シリーズ 米国のアジア人脈21

ダニエル・サリバンNGO「レフュージ・インターナショナル」上級アドボケート 議会動かすロヒンギャ救済の「先導者」

毎日新聞論説委員・及川正也

ミャンマーの少数派イスラム教徒「ロヒンギャ」の苦難が一段と厳しくなっている。ミャンマー当局からの迫害に加え、激しい風雨をもたらすモンスーンの到来と、世界にまん延する新型コロナウイルス感染症の発生で、ミャンマーやバングラデシュの難民キャンプなどから逃れようとする人々が「再難民」化しているためだ。ロヒンギャの窮状を訴え続け、米国政府に改善策を求めているのが、米NGO「レフュージ・インターナショナル」(Refugee International)の人権問題担当上級アドボケート(提唱者)であるダニエル・サリバン氏だ。

■新型コロナで難民は窮地に

米下院外交委員会の公聴会で証言するサリバン氏=2017年9月、レフュージ・インターナショナルのホームページから

「世界中が新型コロナウイルスとの闘いを強いられる困難な時期にある。重要なのは、ウイルスは差別することなく、だれにでも感染するということだ。難民をはじめ脆弱な環境にいる人のことを忘れてはならない」。5月7日、米保守系シンクタンクのヘリテージ財団が主催した「新型コロナ下でアジアの脆弱な人々を守るには」と題するウェビナーのパネリストとして参加したサリバン氏は、ロヒンギャの支援を訴えた。

ヒンギャ難民が暮らすバングラデシュのコックスバザールでは3月24日に新型コロナウイルスの最初の感染が確認され、キャンプ周辺が封鎖された。5月14日には難民キャンプ内で初めての感染者が出た。この後、キャンプ内の検査が進むにつれて、感染者数も増加している。ウェビナー開催は、難民キャンプでの感染が報告される前だったが、サリバン氏は「現地からは『キャンプでの感染は時間の問題だ』との報告を受けている」と語っていた。

ウェビナーでサリバン氏は、今後、危機が増大する要因として、3つの懸念を挙げた。

1つは、コックスバザールに集中する難民の多さである。ミャンマーとバングラデシュの両政府は帰還プログラムで合意したにもかかわらず、帰還後の安全の保証などが得られないとして帰還を望む人はほとんどおらず、プログラムは機能していない。キャンプにはいまなお90万人以上が生活している。防水シートでつくったテントに何人もの家族が隣接して暮らしているのが難民キャンプの実情だ。

サリバン氏は「コックスバザールの難民キャンプは世界最大の規模で、人口密度はニューヨーク市の4倍に達する。新型コロナ感染拡大を防ぐためのソーシャルディスタンス(社会的距離)を確保するのが困難だ」と強調した。

2つ目は、衛生環境の劣悪さだ。現地からの報道によれば、数十人が1つのトイレと衛生用のハンドポンプを共有している。バングラデシュではモンスーン(雨季)が到来し、5月中旬には史上最大級のスーパーサイクロン「アンファン」がバングラデシュを襲った。難民キャンプでは死者は報告されなかったというが、一帯は水浸しになり、衛生面での悪化が心配されている。

サリバン氏によると、キャンプ封鎖などによって、しばらく前から人道支援従事者のキャンプへのアクセスが制限され、「従来よりも80%を下回る」ほどの支援活動しか実施されていないという。医療機器を備えた医療体制や十分な検査キットを含む検疫体制の拡充が急がれている。

■「発症なら殺される」のデマも

最後が、情報アクセスが制限されていることだ。バングラデシュ政府は昨年9月以降、難民キャンプ内のインターネットを閉鎖し、モバイルサービスを制限している。これによって新型コロナに関する正確な情報や知見の共有ができなくなっていて、難民の間に不安が広がったり、デマが駆け巡ったりしている、とサリバン氏は懸念を示す。

たとえば、難民キャンプの人たちは発熱や咳などの症状が出ても、キャンプにある国際NGO運営のクリニックに行って検査を受けるのを恐れているという。サリバン氏は「『ここでは救えないので殺される』というウワサや、『この病気は悪いイスラム教徒だけが罹患する』などといったデマがまん延しているからだ」と明かす。

現地からの報道によると、患者は、国連機関が新しく建設した難民キャンプ内の隔離施設に収容され、患者と接触していた難民はキャンプ外の施設に隔離されたという。だが、こうした状況は必ずしも難民らには伝わっておらず、情報過疎の状態に置かれて疑心暗鬼になるのも無理はない。医療従事者らの連絡体制もぜい弱になり、サリバン氏は情報遮断について「まったく不必要な規制だ」と強調した。

■漂流する「再難民」

さらに、最近、深刻になっているのが、「漂流するロヒンギャ難民」だ。第三国での定住を求めて海路で母国やキャンプを逃れた難民たちが、ボートの難破や受け入れ拒否で命を落とす事例が相次いでいる。

ヒューマン・ライツ・ウオッチによると、4月15日にマレーシアの沿岸警備隊が、ロヒンギャ難民約400人が乗るボートを発見し、収容した。難民たちはやせ細こけていたという。難民によると、約2カ月前に着岸を拒否され、漂流していたという。翌4月16日にも約200人を乗せたボートが接近したが、マレーシア海軍は食糧を提供したものの、着岸は拒否した。また、5月7日には、数週間にわたってバングラデシュ海域を漂流していたロヒンギャ約300人が乗ったボートをバングラデシュ海軍がようやく救援する事案があった。

東南アジア諸国連合(ASEAN)の「人権宣言」では、亡命の権利と受け入れを定めている。国際的にも、迫害の危険がある難民などの入国や追放を禁止する規範(ノン・ルフールマン原則)がある。このまま周辺国が難民ボートの漂着を放置するなら、「アンダマン海は難民の墓場になる」との指摘もある。

バングラデシュの難民キャンプでの生活に耐え切れなくなったりした難民が、モンスーンの到来を前に脱した人たちが多いとみられる。バングラデシュ政府は、周辺諸国に難民を受け入れるよう求めているが、マレーシア政府は救援をためらう理由として新型コロナの脅威を指摘している。サリバン氏は「まだ多くの難民が漂流している。上陸を認めるべきだ」とウェビナーで強調した。

■人道支援のプロとして脚光

サリバン氏は、名門米ハーバード大学で行政学を学び、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院(SAIS)で国際関係論の修士号を取得。クリントン政権の国務長官だったマデレーン・オルブライト氏が創設したグローバル戦略アドバイザリー企業「オルブライト・ストーンブリッジ・グループ」や、米議会の超党派諮問機関「大量破壊兵器拡散・テロリズム防止委員会」でスタッフを務めた。

難民問題に本格的に取り組み始めたのは、「集団虐殺を止めさせるための連合」(United to End Genocide)でポリシー・ガバメント関係ディレクターに就いた2011年から。2016年4月にワシントンにある「レフュージ・インターナショナル」の上級アドボケートに就任し、ミャンマーや中米の大規模な避難民問題について調査している。

サリバン氏が所属する「レフュージ・インターナショナル」は、米政府や米議会に強い影響力を持つ世界規模の人道支援団体として知られている。民主党のクリントン政権でホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)人道問題担当上級部長、オバマ政権では難民問題担当の国務次官補を歴任したエリック・シュワルツ氏が会長を務め、運営メンバーには、ヨルダンのヌール王妃や俳優のマット・ディロン氏らが名を連ねる。著名投資家のジョージ・ソロス氏や、アジア太平洋担当の国務次官補や国連大使を務めた民主党の重鎮リチャード・ホルブルック氏もメンバーだった。政府や国連機関からの援助を受けない「物言うNGO」として評価を得ている。

サリバン氏はこのNGOの人権部門のトップだ。2017年9月、下院外交委員会アジア太平洋小委員会の「ロヒンギャに対するビルマの残虐な攻撃」と題する公聴会で、参考人として出席したサリバン氏は、バングラデシュでの調査で得たロヒンギャ難民の証言を引用し、「(ミャンマーの)兵士は民家に火を放ち、人々を閉じ込め、出てきた若い女性は連れ去られ、レイプされた」と話した。現地調査ではキャンプや病院を回り、調査に同行したシュワルツ氏はサリバン氏に「30年以上の人権ミッションの経験で、これほどひどい状況を見たのはほとんどない」と述べたことも明かした。

■「集団虐殺」運動と米政府の慎重姿勢

そのサリバン氏とシュワルツ氏が5月21日から始めたのが、ミャンマーによるロヒンギャへの迫害を「集団虐殺」(ジェノサイド)と規定するようポンペオ国務長官に求める請願書の署名集めだ。ツイッターで「#CallItGenocide」(集団虐殺と呼ぼう)キャンペーンも始めた。その日のうちに、下院外交委員会はツイッターで、「米国はロヒンギャの人たちに降りかかったことを、その通りに呼ぶ必要がある」と、「#CallItGenocide」のハッシュタグを付けて支持する考えを表明した。

ただし、米政府がミャンマー軍や治安部隊の行為を「集団虐殺」と呼ぶかどうかは見通せない。民族、人種、宗教などを理由に集団虐殺を行う「ジェノサイド」は、国連のジェノサイド条約によって厳しく禁止されている。違反すれば集団殺害罪で処罰される。ミャンマーはビルマ当時に条約を批准している。

米国はロヒンギャ迫害を強く批判し、軍幹部などに対する制裁措置を講じているが、「ジェノサイド」とは認定していない。11月の総選挙を前にミャンマーの民主化が滞り、国際的な孤立を招き、軍政の復活や、米国と対立を深める中国への再接近を促すことにもなりかねないとして、慎重に対応を決めようとしているためだ。東南アジアの要衝となるミャンマーは経済投資先としても重視しているという事情もある。

ミャンマー政府は、国際司法裁判所(ICJ、オランダ・ハーグ)で係争中のロヒンギャ迫害問題をめぐり、ICJから求められた迫害停止の仮処分命令の履行状況に関する報告書を、期限の5月23日を前に提出した。米国政府は今後、ロヒンギャ問題への国際的な関心の度合いや、ICJでの審理の行方などを分析しながら、ミャンマーへの対応を固めていくとみられる。

 

おいかわ・まさや

1988年毎日新聞社に入社。水戸支局を経て、92年政治部。激動の日本政界を20年余り追い続けた。2005年からワシントン特派員として米政界や外交を取材。13年北米総局長。16年4月から論説委員