Asia Inside:日本とミャンマー、双方向の重要性

日本とミャンマー、双方向の重要性――第2次スーチー政権の課題と日本の貢献

前駐ミャンマー大使、樋口建史

■樋口建史(ひぐち・たてし)

愛媛県出身。1978年警察庁入庁。和歌山県警察本部長、警察庁刑事局刑事企画課長、北海道警察本部長、警視庁警務部長、警察庁生活安全局長などを経て第89代警視総監。2014年4月から2018年3月まで駐ミャンマー大使。

ミャンマーで11月、5年に一度の総選挙が実施され、アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)が事前の予想を上回る議席を獲得し圧勝した。来年4月に始動する第2次スーチー政権が早速取り組まなければならない政治、経済分野の課題と、我が国がスーチー政権による国造りを支えていく理由などについて、一昨年まで駐ミャンマー大使を務めた元警視総監の樋口建史氏に寄稿をお願いした。【毎日アジアビジネス研究所

注)通常、国内メディアなどでは「ロヒンギャ」と表記されますが、樋口前大使の表記に従い、より現地の発音に近い「ロヒンジャ」とします。

軍事政権から民主政権へ移行9年
2度目の総選挙でも圧勝

アウンサンスーチー氏=根岸基弘撮影

ミャンマーでは、去る11月8日に総選挙が行われ、アウン・サン・スー・チー氏(75)率いるNLD(国民民主連盟)が圧勝し、単独で政権を維持するに十分な議席を確保した。

2015年の前回選挙の際は、私自身現場でモニターしたが、国内外の選挙監視団が見守る中、立派な選挙が実施され国際的にも高く評価された。今回は、COVID―19感染拡大を受けて多くが派遣を見送ったが、日本はミャンマーから乞われて監視団を派遣し、自由で公正な選挙が行われたことを確認している。投票率7割に達しており、コロナ禍の下で平穏裡に総選挙を運営できたこと自体、民主化に対する強い決意とその浸透状況を示す大きな成果である。

結果は、NLDが前回の390を上回る396議席(公選議席の83%、全議席の59・6%。全議席の25%は憲法上、国軍司令官の指命する軍人議員)を獲得した。

菅義偉総理と茂木敏充外相は、各国に先駆けてアウン・サン・スー・チー国家最高顧問に対し、総選挙の成功とNLDの勝利に祝意を表し、引き続き官民挙げてミャンマーの更なる民主化と経済改革を全面的に支援することを約した。第2次スーチー政権のスタートは、来年4月からの見通しである。

日本とミャンマー
双方にとって重要な国

地図を見れば一目瞭然、ミャンマーは正に東南アジアの西端にあり、中国やインドと隣接し、地政学上絶妙の位置にある。東南アジア諸国連合(ASEAN)の一員であり、天然資源にも恵まれた人口5400万の親日国だ。アジア最後のフロンティアとも称されるミャンマーは、我が国にとって、経済面でも安全保障面でも大切な国であることは間違いない。日本外交が掲げる〝自由で開かれたインド太平洋戦略〟の一翼を担う観点からも重要である。因みに、中国にとってもミャンマーは、中国本土からマラッカ海峡を通らないでベンガル湾に抜ける道のりにあり、戦略的に重要な国である。

日本としては、新たな国造りに取り組むミャンマーが、真の民主政権たるNLD政権の下で、経済改革を成し遂げ政治的にも安定した民主国家として発展できるよう支援することが国益に叶う。ミャンマー政府も国民も、良質の日本の支援に期待し、ウィン・ウィンを大切にする日本企業の進出を望んでいる。

現に、日本は最大の支援国であり、日本の存在感は非常に大きく好感度も高い。

因みに、日本の政府開発援助(ODA)の総額は年間約1兆円だが、ミャンマーへは毎年1千億円を超える円借款を供与し、百数十億円規模の無償資金協力を実施している。これは、日本がODAを提供している181の国と地域の中で、間違いなくトップレベルである。支援目的の一つは日本企業の
投資進出の環境整備であるが、これまで期待ほどには進捗していない。もどかしさはあるが、NLD政権が、経済の自由化と投資拡大のための環境整備を進め、外国投資を呼び込んで経済発展を目指す方針であることに疑問の余地はない。

ここ数年、ロヒンジャ問題に係る国際社会の厳しい非難の影響やコロナ禍の影響もあり、足元の経済状況は必ずしも順調とは言えないが、前に進んでいることは確かである。今後に期待できる国であることは間違いない。

第2次スーチー政権が取り組むべき課題と
日本の貢献のあり方

■政治分野ではロヒンジャ、対中、国軍

今後のスーチー政権が取り組むべき政治分野における課題を幾つか挙げるとすれば、「ロヒンジャ問題」▽「対中関係」▽「国軍との関係」の3点が考えられる。

「ロヒンジャ問題」については、事案が勃発して3年余になるが、国際社会は、ミャンマーの治安部隊による組織的で計画的な人道犯罪が行われたとして、また、その後の避難民の帰還が進んでいないことに対して非難を強めており、収まる気配がない。根深い問題であり解決することは至難だが、事態の悪化を防ぐことは可能である。日本政府は、「非難に終始するのではなく、ミャンマー自身による問題解決への取組みを辛抱強くサポートすべき。ミャンマー政府と国軍は、自ら調査を尽くし説明責任を果たすべき」と国際社会に訴え理解を呼び掛けている。

ミャンマーの政府も国民も、こうした日本の対応を高く評価しており、中国によるミャンマー擁護も有り難くなくはないが、やはり国際的に信用のある日本に発信してもらいたいと日本に期待している。

「対中関係」については、NLD政権が中国寄りではないかとの見方があるが正確ではない。中国とは2000キロの国境を共有し、国境地域には中国の影響下にある少数民族武装組織が活動しており、貿易や投資上の依存関係も大きく、ミャンマーにとって非常に気を遣う隣国である。スーチー氏は、複雑な状況の中で、中国のメンツを立てつつ過度な依存や影響力の拡大を避けるための慎重な舵取りをしている。中国の支援に関しても、NLD政権は対外債務が膨らまないよう用心しており、高金利の中国の支援には、強い警戒感を有している。スーチー氏は、間違いなく日本を信頼し日本に期待している。

一方、中国は今、世界がCOVID―19感染症対策で手一杯の状況にある中、マスク外交、ワクチン外交を前面に出して、東南アジアにおける影響力拡大の動きを強めている。日本としては、NLD政権が政治的にも経済的にも安定を保ち、中国に過度に依存する必要のない環境を作ることが重要である。中国に頼らざるを得ない状況に追い込んでは拙いという意味では、ロヒンジャ問題への対応も同じ構図である。

憲法の規定で選挙を経ずに軍部推薦で選出される、国会定数の25%を占める軍人議員=西尾英之撮影

「国軍との関係」については、国内の安定を保つ上で大事なポイントだが、スーチー氏は、国軍と対立関係にならないよう配慮しながら政権を運営している。国軍も協力姿勢を守っており、極めて良好とまではいえないが関係は安定している。この点に関しても、日本として、交流事業等を通じた側面からの支援が可能であり、引き続き重要である。

ヤンゴン再開発から国全体の発展へ
企業と連携してインフラ整備を全面支援

経済分野については、まず「足元の経済状況」を概観した上で、何が「中長期的な課題」で、それに対する「日本の支援方針」がどうなるのかを述べたい。

「足元の経済状況」は、コロナ影響を別にすれば、NLD政権発足以降4年8カ月、経済成長率、物価上昇率ともに6~7%で推移しており高水準の成長を維持している。COVIDー19の影響がどの程度長引くか予測が難しいが、いずれの国際機関も、収束後には高い成長のトレンドに回帰すると見ている。

ところで、ミャンマー政府は、コロナ影響の拡大を受けて包括的な経済対策を企画し、IMF、ADBや日本の支援を取り付け、大規模な財政出動により経済を下支えする方針を打ち出している。かつてない規模の今般の財政出動(9月末で1兆9000億ミャンマーチャット=約1500億円、GDP比1・7%)は、国際機関や日本の支援がなければ成り立たなかったと思われるが、素早く国際機関等の支援を取り付けることができたのは、これまでのNLD政権の民主化の取組みや経済改革の努力が国際社会からそれなりに評価されていることの証でもある。

とはいえ、根本的な問題はチャット安と貿易赤字である。その解消のためには、「中長期的な課題」としてしっかりした産業基盤を構築する必要があり、そのためには、ソフト・ハード両面のインフラ整備を加速し、本格的な外国投資を呼び込むことが不可欠である。

日本は、これまでもインフラ整備を全面的に支援してきている。「日本の支援方針」については、第1次NLD政権との間で共有されており、第2次政権でも継承されるものと承知している。核心部分は「ヤンゴンの都市開発」、「運輸インフラの拡張整備」、「電力インフラの増強」の3本柱であるが、まずは最大都市ヤンゴンを抜本的に再開発し大きく発展させ、それを国全体の発展に繋げていくということではないか。関連プロジェクトを実施していくには、日本企業との連携が欠かせず、同時にこれらは、日本企業の投資促進に繋がるものでもある。