ジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)候補――バイデン政権の対中政策は

毎日新聞論説委員・及川正也

おいかわ・まさや

1988年毎日新聞社に入社。水戸支局を経て、92年政治部。激動の日本政界を20年余り追い続けた。2005年からワシントン特派員として米政界や外交を取材。13年北米総局長。16年4月から論説委員

米大統領選で当選を確実にした民主党のバイデン前副大統領が、次期政権の安全保障分野の骨格人事を発表した。ホワイトハウスの外交・安全保障政策の中心となる国家安全保障問題担当補佐官に、バイデン氏の懐刀で弱冠44歳のジェイク・サリバン元副大統領補佐官を起用する。国務長官にはトニー・ブリンケン元国務副長官(58)が起用され、両氏が「バイデン外交」をけん引する。

■外交はサリバン、ブリンケン両氏が2本柱

ジェイク・サリバンン元副大統領補佐官=世界経済フォーラムの公式ページから

ブリンケン氏が2015年に国務副長官に就任する際、当時のオバマ大統領から「最も重要なのはアジアだ」と言われたことは、前回の当欄で紹介した。オバマ前政権の「アジア回帰」(リバランス政策)は、中東や欧州での政治的資源をアジアに再分配する考え方だった。その路線は継承されるが、一方で、トランプ大統領が毀損した欧州との関係修復も重要になる。サリバン氏はそのキーパーソンになるだろう。

バイデン氏は当選を確実にした後、慣例に従い、まず隣国カナダのトルドー首相と電話会談。その後の11月10日に最初に電話したのが、ジョンソン英首相、メルケル独首相、マクロン仏大統領の欧州同盟国の首脳だった(アイルランドのマーティン首相にも電話したが、これはジョンソン氏が欧州連合=EU=離脱交渉をめぐり、北アイルランド和平を修正する構えを見せたため、その重要性を再確認するためだった)。

トランプ氏は、貿易問題と防衛費の負担をめぐり、EUと対立し、同盟諸国を「敵」とまで呼んだ。欧州首脳との電話会談を最優先にしたのは、バイデン氏が欧州との関係修復を重視している表れといえるだろう。トランプ氏が欧州と対立したのは、貿易問題だけではない。電話相手だった英独仏が米国とともに主導した2015年のイラン核合意からトランプ氏が一方的に離脱したことでも溝を広げた。

そのイラン核合意の当事者だったのが、サリバン氏だ。もともとはヒラリー・クリントン元国務長官の側近として外交政策に携わり、2009年の国務長官就任と同時にクリントン氏の次席補佐官に起用され、2011年2月から2013年2月まで国務省中枢ポストの政策企画室長を務めた。その後、ブリンケン氏の後任として当時のバイデン副大統領の国家安全保障問題担当の補佐官に抜擢された。

サリバン氏が注目されたのは、当時、水面下で進められたイラン核交渉の実務を担当したことだった。AP通信によると、サリバン氏はウィリアム・バーンズ国務副長官の下で2013年を通じ、ホワイトハウスを代表する形でイランの当局者とオマーンで極秘に会談を重ねたという。その結果、同年11月のジュネーブでの暫定合意にこぎつけ、その後の本交渉で正式な交渉団の一員に加わった。

国務省時代はクリントン国務長官に同行して世界112カ国を訪問し、外交の現場を踏んできた。欧州や中東問題だけでなく、クリントン氏が遂行した「アジア回帰」路線も熟知している。とりわけ、国家安全保障アドバイザーとしてバイデン氏を補佐してからは、バイデン氏が習近平国家主席と親交があったことから、中国問題にも深く関わっている。

トランプ政権に比べて、バイデン氏は外交の専門家で脇を固めているのは確かだろう。国家安全保障問題担当補佐官は、外交・安全保障政策の総合調整の場となるホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)の事務局長を兼ねる。外交の経験がないトランプ氏はフリン氏やマクマスター氏ら退役軍人、外交的タカ派のボルトン元国連大使らを次々と起用しては更迭し、政権の外交は安定感を欠いてきた。

国務長官は、財界出身のティラーソン氏から、下院議員を経て中央情報局(CIA)長官に就任していたポンペオ氏に交代し、米朝首脳会談の実現、反イラン・反中国外交を推進してきた。だが、具体的な成果を出したわけではない。対中強硬政策には評価が高いが、新型コロナウイルス対策での失敗の責任をすべて中国に押し付けようとし、世界保健機関(WHO)からも離脱したことが国際的評価を下げた。

■対中政策は後回し?

ただし、「外交のプロ」そろいのバイデン氏の外交布陣とはいえ、懸念も浮上している。米メディアなどによれば、バイデン・グループは、ワシントンきっての外交のノウハウと中東の専門知識を持つ人材を集めたが、中国での経験は限られている、という。「中国がソ連以来の難題になっている今、問題を提示している」との指摘も出ており、とくに、バイデン次期政権が対中融和策に走ることを警戒している。

米政界では、バイデン次期政権は同盟関係を再構築し、イラン核合意を再建することに優先度があり、中国問題を後回しにするおそれがあるとの指摘がある。オバマ政権では、中国のサイバー攻撃を問題にする一方、南シナ海への軍事進出には当初、強硬な手段を打とうとしなかった。バイデン氏が対中政策のプライオリティーを下げれば、「米国の東アジアからの撤退」というイメージに映りかねない。こうした懸念が首をもたげるのは、中国の付瑩元副外相による米紙ニューヨーク・タイムズへの寄稿が論議を呼んだためだ。「Cooperative Competition Is Possible Between China and the U.S.」(「米中間の協調的競争は可能だ」)のタイトルで11月下旬に掲載された論文は、新たな米中関係の可能性を「coopetition」( cooperation=協調、協力と、competition=競争の造語)と規定している。

それによると、「両国の関係を新たにするには、互いの意図を正しく評価しなければならない。中国は世界における米国の支配に取って代わろうとは思わないし、中国は米国が中国のシステムを変えるのではないかと心配する必要もない」と述べ、「両国は対処すべき重大な国内問題を抱えており、例え米中間の競争が避けられなくても、協調してうまく管理する必要がある」と指摘している。

しかし、対中国強硬派でこうした「融和論」を信用する議員はいない。むしろ、これは中国の「ワナ」であり、これに応じて「融和的対応」をとれば、中国の台頭に歯止めがきかなくなるだけだ、という警戒論がある。バイデン氏が大統領選中、「中国は競争相手ではない」といったメッセージを発信してきたことには足元の民主党内にも不安視する声があり、「対中妥協」の憶測が出ているというわけだ。

■中国が狙う「2つの道」

バイデン次期政権の対中政策を占ううえで参考になるのが、今年5月に米外交専門メディア「フォーリン・ポリシー」に掲載された論文「CHINA HAS TWO PATHS TO GLOBAL DOMINATIO」( 「中国の世界覇権に至る2つの道」)だ。米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際研究大学院(SAIS)教授で若手歴史家のハル・ブランズ氏との共著だ。保守系アメリカンエンタープライズ研究所の常勤スカラーでもある。

前回紹介したブリンケン氏と同様、超党派で対中分析を行っている点が興味深い。中国政策はいまやワシントンでは超党派で取り組める数少ない外交政策といえるだろう。サリバン氏は名門イエール大学で国際政治学を専攻し、英オックスフォード大学で学んだ後、イエール大学法科大学院で法学博士号を取得した。37歳の新進気鋭のブランズ氏とは、ともにイエールで学んだという共通点がある。

この2人が指摘する「2つの道」は、①中国の東側の西太平洋で米国と同盟国を駆逐し、それをテコに世界覇権を目指す、②米国と争う東側での支配権をあきらめ、西側に進出してグローバルリーダーシップを掌握する――というシナリオだ。すでにこの2つのルートは習近平主席の就任以来、明らかにされてきた戦略であり、これらを組み合わせながら、同時に実行しているとも映る。

日本を含む西太平洋支配への野望に関する分析で興味深いのは、19世紀の米国になぞらえていることだ。スペインなど欧州各国のライバルをカリブ海から駆逐し、米国の安全保障を確立した時期のことだ。当時は外交的な孤立政策である「モンロー主義」をとりつつ、将来的には世界進出の土台となった。中国は、「米国がかつて来た道」をたどろうとしている、と指摘する。確かに、中国の防空網の強化、潜水艦の改良、対艦ミサイルの大量配備などは、米軍を近づけない「接近阻止・領域拒否」(A2AD)戦略を実践している。また、習主席が米国に提唱した「新たな2大国関係」の骨格には、「アジアの中のアジア」(旧日本軍の「大東亜共栄圏」と比較する論評もある)という理念があり、太平洋を米中で二分割する構想が先々にある。

だが、19世紀の米国の状況と違うのは、強固な同盟ネットワークがあることだ。東南アジア諸国の中には中国に傾斜しつつある国もあるが、日本やオーストラリアなど中国に対抗する国もある。サリバン氏は「中国の置かれた状況は、かつての米国よりももっと難しい状況にあり、地域的ヘゲモニーは獲得できないだろう」と指摘している。

それでは、東ではなく西に進出する道をたどるだろうか。この場合の目標を実現する装置が、大規模な経済圏「一帯一路」だ。ユーラシア大陸の東から始まり欧州を飲み込む陸路、東シナ海や南シナ海から船出し、インド洋をわたってアフリカにつながる海路。これを制覇するために、大規模なインフラ整備、新たな国際的な経済ルール、テクノロジーの基準創設、政治制度の利用によって「中国化」を拡大する戦略だ。

この場合も弱点がある。米国にはあって中国にはない「同盟の赤字」を埋めるためには、米国の同盟網を寸断し、分裂させ、米国主導のヘゲモニーを弱体化させるしかない。しかし、いわゆる「シャープ・パワー」と称される中国の権威主義に基づく進出や強制的な途上国支援では、米国の同盟網やリベラルな国際秩序に替わる「グローバルな公共財を提供できない」と指摘する。

■同盟強化の先は?

新型コロナウイルス拡散での初期段階での隠蔽は世界から無責任だと指摘され、欧州は中国を「システミックなライバル」と位置付け、対抗勢力は西側にも多く存在している。今後、中国は成長の鈍化、高齢化の進展などで戦略的な選択を迫られる。軍事に投資する東側の道か、インフラに投資する西側の道かだ。その両方の道が成功するよりも、両方とも失敗する可能性もある。

米国の評価としては、「中国がインド太平洋地域で軍事的に米国を上回らない限り、中国は世界的に米国に匹敵するような事態にはならない」と分析。一方で、米国は同盟ネットワークを守り、5Gをはじめ中国に替わる技術革新を提供する重要性も列挙し、「米国が外交から遠ざかり、グローバルネットワークを弱め、国際機関から撤退することは、米軍のプレゼンス強化を怠るのと同じくらい危険だ」と指摘した。

同盟を再構築し、グローバルな民主国家連合を形成し、権威主義的で強制的な中国主導のルール作りに対抗し、それを排除する――。バイデン次期政権が掲げる基本目標は心強くみえる。その実現のためにどういう具体的な行動をとるのか。同じ民主国家といってもさまざまだ。中国的な権威的ピラミッドを世界で構築するのと同じくらい、多様で複雑な民主国家を統合するものまた、難しい課題だ。