30年と3カ月:バンコク・高木香奈

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長くアジア総局に勤めていたタイ人スタッフの女性が5月末に65歳で退職した。タイでの定年退職年齢の60歳を過ぎても勤務を続けていたが、高齢のため契約更新はしないと半年前に前任の特派員が言い渡した経緯があった。

勤続約30年。激動の時代に歴代特派員の取材を手伝ってくれた。経験豊富でタイのことは大体何でも知っていた。根性もあった。初めて特派員として海外勤務する私も大変お世話になったが、反面やりにくいことも多かった。決めた勤務開始時間に出勤したことはなく、夜遅くまで帰らない。パソコンの操作にも慣れていないように見えた。本人はまだやめるつもりはなかったようで「新しいスタッフを見つけてやっていくのはあなたには無理よ」と言われたことがあった。本当にそんな気がして不安になったが、結局は約束通り退職してもらうことになった。

「これからつまらないわ」と言いながらも最後は気持ちよく退社してくれたように思う。

後任としてきてもらったのは、昨年大学を卒業した22歳の新卒女性だった。英語圏の高校に留学し、タイの名門大学を優秀な成績で卒業していた。何人か面接に来てくれた人の中で、英語が上手だったことを重視した。仕事ぶりも非常に有能で大いに助けてもらった。

その分、自らの20代を顧みて後ろ向きな気持ちになることもあった。就職活動に苦労し、縁もゆかりもない地方に勤務し、休みも満足に取れなかったことばかり思い出してしまう。定刻に帰り、週末は休む。当たり前のことなのに、少し心にひっかかる自分に悲しくなった。

それなりに色々ありつつも慣れてきたと思ったころ「公務員の試験勉強をしたいので2週間以内に退職したい」と申し出てきて、大変驚いた。結局、3カ月少しで退職していった。

タイでは新卒採用市場は厳しく、大学卒業後皆がすぐに就職できるわけではないが、転職のハードルは低い。長く同じ会社で働くよりも、転職した方が賃金上昇幅は大きいといわれる。日本の新卒一括採用はいかに特殊か実感する。働くということはどういうことか、今、改めて考えている。(2020年10月、アジア総局