強権ではなく:北京 河津啓介

河津啓介 本社員世界中の医師や看護師が新型コロナウイルスの脅威と戦っている。

中国メディアによると、中国本土で新型ウイルスに関連する医療従事者の死者は少なくとも60人。感染による死亡は約20人、脳出血や心臓疾患など過労死とみられる事例が約30人、残りは往診や通勤に伴う交通事故などという。

山東省済南市の看護師、張静静さんは4月6日、突発性の心臓疾患で亡くなった。今年33歳だった。1月25日に、感染が深刻な湖北省へ向かい、2カ月近く医療支援に従事した。現地の方言を覚えて患者との信頼関係を深めていたそうだ。夫はアフリカに駐在中で、5歳の娘は実家に預けていた。

「もうすぐ帰りますよ」。3月21日、湖北省から済南市へ戻る航空機内で、張さんが笑顔で語る映像が残されていた。

張さんは済南市で4月4日まで14日間の隔離措置を受け、帰宅直後の同5日午前7時に突発性の心臓疾患で救急搬送され、翌6日に亡くなった。医療支援による過労が原因とみられている。

中国では2月の流行ピーク時に、一日あたり3000人を超える感染者が確認され、死者も100人を超えていた。医師や看護師は医療崩壊という厳しい現実に、身も心も擦り減らした。

「もう耐えられない」。武漢市のある医療従事者は心理ケアホットラインの電話口でそう漏らすと、30分間ただ泣き続けたという。

苦しむ医師や看護師を支えようと、全国の心理ケア団体や大学が行動を起こした。心理カウンセラーは手弁当で、相談相手の悩みに24時間態勢で寄り添った。

医療従事者に限らず、誰もが感染や将来の不安を抱える中、「人の役に立ちたい」と立ち上がった人は少なくない。清華大社会科学学院院長で心理学部長を兼務する彭凱平教授は「普通の人々の貢献こそ歴史に記録するに値する。例えば宅配や食事の配達員がいなければ、我々の生活は成り立たなかっただろう」と指摘した。

中国の感染対策と言えば、都市の封鎖やビッグデータの活用など強権的な取り組みに目が向きがちだ。しかし、社会を危機から救ったのは、権力や政治制度ではなく、草の根の善意の輪だったと思う。(2020年6月 中国総局