シリーズ 米国のアジア人脈23

トーマス・ヴァイダ 次期ミャンマー大使
南アジア外交のスペシャリスト

毎日新聞論説委員・及川正也

次期駐ミャンマー米大使に指名されたトーマス・ヴァイダ前国務省南アジア・中央アジア担当次官補(54)は、インドやミャンマーなど南アジアや東南アジアを専門とする職業外交官だ。ミャンマーのイスラム教少数派「ロヒンギャ」に対する迫害事件では2017年、米政府のロヒンギャ難民視察団を率いた。11月のミャンマー総選挙の成功と民主化推進に向けた取り組みが期待されている。

■11月総選挙後の民主化支援

トーマス・ヴァイダ次期駐ミャンマー大使

ヴァイダ氏は8月5日、上院外交委員会でのテレビ会議形式による公聴会に出席し、アウンサンスーチー国家顧問率いる文民政府が「構造改革、犯罪対策、腐敗防止、自由経済において重要な進展を遂げている」とする一方、「改革のペースは遅く、民族的・宗教的少数派、民族地域での暴力や虐待、ミャンマー軍の政治や経済への関与などを軽視する傾向は続いており、ミャンマーの重要な変革を傷つけている」と語った。

また、「米国はロヒンギャに対する人道的迫害に繰り返し懸念を表明してきた。ミャンマー軍幹部への制裁など迫害に対する追及の先頭に立ってきた」と強調。米政府が連邦議会の協力を得て、すでに9億5100万ドル(約100億円)の人道支援を実施しているとし、「米国は軍部の行動を変え、虐待を防止し、公正と説明責任を実現し、難民帰還を促していく」と表明した。

ヴァイダ氏は、2008年から2011年まで在ミャンマー大使館の首席公使を務め、ミャンマーの民主化を支援するとともに、当時のクリントン国務長官のミャンマー訪問の準備に携わった。ラカイン州でのロヒンギャ迫害事件直後の2017年秋にはバングラデシュのコックスバザールにあるロヒンギャ難民キャンプを訪問し現地視察している。

ミャンマーは11月に総選挙を控える。公聴会では、複数の議員が民主化の進展やロヒンギャ問題について質問。ヴァイダ氏は「(選挙への)大きな期待がある」と述べるとともに、「長期的な支援が必要だ。米国は非常に大きな影響力がある。地域の支援者や同盟国・友好国とともに、ミャンマーの明るい将来に向かって積極的に関与する必要がある」と、連邦議会に一段の協力を求めた。

この日のオンライン公聴会では、ヴァイダ氏のほかにも、駐日大使に指名されたケネス・ワインスタイン氏や次期シンガポール大使、次期ジブチ大使ら、地政学的に中国との関係が重視される国々の大使候補が一堂に会したことから、議員からは中国の影響力に関する質問が相次いだ。ヴァイダ氏も「国境を接する中国からの強いプレッシャーにさらされている」と述べ、中国をけん制した。

ヴァイダ氏は中国を念頭に「主権に対する悪意のある外国の影響力と挑戦に対抗するためにも、ミャンマーの努力に対する支援は重要だ。地元のコミュニティーにはほとんど利益をもたらさない不公正な投資慣行や取引に対抗する政府高官、経済改革や市民社会の担い手たちを米国は引き続き支援し、民主的な政治的・経済的改革を後押ししていく」と強調した。

議員側からは、ミャンマーによるロヒンギャへの「大量虐殺」(ジェノサイド)への徹底調査が必要だとの認識が示された。国連機関や国際人権団体などがロヒンギャ問題を「ジェノサイド」と呼ぶのに対し、国務省は民主化を進めるアウンサンスーチー氏への批判を抑えるため、「民族浄化」などの表現にとどめている。ヴァイダ氏の指名承認は9月以降の見通しで、手腕が問われるのは11月の総選挙後になりそうだ。

■30年近いベテラン外交官

ヴァイダ氏は、両親がハンガリー移民で、アリゾナ州で生まれた。1988年にスタンフォード大学を卒業後、外交官育成で名高いタフツ大学フレッチャー法律外交大学院で修士号を取得し、1991年に国務省に入省した。東アジア・太平洋局で日本や韓国を担当したほか、同局のオーストラリア、ニュージーランド、太平洋諸島担当副部長などを歴任し、政治・軍事局で軍備管理を担当したこともある。

ヴァイダ氏の専門は、南アジアだ。2014年から2017年までインドのムンバイ総領事を務め、2018年10月まで南アジア担当の国務次官補代行としてインドやバングラデシュなどを担当した。2019年7月まで南アジア・中央アジア局で安全保障・地域政策担当次官補代理を務めた後、南アジア担当の責任者である国務次官補に就任。トランプ大統領に次期ミャンマー大使に指名された今年5月まで務めた。

ヴァイダ氏は、中国と南アジアや東南アジアの国々との対立が高まる中での就任となりそうだ。11月の大統領選で再選を目指すトランプ大統領は、中国問題を外交政策の中心に据えている。公聴会では、あえて「悪意のある影響力」(“malign influences”)という表現で中国やその影響下にある勢力を示唆。質疑応答では「中国」を名指しして対抗する必要性を強調した。

7月にはジョージ・シブリ臨時代理大使が、中国による南シナ海での軍事拡張や香港での取り締まり強化はミャンマーを含む地域社会の主権を脅かす膨大の計画の一部とする論文を発表した。それによると、中国はカチン州で未認可のバナナ農園を運営したり、鉱物・森林事業で疑惑のある投資を行ったり、負債を積み上げるようなインフラ整備を計画したりして、中国が主権を脅かしているという。

中国政府はこれを否定し、抗議しているが、国際社会がミャンマー批判を強める中、これに救いの手を差し伸べる形で中国がミャンマーに介入していると、米国は疑っている。米国がミャンマーの政治改革と経済改革にテコ入れするのは、中国とのミャンマー争奪戦の側面もあり、ミャンマーをめぐる中対立は今後も激化しそうだ。その際、インドなどにも土地勘があるヴァイダ氏の経験が生きるかもしれない。

おいかわ・まさや

1988年毎日新聞社に入社。水戸支局を経て、92年政治部。激動の日本政界を20年余り追い続けた。2005年からワシントン特派員として米政界や外交を取材。13年北米総局長。16年4月から論説委員