国際仲裁の活用について

1998年 東京大学教育学部卒業
2000年 虎門中央法律事務所入所
2003~2009年 日系及び外資系の大手金融機関等が共同設立した事業再生系
プライベート・エクイティ・ファンドに出向
2008年 虎門中央法律事務所パートナー就任
2011年 London Business School (Sloan) 留学
2012年 虎門中央法律事務所に復帰
現在は、主に上場企業等による国内・国外の事業買収等にリーガル・アドバイザーとして
関与するほか、非上場・中小企業の取引に関する、各種契約書作成・取引交渉の代理人等
として、法的支援を積極的に行っている。
1 国際紛争解決センター(東京)の設置
2020年3月、東京の虎ノ門(虎ノ門ヒルズビジネスタワー内)に、日本国際紛争解決センターが設置されました。これは、国際仲裁のための日本で初となる専用施設となります。
これまで、日本には専用の国際仲裁施設がなく、日本企業に国際的な紛争の解決のための仲裁等の手続は、ほとんどが日本国外の仲裁地で行われていました。しかし、日本企業が慣れない海外の仲裁地において仲裁手続に対応することは、いわば相手方のホームグラウンドでアウェイの手続を受けるに等しく、加えて、コストもかかるといった問題などがかねてから指摘されていました。このような実情は、グローバルに活躍する日本企業における国際的な競争力を阻害することにもなりかねません。こうしたことから、日本政府は、2017年に日本における国際仲裁の活性化に向けた基盤整備を重点施策と定め、2018年には大阪に最初の審問設備が設けられ、今般、新たに東京に仲裁専用となる施設が設置されたものです。
このように、本施設は、日本が国際紛争解決のための仲裁地としてより積極的に選択され、日本における国際仲裁を活性化する役割を果たすという、重要な意義を有しています。
2 国際仲裁の利点
日本においては、紛争解決機関として思い浮かぶのは大多数の場合は「裁判所」ではないでしょうか。これは、日本国内における紛争に関しては、裁判所による処理体制が整備されていること、また、職業裁判官による裁判内容に一定の公平性、妥当性が認められ、信頼されていること、裁判結果を執行するための体制も整っていること、といった諸点に由来するといえます。
しかし、日本国外の企業等を相手方とする紛争の場合は、このように簡単にはいきません。日本の裁判所で裁判ができればまだしも、海外の裁判所で争う場合、日本企業が他国の法律に基づく裁判手続によって裁判を受けること自体負担となりますし、さらに、国によっては、日本の裁判所と同じような公平性が担保されるとは限らず、自国企業に有利な判断がなされる傾向が否定できません。
一方、国際仲裁においては、国際商事仲裁のモデルとなる法や仲裁規則が国際連合(国連)の国際商取引法委員会(UNCITRAL)において定められており、当該規則を採用する国々の仲裁であれば、どのような仲裁であっても、基本的な部分において統一的な標準手続に基づき仲裁が実施されるという点において、紛争当事者に格別の有利や不利はありません。また、決め方にもよりますが、紛争の当事者がそれぞれ仲裁人を1名ずつ指名し、双方の仲裁人がもう1名の仲裁人を指名して合計して3名の仲裁人で仲裁廷を構成するという方法によって、仲裁廷の構成についても一定の公正性が担保されます。
さらに、仲裁を用いる大きな利点は、仲裁判断に基づく執行が容易なことです。裁判に基づく判決の場合、例えば日本の裁判所の判決に外国企業である相手方が従わない場合、この判決を外国において執行するためには、その国が日本の判決を当該国内で執行することにつき承認をしている必要があります。このため、国によっては、日本の判決が執行できず、事実上空文化してしまうことになります(例えば中国では日本の判決は執行ができません。)。これに対し、仲裁判断については、国際条約において、広く仲裁判断の外国での執行が認められています。このため、仲裁判断に相手方の外国企業が従わない場合、その仲裁判断を当該国で執行することが可能となり、実効性の確保に大きく寄与することになります。
このほか、仲裁という性質上裁判に比べて柔軟な解決が可能であること、審理の内容の秘密保持がより容易であるといったことなども国際仲裁のメリットとしてよく挙げられています。
したがって、国際取引を行うにあたっては、紛争解決の際に仲裁機関を用いるという選択肢を常に念頭におかれると有益であるといえます。
3 仲裁合意の必要性及びその内容について
実際に、紛争解決時に仲裁機関を用いるためには、取引時の契約において、紛争処理の取り決めの一環として、紛争時には裁判所による判断ではなく仲裁機関による判断に従う旨を定めておくと便宜です。UNCITRALの国際商事仲裁モデル法においては、仲裁判断は原則として終局判断となり、裁判所等への不服申立ては原則としてできませんが、こうした点についても契約書で合意しておくとよいでしょう。また、同じく、前記モデル法においては、仲裁手続前または手続中に、裁判所の手続による保全処分等を行うことが可能とされていますが、こうした点の可否なども契約書に明記をしておくと、紛争防止に有益といえます(これらの点は、日本の仲裁法においても明記されていますが、適用されるのは日本国内における仲裁手続に関してのみです。)。
また、どの国における仲裁機関を用いるのか、という点も重要なポイントとなります。当然、契約の当事者とも、自国の仲裁機関を用いたいと考えることが多くなります。この場合、実務的には、双方の当事者国以外の第三国の仲裁機関を指定したり、あるいは、申し立てを受ける相手方の仲裁機関とする、といった定め方をするなどして、双方の一致点を見出すようなケースもあります。
このほか、適用される仲裁規則や使用言語などについても予め定めておくと、万が一の紛争の際の手続的な安定性を図ることができます。なお、日本商事仲裁協会(JCAA)による国際仲裁においては、上述した国際連合国際商取引法委員会(UNCITRAL)が定める国際標準的な仲裁規則のほか、JCAAが定める商事仲裁規則、及び同じくJCAAが定めるインタラクティブ仲裁規則のいずれかを選択することができます。使用言語については、日本語を用いるケースは稀有であり、日本企業を当事者とする場合は英語を指定するケースが大半といえます。
4 終わりに
JCAAによると、2015年から2019年の5年間にJCAAに申し立てられた仲裁の申立件数は74件であり、いずれかの当事者が外国企業である国際仲裁はその82%(61件)ということですから、日本における国際仲裁の件数は年間わずか5件程度に過ぎないということになります。当職が関与する取引においても、アジア各国との取引契約においては、第三国であるシンガポール国際仲裁センター(SIAC)などを選択するケースが比較的多くみられます。
今回の、日本国際紛争解決センター(東京)の設置により、日本の仲裁機関を利用した国際仲裁が増加し、国際的に活躍する日本企業に対する法的側面からの支援が強化されることを願ってやみません。
(参考文献)
「日本における国際仲裁」(一般社団法人日本国際紛争解決センター)
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