アジア経済分析:中国経済回復の見通しと新常態②
国学院大学経済学部教授 宮下雄治

中国経済回復の見通しと新常態②――労働と消費に関する実態調査

コロナ禍 試練の世界経済

新型コロナウイルスの感染拡大により、世界各国の2020年4~6月期の国内総生産(GDP)は大幅に落ち込んだ。日本の4~6月期のGDP速報値は、前期比7・8%減、年率換算で27・8%減となり、戦後最悪のマイナス成長を記録した。約1カ月半に及ぶ緊急事態宣言で個人消費は大きく落ち込み、輸出も大幅な落ち込みをみせ、内需と外需はともに大きな打撃を受けた。アメリカは4~6月期、前期比年率32・9%減となり、統計を開始した1947年以降最大のマイナス幅となった。イギリスの数値はさらに悪く、年率換算で59・8%減と統計のある1955年以降で最大の落ち込みとなった。

主要国が総じて激しい落ち込みをみせる中、4~6月期に唯一プラス成長をみせたのが中国である。中国の1~3月期GDPは、前年同期比マイナス6・8%と統計開始以来初めてのマイナスを記録したが、4~6月期では3・2%増と早くもプラスに転じた。世界に先駆けてかつての日常を取り戻しつつあるかのようにみえる中国であるが、実態経済は力強さを欠いている。筆者は7月初旬に中国人(学生を除いた20代~40代の男女計2659人)を対象にアンケート調査を行い、経済指標の数字だけでは見えない実態について把握を試みた。前号では、経済と社会の安定の鍵を握る雇用の実態をレポートした。今号では、コロナ禍がもたらした中国人の生活不安と収入変化について、さらには収入減を補うための副業に関するアンケート結果から中国経済の現状を考察する。

■中国人の将来不安に関する調査結果

図表1は、将来の日常生活への不安をたずねた質問(「あなたは将来の日常生活について、どのようなことに不安を感じますか」複数回答)において、回答の多かった上位5項目を示している。最も多かった回答が「生活のための収入に関する不安」(64・4%)であり、全体の6割以上が将来の収入に不安を抱えていた。次いで多かった回答が「自分や家族の健康・病気に関する不安」(63・9%)で収入面の不安と同水準であった。3番目は「中国経済の停滞に関する不安」(51・9%)であり、半数が中国経済の先行きに不安を感じていた。さらに「仕事がみつからない不安」( 24 ・5%)、「仕事を解雇されるかもしれない不安」(23・1%)が続き、雇用に不安を感じる人が2割強に上った。

図表1・将来の不安に関する調査結果

■収入変化に関する調査結果

コロナ禍がもたらした中国人の生活不安は、収入に関する不安が最も多い結果となった。図表2は、収入変化の実態についてたずねた質問(「新型コロナウイルスの影響であなたの収入は変化しましたか」単回答)を地域別にみた結果である。全体で最も多い回答が「やや減少した」で40・9%、「とても減少した(無くなったを含む)」が31・0%となり、7割強で収入減少の傾向がみられた。地域別では、中国で最初に新型コロナウイルスの感染が拡大した武漢が他都市よりも収入減少の比率が高い傾向がみられ、「とても減少した」と「やや減少した」の合計は83・3%になった。2カ月半に及ぶ都市封鎖の傷の深さが浮き彫りになった。農村部では「とても減少した」の回答が他と比べて突出して高く、約半数(49・1%)が大幅な収入減に見舞われていた。大都市で働いていた出稼ぎ労働者が解雇や雇い止めで地元に戻り、多くの人が失業状態下にある様子がうかがえる。

さらに業種別にみると「とても減少した」が高い業種は、「宿泊業」(43・9 % ) 、「飲食業」(42・1 % ) 、「小売・卸売業」(41・8%)、「物流・交通」(38・7%)の4業種であった。当局による厳しい移動制限や休業要請のあおりを受けたこれらの業種が甚大な影響を受けたことが確認できる。収入の変化が最も小さかった業種は「医療・福祉」(「変わらない」37・0%)だった。

図表2・収入の変化に関する調査結果(都市別)

■副業の実態に関する調査結果

図表3は、コロナ禍の影響による中国人の副業に対する意欲や実態についてたずねた質問(「新型コロナウイルスの影響であなたは副業を考えていますか」単回答)を年代別にみた結果である。全体では17・6%が「すでに副業」しており、「副業の意欲が高まった」は全体の半数(51・5%)となった。年代別にみると「すでに副業した」比率は若年層ほど高い傾向がみられた。「副業の意欲が高まった」は年代による違いはさほどみられず、50%前後の高い水準となった。中国の労働形態はもともと流動性と柔軟性が高く、副業や兼業で複数の収入源を持つのは一般的である。このような中国人の職業観に加え、コロナ禍による収入減少は副業の意欲を強める契機になったことが推測される。

図表3・副業に関する調査結果①(年代別)

図表4は、副業の内容についてたずねた質問(「あなたはどのような副業を始めましたか(あるいは始めたいですか)」自由記述)において、回答の多かった上位10項目を示している。最も多かった回答が「露店」であり、2位以下を大きく引き離した。今年5月に行われた全国人民代表大会(全人代)で李克強首相が露店経済への支援を明確にしたことで、かつて中国社会に深く根付いていた露店が再び注目された。営業規制を大幅に緩和することで、復活した露店街はたちまち大人気となり、内陸部の拠点都市・成都では10万人以上の雇用創出につながった(毎日新聞2020年8月15日東京夕刊)。

これにタオバオ(淘宝)をはじめ、巨大ECモールにおける「eコマース」、微信(WeChat)をプラットフォームとするeコマース「微商」が続いた。4位に「飲食店」、5位に「運転手」が入った。運転手で多かった回答がフードデリバリーとライドシェアであった。両者とも今や社会インフラと呼べるほど中国社会に広く浸透しており、シェアリングエコノミーや空いている時間に仕事を請け負うギグエコノミーの代表格として、雇用の大きな受け皿になっている。6位は中国発の新たな販売手法として注目される「直播(ライブコマース)」となった(TikTokや快手などショート動画の配信を含む)。個人や企業がネットの生中継で商品を紹介するライブコマースは多くの一般人がインフルエンサー(網紅)等で活躍しており、新たに始める人が急増している。このように、副業の上位はデジタル経済で先行く中国の現代的特徴を表す結果となった。

図表4・副業に関する調査結果②(副業ランキング)

中国に学ぶ雇用安定策と

新たな成長の息吹

コロナ禍による経済的混乱の環境下にあって、デジタル先進国ならではの新しいビジネスと露店経済という昔ながらの商売が新たな雇用機会を生み出している興味深い実態がみられた。かつて景観や衛生面を理由に都市から排除された露天経済がコロナ禍による失業や所得減少の特効薬となり、さらには新常態になり得るのか、今後の行方に注目したい。

中国には、フードデリバリーやライドシェアといったシェアリングサービスを下支えする労働者(多くのギグワーカー含む)が広く活躍する巨大な市場が存在しており、ギグエコノミー先進国の側面も有している。空いている時間を利用して、働きたい時に仕事を請け負うフレキシブルな働き方は幅広い業界・職種に拡大されている。最近では新たな雇用安定策として、異業種間における従業員のシェアリングが行われ始めた。飲食や宿泊などコロナ禍で業務が停止・縮小している企業の従業員がスーパーやデリバリー配達員など人手不足の企業で従事する試みで、労働力の需給ギャップを解決する有効な手段として期待されている。これらにみる雇用の受け皿を広げる方法は、コロナ禍による急速な雇用悪化対策として、あるいは硬直化した雇用環境を是正する有効な手立てとして、新しい働き方の模索を進める日本が参考になる点は多い。

最後に、所得減少に見舞われながらも、新しい成長分野に果敢に挑もうとする中国人に新たな成長の息吹を感じた。賃金格差や社会保障の観点で手放しで評価することはできないが、世界的に感染収束の目処がつかない中、こうした国民の活力を原動力とした中国経済の行方が日本を含む世界の経済に
大きな影響を与えるであろう。

復活する中国の露店経済=中国湖北省で2020年6月5日撮影、出典:人民网(撮影:文林/人民图片)

 

7.20)■宮下雄治

国学院大学経済学部教授
専門は消費分析、マーケティング、中国経済。博士(経済学)。2017年から中国の国立中山大学(広東省広州市)の訪問教授として、中国の消費市場と流通業界を研究。国内では流通・サービス業を中心に、マーケティングや中国ビジネスに関する企業研修や講演を行う。東京大学大学院総合文化研究科博士課程中退。