「ケーキにクリスマスや中国暦の新年のあいさつのデコレーションはしません」ジャカルタのショッピングモールにある韓国系パン屋の店頭に、こう宣言するお知らせが張り出された。イスラム教のハラム(禁止行為)にあたるからというのが理由だ。イスラム教徒が人口の9割近くを占めるインドネシアで今年も12月恒例の議論が持ち上がった。
12月に入るとジャカルタのショッピングモールやホテルのロビーにもクリスマスツリーがお目見えする。雪が積もったようなものや、色とりどりの飾りで彩ったツリーの周りにトナカイやリボンのついたプレゼントの箱が並ぶ様子は日本と変わりないが、何か物足りなさを感じるのは肝心のサンタクロースの姿がないからだ。外国人が多く暮らすアパートメントや外国企業が入居するオフィスビルには小さなサンタの姿があるが、どこか申し訳なさそうな雰囲気すらある。

マスツリー=ジャカルタで2019年12月、武内彩撮影
2016年12月、イスラム聖職者をまとめる「インドネシア・ウラマー評議会」(MUI)が出した「サンタ禁止令」の影響だという。イスラム教徒の従業員が接客時にサンタなど他の宗教に関連する衣装を着ることを禁じた宗教令(ファトワ)で、急進的なイスラム団体が「取り締まり」を行ったこともあり、サンタの居場所はどんどんなくなった。
そして今年は冒頭のパン屋の一件だ。SNS で拡散すると賛否両論を呼び、運営会社は店舗の独自判断だったとしてすぐに撤回した。混乱を避けるため、ハラル製品保証実施機関がイスラム教以外のあいさつを食品や飲料製品に描いてはいけないという法律はないという声明を出し、MUI 食品・医薬品・化粧品検査研究所も追随した。ただ、イスラム教徒が「メリークリスマス」など他の宗教のあいさつするのは避けるべきだという意見は根強い。
知り合いのキリスト教徒の女性は「パン屋の議論も正直またかと思うだけ。毎年この時期になるとこんな話題が出る。いい加減にしてほしい」とうんざりした様子で話した。言い捨てるような口調には、保守化する社会でマイノリティーとして生きる窮屈さがにじんでいた。多民族、多宗教の国家として「多様性の中の統一」を国是に掲げるが、その多様性はクリスマスや正月を迎えるたびに揺らぐ。(2020年1月 ジャカルタ支局)
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