海外進出時のリスクマネジメント① ~現地パートナー・提携先とのトラブル~

1998年 東京大学教育学部卒業
2000年 虎門中央法律事務所入所
2003~2009年 日系及び外資系の大手金融機関等が共同設立した事業再生系プライベート・エクイティ・ファンドに出向
2008年 虎門中央法律事務所パートナー就任
2011年 London Business School (Sloan) 留学
2012年 虎門中央法律事務所に復帰
現在は、主に上場企業等による国内・国外の事業買収等にリーガル・アドバイザーとして関与するほか、非上場・中小企業の取引に関する、各種契約書作成・取引交渉の代理人等として、法的支援を積極的に行っている。
コロナ禍は長期化し、社会はコロナウイルスとの共存を常態としていかに再構築を図るかというフェーズに入りつつあるように見受けられます。企業の皆様においても、コロナで一時中断していた海外進出を再び考えたり、あるいはすぐに進出できなくてもいつでも進出できるよう準備をしておく、あるいはすでに進出済みで様々な困難や経験に直面している会社など、多々あるはずです。
こうした状況を踏まえ、これから全9回(予定)にわたり、主に海外展開を考える中小企業を念頭に、海外事業展開のリスク及びその対処法につき、主に法的側面から概観し、解説をしていきたいと思います。なお、海外進出における各種リスクについては、独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)が、「海外リスクマネジメントマニュアル」というガイドブックにおいて21類型に分類し、分かりやすくまとめていますので、本稿とともにご一読いただけますと幸いです(本稿におけるリスクの分類等については、中小機構のご厚意により、同ハンドブックを参考にさせていただいております)
第1回 現地パートナー・提携先とのトラブル
【質問】
当社(A社)は、X国で現地法人のB社と合弁会社を設立して、当社製品の製造・販売を行っています。しかし、コロナ禍において事業採算が悪化し、今後の経営方針について大きな見解の相違が発生し、双方譲らない状況となっています。当社はどのように対処すべきでしょうか。
【概要】
「海外リスクマネジメントマニュアル」の「2、現地パートナー・提携先とのトラブル」に該当する典型的な事案です。合弁会社(JV)は、2社以上の複数社が相互に出資をして設立し、出資した各社の合意による意思決定に基づく運営が基本形態となります。海外進出における合弁会社において、典型的には、日本企業が技術・商品・ノウハウ等を提供し、現地企業が製造・販売等を行うといったケースが多いといえるでしょう。これにより、日本企業は、現地における拠点構築や販路開拓等を合弁先の現地企業に委ね、比較的低コストでかつ効率的に海外進出を行うことが可能となる、という大きなメリットが期待できます。しかし、事業が順調に展開していれば問題は起きにくいのですが、計画通りに事業が進捗しない場合、本件のように、各社の思惑が異なり、合弁会社の経営に支障をきたすことが決して少なくありません。
【法的な視点】
このような合弁会社による海外事業展開において、何よりも重要なことは、日ごろのコミュニケーションです。特に、私が経験する限り、各社のトップマネジメント同士が深い信頼関係で結ばれ、合弁会社の運営にしっかりコミットしている姿勢を示すことは、合弁会社の安定的な経営に極めて有益であるといえます。コロナ禍においては、こうしたコミュニケーションが、ウェブ会議等の方法によっても十分に代替できることを示しつつあります。
しかし、不幸にも、実際に問題が起きたときの解決方法として、もっとも重要となるのは契約の内容です。したがって、設例のようなケースを解決するためには、予め意見が不一致となった場合にどのように解決しておくかというメカニズムを定めておく必要があります。
設例のケースでは、結局A社とB社がともに等しい権利を有しているために、暗礁に乗り上げてしまったようです。このようなことは、特に合弁会社設立時の出資比率が50対50のようなケースの際に見られます。取締役会や株主総会でもいずれも多数決を確保することができず、事実上重要な意思決定は全会一致というメカニズムになってしまっている点が問題です。したがって、このようなことを避けるためには、例えば、①いずれかが過半数の出資を行い意思決定上の優先権を確保する、②一定事項については拒否権を有する事項を定める、③相互が予め承認する第三者の判断に委ねる、といった方法などによりルールを定めておくとよいでしょう(2018年11月号・12月号「Joint Venture Agreement(合弁契約)について」もご参照下さい。)。もっとも、①については合弁会社の主導権と直結しますから契約締結までに厳しい交渉が必要となり、特に中小企業にとっては最初の高いハードルとなり得ます。また、②も拒否権を有しない事項については相手方の権利の優越を認めるに等しく、③についても第三者の決定のメカニズムまで予めきちんと定めておかないといざというときに第三者の選定で紛議を招きます。このように、いずれの方法でも100%完全ということはなく、最終的に、意思決定に合意ができない場合は、合弁契約の解消(終了)まで想定しておかざるを得ません。
このように合弁契約を解消する場合は、大別して、①合弁会社を解散・清算する、②合弁相手に株式を譲渡する、または合弁相手から株式を譲り受ける、③合弁事業を第三者に譲渡する、といった方法などが考えられます。①は、会社の清算手続に加えて従業員の処遇なども問題となり、手続としては比較的「重たい」手続となります。また、債務超過の場合は単なる清算ではなく倒産手続も検討せざるを得なくなります。一方、③は、合弁相手の承諾も必要となり、設例のようなケースで合意できる可能性は比較的低いといえます。したがって、私の経験によると、②のような方法が予め定められているケースが多いものといえます。設例のケースに当てはめれば、A社はB社に対して株式を譲渡して合弁事業から退出することができるように(あるいは、反対するB社の株式を買い取ってA社単独で事業を行うことができるように)、予め合弁契約に適切な条項を定めておけばよい、ということになります。
いずれにせよ、このような合弁契約に特有の契約条項については、事前に弁護士等の専門家と十分に協議の上、納得のいく内容で契約を締結することが極めて重要です。このほかにも、現地法上の各種規制や、紛争の際の準拠法や管轄に関する条項なども、海外進出時の合弁契約においては慎重に検討すべき事項となります(2020年8月号「国際仲裁の活用について」、9月号「紛争解決条項と準拠法条項について」等もご参照下さい。)。
とはいえ、契約交渉は相手があることであり、自社の希望する条件が100%受け入れられるということは通常はあり得ません。リスクをきちんと把握分析し、その影響の大小を見極め、必要なリスクにはきちんと契約上必要な手当てを行い、一方で、許容できるリスクについてはリスクをきちんとコントロールできる範囲でそのリスクを引き受ける、といった判断が必要となります。ベースとなるビジネス慣行が国々で異なる海外事業において、合弁契約をはじめとする各種契約書は、国内取引以上にリスク管理の観点から極めて重要な意義を有するといえます。
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