Asia Inside:米大統領選後のアジア政策を占う

予断許さぬ米大統領選
選挙後のアジア政策を占う

毎日新聞論説委員 及川正也

■及川正也(おいかわまさや)

毎日新聞論説委員、元毎日新聞北米総局長1988年毎日新聞社に入社。水戸支局を経て、92年政治部。激動の日本政界を20年余り追い続けた。2005年からワシントン特派員として米政界や外交を取材。13年北米総局長。16年4月から論説委員。

米大統領選(11月3日投開票)まで1カ月余りに迫った。全米の支持率では民主党のバイデン前副大統領が、再選を目指す共和党のトランプ大統領をリードしているが、勝敗を決する激戦州では接戦の地域も多く、予断を許さない状況だ。選挙戦では、中国・武漢から感染が広がった新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)を受けて、中国問題が焦点になっている。貿易問題やデジタル覇権に端を発した米中対立は、2国間の争いだけでなく、アジアや世界を巻き込んだ覇権争いに発展しており、米国の外交政策は国際社会の大きな関心事だ。今回は、大統領選後に米政権のアジア政策はどうなっていくのかを展望する。

対中包括策打ち出す民主党

「米国の労働者を守り、経済競争力を強化し、同盟国や友好国を支援し、民主主義と国家安全保障を推進する法律を提案する。この『AmericaLEADS Act』(米国主導法=America Labor, Economic competitiveness, Alliances, Democracy and Security Act)は、米国経済の活性化からインド太平洋戦略の強化までを含む、これまで最も包括的で斬新な米中政策に関する法律だ」

9月17日、米議会には新たな対中強硬法案が提出された。台頭する中国に対抗するとして、米国の労働者、起業家、製造業界、研究・開発、技術系教育などに3500億ドル(約37兆円)を投資、同盟国との関係を再構築し、中国の人権侵害への対処など価値観外交を推進し、中国の不公正な貿易慣行に対する取り締まりを強化するなど、確かに厳という格で広範な内容が含まれている。

この法案を提出したのは、対中強硬政策を強めるトランプ政権の与党・共和党ではない。かつては親中派が多かった民主党の中道派が中心となってまとめ、発表したものだ。共同提案者は、上院外交委員会のボブ・メネンデス筆頭理事と民主党上院トップのチャック・シューマー院内総務。メネンデス氏は「トランプ政権の戦略と政策は、中国の非道な挑戦に対応するには十分ではない」と指摘している。

民主党の強硬姿勢は、大統領選に向けてトランプ陣営が「バイデン候補は中国に甘い」という宣伝をしきりに繰り返していることへの反撃の意味合いもあるだろう。米ピューリサーチセンターの今夏の世論調査によると、米国民の73%が中国を「好ましくない」と感じている。党派対立が激しい米議会にあって「対中強硬論は唯一の超党派で一致するテーマ」(米誌フォーリン・ポリシー)というのも無理はない。

トランプ政権にも共通する点だが、民主党の法案は、「米国経済に活気がなければ、海外で中国と本当の競争をすることはできない」と指摘し、米国内の産業復興を重視する。一方で、トランプ政権が打ち出したインド太平洋戦略を通じて米国の外交、経済、軍事、ソフトパワーの影響を拡大し、民主主義、人権、法の支配を促進する条項も含まれており、同盟国との協力や連携も示したのは、大きな特徴だろう。

しかし、11月の大統領選と同時に実施される連邦議会選も大詰めを迎える中で、この法案を選挙前に採決に持ち込むのはほとんど不可能だ。共和党が過半数を握っているという不利な勢力構図の前、民主党の同調者は9人しかいない。民主党も中国批判を強めているとはいえ、選挙対策の側面が強い法案にはおいそれと追随できない党内の事情もある。

移民を擁護する民主党内には対中批判を展開して中国系移民への風当たりが強くなったり、中国との取り引きがある企業の雇用が奪われたりするような事態を憂慮する向きもある。先端技術を含めて中国市場でのビジネスを望む企業は多い。共和党と同様に安全保障上の警戒や人権上の懸念から反中論を掲げる強硬派と、国内問題の関心に重点を置く穏健派には溝があるのは、留意すべきだろう。

ちぐはぐなトランプ対中外交

民主党が「包括対策」をアピールする背景には、トランプ政権が打ち出す対中政策が一貫性を欠くという側面を浮き立たせる狙いがあるのかもしれない。トランプ政権が通商面で中国に具体的な制裁措置を取ったのは、2018年3月に「安全保障上の脅威」を理由に鉄鋼・アルミニウムへの関税を引き上げた(鉄鋼25%、アルミ10%)のが最初だ。大統領に通商上の特例権限を与えた通商拡大法232条を発動した。

しかし、この時は中国と同時に、日本や韓国、カナダや欧州も対象とした。緊急的に国内産業保護のために高関税を課すことは世界貿易機関(WTO)の規定で認められているが、これを乱用すれば自由貿易体制を痛める事態になる。また、中国だけでなく同盟国も標的としたことで日欧との隊列が崩れ、貿易慣行について従来から批判があった中国に対する圧力が大きく損なわれた。

2018年8月に成立した2019会計年度の米国防権限法には、「外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)」と「米輸出管理改革法(ECRA)」が明記された。外国投資委員会(CFIUS)の体制を強化するFIRRMAは、中国企業が米国企業から革新的技術を入手し中国軍に利用されるのを阻止する狙いだ。ECRAは、中国を念頭に既存の輸出規制の対象外にある新たな基盤技術の輸出を規制する。

米政府は、この国防権限法の規定を根拠に、中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)など一部の中国ハイテク企業製品を使う企業と米政府機関の取引を禁じている。今年9月にはこの禁輸措置を拡大し、メキシコやフランスなど21カ国にある38のファーウェイ関連会社を新たに対象に加えた。中国当局への情報流出を阻止する狙いがあるが、中国のハイテク企業を取引がある企業は世界中にあまたある。

中国は国家情報法により、民間や個人に企業情報の提供を求めることができる。米国企業との取引があれば、情報が筒抜けになるおそれがないとはいえない。このため、対抗策を講じるのは必要だが、こうした企業の損害を考慮せずに、同盟国を含めた民間企業を一方的に巻き込むやり方には批判もある。とくに、通商拡大法232条や通商法301条の適用で同盟国の企業を敵に回しているときは、なおさらだろう。

米中間の政治的対立をひたすら先鋭化させているトランプ政権の手法にも懐疑論がある。ポンペオ国務長官は2019年10月、「米中間の基本的な相違を無視することはもはや現実的ではない。中国共産党は米国と我々の価値に敵意を持っている」と述べ、今年7月にはイデオロギー批判を前面に出し、「(対中)関与政策は失敗した」とし「民主主義国家の新たな同盟」の構築を訴えた。

「関与政策」は失敗したとの認識は超党派にある。民主党のクリントン政権は中国のWTO加盟に取り組み、共和党のブッシュ子政権は「戦略的岐路にある」と中国を取り込もうとしたが、いずれも米国の思い通りにはならなかった。だが、政治体制批判にまで踏み込んだポンペオ発言には、米国内にも「対中批判を大統領選に有利なように政治利用している」など「行き過ぎ」を指摘する向きもある。

見通せない大統領選後

民主、共和両党とも中国政策が、長期的な戦略というよりも選挙戦略の側面が強いとすれば、大統領選後の米中関係はより予測がつかないものになる。たとえば、新型コロナウイルス感染拡大がなければ、中国批判もいまのような激しいものになっていただろうか。感染拡大直前の今年1月には、米中貿易戦争をひと段落させる「第一段階」で合意していた。デジタル覇権をめぐる対立は激化していたとはいえ、民主党への攻撃や国民世論の支持を取り込もうと中国を大統領選の争点に据えたのは、やはり新型コロナウイルスへの対策が批判を浴びてからだろう。米メディアが暴露した今年4月の全国共和党上院委員会の選挙対策リポートには、選挙に勝利するには「中国叩き」が最も有効とあった。中国への徹底的な攻撃が始まったのは、ちょうどこのころだった。

米国の保守派メディアには、「東西冷戦でソ連を倒したように、経済的な封じ込めで倒れるまで中国を追い詰めるのがトランプ政権保守派の考えだ」との分析記事が見られる一方、リベラルメディアでは、トランプ政権が継続したとしても、「軍事衝突を回避するために、新たな通商交渉に乗り出すのではないか」と、協調路線への切り換えを予測する見方も伝えている。

大統領選後も強硬路線を進めていくかどうか即断できないのは、民主党も同じだ。バイデン氏は、同盟強化による対中圧力強化を訴える一方、地球温暖化や感染症、テロ、核不拡散などで協力する意向も示している。バイデン候補が勝利すれば国際協調路線へと舵を切り、中国と協力する土台が広がって対中強硬論が緩和し、関与政策が強まるという見方もある。先行きは流動的と考えるべきだ。

中国政府は大統領選後の米中関係を冷静に見ているようだ。ある高官は最近、「ポンペオ演説はこれまでの米中関係をすべて否定しており、米国内にも異論が出ている。台湾や南シナ海で武力衝突は避けたいのは米中ともに同じだ」「米中は年末までの危機管理が重要だ。今は中国叩きしかないのだろうが、選挙後もまったく同じだとは思っていない」などと日本の要人らに伝えている。

民主党は「米中軍事紛争が自明の理であるわけではない」とし、共和党も「対中封じ込めはできない」という。中国の最大の懸念は台湾問題であり、米国はそこを突こうとしている。台湾に中国が軍事的圧力を強めれば、米国は最新の武器や装備を供給して対抗しようとする。米中両国とも武力対立だけは避けたいだろうが、台湾問題では互いに誤算が生じるおそれがある。今後は台湾問題の動向に注視すべきだろう。

インド太平洋戦略は揺るがない

長期的な基本戦略が欠如していても、対中強硬論に選挙対策の側面が強くあるとしても、中国との「競争関係」は変わらないだろう。トランプ政権の政策に影響力を持つとされる米ハドソン研究所のマイケル・ピルズベリー中国戦略センター所長が指摘するように、米国はもはや中国を一方的に管理する相手としてではなく、経済的・軍事的に競い合う相手だと認めている。

「競争する世界」というタイトルを付した2017年の国家安全保障戦略(NSS)は、中国とロシアが米国に挑戦しているとし、今年5月の対中国戦略的アプローチ報告書では、①技術移転強制やサイバー窃盗などの経済分野、②一党独裁や権威主義的な政治体制、③東シナ海や南シナ海,台湾海峡などでの覇権的な活動――などを具体的に指摘し、中国は米国の脅威になっていると位置付けた。

外国投資リスク審査現代化法の強化や輸出管理規制の強化などは、こうした脅威に対する具体的な対抗戦略として打ち出したものだ。このほか、軍事的には、戦略核戦力の強化や、航行の自由作戦の実施、台湾への100億ドル(1兆円強)を超える武器売却、価値観の問題では、国際的な宗教連盟の発足や香港での自由確保など具体的な対抗策を列記している。

米中対立は、単に2国間の競争にとどまらない。2017年のベトナムでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で表明した「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)という戦略は、ホワイトハウス、国務省、国防総省、財務省、通商代表部(USTR)など、全省庁横断的に対中政策を構築するうえでの土台であり、同盟国を巻き込んだ世界戦略の柱ともなっている。

東アジア・太平洋を担当するスティルウェル国務次官補は9月17日の上院外交委員会の公聴会で「同盟国や友好国の復元力と結束は、中国との戦略的競争を実行するうえで最も重要だ。その代表的な地域こそインド太平洋だ」と証言している。今年2月にはデビッドソン・インド太平洋軍司令官は上院軍事委員会で「経済、統治、安全保障が戦略の3本柱だ」と指摘している。インド太平洋は、米国の将来にとって重要な地域だ。世界の成長国上位20カ国のうち半分が集中し、世界の成長の6割を占め、2030年には世界の中産層の65%が住む。米国のこの地域での貿易量は年間約2兆ドルに達する。その範囲も、インドを含む南アジアから、日韓がある北東アジア、タイやフィリピンなどの東南アジア、オーストラリアを含むオセアニアまで幅広く、それぞれ戦略的に重要だ。

米政府は、こうした諸国を味方に引き入れて「反中包囲網」を構築しようとしている。スティルウェル氏は公聴会で、ここ数カ月の中国の活動を、具体例を挙げて批判している。インド国境での武力行使、南シナ海や尖閣諸島でのベトナムや日本など周辺諸国への強圧的な行動、チベットや新疆ウイグル自治区での人権問題、香港に対する国家安全維持法の制定、オーストラリア人記者へのいやがらせ……といった具合だ。

トランプ氏もバイデン氏も、中国に対抗するために、「民主主義国家による首脳会議」の開催を公約にしている。力や威圧で現状変更を迫ろうとする中国に対し、規範やルールに基づく国際秩序の再構築を目指す狙いがあるのだろう。もちろん、米国が国際社会で指導力を発揮することへの期待は大きいが、どこまでけん引できるかは未知数だ。

同盟国を後に従えるようなトランプ流では足並みはそろうまい。かといってバイデン氏が中国との協調を優先するようなかつてのオバマ流であれば足元を見られるだろう。中国は、米国と日本や欧州連合(EU)などの同盟国との間を引き離す努力を続けている。まずは、米国が国際社会の信頼を取り戻せるかどうかが、対中結束力の高められるかどうかのカギとなるだろう。それを手助けするのが日本の役割でもある。