シリーズ 米国のアジア人脈20

アジア系差別の撲滅訴えるタミー・ダックワース上院議員――タイ生まれの女性傷痍軍人

毎日新聞論説委員・及川正也

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて各地で都市封鎖(ロックダウン)が続く米国では、アジア系住民への差別やいやがらせが後を絶たない。「震源地」が中国・武漢だったことで、社会の不満の矛先が向かっているようだ。民主党上院議員の有志がトランプ米大統領に書簡を送り、バッシングを制止するよう求めた。その中心人物が、タイ系米国人のタミー・ダックワース上院議員(52)=民主党=だ。

■コロナハラスメントに警告
タミー・ダックワース米上院議員=議員ホームページから

「新型コロナウイルスの感染拡大で、アジア人やアジア系米国人らへの深刻な憎悪犯罪や人種的いやがらせが頻発していることを憂慮する。彼らは、命、健康、尊厳、生活が脅かされている。政府と議会のすべての指導者たちはアジア差別主義に対抗し、アジア系住民の擁護を表明すべきだ。私たちの敵はアジア人やアジア系米国人のコミュニティーではなく、私たち全員を危険にさらすウイルスである」

民主党の有志上院議員29人の連名による4月21日付の書簡では、アジア系差別に対する強い危機感を表明している。米国のNPO「アジア太平洋ポリシープラニングカウンシル」(A3PCON)、「チャイニーズ・フォー・アファーマティブアクション」、州立サンフランシスコ大学が合同で実施しているアンケート調査「アジア太平洋ヘイトを止めよう」によると、新型コロナウイルス関連で、4月初旬までの
2週間で全米から1135件のアジア系に対するいやがらせや暴力が報告された。女性の被害は男性の2倍に達し、子供の被害も6%あったという。

また、米ABCニュースは、連邦捜査局(FBI)のヒューストン支局がアジア系米国人住民への憎悪犯罪が増加することを警戒するよう促す文書を作成し、全米の警察機関に送付したと報じた。

書簡では、「ウイルスと特定の民族の間になにがしかのつながりがあるかのような誤った考えに対抗する必要がある。こうした偏見がアジア系住民への憎悪犯罪の急増につながり、この危機に乗じて人種的に違う他者に危害を加える口実となっている」と指摘している。アジア系への犯罪増加について、調査したNPOの担当者は米NBCニュースに対して「『中国ウイルス』といった表現を意図的に使うことが、アジア系米国人への差別をあおっているのは明らかだ」と語っている。

トランプ氏は「(ウイルスは)実際に中国から来た」として、「COVID19」と命名された新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と公言し、「理に適っている」と述べていた。その後、アジア系住民に責任はないとし、「アジア系米国人を守る必要がある」と述べたものの、その具体策の内容や関係機関への指示については言及していない。

この書簡を作成したのは、民主党上院トップのチャールズ・シューマー院内総務とロバート・メネンデス外交委員会筆頭理事、上院で初の女性アジア系米国人(日系)のメイジー・ヒラノ議員、そして同じくアジア系(タイ系)女性で2番目のタミー・ダックワース議員の4人。このほか、共同署名者には、今回の大統領選民主党予備選に立候補したバーナード・サンダース氏、エリザベス・ウォーレン氏、エイミー・クロブシャー氏、コーリー・ブッカー氏らに加え、上院でアジア系女性3人目(インド系)となったカマラ・ハリス氏や重鎮のダイアン・ファインスタイン氏らそうそうたるメンバーが名を連ねた。書簡は、中国の初動の対応を批判し、感染拡大の検証が必要になるとしつつも、当面は「コロナウイルスの克服が最優先だ」と強調し、国際連携の重要性を訴えている。

■アジア諸国で幼少期過ごす

この文案作成で中心となったのが、ダックワース氏だ。タイ系米国人では初の上院議員だが、ダックワース氏の名が知られるのは、イラク戦争の戦闘で両足を失った傷痍軍人であると同時に、上院議員として初めて出産した女性議員という波乱に満ちたバックグラウンドゆえだろう。こうした経験を通じて、彼女が政治信条としているのが、「どんな境遇にある米国民でもだれひとり置き去りにしない」という仲間意識だ。

ベトナム戦争に出兵した米海兵隊退役軍人である父親と、中国系タイ人の母親のもとにバンコクで生まれたダックワース氏は、父親の戦地赴任と地域支援の仕事の関係で幼少期から思春期にかけて東南アジア諸国を転々とした。幼いころをカンボジアで過ごし、シンガポール、バンコク、ジャカルタのインターナショナルスクールに通った。英語とタイ語に加えてインドネシア語を体得し、アジア通としての土台を築いた。高校生だった16歳のときに家族で米国ハワイのホノルルに転居したが、父親の失業で生活保護を受けていた時期もあったという。苦労しながら地元の高校を卒業し、ハワイ大学で政治学を学び、その後、首都ワシントンにあるジョージワシントン大学エリオット国際関係大学院を修了した。転機は1990年、ジョージワシントン大学に設置された予備役将校訓練課程(ROTC)に卒業生として登録したことで訪れた。

ダックワース氏は、米政治専門サイト「ポリティコ・マガジン」のインタビューで、卒業後は外交官を志望していたが、「国を代表して海外で仕事をするなら、軍の大隊と小隊の違いぐらいはわからないといけない」と考え、志願したという。ROTCは、米軍の将校を育成するため特定の大学に設置された教育課程のことで、修了者は陸軍士官学校や海軍兵学校などの卒業生と同様に初級将校に任官する。

ダックワース氏にとって、軍や戦争は身近にあったようだ。父方の家系は独立戦争を戦った兵士にさかのぼるという。1968年生まれのダックワース氏は幼少時にベトナム戦争の余波を受けたカンボジアのプノンペンで過ごした。遠くで爆撃があると母親に抱きかかえられながら屋根裏に上がった記憶がある、とポリティコに話している。

だが、軍の基礎知識を学ぼうと入ったROTCに「はまった」という。「仲間意識や軍隊の目標意識、さらには過酷な訓練にすらとりこになるとは思ってもみなかった。教官はだれか一人を叱るのではなく全員を叱るため、全員がチームの成功のために協力するようになる」。この体験を踏まえてイリノイ州の陸軍州兵に登録し、戦闘地帯で女性に認められた数少ない任務としてヘリコプター部隊を志願した。

■イラク戦争で両足失う

ダックワース氏が大尉としてイラクに派遣されたのは、イリノイ州にあるノーザンイリノイ大学で東南アジアの公衆衛生学の博士号を取得しようと研究に励んでいるさなかの2004年だった。このとき起きた運命の出来事について、ダックワース氏は政治ライターのケイト・チャイルズ・グラハム氏が2018年中間選挙に出馬した急進派候補35人を取り上げた著作「Why I Run」の前書きで記している。

〈搭乗していた軍用ヘリコプターUH60「ブラックホーク」がイラク上空を飛行中、何の警告もなくイラクの武装勢力が発射したロケット弾を被弾した。私の片足は跡形もなく消え、あとの片足も吹き飛んだヘリのパネルに切断された。爆風で右腕のほとんどが吹き飛ばされ、文字通り、私は粉々になった。私は死んだも同然だった〉。

それでも生き延びることができたのは、〈パイロットが奇跡的に不時着させ、同じく負傷した同僚がまず私の治療を急ぐよう要請し、クルー全員が私のことを見捨てなかったからだ。そして私は再び国に奉仕するために生き延びた〉と書いている。実際、戦闘で両足を失ったダックワース氏は、その後も2014年に陸軍中佐として退役するまで24年にわたって予備役として兵役についた。

復調したダックワース氏が最初に挑戦したのは、2006年の中間選挙である。イリノイ州選出の有力下院議員だった共和党のヘンリー・ハイド氏の引退によって、共和、民主両党から多くの候補者が出馬した。イラク反戦ムードが高まる中で、イラク戦争で負傷した民主党のダックワース氏もその一人だった。本選では惜敗したものの、後に大統領になるオバマ上院議員が応援に駆けつけて話題となった。

敗戦直後にイリノイ州の退役軍人長官に就任し、オバマ政権が発足した2009年には連邦政府の退役軍人省次官補に指名された。米同時多発テロを受けたアフガニスタン戦争やその後のイラク戦争で増大する退役軍人や傷痍軍人への対応は社会問題化していた。ホームレスや自殺者が増え、女性とネイティブアメリカンへの差別など幅広い課題に取り組んだ。

■退役軍人問題に尽力

2012年の中間選挙で連邦下院選(イリノイ州8区)に出馬して初当選し、身体に障害を持つ女性初の下院議員になった。2期務めた後、2016年の中間選挙で連邦上院選(イリノイ州)に転身した。この選挙では、共和党現職のマーク・カーク氏が、ダックワース氏について「あなたの両親はジョージ・ワシントン(初代大統領)に仕えるためにはるばるタイからやってきた」と述べ、差別発言だと非難を浴びた。

ダックワース氏の政治活動が注目される一方で、「初の上院議員」の称号を再び得ることになったのが、当時50歳だった2018年に女児を出産したことだ。ダックワース氏は下院議員だった2014年に長女を出産しているが、在職中の出産は歴代の上下両院議員含めて10人しかいない。直後に上院は1歳未満の赤ちゃんを議場に帯同し、授乳することを認める規則改正を行った。

ダックワース氏は兵役や議員活動を通じて、「だれもが差別されず、置き去りにされない仲間意識」をモットーにしている。新型コロナウイルスでのアジア系差別に黙っていられないのも、こうした信条からだろう。それを端的に表していることばが、ジャーナリストのクリステン・ホルムステッド氏がイラク戦争を戦った女性兵士を描いた2007年の「Band of Sisters」でダックワース氏が記した前書きにある。

「戦闘への女性派遣禁止について女性議員を対象とする講演を頼まれたが、それはおろかで非現実的だ。こうした無意味な問いかけに答えなければならないことは、実際に女性が戦争で戦い、死んでいるという事実をこの国は学ばなければならないということを教えてくれる。第二次世界大戦中に、アフリカ系米国人や日系米国人の兵士たちがいかに米国に奉仕したかを、私たちとは同列に議論しないのと同じだ」

■パンデミック対策でも一目

トランプ米大統領は4月中旬、新型コロナウイルス感染拡大の推移に照らしつつ、経済活動の再開を探るために超党派のアドバイザリー議員団を結成する意向を示した。米メディアによると、上院の民主党議員もリストアップされており、そのうちの1人がダックワース氏だという。トランプ氏による不満の「ガス抜き」の思惑もあろうが、それだけホワイトハウスが注目しているという表れでもある。

企業経営者寄りの共和党議員は都市封鎖に伴う経済活動の停止の影響は、新型コロナが直接的にもたらす影響よりも深刻だ、と主張する。しかし、民主党は、感染拡大の状況を慎重に見極め、より段階的なアプローチで臨む必要があるという立場だ。各地で経済活動再開を求めるデモが起き、トランプ氏が自宅滞在を促す一方で、こうしたデモには応援する一貫性のない立場に懸念も膨らんでいる。

経済活動の停止がしばらく続いても、市中での市民生活が再開されても、新型コロナに伴ういわれのない人種差別が一段と激しくなるなら、深刻な問題だ。鬱屈した市民生活の不満のはけ口として、アジア系住民が攻撃の標的とならないよう、警告の発信や取り締まりの強化など、トランプ政権も米議会も具体的な策を講じるべきだろう。

おいかわ・まさや

1988年毎日新聞社に入社。水戸支局を経て、92年政治部。激動の日本政界を20年余り追い続けた。2005年からワシントン特派員として米政界や外交を取材。13年北米総局長。16年4月から論説委員