Asia Inside:TikTok率いる張一鳴氏

TikTok率いる張一鳴氏
「米国事業売却」と新たな挑戦

北京より寄稿

■陳言

毎日アジアビジネス研究所シニアフェロー
日本企業(中国)研究院執行院長
経済ジャーナリスト
1960年、北京生まれ。82年、南京大学卒。82-89年『経済日報』に勤務。89-99年、東京大学(ジャーナリズム)、慶応大学(経済学)に留学。99-2003年萩国際大学教授。03-10年経済日報月刊『経済』主筆。10年から日本企業(中国)研究院執行院長。現在は「人民中国」副総編集長も務める。

若者を中心に人気を集め、あっという間に世界中に広がった動画共有アプリ「TikTok」。米中対立が激しさを増す中で、トランプ米大統領は米国でのTikTok事業の売却を命じ、中国側は「強盗の理論だ」と反発。中国生まれの人気アプリは米中対立の象徴のような立場に立たされている。一方で、アプリを開発した北京字節跳動科技有限公司(バイトダンス)を率いる張一鳴氏については、日本ではあまり知られていない。毎日アジアビジネス研究所シニアフェローを務める経済ジャーナリストの陳言氏が、張一鳴氏について北京から報告する。

張一鳴氏=出典・ByteDance

公開のフォーラムで、あるいは北京・中関村の狭く乱雑なオフィスで、筆者は多くの中国情報技術(IT)プラットフォームのパイオニアに会ったことがある。その中には、「百度」(バイドゥ)の創始者で、米国ニューヨーク大修士課程修了の李彦宏氏(1968年生まれ)、「新浪」(sina)創始者で、米国オクラホマ大修士課程修了の曹国偉氏(1965年生まれ)、「阿里巴巴」(アリババ)創始者で、ソフトバンクの孫正義氏と密接な関係がある馬雲(ジャック・マー)氏(1964年生まれ)らが入っている。筆者の家は「TikTok」を運営する北京字節跳動科技有限公司(バイトダンス)に近く、散歩の時、通ることがあり、同社の社員には知り合いも多い。しかし、同社の創始者、張一鳴氏にはまだ会ったことがなく、この大物には数多いフォーラムで遠くから見たことさえない。

彼は1983年生まれで、いわゆる「80後」(パーリンホウ)世代に属し、「60後」世代に属する馬、曹、李3氏に比べて20歳近く若い。留学経験はなく、大物投資家の支援もない。しかし、バイドゥ、sina、アリババがかつて果たしたことのない国際化の道を歩んでいる。米国のバイトダンス封殺にも、張氏にはほとんどダメージを与えていない様子だ。無料ニュースアプリ「今日頭条」(toutiao=今日のトップニュース)を創設し、直ちに動画投稿アプリ「抖音」を打ち出し、その後、この国際版であるTikTokの大躍進を実現した張氏は、国際的な圧力で一つの事業を失ったからと言って手をこまねいてはいない。さらに、彼よりも20歳若い中国の起業家志望者は昨今の中関村のように掃いて捨てるほどいて、新たな起業世代が頭角を現し始めている。

アルゴリズムを極限まで利用

日本ではTikTokに関心はあっても、創業者の張一鳴氏については良く知らない人が多いようだ。そこで、ここでは彼がいかに起業し、いかに成功したか見てみよう。

張一鳴氏は福建省竜岩市永定区で生まれた客家(はっか)だ。中国の歴史には客家の有名人が数多く登場する。例えば、中華民国建国の祖である孫文、中国人民解放軍の創設者のひとりである朱徳も客家だ。客家はかつて中原を支配した漢族が分流して周辺地域に住みついた。彼らは漢族の伝統を残しているが、中原地域の漢族とは区別されている。客家は多元的な文化の特徴を持ったことによって、政治、経済など各方面で際立った活躍をしている。

張氏は福建省から天津に北上し、2005年、南開大でソフトウエア工学を専攻して卒業した。卒業後、オンライン旅行予約検索エンジン「酷訊」に就職した。賃貸住宅、中古住宅などの検索エンジン、九九房など多数のインターネット会社に勤務し、ティックトック技術委員会主席、九九房創始者兼最高経営責任者(CEO)を歴任した。

サラリーマン生活や起業を経験後、張氏は短期間、マイクロソフト(中国)で働いた。ここの勤務は、サラリー面はもちろん、仕事の刺激性においても張氏を興奮させなかった。米国の大企業に新鮮、強烈な目標がなく、研究・開発スタッフも連日、ユーザーから離れた基礎研究ばかりしていることにがっかりして、マイクロソフトを辞めた。

14年、30歳を超えた張氏は字節跳動(バイトダンス)公司を起業した。張氏は12年の年初から「今日頭条」立ち上げの準備を始めていた。スマートフォンの発展によって、「ユーザーが面白いと感じ、価値のある情報」が必要とされていると考えた。社名を「バイトダンス」とした。文字通り、同社の製品とデータに関係がある。バイトダンスが開発した「今日」のスマホ応用によって、国内最速のニュースクライアント端末となった。

「今日」の外に、バイトダンスの旗の下に「内涵段子」(含蓄ジョーク)、「搞笑囧途」(お笑いジャーニー) 、「内涵漫画」(含蓄アニメ) 、「好看图片」(きれいな映像)、「今晚必看视频」(今晩見逃せない動画)など12の応用編がある。総体的にパーフォーマンスが良く、中でも「内涵段子」は娯楽系で群を抜いている。

張氏から見て、モバイルインターネットがもたらす情報爆撃は、選択肢をますます増やしたが、それが過剰になると選びようがなくなる。こうした状況下で、情報の選別方法は従来型のメディアが採用している編集者のマニュアル編集モデルではなく、インテリジェント性とカスタマイズ性を加味したオートマチック化を推奨し、その検索エンジンは技術的な優勢を展開し、威力を発揮し始めている。彼は「モバイルインターネット上では、カスタマイズされた個人情報ゲートウエーがますます必要になる」と言う。「今日」はユーザーに好みのニュースを推薦し、ティックトックはそのお望みの動画を推薦する。

「今日」とティックトックの巨大な成功の背景には、張氏の極限までアルゴリズム使う手法がある。取り分け、ティックトックの成功は広大なユーザーの個人的な欲求を満足させ、中国だけでなく、米国、インドなどでも同じような大きな成功を収めている。

米国がすべての事業売却を要求

2017年11月、就任後初めて訪中し習近平国家主席と握手を交わしたトランプ米大統領だが・・・=北京で高本耕太撮影

TikTokショート動画は、「今日」から発展した音楽クリエイティブ・ショート動画ソフトだ。16年9月20日にオンライン化。全年齢向けの音楽ショート動画BBSとして、ユーザーはこのソフトを通じて楽曲を選び、ショート動画を撮影し、自分の作品を制作できる。TikTokはユーザーの好みに応じて、ユーザーが喜ぶ動画に更新する。

TikTokのオンライン化初期には外部から、米国のミュージカリー(Musical・ly)の剽窃ではないかとの指摘も出た。TikTokのインターフェース、機能からから見て、両者のデザインは非常によく似ていて、どちらもショート動画ソーシャルアプリであり、若者層に照準を合わせていた。17年11月10日、「今日」は10億ドルでMusical・lyを買収し、TikTokと統合した。

その後、抖音の国際業務であるTikTokも飛躍的な発展に向かった。20年6月、TikTokは米国に1億8500万人のアクティブ・ユーザーを擁し、インドでは7億人、さらに日本でも2900万人(「朝日新聞」8月4日)がユーザーになった。これだけの多数のユーザーを獲得できた理由は、張氏がアルゴリズムを極限まで利用しているからだ。

8月14日、トランプ米大統領は、バイトダンスに90日以内にTikTokが米国で運営している全ての財産を売却するよう要求する大統領令に署名した。この大統領令は中国企業に打撃を与え、米国IT企業の利益に符合する。今年上半期のデータを見ると、TikTokの在米ユーザーの規模と業務量は加速的に上昇し、フェイスブックを含むライバルもなすすべがなかった。

TikTokに対する措置の外に、米国は微信(ウイーチャット)の使用禁止も目論んでいる。もしTikTok同様ウイーチャットを使用禁止にした場合、米国のアップルは中国市場を失い、その損失は大きいだろう。ここでは大統領令が資本主義制度にもたらす影響については論じない。しかし、インターネットプラットフォームは米国のGAFAの外に中国のBATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)があり、TikTokがある。中国のインターネットプラットフォームの開発、運用実態から見て、BATHには米国等のビジネスモデルを換骨奪胎した影響が多少あるが、中国における巨大な成功の跡がある。しかし、TikTokは完全に中国の特色を持つITプラットフォームであり、米国のITプラットフォームと競争した場合、強力な生命力を発揮する。

今後、時代の要請に応じて、絶えず新たなITプラットフォームが出現するだろう。筆者が住む中関村で起業準備中の若者は今日でも過去に比べて少しも減少していない。中国のこの巨大な市場があり、ここでITプラットフォームの成功を模索する人は増えこそしても減ってはいない。張氏は今回の米国との競争に敗北して撤退するだろうが、さらに多くの張一鳴がこの教訓をくみ取り、ビジネス開発の大道を絶えず前進して行くに違いない。

張氏自身も現在40歳になっていない。起業の可能性はまだあり、TikTokを失っても、まだ「今日頭条」がある。多くの中国人は彼が、ここから新種のアプリを生み出すことを大いに期待している。