多様性を内包したインド取材の難しさ ニューデリー・松井聡

デリー松井「インドを描くのは難しいですよ」。インドに赴任して1年半。赴任直前にベテランのインド研究者に言われた言葉を痛感する日々だ。国土が大きく、多様な人種、宗教、社会階層が混在するこの国では、どの人々に取材をするかによって社会の見え方が全く異なるものになる。

我々メディアはしばしば、「一人のストーリー」や「一つの出来事」を導入部や切り口にして社会や政治の潮流を描こうとする。「虫の目と鳥の目」とも言うが、現場での取材を基に、社会や政治の今や将来像を俯瞰して分析する。その際、「主人公」となる人や出来事は、社会や政治の風潮を物語るうえでのいわば「典型」や「象徴」である必要がある。

だが、多様で重層的な社会構造を持つインド社会では、その「典型」や「象徴」を見つけることが難しい。例えば、今年春の総選挙前に西部マハラシュトラ州を訪れた時のことだ。同州には貧しい農民が多く、借金苦による自殺が相次ぎ、政権に対する大規模な抗議デモも報道されていた。与党が敗れるとすれば、それは農民の不支持が大きな原因だろうとの指摘もあった。
私は自殺者が最も多く出ていたビダルバという地域に焦点をあてようと考えた。だが、驚いたことに話を聞いた複数の村の住民計数十人は全員モディ政権を熱烈に支持していた。彼らの生活は苦しかったが、政府による住宅建設の際の補助や、ガス代の補助などの政策が評価されていた。この一帯では与党の運動員が熱心に活動しており、その宣伝効果もあるようだった。一方、そこよりも少し豊かでカーストが比較的高い農家が住む別の集落では、モディ氏への批判を口にする農民が多かった。同じ地域の「貧しい農民」でさえひとくくりにできないのだ。

「人種、民族、宗教、地域、社会階層、カースト、年代ごとにみんな言うことが違うのがインド。インド人の定義を聞かれれば、私でも困る。でもこの多様性がインドのダイナミズムだ」。インドの著名な政治学者に取材の話をすると、こう返ってきた。インド取材は難しい半面、多様性を内包しながら日々変化している姿を追うのは醍醐味でもある。来年からはまだ踏み入れていない「領域」の取材に挑戦したいと思う。(ニューデリー支局 2019年11月)