アジア経済分析:中国経済回復の見通しと新常態③
国学院大学経済学部教授 宮下雄治

中国経済回復の見通しと新常態③――労働と消費に関する実態調査

7.20)■宮下雄治

国学院大学経済学部教授
専門は消費分析、マーケティング、中国経済。博士(経済学)。2017年から中国の国立中山大学(広東省広州市)の訪問教授として、中国の消費市場と流通業界を研究。国内では流通・サービス業を中心に、マーケティングや中国ビジネスに関する企業研修や講演を行う。東京大学大学院総合文化研究科博士課程中退。

コロナ禍で進む消費のオンライン化と新常態

世界中で感染拡大の長期化が見込まれる新型コロナウイルスは、人々の生活スタイルや価値観を大きく変えた。2020年の前半は世界で消費のオンライン化が進展した。デジタル先進国である中国では、ライブ動画の配信を利用したライブコマースをはじめ、オンライン教育、オンライン医療、ニューリテール(新小売)などの新しい消費・生活スタイルが一層の広がりをみせた。

2020年1~6月期の中国の小売売上高は前年同期比で11・4%減少したが、オンライン小売は同7・3%増加し、5兆1501億元(約78兆円)に上った。上半期における中国全国のネット通販利用者は前年より1億人増加したといわれる(中国新聞網2020年7月30日)。新型コロナの感染予防が常態化する中、オンラインが可能にする「非接触型」消費が大きな追い風になっている。

筆者が今年7月に中国人を対象に行ったアンケート調査(学生を除いた20~40代の男女計2659人)にて、「コロナ禍においてオンラインでの購入が増加し、その後定着した商品」を複数回答で尋ねたところ、「衛生用品(ティッシュやトイレットペーパーなど)」「食材」「フードデリバリー」が上位を占めた( 図表1)。

図表1・コロナ禍においてオンライン消費が増加・定着した商品 (年代別、n=2,659)

これまでオンラインでの販売になかなか結び付かなかった生鮮食料品などの「食材」が20~40代の各世代で2位になった。中国では、アリババが展開する食品スーパー「フーマーフレッシュ(盒馬鮮生)」をはじめ、実店舗とECを融合させたニューリテールの普及が進んでいる。コロナ禍により生鮮品のネット購入のトライアルが進み、新しい生活様式(新常態)として定着し始めている様子がうかがえる。さらに、今や社会インフラと呼べるほど中国社会に広く浸透した「フードデリバリー」も年代問わず需要を高めている。40代では「子供の教育」が上位に入った。小中高の臨時休校や外出制限を背景に、初等中等教育におけるオンラインの在宅学習が根付いた状況にあることが推測される。中国投資家の注目が集まるオンライン教育市場は、革新的な技術を持つスタートアップ企業が次々に誕生している。新旧のプレイヤーがAIとデジタル技術を駆使し、きめ細かい包括的な教育サービスの開発競争にしのぎを削っている。

■中国経済を動かすライブコマース

中国のオンライン小売の成長を牽引しているのが「ライブコマース」である。ライブコマースは、紅網(ワンホン)と呼ばれるインフルエンサーが各種商品・ブランド品を実演販売するスタイルから、農家がこだわりの農産物や特産品を販売する農村ライブコマース(村播)、さらには保険や教育分野など各種サービスまで多様な種類が展開されている。消費の新たな原動力となっているライブコマースは、コロナ禍において販路を失った企業の救世主として、あるいはこれまで生産に専念してきた農家が都市部の消費者とダイレクトな商取引を実現する手段としても注目を集めている。新型コロナで深刻な経済ダメージを受けた中国において、経済回復と雇用維持、さらには地域間での所得格差の是正等の効果が期待される。

図表2・ライブコマースの利用頻度に関する調査結果 (年代別、n=2659)

図表2は、ライブコマースの利用頻度について尋ねた質問(単回答)を年代別にみた結果である。「毎日利用する」「週に数回利用する」に回答したアクティブなユーザーは20代と30代で共に5割を超え、40代も高い比率(45・8%)であった。「毎日利用する」最もアクティブなユーザーは30代が有意に高い結果となった。年代と性別でみると「30代女性」が最も高く(26・6%)、次いで「30代男性」(24・6%)となった。一方で「毎日利用する」比率が最も低い比率は「20代女性」(13・6%)であり、最もアクティブな「30代女性」の約半分の水準であった。その背景には購買力の違いを始め、いくつかの理由が考えられる。拼多多(Pinduoduo)のような共同購入という新しい購買スタイルが20代に支持されていることや、同年代のインフルエンサーから消費が喚起されるよりも、身近の信用できる友人や知人からの影響を受ける傾向が強いのではないかと推測される。

図表3・ライブコマースで購入する商品の調査結果(n=2,659)

図表3は、ライブコマースでの購入商品を複数回答で尋ねた質問の結果である。ライブコマースで購入する商品の第1位は「衣料品」となった。中国のアパレル業界でも、感染拡大に伴う店舗の一時休業や閉鎖で大きな打撃を受け、老舗を含め倒産が相次いだ。この荒波を乗り越えようと実店舗に代わる新たな販売手法として、ライブコマースに力を入れる企業が急増している。実店舗と違い、従来のECでは実際に商品に触れることができないデメリットがあったが、ライブコマースでは口頭による説明でサイズ感や着心地といった詳細な商品情報を知ることができる。売り手は視聴者から寄せられる質問に即座に返答することで、買い手の不安を解消している。リアルタイムかつ双方向な特性に加え、エンタテイメント性も高いライブコマースは、中国消費の新常態として定着し、さらに洗練されていくであろう。最近では、経済回復の切り札として注目される「露店経済」とライブコマースを組み合わせた取り組みがみられる。自家用車やトラックの荷台に衣料品や地元の特産品などを並べて地元客へ販売すると同時に、ライブコマースで多くの顧客を呼び込むことを可能にしている。

ライブコマースは新しい顧客接点のスタイルとして、今後も多様な分野で活用されていくであろう。農村や屋台経済との組み合わせのように以前には見られなかった新しいビジネスチャンスを生み出す可能性を有しており、雇用改善の切り札として期待される。

消費回復の切り札「ライブコマース」 淘宝直播、2020年9月11日

■購買心理の変化からみる中国消費社会の見通し

図表4・コロナ禍以降の買い物の変化に関する調査結果(n=2,659)

図表4は、コロナ禍以降の日常的な買い物の変化について複数回答で尋ねた質問において、回答の多かった上位5項目を示している。最も多かった回答が「慎重に購入するようになった」(54・3%)、これに「不要不急な商品・サービスは買わないようになった」(48・3%)が続いた。全体の約半数が慎重かつ実利を重んじた購買心理へと変化しており、今回の感染拡大が中国市民の意識と行動に影響を与えていることが分かる。

中国経済復興に向けて消費の活性化が叫ばれる中、消費マインドがなかなか戻らない背景にはこうした消費者心理が影響しているものと思われる。3番目は「中国企業の商品やサービスを買うようになった」(34・3%)であり、年齢があがるほど高くなる傾向がみられた。これまでの中国ブランドは、欧米日ブランドを模倣したものが多いとみられがちだった。しかし、近年ではハイテク産業やデジタル分野を中心に世界市場で競争力を持つ企業が数多く誕生している。こうした状況に加え、コロナ禍による経済の深刻な落ち込みを目の当たりにした中国人のなかで、海外との流通が断絶したことからの危機感や、自国やローカル企業の商品・サービス、店舗を支援したいという機運が高まりをみせている。4番目は「少し値段が高くても品質の良いものを買うようになった」(27・2%)が続き、心理的な不安に基づいたリスク回避の傾向が強まり、品質面で定評ある商品が選好されやすい傾向が常態化している様子がうかがえる。5番目は「環境に配慮した商品・企業を選ぶようになった」(22・4%)となり、環境意識の高まりにも影響を与えている点は興味深い。

今回のコロナ禍による経済的混乱により、中国人の心理や行動は大きく変化している。各国に比べて、感染拡大の抑え込みに成功している中国ではあるが、景気の見通しが不透明な中で、消費者の節約志向の高まりがうかがえる。

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本レポートは3回にわたり、コロナ禍における中国の経済情勢を確認し、雇用と消費の視点から中国の動向と新常態を検討した。深刻な雇用、消費マインドの低迷、世界経済の停滞、さらにはアメリカとの対立といういずれも困難な課題を抱え、中国政府は先の見えない経済運営を迫られている。来年、中国共産党は創立100周年という大きな節目を迎える。習近平国家主席をはじめ指導部が、内憂外患のなかで経済をどのように立て直していくのか、その手腕が国内のみならず世界経済の方向性を決定づけるカギになるであろう。