ワクチンを巡る駆け引き:ジャカルタ・武内彩

ジャカルタ武内
新型コロナウイルス感染症のワクチン開発が進むなか、中国企業「科興控股生物技術(シノバック・バイオテック)」が8月11日、インドネシアでの臨床試験(治験)を始めた。インドネシア国営製薬会社「ビオ・ファルマ」や大学機関が協力し、首都ジャカルタから150キロほど離れた西ジャワ州バンドンで6カ月間にわたり、18~59歳の1620人を対象に行われる。安全性や有効性が確認されれば、将来的にはビオ社がワクチンの生産も行うことになっている。

治験に対するインドネシア政府の期待は大きい。バンドンを視察したジョコ大統領は「来年1月には全国民に行き渡るワクチンを生産できるだろう」と述べ、楽観的な見方を示した。国内では感染拡大に歯止めがかからず、政府は有効な対策を打ち出せずにいる。経済は悪化し、最悪の場合は今年末までに2000万人近くが貧困層に転落するという試算もある。せめて「十分な量のワクチンを確保できる」と自信を見せることで、国民の不満や不安を軽減したいという思惑もにじむ。

シノバック社側にもメリットのある取引だ。一般的にワクチン開発の治験は3段階で行われ、最終段階ではより多くの被験者が必要になる。シノバック社は先行してブラジルでも同様の治験を始めている。コロナ禍で最も求められているワクチン確保に協力することで、中国の存在感を高めることにもつながる。米中対立が激しさを増すなか、ワクチンですら大国間の綱引きの材料になっている。

この状況をしたたかに乗り切ろうとしているのが、フィリピンのドゥテルテ大統領だ。7月に行った施政方針演説では「ワクチンの開発に成功したらフィリピンに優先して譲ってくれるよう(中国の)習近平国家主席に依頼した」と述べ、秋波を送っていた。ところが8月に入り、ロシアからワクチン供与の申し出を受けたと明かし、10 月から治験を開始すると発表。ロシアが承認したワクチンは、欧米の専門家から臨床試験の情報開示がないことなどから安全性を疑問視されているが、ドゥテルテ氏はテレビ演説で「私が最初の実験台になる」と豪語し、ロシア側に配慮をみせた。見返りにワクチンの無償提供を期待している。(2020年9月、ジャカルタ支局)