要だ」と訴えた。
同日、デリー準州政府は3月31日まで、同準州内の全企業に対し従業員のテレワークを認めるよう、また全市民に対し外出を控えるよう勧告した。さらに31日まで、全てのレストラン内での飲食停止(デリバリー及びテイクアウトは継続)、全てのスポーツコンプレックスの閉鎖、イベント及び会議の参加人数を最大20人に制限することを指示した。
3月23日、インド主要の都市部を中心(デリー、ハリアナ州等)に州政府主導で都市閉鎖が実施され始めた。そして翌24日午後8時、モディ首相は演説で、4時間後の25日午前0時から21日間の全インドロックダウンを発表した。
この日までのインドの感染者数は56464人。奇しくも同じ日に日本ではIOCの同意のもとで東京オリンピックの延期が発表された。世界中で起きている「Lockdown」はインドでは「Curfew」(門限・外出禁止)」と表現される。モディ氏は「互いに距離を置くことが戦う唯一の方法だ」と強調。人口13億人超のインドでは、感染が拡大した場合、決定的に医療体制が不足し危機的状況に陥ると国民に訴えた。
更に首相は「感染のサイクルを断ち切るには21日間という期間が極めて重要だ。経済的な影響はあるが、人命を救うことが最優先だ」と断言した。
この発表により、4時間間後の3月25日午前0時より、全ての州堺が閉鎖となり、全ての公共交通機関は停止。食品、医療、通信以外のインド国中の企業、工場も操業停止となった。生活必需品、医薬品の買い出し、或いは緊急時を除き外出は完全に禁じられる事となった。
4月2日、電子IT省は、携帯電話の位置情報を用いて感染者との接触履歴を追跡するアプリ「Aarogya Setu」(健康への架け橋の意味)の無償配布を始めた。主な機能は(1)感染者が発見された場合、過去14日間の接触者にSMSなどで医学的な助言が届く(2)オンラインチャットや感染者との接触履歴から感染リスクを自分で確認できる――で、公用語の英語を始め11言語に対応し、アプリ利用には、携帯電話番号の登録のみが必須となっている。

アプリを開始すると、利用者の位置情報や他の利用者との接触履歴が、携帯のGPSとブルートゥースを用いて、常にモニターされる。体調が優れないときには、オンラインチャットで簡単な自己診断が可能。リスク評価が行われるとともに、自主的隔離が必要、検査を受けに行く必要があるなどの助言が受けられる。
4月6日には政府は、モディ首相を筆頭に国会議員全員の年間給与の30%をカットし新型コロナウイルス対策資金として充てる事を発表。ロックダウン最終日の4月14日朝10時にモディ首相が再び国民に対しテレビ演説を実施、インド全土のロックダウンを5月3日まで延長すると発表した。
経済の悪化を危惧する商工省や業界団体は限定的な経済活動の再開を要請していたが、モディ首相は人命最優先とし延長を決断した。首相は演説で国民のこれまでの忍耐と協力に感謝するとともに、引き続き「ソーシャルディスタンス」の確保や「ステイ・ホーム」の徹底、最前線で戦う医療関係者らに敬意を払うこと、政府が開発した感染者との接触履歴のトレースアプリ「Aarogya Setu」をダウンロードすることなど7つの協力を呼び掛けた。
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私も3月24日のモディ首相の演説はリアルタイムでテレビに食い入る様に見ていたが、演説の時間と実施のタイミング(発表の4時間後)が、2016年11月8日午後8時に突然発表されインド全土に衝撃を与えた高額紙幣使用禁止の発表と全く同じであった事は、偶然ではないであろう。
高額紙幣の時はアメリカの大統領が決まり、今回は東京オリンピックの延期が決まった。22日に実施された予行演習的な1日限りのJanata Curfewが国民に受け入れられ大成功だったので、間髪入れずに全都市ロックダウンに踏み切った。
コロナ騒ぎの前から景気が後退していたインド経済の事を重点的に考慮していたら有り得ない事であるが、国土が大きく、医療体制が貧弱で、多種多様な宗教、民族が共存し、未だ人口の7割が農村部であり人命を第一に考え、早々に中国等のコロナ発生地域からの流入を阻止し、感染経路の徹底追及、そして感染者数が600人にも満たない時点で都市閉鎖に踏み切ったモディ首相の英断は素晴らしいと思う。
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