武漢からの手紙 北京・浦松丈二

北京浦松〈武漢〉と打ち込むと胸が痛む。アジア最長の大河・長江の中流にある人口1100万人の大都市だ。近年は中国中部のハイテク拠点として発展しているが、日本人には三国志の舞台という方がなじみ深いだろう。その武漢は新型コロナウイルスによる肺炎の拡大を防止するために1月23日から外部との交通が遮断され、4月8日まで事実上の都市封鎖が続けられた。初動の遅れとその後の封鎖措置、最近ではウイルスの源流を巡る記事など〈武漢〉の地名を書かない日はない。残念なことに「武漢病毒(ウイルス)」という不名誉な使われ方も香港や台湾の一部ではみられる。全くの被害者である武漢市民の心情は察するに余りある。

封鎖されてからの暮らしぶりを取材しようと武漢在住の日本人に手紙を書いたところ、〈丁寧なご挨拶、ありがとうございます〉という書き出しで、心のこもった返事が届いた。

武漢を愛する日本人として地元メディアに紹介されていた武漢市在住10年の嶋田孝治さん(72)。カレー店を指導しながら地元の人々に日本語を教えているという。

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武漢市郊外で地元の若者に日本語を教える嶋田孝治さん=本人提供、撮影日不明

手紙は武漢の街の様子について〈皆マスクを付けています。人々の往来もなく、自動車も通行禁止になっています〉と描写する。武漢では2月6日から一般車両の通行が禁止された。厳戒の街で、市民はただ収束を待つだけだった。

文面に武漢への愛着がにじむ。〈武漢の街とその郊外は私の少年時代のような感じがするところで気にいっています。人々もおおらかです〉。日本政府はチャーター機を飛ばして武漢在住の日本人と家族を帰国させたが、嶋田さんは〈つらい時も楽しい時も武漢に居るのは当たり前〉と残ることにした。

手紙はこう結ばれている。〈特に、苦しい時、つらい時に地元の人々とともにがんばって過すことは大切なことだと思っています。このことだけでも心細く、不安な気持ちになっている人々を支えることに通じることだと思っております〉

封鎖が広がる世界。〈つらい時も楽しい時も〉という言葉がしみる。私も事態が収束したら真っ先に武漢を訪れたいと思う。(2020年4月 中国総局)