「サーモン・ショック」:北京 赤間清広

北京赤間

新型コロナウイルスの感染拡大をほぼ収束させたはずの中国で、再び集団感染が発生した。震源地と目されるのは習近平指導部のお膝元、首都・北京市でも最大規模といわれる食品卸売市場だ。市当局は6月15日の記者会見で「戦時状態に入った」と危機感をあらわにし、市場周辺の封鎖や20万人規模のPCR検査、市外への移動制限など対応に追われた。

混乱も広がる。「大規模感染が発生して以来、この通りさ」。市内のスーパーを訪ねると、男性店長がため息をついた。いつもは海や川の魚がびっしりと並ぶ鮮魚コーナーに商品が一つもない。当局の指導ですべて撤去させられたという。

原因は、卸売市場のサーモン販売業者が使っていたまな板の表面からウイルスが検出されたことにある。感染症の専門家が国営メディアなどを通じ、サーモンなど海産物の取扱に注意するよう呼びかけたことも市民の不安に拍車をかけ、市内から海産物が一瞬で姿を消した。

とりわけ打撃が大きいのが、日本料理店だ。どこも看板商品は「中国人客の8割以上が頼む」というサーモンの刺身。市内の日本料理店を何軒かまわったが、サーモンをはじめ刺身類の取扱を一時的に休止している店が多かった。新型コロナの感染拡大で連日閑古鳥が鳴いていた厳しい状況を乗り越え、ようやく正常化に向けて歩み始めた矢先の「サーモン・ショック」に、日本人料理人は「客足が目に見えて減ってしまった。これからどうなるのか」と不安を隠せない。

中国疾病対策センターの首席感染症責任者、呉尊友氏は、感染者がまな板を触ったり、近くで会話をしたりした影響でウイルスが検出された可能性もあるとして「サーモンが元凶だとは断定できない」と指摘する。国連食糧農業機関(FAO)によると、適切な衛生管理や処理を行えば、海産物に付着したウイルスから感染するリスクは極めて低いという。

しかし、不安は市民の疑心暗鬼を増幅させ、安易な「犯人捜し」を生みやすい。一度イメージが定着すれば、それを覆すのは容易ではない。サーモンの「汚名」は晴れるのか。科学的根拠に基づく冷静な議論を期待したい。(2020年7月、中国総局