ウィズコロナ時代における海外赴任者に対する安全配慮義務
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2007年3月東京大学法学部卒業、09年3月東京大学法科大学院修了、10年12月虎門中央法律事務所入所。13年9~12月ベトナム(ホーチミン)の日系会計事務所にてインターンシップ参加、16年10月CFN Lawyers法律事務所(香港)出向、18年10月虎門中央法律事務所帰任。主な業務分野は、人事・労務、M&A/企業再編・組織再編、渉外・国際取引、資金調達、国内外の訴訟/紛争解決など。人事労務分野においては使用者側の立場で、社内体制の整備や従業員への対応のみならず数々の紛争案件にも尽力し、豊富な知識と経験に基づき依頼者を適切妥当な解決に導いている。また渉外案件においては、香港やベトナムでの駐在経験を活かし、IPO(香港)やクロスボーダーM&Aにつき、現地弁護士と協働して、現地の事情に即した実践的なアドバイスを提供する。
新型コロナウイルス感染症が多くのアジアの国々で依然として流行している中、現地に従業員を駐在させている企業にとって、当該従業員の安全衛生を確保すべき必要性は以前よりも増しています。ところが、特に中小企業では、そもそも海外赴任する従業員への健康に配慮するための体制が十分に構築されていない企業が少なくありません。
そこで、今回は、改めて法的な観点から、海外赴任者の安全や健康に対する配慮義務をご説明し、その上で、ウィズコロナ時代を念頭に、当該安全配慮義務の履行として、企業がとるべき対応について解説いたします。
1 安全配慮義務とは?
そもそも、労働契約法5条では、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定められており、当該配慮義務がいわゆる企業の安全配慮義務と呼ばれるものです。企業は、従業員を海外に赴任させる場合でも安全配慮義務を負うと考えられています。
2 海外赴任者に対する安全配慮義務の具体的な内容
では、海外に従業員を赴任させる場合、企業として、どのような措置をとれば、安全配慮義務を履行したことになるのでしょうか。
安全配慮義務の内容は、従業員の職種、労務内容、労務を提供する場所などの具体的な状況によって異なります。そのため、一概には言えませんが、共通する重要な内容は以下のとおりです。
(1)従業員が利用する物的施設や環境の整備
まず、従業員が赴任先で過ごす住居や、就労場所である建物の安全対策を適切に行うことが求められます。例えば、犯罪が頻繁に発生するなど治安が芳しくなく、危険が客観的に予測しうる国または地域では、出入口の管理状況、警備員または防犯カメラ、非常ベルなどの設置状況、通勤経路などを確認し、場合によっては、住居や建物のオーナー等の関係者にできる限りの協力を要請する等して、その安全性を確保することが必要になります。
(2)安全等を確保するための人的管理
また、治安や感染症などのリスクに関する現地の情報を収集し、それらを適切に分析した上で、赴任する従業員に周知することが重要です。この点、日本で得られる情報は限られているため、できる限り、現地のネットワーク等から得られる生の情報を集めるように努めるべきです。
また、従業員の安全衛生を確保するためには、従業員自身にも自衛の努力を怠らないよう自覚させることも必要です。そのため、研修などを通じて、日本と海外では、治安状態も含め危険度が異なることを、普段から従業員に十分に意識させるべきです。
(3)赴任者の健康への配慮
さらに、日本と海外では、文化や風習、国民性、言語、医療、生活環境などの様々な面で相違があるため、海外での勤務は従業員に相応のストレスが生じる傾向があり、体調を崩したり、時にはメンタル面に支障を来したりすることがあります。そのため、企業としては、海外赴任者の就労状況、生活環境及び健康状態を常に把握し、大事に至る前に対処することが必要です。具体的な状況の把握には、日本の本社から当該赴任者に積極的に声をかけることから始まります。海外赴任者を孤立させないためにも、密接なコミュニケーションは重要です。
3 新型コロナウイルス感染症を踏まえた対応
(1)既に従業員を海外に赴任させているケース
さて、新型コロナウイルス感染症との関連でいえば、前記2で挙げた中でも、(3)赴任者の健康への配慮という面でどのような対応をとれば良いのかに関心が集まっています。
そもそも安全配慮義務の問題は、従業員が当該赴任地での駐在を継続すれば新型コロナウイルスに感染することが具体的に予見される(「具体的な予見可能性」がある)にもかかわらず、従業員を赴任させ続けることによって初めて生じます。そして、「具体的な予見可能性」があるにもかかわらず、企業が相応の感染防止対策や措置をとるなどの努力を尽くしていなかった(「結果回避措置」を尽くさなかった)場合に、安全配慮義務違反となります。言い換えると、まずは「具体的な予見可能性」の有無が問題となります。
この点、「具体的な予見可能性」の判断には、外務省が公表している感染症危険情報(https://www.anzen.mofa.go.jp/masters/kansen_risk.html)が参考になります。感染症危険情報は4段階のカテゴリーに分かれており、各カテゴリーの注意喚起の内容は以下のとおりです。
感染症危険情報には法律上の強制力はなく、国民の渡航や滞在自体を制限するものでありません。そのため、企業の状況によっては、業務の必要性との関係で、従業員の海外駐在を継続させるという選択もあり得ます。ただ、前述の感染症危険情報は、赴任先の国や地域での新型コロナウイルス感染症の流行状況が一つの判断要素となっているため、赴任予定国がレベル3に分類されているケースでは、従業員の健康を害する「具体的な予見可能性」が認められてしまうリスクが無視できず、そうなると、安全配慮義務の問題が生じることになります。そのため、海外駐在の必要性が高度でない場合には、基本的には日本に帰国させた方が無難と考えられます。
仮に、現地に赴任させる必要性が高く、駐在を継続させるという判断をした場合、企業として、従業員が新型コロナウイルスに罹患しないように、結果回避措置を尽くしていたかが問題となります。この点、具体的には、①マスクやフェイスガード、手指消毒液等の感染予防グッズの配付、②赴任中の注意事項の徹底(毎日の検温や、不用意に出歩かないなどのリスク回避、手洗い・うがいなどの予防策の実施など)、③緊急時の医療施設を教えておくなどの緊急連絡体制の整備を十分に行うことが企業に求められます。さらに④日々の連絡による状態の把握が特に重要になってきます。
(2)今後、従業員の海外赴任を検討しているケース
これから進出を検討されている企業においては、現段階で(2020年9月時点)で従業員を海外に赴任させるかにつき判断に悩まれているかと考えられます。この場合も、上記(1)と同様、赴任予定国がレベル3に分類されているケースでは、従業員の健康を害する「具体的な予見可能性」が認められてしまうリスクが無視できないため、赴任の必要性が緊急かつ高度でない場合には、基本的には渡航を延期した方が無難と考えられます。仮に赴任させることを決断した場合は、前記3(1)で記した措置に加え、⑤赴任前の健診で、赴任予定者の健康状態に異常がないかを確認する必要があります。
なお、新型コロナウイルス感染の予見可能性は個別具体的に判断されます。つまり、例えば、これから赴任する予定の従業員に基礎疾患がある場合、基礎疾患がある者は感染すると重症化しやすいとされているため、基礎疾患がない者と比べて、新型コロナウイルス感染の予見可能性は高まります。そのため、赴任前の従業員の検診結果は極めて重要です。仮に、基礎疾患がある従業員に対して、医学的に具体的なリスクがあるとの産業医などの意見・診断があれば、赴任は見送るべきと考えます。
4 おわりに
新型コロナウイルスの流行状況は今後も予測できないところがあります。しかし、どのような状況にあっても、海外赴任者が安心して業務に専念でき、その実力を十二分に発揮できるような体制作りが企業として重要であることには変わりありません。ウィズコロナ時代においては、海外赴任者の安全衛生の確保により一層注力することが企業に求められています。
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