4月号表紙

中国の全国人民代表大会(全人代=国会)が3月5日から15日まで開催された。経済減速や米中貿易摩擦を背景に、李克強首相は政府活動演説で「激動に向けた準備」を呼びかけ、実績を強調した従来の首相演説とは趣を異にした。「中国はなぜ軍拡を続けるのか」(新潮選書)の著者である阿南友亮・東北大学教授に全人代をもとに習近平政権と中国共産党の現状認識を語ってもらった。【毎日アジアビジネス研究所長・清宮克良】

 

等身大の姿

<今年の全人代で、李克強首相は今年の経済成長率目標を6・5%~6・0%と昨年よりもさらに低い数字にとどめ、「例がないほど国内で複雑で厳しい状況に直面している」と言及した。昨年の全人代では、憲法を改正して2期10年という国家主席の任期制限を撤廃し、習近平主席に長期政権の道を開き、権力集中の強国路線を印象づけていた=写真は政府活動報告をする李首相、中国中央人民政府ホームページから>

首相報告まず前提として、習近平政権のガバナンスは決して盤石なものではない。現在の中国共産党は、党の内外で課題が山積し、党の前途に対する不安が高まっているなかで、習近平氏を「核心」あるいは剛腕のリーダーとして担ぎ上げることでなんとか危機を乗り越えようとしているように見受けられる。習氏の国家主席としての1期目は、習氏個人に権限が集中する制度が整備され、華々しい国内・対外経済プロジェクトが打ち出され、米国と対峙するだけの風格を持ったカリスマ的リーダー像が演出されてきた。それとは対照的に、今回の全人代ではそのような演出があまり目立たず、習近平政権の「等身大の姿」がだいぶ浮き上がってきたという印象を受けている。

中国の改革・開放路線は、鄧小平氏が1978年に打ち出し、鄧氏が指名した2人の後継者、すなわち江沢民氏と胡錦濤氏が2013年までそれを継承した。13年までは、いわば、鄧小平氏が描いた青写真に沿って党内の政権交代が行われてきたのであり、13年以降は「ポスト鄧小平」時代に突入した。

「ポスト鄧小平」時代の指導者人事をめぐっては、江沢民氏を中心とする勢力が担いだ習近平氏、胡錦濤氏が後押しした李克強氏、それに汚職スキャンダルで失脚した薄熙来氏による三つ巴の権力闘争が発生した。結果として、習近平氏がトップに立ったわけだが、その間、中国のみならず全世界が泥仕合と化した権力闘争のショーを見せつけられた。

共産党が「ポスト鄧小平」時代に突入した際に激しい権力闘争が表面化したからこそ、一旦最高指導者が定まると、権力闘争への反動として権力集中が進められた。その権力集中を習近平政権の安定化ととらえる意見が多いが、意思決定の硬直化を招きかねない権力の個人への集中は、政権の不安と余裕のなさを表していると解釈することも可能だ。

改革・開放路線は、毛沢東時代の個人独裁がもたらした惨禍への反省からもともと集団指導体制を基本とし、国家主席、党総書記、国務院総理、中央軍事委員会主席を別の人間が担当していた。しかし、80年代には党内で保守派と改革派の対立が深刻化し、党が社会から民主化要求をつきつけられ、天安門事件で党内の団結と党・社会関係が大きく乱れた。

そこで、鄧小平氏は、江沢民氏に国家主席、党総書記、中央軍事委員会主席の3ポストを兼任させ、権力と権威が1人に集中する制度を新たに整備し、党内の意思決定をめぐる混乱を抑えようとした。また、鄧小平氏は江沢民氏の後継者を胡錦濤氏と定めていたので、これが江沢民氏を中心とする派閥の拡大へのブレーキとなり、政権交代も比較的スムーズにおこなわれた。党内人事への任期制や定年制の導入に象徴される権力行使の制度化の試みは、中国内外で共産党政権のガバナンスへの信頼拡大につながった。

ところが、「ポスト鄧小平」時代の最初の指導者となった習近平氏は、上記の3つのポストを兼任したのみならず、早々に国家主席の任期を撤廃し、権力行使にかかっていたキャップを外し始めた。これは、前述の通り、彼が国家主席になるまでのプロセスにおける権力闘争に対するリアクションという側面を持っている。

国家主席の任期撤廃は、習氏の後継者候補が定まらない状態を長期化させ、習氏自身のレームダック化を遅らせると同時に、習氏を中心とする派閥に対抗できる次世代の派閥の浮上を難しくさせる。これは、習政権の安定化と解釈することもできるが、共産党の先行きの不透明性を高め、後継者の地位をめぐる水面下の権力闘争の激化や習近平派による恣意的権力行使といった弊害を招きかねないものであることは留意する必要がある。

また、権力の集中は、政策の責任の所在が明確化することを意味し、経済の失速や米国との対立といった問題は、いずれも習近平氏の手腕に対する評価や彼の権威と直結するため、諸刃の剣となる。今回の全人代では、その現実に気付いた共産党政権の姿を見いだすことができた。

米国「協調から競争へ」

<今回の全人代は米中貿易摩擦の影響が見え隠れしていた。李克強首相は先端技術で米国など先進国に追いつく重要政策「中国製造2025」に触れなかった。全人代の最終日に、外国企業に知的所有権の移転を強要することを禁ずる外商投資法を可決した=写真下はトランプ米大統領と会談する劉鶴副首相、中国中央人民政府ホームページから>

トランプと会談2008年のリーマンショックをきっかけに米国を中心とするグローバル経済秩序に一時的なほころびが生じると、中国では既存の国際秩序に合わせて中国の政治・経済体制を変えていくという70年代以来の改革・開放路線の基本的スタンスが見直され、「既存の秩序の方が中国の現実に合わせて変わるべきだ」という主張が台頭した。それに押される形で、習政権下では、中国企業のみならず外国企業への統制を強めようとする動きが出現すると同時に、南シナ海問題に象徴される強硬外交が展開されるようになった。

改革・開放政策は、資本主義諸国との良好な関係が大前提にあったが、既存の秩序やルールを遵守する姿勢が後退した中国では、他国との経済的相互依存関係や人的交流を逆手にとった経済制裁の発動、外交案件を抱える相手国の国民の意図的拘束、そして中国人民解放軍を用いた露骨な恫喝が繰り返されるようになった。

そうした事態に直面したオバマ政権は、「アジア・ピボット」戦略を打ち出しながらも、基本的には習近平政権との対話による信頼醸成を通じた問題解決を模索した。しかし、周知の通り、緊張緩和には至らなかった。米国の政府と議会には、もともと多様な対中認識が存在していたが、オバマ政権が対中関係の安定化を果たせず、中国が米国に挑戦するようなスタンスを強めたことが、政策決定レベルでの対中警戒感を高めた。これにより、米国議会ならびに政府内で中国の暴走に歯止めをかけなければいけないという点に関して、かなり広範な合意が形成されたようだ。

現在の米国による対中経済制裁は、ともすればトランプ大統領の個人的なスタンドプレイと見られがちであるが、2017年度末に発表された国家安全保障戦略で示された米中関係に関する新たな認識、すなわち米中協調の時代は終わり、競争の時代が始まったという認識に立脚したものだ。中国が既存の国際秩序とルールを尊重するという従来のスタンスを変えるのなら、米国も中国に対するスタンスを見直す。米国の対中制裁は、そのようなメッセージを含んでいる。

今回の全人代は、そのメッセージを習近平政権がどう受け止めるのかを判断する場となった。外商法の成立は、中国に進出した外国企業に技術移転を強制しようとしていた習近平政権が一応警告を受け入れ、表面上は既存のグローバル経済ルールを一定程度遵守する姿勢を示したものと解釈できる。

米国が経済制裁緩和の条件としているのは、中国の「構造改革」である。一方、カリスマ的指導者としての地位を固めようとしている習近平氏にとって、米国に言われるままに「構造改革」をやることは、彼自身の権威を大きく損ねる可能性がある。権威を保ちつつ、中国経済にとって致命傷になりかねない米国の追加制裁をかわすための苦肉の策が、外商法であったと考えられる。

 揺らぐ後ろ盾

2017年に刊行された拙著で、中国経済が失速すれば、軍事面で米国に追いつくのは難しくなると指摘したが、実際にそのような展開になってきた。これまでの共産党のガバナンスは、端的にいえば、富をばらまいて支持母体を拡大しつつ、軍事力で民間社会から噴出する不満を抑え込むというものであった。経済成長が失速すれば、民間社会に回せる富が頭打ちになるだけでなく、党の用心棒である軍への手当ても先細りになる。

中国では最近多数の退役軍人が退役後の社会保障の中身に対する不満を募らせ、SNSで情報を拡散して大規模なデモを開催し、義勇軍行進曲を歌いながら、黒服の治安部隊と衝突するという光景がみられるようになった。そうした光景が現役軍人の退役後の人生に対する不安を煽るようなことになれば、解放軍の共産党に対する忠誠も揺らぎかねない。

多国間で足並みそろえ中国と向き合うべき

<昨年5月に中国の李克強首相が来日した際、安倍晋三首相は歓迎レセプションで「競争から協調へ。この日をもって協調の時代へ入った」と述べた。日本の対中政策はどうあるべきなのか=写真は「日中知事省長フォーラム」を前に記念撮影に臨む安倍首相(右手前)と李首相(左手前)、札幌市で2018年5月11日、貝塚太一撮影> 

u“ú’†’mŽ–È’·ƒtƒH[ƒ‰ƒ€v‚ð‘O‚É‹L”OŽB‰e‚É—Õ‚ÞˆÀ”{WŽOŽñ‘Ši‰EŽè‘Oj‚Æ’†‘‚Ì—›Ž‹­Žñ‘Ši¶Žè‘Oj米国は、2017年末以降「協調から競争へ」という対中認識に基づいて、安全保障面で高まりつつある中国への懸念に対して本腰を入れて対応するようになった。そうしたなかで、日本の現政権が「競争から協調へ」という対中認識を掲げ、米国の対中政策との差異を鮮明にしていることには違和感を覚える。

日本の経済界もこれまで中国側のルール違反には相当悩まされてきたと思うが、ようやく米国、カナダ、オーストラリア、それからEU主要国などが足並みを揃えつつ中国に対してルール遵守を強い姿勢で求めるようになったこのタイミングで、日本政府がその流れとは距離を置く形で日中接近を演出すれば、中国に対するルール遵守を求める国際的包囲網に抜け穴が生じることになりかねない。だからこそ、中国政府は、日本に対する長年の強硬姿勢を一変させて急にラブコールを発するようになったと考えるべきだ。

安倍晋三首相は、2006年に当時の胡錦濤政権と戦略的互恵関係の構築に合意し、小泉政権時代に悪化した中国との関係を改善させることに成功したが、どうも現在もその成功体験に基づいて米中の間で上手くバランスを取れると判断しているように思われる。しかし、当時と今とでは状況がたいぶ異なる。中国のガバナンスの在り方は大きく変り、米国の対中政策も「関与」から「競争」へとシフトした。また、日米同盟に対する中国の軍事的リスクも大幅に増大した。

日本はこれまで「通商立国」を掲げ、経済優先路線でうまくやってきたが、同盟国の米国が中国に対する安全保障面や人権面での危機感を強めている局面において、安全保障や人権の問題に対して経済的ニーズを優先させる形で中国とつき合うのは難しくなりつつある。トランプ政権の要求に日本が全て応じる必要はないが、中国に関してはある程度認識と足並みを揃えて対応することが肝要であると考える。

阿南友亮(あなみ・ゆうすけ) 東北大学大学院法学研究科教授

阿南P1972年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、同大学院法学研究科博士課程単位取得退学。博士(法学)。大学院在籍中に北京大学国際関係学院に留学。東京成徳大学講師、東北大学准教授を経て、2014年より現職。2014年~15年ハーバード・イェンチン研究所客員研究員。17年、東北大学公共政策大学院院長に就任。

著書「中国はなぜ軍拡を続けるのか」(新潮選書)は毎日新聞社と一般社団法人「アジア調査会」が主催する第30回アジア・太平洋賞特別賞、第40回サントリー学芸賞(政治・経済部門)を受賞した。ほかに「中国革命と軍隊―近代広東における党・軍・社会の関係」(慶應義塾大学出版会)など。