Asia Inside:コロナ禍後のビジネス インドと中国の現場から①
新型コロナウイルスによる感染拡大は、世界で収束の兆しはみえない。厳しいロックダウン(都市閉鎖)措置を導入したインドでは、6月に入り経済的な理由からロックダウンの一部解除に踏み切り、その後感染が急速に拡大。一時は封じ込めに成功した中国でも、最近になって再び感染拡大の兆しが出ている。しかし両国とも、コロナ収束後を見据えた新しいビジネスの動きも始まっている。コロナ禍後のビジネスについて、毎日アジアビジネス研究所シニアフェローを務める荒木英仁氏と陳言氏に、それぞれニューデリーと北京から報告してもらった。【毎日アジアビジネス研究所】

都市封鎖段階解除も見通せないピークアウト・荒木英仁

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インド・ニューデリーのショッピングセンターでソーシャルディスタンスを取る市民

3月24日午後8時のモディ首相の宣言で翌25日午前0時から始まった、前代未聞、世界最大のインド全土のロックダウン(都市閉鎖)。モディ政権は、1月30日に武漢帰りの1人の学生が発病してから54日目にロックダウンに踏み切った。インド政府は「経済よりも人命が大事」である事を前面に出し、その後も「ロックダウン2・0」(4月15日、感染者1万2370人)、「3・0」(5月3日、同4万2505人)「4・0」(5月18日、同10万28人)とロックダウンを次々に延長した。

だが、新規感染者の増加は止まるどころか加速度的に増え続けた。各州政府からロックダウン延長の強い要望がある中で、モディ政権はこれ以上インドの経済を止める訳にはいかず、6月1日からロックダウンの段階的解除にかじを切った。

都会で働く数百万単位の出稼ぎ労働者が一瞬にして職を失い、止むを得ず徒歩で数百キロ離れた故郷へ帰る中、政府は新型コロナ対策として政策金利の2度にわたる引き下げ(1・15ポイント)▽貧困層への金銭的と物資の支援▽個人も含めたローン支払い延期処置(6ヵ月)▽中小企業に対する無担保低金利貸し出し――等を実施したが、大国インドの経済低迷を止めるまでの効力は発揮していない。元々衛生環境が整っていない各都市のスラム街では清潔な水が確保できず、手洗いすらままならいのも現実である。更に、スラムの人々には教育も行き届いておらず、コロナ対策そのものへの理解が足りていない事も、大都市部を中心に感染拡大に歯止めがかからない原因の一端であろう。

6月1日からの規制緩和により、今もなお新規感染者は増え続け、5月末に18万人強だった感染者はわずか3週間で44万人を超えた。1日の増加人数も5月31日時点では前日比8千人程度だったのが、6 月21日には前日比1万5千人を超える増加となった。ムンバイやデリーでは既に医療崩壊が始まりつつあると報じられている。もし3月25日に全土ロックダウンに踏み切らなかったら今頃インドがどうなっていたのだろうと思うとゾッとする。

インドの中で2番目に感染者数の多いタミルナド州は州政府の独断で6月20日より月末まで再度ロックダウンを発令した。このパンデミックのピークがいつ訪れるのかは誰にも予測出来ない状況が続いており、全く予断を許せない。

在印の日系企業の駐在員とその家族の8割程度は既に日本へ避難済である。一方で残留組(私の様にインドでの独立組も含む)は政府から配布された感染者追跡アプリ「AAROGYA SETU」にリアルタイムで提示される感染者数(500メートル、1キロ、2キロ、5キロ圏内)の増加に怯えながら、今後どういうアクションを取るべきか悩ましい問題であり、皆一様に選択の岐路に立たされている。

Aarogya Setu
インドの感染者追跡アプリ「Aarogya Setu」

感染拡大で大打撃だが、
企業は前向きに活動再開

インドはコロナが登場してくるかなり前の2018年度後半から、ノンバンク系金融機関の倒産等で貸し渋りが起き、また2020年春予定導入の新規排ガス規制等で買い控えが起きるなどの理由で、インドGDPの製造業の約半分を稼ぐ自動車業界が販売不振に陥り、不況の中にあった。

今回のパンデミックが与えた打撃は本当に大きい。本来であれば今年の4月から導入される予定だった新規排ガス規制対応の新車が出そろい、さあこれから書き入れ時のスタート時期だったはずだ。ちなみに2019年度の乗用車販売は前年比約15%ダウンの345万台だった。これは2015年度の販売台数とほぼ同じで、4年も前の数字に戻ってしまったことになる。現時点では今年は昨年からさらに20%は落ち込む事が予想されている。大方の予想では経済活動が通常に戻るのは8月から10月と言われている。当然自動車関連のサプライチェーンへの影響も大きい。

消費冷え込みや賃貸料金不払いによる不動産業界はさらに厳しい状況にある。筆者がアドバイザーを務めた大手不動産コンサルのJLLによると、2019年11月時点で約45万件のマンション、住宅プロジェクトにおいて資金不足等で工期の遅れが発生しており、投資総額660億ドル相当のプロジェクトが破綻状態にあるという。2018年後期からの不景気でただでさえ不良債権が山積みであった業界であり、回復には2021年度まで持ち越されることは間違いない。

インド経済の両輪を担う自動車産業と不動産産業の大不況、また政府の支援も殆ど期待出来ない中、多くの企業は前向きに活動を開始している。日本の様に政府支援が行き届かない事に特に不平不満を言うでもなく、不可抗力の災害の様にこのパンデミックを受入れ、できる範囲での対応をとっている企業が多いのはインド特有の「ジュガード」(非常時の創意工夫―何とかする)精神が浸透しているからであろう。2016年に高額紙幣使用禁止令が突然発動された際も、慌てふためいていた日本人駐在員とは対照的に、
筆者の周囲のインド人達は意外と平然と受け止め、必然の様にフィンテック(キャッシュレス)へ移行していったことを思い出す。

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経済再開へ向けたオフィスの除菌作業

現在、各企業は検温、毎日の殺菌、マスク着用、感染者感知アプリの義務付けなどの、新型コロナ感染対策を徹底している。コロナの抑え込みというより、自分の身は自分で守り、事業を継続する事に専念し始めている。ITやメディア関連などいまだ在宅勤務を実施している企業も少なくはないが、サービス業の一部、小売業、製造業、農業は、そんな事はしていられない。コロナとの上手な共存の仕方を模索しながら走り出した印象が強い。

医薬品、アグリビジネス
コロナ後のインドでチャンス

まだまだ終息までは先が長い感は否めないが、そんな中でもコロナを機に変貌を遂げていくであろうインドを予測してみたいと思う。

油だらけのカレーを朝昼晩食して、不摂生の鏡の様な多くのインド人にとってコロナによって確実に大きく変わったのは「衛生概念」と「健康志向に対する意識」であるのは間違いない。また、コロナによって著しく改善された医療制度や保健所は、今後のインドにとっては大きな財産となるであろう。

医療、衛生関連ビジネスが伸長するのは間違いない。今後コロナウイルス用のワクチンが開発された際には、世界最大級のワクチン製造工場を有するインドが脚光を浴びることになるだろう。既にプネーにある世界最大規模のワクチン工場を有するSerum Institute of Indiaは、英国のオックスフォード大学と共同でワクチンの臨床実験を開始している。

さらにコロナとの共存が始まり、インドの衛生概念を覆すような消毒の徹底が各所で継続することで、今までとは全く違うインドに生まれ変わる機会を得た事になる。またコロナ前までインドを含む世界の医薬品のAPI(原薬)製造の大半を担っていた中国から、インドへのシフトが既に始まっている。これまでもジェネリック医薬品生産大国であったインドの医薬品業界は、一気に拡大すると思われる。

数百万単位の出稼ぎ労働者が職を失い、故郷の農村部に戻った。しばらくはコロナが蔓延する都市部には戻らないことが予想される。ただし、現状では農業が中心産業の地方の農村部に彼らの就職先は無い。そんな中で想定されるのは、州政府主導の地元での農業に関する雇用創出である。

インドの果物や野菜の園芸ビジネスは拡大の一途をたどっているものの、いまだ5割近い収穫物が腐るか廃棄処分されており、年間1330億ルピー(約1900億円)程度のロスが生じている。多くの農家は生産した果物や野菜を保存する術が無いため、購入業者からの言い値で売却するしかない。日本の農協のような組織力もなく、妥当な販売での販売が難しいのが現実である。

低温輸送等のロジスティックインフラが脆弱なインドにおいては、各製造拠点に低温倉庫の設置が急務で、農業が中心の州政府は政府主導・官民一体の事業の推進を始めている。また貧しい州につきものの電力不足、高い電気料金の問題の解決をめざし、ソーラー等の再生可能エネルギーを主体としたコスト効率の良い倉庫システムを積極的に取り入れようとしている。日本の進歩した食品加工技術や低温輸送技術は、ここに大きなチャンスがある。

サプライチェーンの移転も加速へ

今まで中国に頼っていた世界の製造業のサプライチェーンの拠点の、インドへの移行も加速するだろう。自動車関連等の多くのインドの製造業も、今までパーツやコンポーネンツを中国から仕入れていたが、品質の安定性に欠き、ディフェクト率(不良品率)が年々上がっている事に不満が溜まっていた。モディ政権も自給自足を推奨しており、自国での仕入れへのシフトが順次始まっている。

中国とアメリカの貿易摩擦が発端となって一時期、中国へ進出している外資企業のベトナム等ASEAN地域への製造拠点の移転が相次いだ。世界一の民主主義国家で政策が安定しているインドは、中国に次ぐ巨大市場でもあり、世界中から注目を浴びている。近年は技術力も著しく向上し、労働力も今後20~30年は安定的に供給される事が期待されているインドには、コロナ禍の中、欧米企業からの問合せが急増している。自動車、自動二輪の普及はまだまだこれからで、白物家電の普及率も50%も満たず成熟にはほど遠い市場▽世界で3番目に多いユニコーンを輩出▽通貨が最安値を更新中▽中国製品不買運動が国中で盛り上がっている▽外資規制が年々緩くなっている▽デジタル分野では日本の10年先を行っている――。インドの現状を考えれば、まだまだあらゆる分野で日本企業の参入チャンスは多い。コロナから復活を果たす日は必ず来る。インドからは目が離せない。

■荒木英仁

毎日アジアビジネス研究所シニアフェロー・インドビジネスコンサルタント
araki_column_1909_04長年、大手広告代理店「アサツー・ディ・ケイ」の海外事業に従事し、2005年から9年間、同社インド法人社長。14年春グルガオンにて「Casa Blanka Consulting」社を設立し、日本企業との提携を求めるインド企業を支援。監査法人「Udyen Jain & Associates」と業務提携し、日本企業のインド進出や現地でのコンプライアンスを支援。インド最大手私銀「ICICI Bank」のアドバイザーや、JETROの「中小企業海外展開現地支援プラットフォーム」コーディネーターも務める在印15年強のベテラン。