Asia Inside:感染拡大――加速するデジタル教育(その3)

学びの自立化・個別最適化へ
凸版印刷 静岡県袋井市立浅羽北小

凸版印刷(本社・東京都千代田区、麿秀晴社長)は2019年度、静岡県袋井市とともに経済産業省「『未来の教室』実証事業」に2年連続で採択され、同市立浅羽北小でEdTech活用による「学びの自立化・個別最適化」の実証事業を実施した=写真。同社は同市立三川小で実施した2018年度の取り組みをさらに発展させ、「学習状況の可視化」と「複数の学習手法」の組み合わせにより、一斉授業では難しかった「学びの自立化・個別最適化」を実現させた。教育事業を成長分野と位置づける同社の取り組みを紹介する。【毎日アジアビジネス研究所

教育ICT進展が転機

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凸版印刷が静岡県袋井市立浅羽北小で実施したデジタル教材を使った算数の授業風景
=同社提供

「グループには教科書出版の東京書籍と学校図書(図書印刷)、児童・保育図書のフレーベル館を抱えている。本体として『教育』に携わることはグループ会社と相乗効果を発揮することができる。さらに教育ICT(情報通信技術)の進展が転機になっています」。凸版印刷の藤田昌和・教育事業推進本部事業開発1部長はこう語る。

同社は2016年に多様化する時代に合わせ、重点的に取り組む「健康・ライフサイエンス」「教育・文化交流」「都市空間・モビリティ」「エネルギー・食料資源」の4つの成長領域を設定し、それらに技術・ノウハウからなる5つの事業系を掛け合わせ、さらにグローバル、未開拓の分野に進出することで社会的価値を創造するビジョンを掲げた。

この一環で同年、教育分野の部署を統合し教育事業推進本部が発足した。同社の教育サポートシステムであるアダプティブ・ラーニング・サービス(※)「やるKey(やるキー)」は、児童がダブレット端末を活用して学校の単元に沿った学習を行うデジタル教材だ。具体的には、授業のなかでタブレット端末を活用し、児童が自分で目標を立てて教科書の内容に沿った演習問題(デジタルドリル)に取り組む。解答は自動採点され、どこを誤ったかだけではなく、その理由も特定される。その結果に基づき、児童一人ひとりに合わせた苦手克服問題が配信され、ドリルを進めると「がんばりコイン」が増えたり、「トロフィー」が表示されるなど児童のやる気が続くような楽しい工夫が組み込まれている。「やるKey(やるキー)」は2015年以降、全国30以上の自治体で導入されている。

タブレット端末で算数授業

.jpg袋井市の実証事業は、2020年度から文部科学省の進めるGIGA=Global and Innovation Gateway for All=スクール構想に沿って、児童がデジタル教科書を使って学習を進めるなかで、アダプティブ・ラーニング・サービス「やるKey(やるキー)」を活用することで習熟度を高めることが狙いだ。2019年度は同年10月から12月までの3カ月間、同市立浅羽北小の6年生約70人を対象に算数の授業(教科書は学校図書)で1人1台のタブレット端末を貸与して行われた=写真、同社提供。前年度に比べて、チャットボット(AIを活用した自動対話プログラム)・レクチャー動画機能の導入、教員用のダッシュボード(データを統合し表示する管理システム)機能の強化などソフトウエアを改善し、実証授業の効果測定をした。

それによると、対象単元の標準時数に比べて、実証授業の実施時数は77%圧縮した。児童の理解レベルをA層(上位)、B層(中上位)、C層(中下位)、D層(下位)に分けた場合、従来の授業はC層のペースに合っていたとみられ、A層・B層には進み方が遅すぎ、D層には早すぎたが、実証授業で易しい言葉で説明する映像やピンポイントでアドバイスを行うチャットボットの活用などで特にC層・D層の習熟度が向上し効果的であったという。実施時期の中盤ごろから単元テストで90点以上を取得するC層・D層の児童が続出し、この層から「単元テストで100点を取ってうれしかった」などの感想が寄せられた。

担当した同社教育事業推進本部事業開発2部の大島慧氏は「デジタル教材を使うことにより、先生のもとに児童の解答が(デジタル・データとして)届き、それぞれの理解度が一目で分かる。先生は答案の配布・回収や採点に費やす時間も省けます。その分、(授業の進捗に)つまずいた児童を支援することができる」と話す。

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プロジェクトを担当した右から藤田部長、大島氏、事業開発2部の一ノ宮美香さん

公教育でプログラム提供

実証授業の成果として、凸版印刷では(1)浅羽北小のように初めてタブレット端末を使う公立小でも実施可能(2)独習サービスによる基礎学習の時間圧縮(3)授業効率化による習熟度の向上(4)学習行動履歴データである学習ログの提示方法向上による指導改善――をあげている。今後の展望として、学習スタイル面では個別学習中心による基礎学習の効率化、学習機能面では児童の学力・パーソナリティに応じて最適な学習体験のレコメンド(推奨)を指摘している。

藤田部長は「いよいよ1人1台のタブレット端末を貸与するGIGAスクールがスタートする。教科書会社をグループに持つコンテンツホルダーとして、これまで全国の営業拠点が築いた各自治体との絆を大切にしながら、多様な子どもの集う公教育において、全員にその資質や能力に応じた成長プログラムを提供していきたい」と意気込みを語る。

(※)アダプティブ・ラーニング・サービス
個々の子どもの進ちょくに合わせ、学習内容や学習レベルを調整し提供する学習サービス。蓄積されたログ(コンピュータの利用状況やデータ通信など履歴や情報の記録)を解析することでつまずきや弱点を明確にし、子ども一人ひとりに「最適化」されたコンテンツを提供することで、効率的に学習を進めていくことができる。