リーガルコーナー第31回 虎門中央法律事務所弁護士・望月 崇司

tora

海外進出時のリスクマネジメント2 ~技術流出・情報漏えい~海外進出時のリスクマネジメント~

望月崇司――虎門中央法律事務所弁護士
2002年上智大法学部卒、08年慶応義塾大法科大学院修了。09年虎門中央法律事務所入所。16年5月米ジョージタウン大学Law Center(LL.M.in International Business and Economic Law)修了。17年7月米国ニューヨーク州弁護士登録。同年9月虎門中央法律事務所復帰。訴訟などの紛争処理案件に多く関与し、特に、被告、債務者が海外に居住するケースなどの国際訴訟に精力的に取り組んできた。法分野としては知的財産権(主に著作権法)に関する紛争・相談等を多く扱ってきた。16年9月から17年7月まで、アメリカに所在する日系資本のメーカーに企業内弁護士として勤務。同社において、契約書チェック・管理、訴訟対応・管理、コンプライアンスなど企業内弁護士として幅広い業務に関与した経験を活かし、現在、グローバルなリーガルアドバイスを提供している。

第2回 技術流出・情報漏えい

【質問】

当社(A社)は、X国で現地法人のB社と業務委託契約を締結し、B社に当社の製品の製造を委託することを計画しています。その際、当社の製品に必要な技術(秘密情報)をB社に開示する必要がありますので、秘密保持契約を締結し、しっかりと技術流出を防止したいと考えています。秘密保持契約の締結やその後の管理にあたって当社が注意すべき点はありますでしょうか。

【概要】

A社は現地パートナーであるB社に対して秘密情報を開示するにあたり、秘密保持契約の締結を検討しています。秘密保持契約の締結は「海外リスクマネジメントマニュアル」の「4 技術流出・情報漏えい」における重要な対策のひとつであり、海外進出にあたり現地パートナーとこれを締結することは必須といえます(秘密保持契約の重要性については2018年9月号「現地パートナーと秘密保持契約(NDA)を締結することの重要性」をご参照ください。)。

もっとも、秘密保持契約を締結したとしても、秘密保持契約の内容やその後の情報管理状況次第では望む解決をすることが困難となってしまうケースがあります。

【法的な視点】

①秘密保持契約において定めておくべき内容

せっかく秘密保持契約等を締結してもその内容次第では実行的な防御を図ることができなくなってしまう場合の例として、ここでは差止条項と裁判管轄についてとりあげます。

(1) 差止条項について

仮に秘密情報が漏えいされてしまった場合、A社としては、まず、直ちにその利用を中止させることを望むでしょう。しかしながら、秘密保持契約違反があった場合に損害賠償請求に加えて、さらに差止請求をすることまで認められるかは一次的には各国の法律によることになり、必ずこれが認められるとは限りません。
例えばシンガポールなどの英米法の国では、損害賠償のみでは十分な救済が図れない場合等でなければ差止請求することができないこととされています。

そこで、違反があった場合に差止請求が認められるように、秘密保持契約において、秘密情報が当事者にとって重要であり、違反により開示者が損害賠償では回復不能な損害を被るため、差止請求することができる旨を明示的に定めておくべきです。

(2) 合意管轄条項について

一般的に紛争解決条項は紛争時を見据えて検討・選択する必要がありますが(詳細は2020年9月号「紛争解決条項と準拠法条項について」をご参照ください。)、これは秘密保持契約においても同様です。例えばX国が中国の場合、秘密保持契約における合意裁判管轄を東京地方裁判所と定めてしまうと、仮に勝訴し損害賠償請求や差止請求が認容されたとしても、中国においてかかる判決に基づく強制執行をすることはできませんので、B社が判決に任意に従わない限り、A社としては違反行為を差し止めることも、損害賠償により金銭を回収することもできません。したがって、A社としては、紛争解決条項を中国の裁判所とするか、仲裁と定めておくことが考えられます。

②秘密保持契約締結後の情報管理について

上記のように、差止条項や適切な紛争解決条項を定めた秘密保持契約を締結しておけば足りるかというとそうではありません。秘密保持契約を締結した後の情報管理も重要になります。

A社がB社を訴える場合、A社はB社が秘密保持契約に違反したことを立証しなければなりませんが、これは必ずしも容易ではありません。A社としては、いつ、誰が、誰に対して、どのような目的で、どのような秘密情報を、どのような方法で開示したのかということを、違反の事実の前提として特定・立証しなければならないためです。メールの履歴などでこれを特定・立証することも可能ですが、直接対面で説明し、資料を開示することもあり得ます。このような場合にそもそも秘密保持契約により保護されるのかは、秘密情報の定義の仕方にもよります。「当事者間で開示されたあらゆる情報」と広く定義するか、「開示書面内に開示者が”Confidential”(秘密)であると明示している情報」と特定して定義する場合が多いですが、さらに後者の場合の応用として「口頭で開示された情報については、開示の時点で秘密である旨特定され、開示後一定期間以内に、その概要を記載した書面を”Confidential”(秘密)と明示した上で受領者に交付した情報」なども併せて「秘密情報」と定義するケースもあり、その定義に即した管理をしておくことが必要になります。したがって、かかる観点から必要な情報を全て記録しておかなければ、後々立証しなければならない場面で難しい局面に立たされてしまうことになりかねません。

③そもそも技術流出・情報漏えいの発生を防止することが一番

以上のように、秘密保持契約を締結したとしても一度侵害された秘密情報について訴訟で回復を求めることは大変に骨の折れる作業となります。したがって、そもそも技術流出・情報漏えいが発生しないよう対策することも肝要となります。

まず、海外進出にあたっての現地パートナーとして信頼できる相手を見つけることが第一です。候補企業との面談、取引先へのヒアリングなど、可能な限り多くの情報を確認し、信頼できるパートナーかを判断することが重要です。加えて、そのようにして選定した現地パートナーと日ごろから密なコミュニケーションをとることが重要な点は、先月号(2020年10月号「現地パートナー・提携先とのトラブル」)でも説明したとおりです。

また、情報管理を実際に行うのはこれを扱う従業員であることから、従業員が従うべき情報管理体制(情報管理に関する基本指針や規程の整備、情報管理責任者の選定とその権限の明確化、モニタリングの実施など)を整備したうえで、従業員を教育する必要があります。例えば、前述のとおり、秘密情報を開示する際に記録をとることや、そもそも必要以上に情報を開示しないことなどもルール化しておき、これを従業員に教育し、徹底させることで、現実問題として技術流出・情報漏えいを可及的に防止することができます。

④まとめ

情報管理というと秘密保持契約を締結することだけが取り上げられがちですが、上記のとおり、秘密保持契約の内容や日ごろの情報管理と併せることによってはじめて実現できるものといえます。海外進出にあたっては、かかる視点から技術流出・情報漏えい防止策を検討いただくことが肝要といえます。